Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
――同時刻、セイファート城、中庭。
「……あ」
こんな日でもいつものように呑気に中庭でお茶をしていたゴシックロリータ姿の少女……エイリーが、何かに気づいたように不意に顔を上げ、呟いた。
「……ん?」
「どうかした、エイリーちゃん?」
城の守りに残っていたジェードとサラが、そんな少女のつぶやきを聞き咎め、問い掛ける。
「うん……私と戦ったせいかな、ちょっと迂闊だったかも。こんな早く目覚めるなんて」
「目覚める?」
「ん、なんでもない」
首を傾げるサラに……しかし少女は話は終わりとばかりに、それっきり続きを語らずにお茶を再開するのだった。
「――あーあ、あいつ、死んだわ」
そう、特に気にしていなさそうな呟きを残して。
◇
――旧時代、地形が変わるほどの戦禍に晒された竜骨の砂漠東端に存在する、史跡を利用して建造された旧帝国の砦、バルガン砦。
渓谷の戦闘を制したクリムたちは、即座にカウンターを発動、そのバルガン砦の攻略に乗り出していた。
聖王国も、戦場がバルガン砦に移行した際に皆リスポーンしたはずだが、すでに戦意喪失したものが多く、その抵抗は恐ろしく鈍かった。
そんな砦内、次々と制圧完了の報が仲間たちから飛び交う中……連王国盟主クリムは、フレイとフレイヤだけを共に疾走していた。
「クリムちゃん、前方、敵!」
「押し通る……ッ!」
フレイヤの警告に、クリムは音さえ置き去りにして通路を飛び出し、瞬時に眼前に現れた敵プレイヤーに肉薄する。
――体の反応速度が鈍い。
まるで、自分の体が敵になったようだ。思考に、体がついていかないもどかしさに苛立ちながら、無造作に太刀を振るう。
やたらとスローモーションで迫ってくる敵プレイヤーたちはクリムの太刀を弾くこともできず、戦闘不能となって眼前から消えていった。
【プレイヤー名『クリム』の、現在の躯体にかかる負荷が、基準値をオーバーしました】
さらに横合いの曲がり角から飛び出してきた敵を迎撃しようと振り返り、太刀を振ろうとした瞬間――パキッと、肘から何かが割れるような感触とともに腕に力が入らなくなり、顔を顰めながらも咄嗟に、振り下ろされる敵のメイスを回避する。
そんな敵プレイヤーを左手に纏う血爪で切り裂き、先へ進もうとした。
【プレイヤー名『クリム』の、敵撃破数が規定値を超えました】
また、何かシステムメッセージが視界端をよぎる。
だが今はそれを無視して、新たに現れた敵兵に斬りかか――
「クリムちゃん、駄目、ストーップ!!」
「――ッ!?」
フレイヤの静止の声に、平静さを取り戻したクリムが咄嗟に止めた太刀が、飛び出してきたプレイヤーに命中する寸前で止まる。
そのプレイヤー……クリムたちと同じくらいの少女は、両手を上げ、敵意のないことをアピールしながら、寸前まで迫っていた白刃に顔を真っ青にして震えていた。ちょっと泣いていたかもしれない。
「あ……赤の魔王様ですね」
「……お主は?」
そう、顔を蒼く染めながら聞いてくる少女に、クリムも妙に昂っていた精神をどうにかこの場では鎮め、尋ねる。
「良かった……おそらくクリムさんが目的の悪魔はこちら、屋上です」
「む、何故お主が我を誘導する? お主は聖王国所属じゃろう?」
「そうですが、今は貴女方の味方です。私たちは……」
事情を説明しようとする少女だったが、その直前に、フレイヤが「あっ」と何かに気付いたように声を上げる。
「もしかして、初心者の子たちを助けてくれていた人?」
「はい、そうです! 私たちはこの聖王国を真っ当な国に戻すため、ある人の指示で水面下で活動していたんです!」
つまり、現在この砦ではその勢力によるクーデターの真っ最中、と。
「敵の敵は味方、というのもあれじゃが……助かる、ここはお言葉に甘えさせて貰おう」
「はい、こちらです!」
