Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
昨夜ログアウトする前に、フレイとフレイヤは今日は昼以降にログインすると言っていた。
なので、皆揃ったら一緒にスキルの鍛錬に行こうと約束したのだが……そうなると当然、一人ゲーム内に残るクリムは午前中いっぱいは暇を持て余すのであった。
そんなわけで、リアルでは朝とお昼の間の半端な時間、ゲーム内ではまだ日が昇り始めた早朝という時間帯。
「ふぁ……眠い」
ゆっくり過ぎるほどに惰眠を貪ったはずなのだが、いつもと違うサイクルで就寝した昨夜の夜更かしがモロに響いており、酷く眠い。
それでも、のそのそと宿を出て、南街区の公園を探索していたクリムは、しょぼしょぼする目を擦りながら、先程売店で購入してきた包みを開く。
中には……乳製品と並んでクリムが口にできる数少ない動物性の食料である、玉子のサンドイッチ。
噴水の周りに設けられたベンチに腰掛けて、ぼーっと水のせせらぎを眺めながら、半ば寝ぼけたままサンドイッチをもそもそと口にしていると……
「……ふぁ?」
ふと視線を感じ、背後を見ると……そこにはいつの間にか、小柄なクリムよりもさらに小さな少女がちょこんと佇んでおり、最後に残るパン耳の部分を咥えたクリムのほうを、ジッと覗き込んでいた。
可愛らしい女の子だ。
銀の髪をボブ……というよりは、純和風に切り揃えたおかっぱ頭。
その上にぴょこんと飛び出しているのは、三角形の狐耳。
さらにその腰には、見るからにもふもふそうなボリュームのある狐尻尾が揺れていた。
――ワービースト族かな?
確か、ワービースト族はキャラメイク時に何の動物ベースかを選ぶんだったっけ。
初期装備みたいだけど、和服を着せたいなぁ……そんな半ばアウトなことを、眠気でうまく働かない頭で考えながら、こちらを覗き込む少女と睨み合う。
「えっふぉ(えっと)……」
その幼い少女の、妙にキラキラとした視線に居た堪れなくなったクリムが、思わずと言った感じで口を開く。
「た……食べる?」
そう言って、残り一切れのタマゴサンドを差し出すのだった。
どうして、こうなったのか。
ピシッと背筋を正し、足を揃えた綺麗な座り方で、クリムのすぐ隣に寄り添うようにベンチに座る少女。
クリムは、少女がその小さな口で上品にサンドイッチを食べている様を、ほへー、と呆けて見つめていた。
――綺麗に食べる子だなあ。良いとこのお嬢さんなのかな?
なんとなく、少女の綺麗な所作からそんなことを考える。
そうこうしているうちに、少女もサンドイッチを綺麗に平らげ終える。
「ご馳走様でした、お姉さん」
「うん、それはいいんだけど……」
子供らしいソプラノの声で奏でられる、あまり子どもらしくない落ち着きのある丁寧なお礼の言葉。
満足そうにその小さなお腹を摩っている少女に、ようやく疑問を投げかける。
「君はいったい、どうして私のほうをジッと見ていたの?」
そんな何気ない問いだったのだが、少女はハッとした様子で慌てて頭を下げ出した。
「そ……その節はご無礼を働いてしまい、申し訳ありませんです!!」
「だ、大丈夫、気にしてないから、ね!?」
指摘され、途端に真っ赤になってアワアワし出した少女を、クリムは慌てて宥め賺す。
「その……お姉さんの白い髪があまりにも綺麗で、見惚れてしまいましたです……」
恥ずかしそうに膝のあたりで手を組み、もじもじしながらそう語る狐の女の子。
――ん゛っ、か わ い い
庇護欲を刺激するその少女の仕草に、クリムは目元を手で覆い、天を仰ぐのだった。
そうして、ようやく平静を取り戻した頃……ふとクリムは、気になった疑問を投げかける。
「ところで気になっていたんだけど……抱えている、その刀は?」
銀狐の少女が、ずっと大事そうに胸に抱えているその刀。
「あ……これは、お店で購入したのです」
「刀、好きなの?」
