Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
――聖都に到着した、その翌日。
セツナに主な調査を任せたものの、だからといって宿でボーっとしているのは気が引ける。
そのためクリムはなるべく目立たないよう格好を整えて、十分に手元にポーションがあるのを確認し、街へと繰り出していた。
そうしてやってきた、正門と街の中心に聳える大聖堂を繋ぐ大通り、その中間地点にある噴水広場。
円形の広場外縁に露店が立ち並ぶ中、ちらほら歩いているプレイヤーの目を避けつつのんびり景色を見ながら、周囲から聞こえてくる人々の話にも耳を凝らしながら歩いていると……
「おや、お嬢さん、巡礼者かい? こんな小さな子が大変だねぇ」
不意に、露店の一つから声が掛けられた。
振り返ると、そこには優しそうな笑顔をした恰幅の良い中年の女性NPCが、「お嬢さん、良かったら見ていかないかい?」と手招きしていた。
「あはは……私、これでも15歳です、一応成人してますよ」
「おっと、ごめんなさいね。それで、何か買っていくかい?」
そう、店主らしきその女性に言われ、どれどれと籠の中、露店で売っているものを覗き込む。
「へえ……鮮果ですか。この街では珍しいですね」
「まあ、ウチにはこの子が居るからね」
そう言って、彼女は隣に座り込んでいる大型動物の背を優しく撫でる。
高所にあるこの聖都オラトリアは、食糧自給率が低く、特に新鮮な果物の類はあまり見当たらない。輸送の関係で、大抵の場合果実類はドライフルーツになっているのがほとんどだ。
それを可能にしているのは……なるほど、このよく躾けられた、鷲の頭と翼に馬の体を持つ魔物――ピポグリフによる空輸かと、感心する。
「さ、触ってみても大丈夫ですかね……っ!」
「あはは、どうぞお嬢さん。うちの子は気が優しいから大丈夫だよ!」
「それじゃ……」
お言葉に甘え、大人しく座っているピポグリフの首のあたり、フカフカな鷲頭側にそっと触れてみる。手触りは、やはり鳥類の羽根らしくゴワゴワしているが、滑らかで気持ちいい。
「わ、わー……すごい……ひゃ!?」
しばらく撫でていると、ピポグリフの側からまるで「もっと」とねだる様に、クリムの手に頭を擦り寄せてきた。
「あはは、あんた、気に入られたみたいだね!」
「はは……でも、こんなに懐っこいのは、おばさまが愛情込めてお世話してるからでしょうね」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
そんな話をしながら、しばらくピポグリフとの触れ合いを楽しむクリム。
その後、果実……この大陸では北の地方で生産している事が多い林檎をいくつか購入し、うち一つを取り出し齧り付きながら、すぐ脇の塀に腰掛けてしばらく行商人の女性と会話に興じるのだった。
「虐殺……ですか?」
「ええ、少し前にふらっと現れた流れ者たちが、それまでこの街を治めていたイァルハ教の偉い人たちを、次々と。それは恐ろしい出来事で、若いシスターの子らは無事帰って来れたけど、すっかり怯えて引きこもっている子も居るみたいね」
その流れ者というのは……このエリアを支配している、シュヴェルトロート聖王国のプレイヤーたちの事だろう。
――その街の支配権を得る方法は、実のところ、いくつかある。
クリムはまずネーブルの皆に受け入れられ、正式に依願され領主となった正規ルートだったが……十分な戦力さえあれば、NPCの為政者たちから簒奪することもまあ、不可能ではない。
そんな事を考えていたクリムに、女性はさらに話を続ける。
「でもね……実のところ、街の人はあまり気にしてなかったの。この数十年でそうやって簒奪した話なんてたくさんあるし、またか……って感じね」
「それは……悲しい事ですね」
「そうさねぇ。それに……ここだけの話、教団の上の連中は事あるごとにお布施だ、払えなければ若い娘を奉公に寄越せだと目に余る行動が多かったからね」
「あー、うん。そうかぁ」
