Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜   作:resn

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宿との別れ

 

 ――最後の夜は、問題もなく瞬く間に過ぎ去って。

 

 

「おはよー満月さん、荷物の整理は終わった? 何か手伝うことは無い?」

 

 忘れ物は無いか、借りていた部屋の最終チェックをしていた紅が、背後から掛けられた声に振り返る。そこに居たのは……

 

「あ、おはようございます、桜先輩。スキー用具とかのこの後は使わない物も父さんの車に積み終わりましたし、大丈夫です」

 

 そう言って、紅はすっかり広くなったこの数日滞在した部屋に桜を招き入れる。

 

 そこには、この後向かう雛菊の実家で使用する着替えなどが入っているスポーツバッグなどの、紅たち四人分の手荷物以外、もう荷物は残っていなかった。

 

「でも、数日広げてあった自分の持ち物が無くなった宿の部屋って、なんでこんな寂しく感じるんでしょうね?」

「あはは、わかるー。元に戻っただけなのにね」

「そうそう、最初はこのがらんとした部屋にワクワクしていたんですけどね」

 

 初日の高揚感と今感じている寂寥感のギャップに、紅が苦笑する。

 

 ――色々とあったけれど、楽しかった。

 

 もう数日泊まっていられたらという未練を抱いている事に苦笑しながらかぶりを振って、そういえばと桜に尋ねる。

 

「そういえば、桜さんはなぜこちらの別館に?」

「あ、そうだった! 朝ごはんがもうすぐできるそうだから、満月さんもすぐ来てね。聖ちゃんたちは外から戻ってくる途中でバッタリ会って、もう伝えてあるから」

「あ、はい。ありがとうございます!」

 

 言伝に礼を述べて、紅も慌てて食堂へと戻る桜を追いかけるのだった。

 

 

 

 ◇

 

 ――そうして、最後の食事も恙無く終えて。

 

 

 

「それでは皆さん、どうか道中お気をつけて」

「はい、この数日間、本当にありがとうございました、風見さん」

「「「ありがとうございました!」」」

 

 紅の挨拶に続けて、今日でチェックアウトとなる聖と昴、佳澄、そして深雪をはじめとした工藤家の皆が一斉に頭を下げる。

 

「いえいえ。普段から息子や娘とも遊んでくれていたようで、今回は会えて良かった。また機会があれば遊びに来てくださいね?」

 

 紅たちのお礼の言葉に満足そうに頷き、微笑みながら手を振るペンションの主である風見誠と、隣に佇む妻の星露。

 

「では、次はまたゲーム内……ではなく、お正月に」

「初詣、きっと会いに行きますからね、魔王様!」

 

 そう言ってこちらも手を振っているのは、彼らの子供、曉斗と明莉の兄妹だ。

 

「では、大晦日には我らも向かう故、また後日な」

「桔梗さん、娘とその友人たちのこと、数日間よろしくお願いします」

 

 さらにその後ろでは、まだ数日滞在する予定の天理や宙、それに茜らといった親たちと、そして朱雀と桜などの面々が、紅たちを見送りに外へと出てきていた。

 

 天理と宙、そして桔梗が親同士の挨拶を交わしている中で……ふと、紅と聖は軽くコートを引かれる感触を感じ、若干下方へと目線を移す。

 

「紅お姉さん、聖お姉さん……」

 

 紅と聖のコートをちょんと摘み、泣きそうな目でペンションから去りゆく紅たちを見つめているのは……この中で最年少のユリア。

 そんな彼女に紅はしゃがんで目線を合わせ、その頭を撫でながら笑いかける。

 

「大丈夫、これからはご近所さんなんだから、ね?」

「うんうん、向こうで、また一緒に遊ぼうね?」

「あ……はい、必ず!」

 

 紅と聖のその言葉にパッと表情を明るくしたユリアに一つ頷くと、紅たちはその背後に佇む二人へも、頭を下げる。

 

「イリスさん、それに玲史さん。お世話になりました」

「いいえ、こちらこそ、ユリィと仲良くしてくれてありがとうございました」

「いつでも遊びにこいよ、稽古もつけてやるからな。それにユリィも喜ぶし、たぶん爺ちゃんも元門下生が遊びに来たなら喜ぶぜ」

「あはは……師範の喜んだ顔、全然予想できません」

「はは、まあ、偏屈じじいだからなぁ」

 

 玲史の言葉に少しだけ困ったように苦笑するイリス。

 他の皆も、釣られて少しだけ笑った後……背後から、車の暖機から戻ってきた龍之介の言葉が掛けられる。

 

「それじゃあ紅、皆も、そろそろいいか?」

「あ、うん。それじゃ道中よろしくお願いします、龍之介さん」

「「お世話になります!」」

 

 そう礼を述べながら、工藤家、龍之介の車だと言う三列シートのSUVに、続々と乗り込む紅たち一行。

 やがて大勢に見送られながら動き出した車。この数日を過ごしたペンションが、どんどん遠ざかっていく。

 

「それにしても、私、アルバイトって初めて」

「本物の巫女装束が着れるんだよね、楽しみー」

 

 呑気にそんな事を語り合っている聖と佳澄だったが……一方で紅は、なんだか嫌な予感を感じていた。

 

 

 

 ――次なる目的地は雛菊の実家である、このあたり一帯で最も大きな神社、『刀祢神宮』。

 

 そこで待ち受けるは、紅たちにとって初めてのアルバイト――年末年始にかけての繁忙期が待ち受ける、巫女さん体験だった――……

 

 

 


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