「はいです、お母様がお仕事で使用してるのを見て、私もあんな風にできたらと思ったのですが……」
クリムが、「刀を使用するお母さんの仕事ってなんだろう、神職?」と首を捻る。
しかしそんなクリムの疑問をよそに、そう語った銀狐の少女が、大事に抱えていた刀を抜こうとするのだが……まるで鯉口に鉛でも流されたかのように、ぴくりとも動かなかった。
「この通り、抜けないのです……」
「あー……」
このゲームには、初期から対応する武器を手にしたら自動的に習得することができる基本武器の他に、例えば所定のスキル熟練度に到達すると入手することができる『複合武器スキル』と、条件を満たして初めて使用可能となる『上位武器スキル』が存在していた。
クリムの『大鎌』が前者であり……少女の望む『刀』スキルは後者に該当する。
そして……たまたま、暇つぶしに流し見ていたフォーラムの掲示板。初心者向けの記事の中で、やってはいけないことの中に、このようなことが書いてあった。
『店売りの刀は罠。装備もできないのに最初の街で売ってる』
……と。
気は進まないが、黙っているわけにもいかない。どうにか少女にそのことを告げ終えたクリムだったが。
「では、私には装備できないのですね……」
「うっ……」
悲しそうに目を伏せる少女に、チクリと胸が痛む。
「い、いや、スキルさえ入手したら、装備できるようになるから……」
「ですが、それはかなり過酷な道なのですね?」
「その……うん」
刀スキルを得るために、かなり遠くのエリアまで足を延ばしてイベントをこなさないとならず……そのイベントというのがまた、ソロで強敵と戦うという、かなり難易度が高いもの。
少女を元気付けるための嘘を言うのは簡単だ。
だが、それでは意味が無いと心を鬼にして頷き、スキル取得の手順について説明する。
それを真剣な表情で聞いていた少女は……クリムが全て説明を終えると、ふっと笑ってみせた。
「分かりました……頑張って研鑽を積んでから、挑戦してみるです。教えてくれて、ありがとうございます」
そう笑顔で丁寧に頭を下げる少女の姿に、何かしてあげたい……そう思ったクリムは、咄嗟に声を上げていた。
「あの! ……その刀、少し、借りていいかな?」
「え……はい、構いませんですよ?」
そう言って、抱えていた刀を差し出す少女。
それを受け取ると、簡易貸し出しの承認というウィンドウが現れ、二人で『YES』を押すと無事クリムの手に渡った。
「それじゃ、失礼して……」
借り物ゆえ、緊張した手付きで鞘を払うと……少女の時はピクリともしなかった鞘からシャランと涼やかな音を立てて、秘められていた白刃が露わになる。
――短い間だが剣術に触れていた時期もあるし、日本刀の扱いは、何故か妙に熟達していた母に、幼い頃に仕込まれた。
滅多に顔も見せない母への反発心からこの数年はご無沙汰だったが……こうしていざ抜刀してみると、それだけで身が引き締まる思いがする。
「お姉さん、抜けるんですか!?」
「うん、私はスキルを取得しているからね」
少女の疑問に答えながら刃を検分した後、刀を正眼に構える。
朝の清廉な空気に晒されて、精神が研ぎ澄まされていくような感覚。
神経を集中し、極力乱れが無いように意識しながら、ゆったりとした動きで袈裟に斬り、払い、突く……と何度か演舞を行なった後に、納刀する。
途端に、緊張感から解放されたせいかどっと流れ出す汗。ふう、と深く息を吐いて、呼吸を整える。
「はい。ありがとう、貸してくれて。もし挑戦するつもりならアドバイスくらいは……」
再び丁寧に鞘に戻し、少女へと刀を返却する。
ついでに協力を申し出ようとして……そこで、ようやく気付く。クリムを見つめる少女の目が、今度は尊敬に輝いていることに。
「あの、お姉さん……私の、師匠になってくれませんか!?」
「…………え!?」
そう、興奮した様子で叫ぶ少女に、クリムは驚愕の声を上げるのだった。