長く続いた為政者たちが腐敗するのは世の常。少なくとも戦禍からは無縁だったこの街は、相当酷かったようだ。
それが国教を名乗っている教団なのだから、ベリアルがキレるのも無理ないよなあ……そう遠い目をするクリムであった。
「それで、今街を治めている聖王様の為政に変わって、生活はどうなりましたか?」
「今の聖王様? そうねぇ……」
そう言って少し悩んだ後、彼女は言葉を選びながら語り始める。
「最初は、また頭が変わっただけで何も変わらないって思ったわね。実際、最初の方は変な連中が大きな顔をして幅を利かせているから、街の空気は随分と悪かったわー」
「へぇ。でも、今はそんな感じはしませんね。皆、表情が明るいです」
街を見渡しても、穏やかなものだ。古く荘厳な白い石造りの古都にはあちこち規律正しい衛兵が目を光らせており、住人が、参拝者が、特に困った様子もなく普通に出歩いている。
「そうなのよー、聖王様がその変な連中を追い出してくれたでしょう? その後はへんなお布施を要求されたりもしなくなったし、衛兵さんの対応も変わって治安の方もぐっと良くなったわ」
そう、嬉しそうに語る行商人のおばさんだが……しかし、不意にその表情が翳る。
「……ま、ここだけの話、今も残ってるイァルハ教の偉い人たちには、あまり評判良くないみたいだけど」
「……でしょうね」
話を聞く限り、セオドライトの方針は住人には歓迎されても、二鯖のプレイヤーたちが行った粛清の生き残り、未だ利権にしがみつく教団上層部からすれば自分たちの既得権益を脅かす目障りな存在だろう。
だが、今のセオドライトが置かれている状況は、以前彼を傀儡として実権を握っていた二鯖のプレイヤーたちの時とは話が違う。
その粛清を強行した者たちを廃して実権を握った今のセオドライトは、クリーンなイメージにより聖王国所属プレイヤーやNPCの住民からの信頼を得ている以上、そのような暴君にはなれないだろう。
あるいは……本当は、セオドライトはイァルハ教の実権を握っていた者たちの粛清を完了するまでは、静観するつもりだったのかもしれない。
だが、そんなセオドライトを傀儡とし好き勝手にやっていた彼らは、ある程度恐怖政治を引いて教団上層部含む住人がおとなしくなった時点で、クリムたちルアシェイア連王同盟国に対して開戦してしまった。
そうなるともう、彼も動き始める必要が出てきてしまった……こういう言い方は少々語弊があるが、彼にとっての膿は出しきれていなかった可能性がある。
「色々と話を聞かせてくれて、ありがとうございました。林檎、瑞々しくてすごく美味しかったです!」
「そうかい、気に入ってくれたなら良かったよ。大抵はこの辺りで露店を開いてるから、よかったらまたおいで」
そう言って別れの挨拶を交わし……クリムは大通りから外れて細い路地に入り、抱えた紙袋からまた一つの林檎を取り出すと、上に向けて軽く放り投げる。
「ありがとうございます、お館様」
「うむ、セツナ、ご苦労様」
上から降ってきて、嬉しそうに先程クリムが投げ渡した林檎に齧り付いて「あ、これ美味しい!」と喜んでいる彼女に優しい目を向けながら……クリムが、彼女が偵察から戻ってきた理由について尋ねる。
「それで、何か分かったか?」
「はい、もちろん。聖王セオドライトさんは、いつもログインすると決まって聖都外壁から街の外を眺めているそうです」
「そうか、さすがの情報収集力じゃな」
たしかにそれならば、タイミングを狙って接触できそうだ。こんな早くに有益な情報を持ってきてくれたことに礼を言って、クリムはセツナの頭を撫でてやる。
ふへへ、と表情を緩めていた彼女は……だがしかし、すぐに我に返ると真剣な表情になった。
「褒められついでに、もう一つ大事な情報があります。どうやら街の中心にある大聖堂のNPCに、不穏なイベントのフラグが立っているみたい」
「ほう……詳しく聞かせてもらっても良いか?」
「はい、もちろん!」
そう言って彼女が語り出した内容は……たしかに、非常に厄介そうな話だった――……