そう言ってクリムたちを案内しようとする彼女に、クリムがついて行こうとした瞬間――その腕が、フレイヤに捕まえられた。
「駄目だよクリムちゃん、まず治療」
「治療って、我は別に被弾は……あれ?」
断固として引き留めようとするフレイヤに、訝しく思いながら反論しようとしたクリムが、ようやく気付く。
クリムの右腕、肘から先は……被弾した覚えなどないというのに、関節が砕けてあらぬ方向へと曲がっていたのだった。
治療を終えて、クーデター側の聖王国のプレイヤーたちに誘導されるまま辿り着いた、砦の屋上。
「……やはり、到達したのは貴女でしたか。赤の魔王クリム=ルアシェイア」
「ビフロンス……!」
そこで待ち構えていた人物……ビフロンスの姿を認め、クリムがギリギリと牙を剥きながら太刀を腰だめに構え、睨みつける。
だが彼は、どこか捨て鉢な様子でクックッと笑い声を漏らすと、その手で顔を覆う。
「なるほど、きっと私はロクな死に方はしないと自分でも思っていましたが……いやはや、これが答えなのですね。実にクソッタレな結末ですね」
「何を言っている、ビフロンス!」
問い詰めるフレイに、しかしビフロンスは自嘲気味に肩をすくめる。
「いえ、何。げに恐ろしきは人の業、実に悪魔など些細な悪と思えたら、可笑しく思えただけにございますが……ですが私とて、はいそうですかと死ぬのは御免ですので」
そう呟いたビフロンスの姿が、みるみる巨大な死神の姿となる。どうやら今回は最初から本気らしいと、クリムたちも身構える。
『精々、必死に争うとしましょうか……!』
そう言って、大鎌を振りかぶるビフロンスだった……が。
「……怯えている?」
フレイヤが、信じられないようにビフロンスを見つめる。確かによく見れば逃げ腰であり、その立ち振る舞いにはどこか、怯えて竦むような様子が見て取れた。
――だが、何に?
以前はユニオンの精鋭で倒したボスだというのに、今のクリムたちの側はクリムとフレイ、フレイヤのたった三人。
その中で、フレイとフレイヤの視線は、自然と尋常ならざる強さでここまで突き進んで来たクリムの方へ、吸い寄せられた。
「……いいや、ここでもう終いとしよう。そろそろ因縁も精算どきじゃろう」
そう告げたクリムが、腰だめに構えた太刀の柄に触れて、瞑想するかのように目を閉じる。
【感情の振れが、規定値をオーバーしました】
「うわっ!」
「きゃ!?」
クリムの周囲に巻き上がる、赤い旋風。
これまでの比ではない赤い粒子がクリムから巻き上がり、それが収まった時には……
「……クリム、か?」
眼前の光景に、呆然とフレイが呟く。
一歩も変わらずそこに立っていたのは、確かにクリムだ。
クリムなのだが……元々の特徴は残したまま、その姿が変化していた。
純白の髪は、反射光にうっすらと朱が混じった不思議な色合いに。
華奢でしなやかな肢体は、しかしその内側に力が躍動するように満ちている。
最大の変化があったその背には、皮膜に覆われた、大きな悪魔の翼が伸びていた。まるで、『ノーブルレッド』使用時の血の翼と同じような形状な翼が。
そして――その存在感が、これまでよりも遥かに増していた。それこそ、目を離そうにも離せない程に。
――魔王。
フレイが、フレイヤが、思わず口をついて出たという様子で同時に呟く。
そう、それは――真に、『魔王クリム=ルアシェイア』が目覚めた瞬間だった。
【条件を満たしたため、プレイヤー名『クリム』の種族が進化しました】
【プレイヤー『クリム』が、スキル『クリフォ1i バチカル.Lv1』を取得しました】
◆補足
【クリフォ1i バチカル】
オリジナルは既に喪われて久しい、
運命という神に抗うかを裁定する
このスキルを習得した者は、上位種族へと進化する権利を得る。
スキルLv1では、まだ特に何の権限も有さない。この時点ではあくまでも、裁定に参加する資格を得ただけである。