Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜   作:resn

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冬休みの始まり

 

 ――クリスマス、そしてお正月を間近に控えてうわついた、師走も末の空気の中。

 

 

 長かった二学期を締め括る終業式を終え、とうとう始まった紅たち学生の冬休み初日の朝。

 

 満月家では実に珍しいことに、母、天理の手料理が並ぶ食卓を家族三人――否、四人で囲んでいた。

 

「どうだいルージュちゃん、美味しい?」

『はい、とっても!』

 

 熱々の卵焼きと、添えられた大根おろし。キャベツのお浸しと、わかめと油揚げのお味噌汁。

 そんな食卓に並べられた皆と同じ食事に、感激した様子で箸を伸ばしているルージュ。

 

 もちろん、彼女が現実世界で受肉したという訳ではない。彼女の前に並んでいる食事は、宙が新たに設計し実用化に漕ぎ着けた、現実の料理のデータを写しとってそっくりVRペット用に出力する擬似食事システムだ。

 

 相変わらず片手間にとんでもないものを作っている父に、「これだから天才は……」と呆れていると。

 

「そういえば紅、年末には何か予定があるのか?」

 

 不意にそんなことを尋ねてきた天理に、紅が驚いて納豆をかき混ぜる手を止め……すぐに、そうだったと思い出して返答を返す。

 

「そうだ、母さん達に聞いておく事があったんだった」

 

 直後の事件が衝撃的だったためにすっかり忘れていた、妖精郷で雛菊と相談していた冬休みの旅行について説明するのだった。

 

 

「……なるほどのぅ。雪山のペンションに、か。雛菊というのは確か桔梗めの娘じゃったな」

「はは……なかなか奇遇な状況ですね」

 

 紅の話を聞き終えた二人が、苦笑しながら何やら側にあった鞄をゴソゴソと探る。

 

「どういう事?」

「それが……私たちも紅さんを旅行に誘おうと思っていたのですが、それがちょうど同じペンションでして」

「旧知のものが集まるからどうか、と知り合いから誘われてのう。お前も連れて行くつもりだったのじゃが、なかなか面白い事になっとるな」

 

 そう言って天理の差し出したパンフレットを見る。確かにそれは、雛菊から貰ったペンションの案内と同一のものだった。

 

 ペンションの管理運営をしている『シーブリーズ』という社名にも、聞き覚えがある。たしか十年と少し前から活動している新進の貿易商社で、観光関連にも手を伸ばしている会社だ。

 そしてそのトップに立つ人物の夫婦も天理らと知り合いであり、紅も少しだけ顔合わせしたこともある。

 

「まあ、一緒の目的地ならば問題あるまいて。正月のバイトの件も、得難い経験じゃろうからお前の好きにするがいい。お前は仲間たちも誘ってそちらのグループで行くが良かろう」

「たぶん、出欠を取るのは前に神那居島で一緒だった工藤さん達家族や療法士の子、それと紅さんが委員長って呼んでる後藤さんだけで大丈夫だと思うよ。他は皆僕たちの知り合いと繋がってる子らだから」

「……マジ?」

「うん。僕らも君のギルドメンバー一覧を見て、ビックリしたからね」

 

 そう苦笑する宙に、紅は「世間って狭いなぁ……」としみじみ思うのだった。

 

 

 

 

 ◇

 

「――というわけで。リコリスちゃん、どうする?」

「私も雛菊ちゃんのお家に興味あるし行きたいです! パパたちに聞いてきますね!」

 

 そう嬉しそうに言うやいなや、AFK表示を出して椅子にくたっともたれかかったリコリスを、クリムは苦笑しながら見送る。

 

 

 ――今の場所は、セイファート城。クリムがなんとなしにログインした先で、たまたま居たリコリスに旅行の話を持ち掛けたところだった。

 

 続けてクリムはメッセンジャーを開き、現在はログアウト表記のカスミにも話を事情を説明するメールを送信しておく。

 

 そんな作業もひとしきり終えて、クリムはカスミらからの返信待ちをしている間、城内の様子に耳を傾ける。

 

「しかしまあ……賑やかになったのぅ」

 

 子供たちの笑い声が絶えない、いつも以上に騒がしいセイファート城の庭園に、首を傾げていると。

 

「全く、この子たちにも困ったものですわ」

「む、ダアトか」

 

 何やら疲れた様子で現れたダアト=セイファート。その肩には、気まずそうな様子の見知った妖精……フィーアがちょこんと腰掛けていた。

 

 彼女が言う『この子たち』というのは、庭園を楽しそうな笑い声をあげて子供たちと遊んでいる小さな者たち……妖精たちである。

 

 クリムたちが解放した、妖精郷との転送装置。

 今日祠の修理が完了したその装置を使い、妖精たちが遊びに来るようになったのだと言う。

 

 彼女らには、眠るダアト=クリファードを守って貰っている恩もある。子供たちも喜んでいることだし、邪険にするつもりは毛頭無いのだが……しかし。

 

 そんな、一見平和な光景を眺めながら、クリムは彼女に、ぼそりと呟く。

 

「……もし、妖精たちが子供に危害を加えそうになった時は」

「ええ、心得ています。その時は手心を加えるつもりはありませんわ」

『ほ、ほどほどに、ね……? みんな悪気は無いから……』

 

 そう、よく見れば笑顔の裏に青筋を浮かべているダアト=セイファートに、引き攣った顔で恐縮しているフィーア。

 

 そんなダアトの周囲には、まるで果実のように、彼女が操る蔦に締め上げられ目を回している妖精たちが何体も垂れ下がっていた。

 

 ……これらすべては、すでにやっちまった連中である。妖精さんたちは子供好きなのだ。

 

 

 ――あれほど温厚なダアトがこう怒るのも、珍しいのう……

 

 

 そんなことをクリムが現実逃避気味に考えている間にまた一体、新たに悪戯をしようとして捕まった妖精さんが増え……いよいよもって絶対零度の空気を漂わせるダアト=セイファートに、もはや泣きの入った様子で土下座しているフィーアというシュールな光景を眺めながら、クリムは深くため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





次回から、新章『魔王様の冬休み』になります。前作『Worldgate Online ~世恢の翼~』の後日談的な要素の強い章となりますが、ご了承ください。

……向こうはだいぶこちらとは雰囲気の違う話(特に前半)なため、鬱展開、重い展開が苦手な人は本当に注意してください。

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