Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
――竜骨の砂漠と、バルガン砦を結ぶ渓谷。
双方の唯一の往来のある道、つまり今度開戦時の主戦場であることが確定しているその国境の峠の西の端に、現在『ルアシェイア連王同盟国』が設営中の前線基地が存在した。
「お疲れ様です、前線担当の皆さん」
「様子を見にきてやったぞ、何か困っておる事はないか?」
そう告げて現れたクリムとフレイヤの姿に、ざわっと前線の陣地構築作業中だった連王国所属のプレイヤーたちが反応した。
話しかけたいけど気後れして話しかけれない……そんな空気の中で一人、ケモノ度をかなり自由に調節できるワービースト族の中でもかなりケモ度高めな黒狼の青年――黒狼隊隊長のジェドが、作業中の皆を代表して歩いてくる
「よ、こんな場所までご苦労さん、盟主様、それと奥方様」
「おっ……」
「あら……」
出会い頭のジェドの軽口に、クリムとフレイヤ二人揃って瞬時に真っ赤に顔を染める。
「なんだ、皆が裏ではそう呼んでるぞ? なあ?」
「そ……そうなのか!?」
「あ、あはは……ちょっと恥ずかしい、かな」
彼の言葉にすっかり意識してしまい、チラチラとお互い目を合わせてはパッと目を逸らしているクリムとフレイヤに、ジェドがはっはっはと笑っている。
「はいはい、ご馳走さん。嫌じゃないなら言わせとけ言わせとけ。それで視察だったよな、案内しよう」
「う……うむ、よろしく頼む」
なんだかすっかり生暖かい空気となった中で、クリムたちは彼に案内されるまま、作業中の前線基地を歩き始めたのだった。
「――というわけで、襲撃はあるが散発的なものだな。領土戦に向けて用意している塹壕や柵といった陣地の設備はシステムの保護下にあるから、向こうも嫌がらせ以上のことはできないんだろう」
陣地の案内をしながら受けたジェドからの報告に、クリムは少し難しい顔で頷く。
「そうか……すまんな、お主らには負担を掛ける」
「何、信頼されている現れだと思えば苦にはならんさ。なんせ俺たちの国、だしな」
そうニッと笑ってみせる狼の青年に、クリムとフレイヤも釣られて表情を綻ばせる。こうした大人で気配り上手なところが、彼が兄貴分として慕われている理由なのだろう。
「怖いのが、別の場所に侵入経路がないかだが……」
一転、真剣な顔となり、目線でクリムに問いかける彼。
現在は、竜骨の砂漠に入る事ができるルートがこの渓谷一つしかない前提で準備をしている。もし裏道があるならば、準備を一からやり直しになってしまう。
「それに関しては、うちのリコリスとセツナが調べてくれておる。まああの二人ならば大丈夫じゃろ」
本当はリュウノスケもそこに加わっているのだが、本人の希望により秘密である。
「あのロボっ娘と忍者の娘らか……なるほど、確かに任せて大丈夫そうだ」
そう納得したように頷くジェドだったが、不意にくっくっと笑い声を上げる
「む、急に笑い出してどうした?」
「いや、すまない。こうして仲間として頭を突き合わせて話し合っているのが、なんとも不思議に思えてな」
そんなことを、愉しげに曰うジェド。そんな彼に、首を傾げるクリムだったが。
「正直に言うと、君には思うところもあったのだがな」
「……ぅえ!?」
予想もしなかった発見に、クリムが目を白黒させる。
彼に信頼されていないとすれば、これは由々しき問題だと焦るが……
「何を驚いた顔をしているんだ、当然だろう。君には序列決定戦で、たった一人にパーティーを全滅させられたのだからな」
「そ……そうじゃったな」
たしかに思い返せば、第一印象は最悪であろう出会いだった。不注意による出会い頭事故的に交戦状態となった結果、彼らを最初に脱落したチームとしてしまったのは他ならぬクリムなのだから。
「あの時、君に遭遇さえしなければ、俺たちならもっと上のランキングに居たはずなのにってな。ま、後からあの北の氷河団長とタイマン張るために単独行動していたって聞いて、すごいバカがいるって腹抱えて笑ったもんだが」
「ぬぅ……そ、そんな風に思われとったのか……?」
すごいバカ呼ばわりされ少し拗ねるクリムを、フレイヤがよしよしと宥める。そんな仲睦まじい少女たちを微笑ましいものを見る目で眺めながら、ジェドは話を続ける。
「だが今にして思うと、その悔しさをバネにしてここまで来たんだからな。あの時鼻っ柱を折ってくれたこと、今では感謝しているんだぞ?」
「う、うむ。ならば良いのじゃが……さて、気付いておるな?」
「ああ、勿論。いつもより多いが、よりによって君の視察に被るとはなんとも間の悪い連中だ」
そう言って、影の大鎌を生成したクリムと、佩いた大太刀をすらっと抜くジェドが二人揃って、「えっ、えっ」と展開に戸惑っているフレイヤを守るポジションに立つ。
「では……どれだけ強くなったか、見せてもらうとしようかの」
「は、仰せのままに、盟主殿」
そう二人が目配せし、双方が反対方向へと飛び出した――直後、潜んでいた敵工作員の悲鳴が、渓谷に次々と響き渡るのだった。