Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜   作:resn

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間話:父と母

 

「それじゃ、おやすみ」

「また明日遊ぼうねー!」

「うん、今度こそ二人の育成をがんばろうね!」

 

 ヴィンダム南区にある宿屋の一室。そこでクリムは、二人がこの世界から消えるまで手を振って見送る。

 

 途端に、シン……と静まり返った部屋。

 

 ログアウトしていった二人を見送ったクリムは、そのまま力尽きたようにベッドに体を預ける。

 

 ――楽しかった。

 

 丸々半日をかけた、砂漠の宿場町からヴィンダムへの強行軍。

 

 二度のPvP。

 

 聖と昴と再会して、街で遊んで、一緒に戦って。

 

 ……本当に、色々バタバタしていた一日だったけど、楽しかった。

 

「それに、また明日、か」

 

 それは、明日も会えるということ。

 そのことが嬉しくて、備え付けの枕を抱きしめる。途端に、ふっと訪れる睡魔。

 

 

 ――そういえば……リアルの体ってどうなってるんだろ……

 

 父が責任を持って見ていてくれると言っていたから、連絡がないということは大丈夫なのだろう。

 

 だが、少しだけ引っかかるものを感じながら……ふと湧いて出た疑問は、睡魔によって押し流されていくのだった――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

「――久しいな、我が伴侶」

 

 不意に聞こえてきた少女のような声に、闇に沈んでいた意識が浮上する。

 

 寝ぼけた頭で見回すと、そこは病室というよりは、何か怪しい研究でもしていそうな無数の機器や計器で埋まった部屋。

 

 その最奥では、稼働中のジェルカプセル……『クレイドル』が、ほの蒼い光を内部から漏らしながら、静かな稼働音を上げていた。

 

 ここは、この数週間どこにも行かずに詰めている、宙の戦場。

 

 そんな中に、自分以外の影が忽然と佇んでいるのが視界の端に映った。

 

「……ああ、君か。ごめん、少し眠っていたよ」

 

 目を擦り、いつのまにか机に落ちていた眼鏡を拾い上げながら、ずっとこの部屋……紅の病室に詰めていた宙が、面会謝絶な筈の部屋にいるもう一人の人影へと話しかける。

 

「だいぶ時間も掛かってしまったが、各所への根回しは済んだ。戸籍上も問題はない、これで、このまま世に出ても大事になることはあるまい」

「そう……長い間、お疲れ様」

「全くじゃ、おかげで我が子の成長もロクに見れやしなかったわ」

 

 拗ねたように愚痴を言っているその人物。

 小さな少女の姿をしているが、何故か口調は時代がかっている古めかしいもの。

 

 彼女が、宙の最愛の妻であり、紅の母親であった。

 

 そんな彼女は『クレイドル』の中に眠る我が子の姿を見て、嬉しそうな顔で駆け寄る。

 

「……どうやら我が子は、こちら側を選んだみたいじゃな」

「そうだね……本人は、自分で選んだことを覚えていないだろうけど」

 

 まるで童女と母親の二つの顔が入り混じったような笑みを浮かべて『クレイドル』の中を覗き込むその少女の姿に、宙はふっと優しく微笑むも……すぐに、苦い顔をする。

 

「この子には、悪いことをしたな。いきなり選択肢を突きつける前に、もう少し色々と情報を与えていてあげればと思うこともあるよ」

「仕方あるまい。事前に知っていれば、頑なに現状維持を望んだであろうからな」

 

 心の底から今のままに在ることを望んだのであれば、それを尊重するべきと思っていた。

 だが前情報があっては、これまでの人間関係や社会的な問題に悩んだ結果、自身の意思を圧し殺してしまいかねない。

 

 ……だが、それでは駄目なのだ。

 

 事実、我が子は幼少時、人の体でありながらも彼女から受け継いでしまった本能に負けて、友人である少女に牙を剥いてしまったのだから。

 

 その時、医者には血液嗜好症(ヘマトフィリア)と断定された。

 だが、宙にはそれが違うということが分かっていた。紅のそれはいわば、性同一性障害ならぬ『種族同一性障害』であると。

 

 その衝動を、戦闘による興奮という代償行為によって発散させるために、宙は紅にゲームを勧めたり、短い期間ではあったが剣術道場に通わせたり、そう簡単には勝てないであろう、知人のデータを拝借した超高難度の模擬戦闘アプリなどを与えたりもしてきたが……いつかは限界が来ることは明白だった。

 

 それ以来だ、宙とその伴侶である彼女が、必死になってこの『クレイドル』の制作を始めたのは。

 

 

 

 

 ――全ては、一度はその存在を歪められた我が子を、元の在り方へと還すために。

 

 

 

 結果として、我が子は深層心理の中で新たな姿を……本来そうあるべきだった、歪められてしまう前の姿を望んだ。

 それは、自分たちが間違っていなかった証左と……そう信じていたが。

 

「……いや、違うな、そんな我が子を想った殊勝なことは考えておらん。ただ選んでもらえぬことが怖かったのじゃろうな。我は酷い母じゃと思うわ」

 

 他でもない、彼女からの否定の言葉。

 

 彼女は自嘲気味にそう言いながら、『クレイドル』を……その中に眠っている人物の輪郭を、そっと指でなぞる。

 

「あまり触れないでね、色々と変化中の臓器が安定するくらいに完成するまでは、絶対安静なんだから」

「分かっておる、我だって設計に携わっておるのじゃからな」

 

 若干拗ねた様子でカプセルから手を離す彼女の様子に思わず苦笑してしまい、キッと睨まれた。

 

 

 ――そのカプセルの中に静かに眠る人物は……この二週間と少しで、記憶よりもだいぶ縮んでいるように見える。全体の輪郭も柔らかな曲線が増して、今や先のほうにだけ元の痕跡を残すのみとなった色が抜け落ちた髪の毛も、すっかりと伸びた。

 

 

 

「……我に、そっくりじゃな」

「まぁ、親子だしね」

「我は、また嫌われてしまうかな」

「どうだろう、君次第だと思うよ。人の思春期の心はとても複雑だから、頑張って話をしないとね」

「ああ。そうじゃな……本当にそうじゃ」

 

 重苦しい機械群の中、蒼い光に照らされて、悲しげに、だがどこまでも優しい顔でカプセルの中を覗く彼女。その姿は宙からはまるで、一枚の絵画のように見えた。

 

 

 

 

「じゃから、はよう目覚めておくれ――我が()よ」

 

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