Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜   作:resn

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勇者と聖王

 

 ――どうやら外壁の下で行われていた戦闘は、すでに終わったらしい。

 

 この聖域の中では大幅に弱体化しているはずの『赤の魔王』は、それでもなおセオドライトよりも先に、窮地を脱してのけたのだ。

 

「その強さ、本当に尊敬するよ……赤の魔王ッ!」

 

 言葉とは裏腹に、ギリギリと忌々しげに歯を食いしばる音を響かせながら、最も接近してきていた白ローブを斬り捨てる。

 

 ……これが、嫉妬などという浅ましい感情であるという事など、絶対に認めるわけにはいかない。

 

 

 忌々しげに舌打ちして、気を取り直し残る粛清部隊へと向き直る。

 

 この場に残っているのは、見える範囲内には、あと弩持ちが二人。速攻で片付けてやると一歩踏み出した、その瞬間だった。

 

 

 ――不意に、首のあたりにぞわっとした感覚。

 

 

 彼が咄嗟に横に大きく転がってその場から離れたその直後、急に姿を現した白ローブの刃が、つい先程までセオドライトの首があった場所を薙ぎ払う。

 

 そんな、ステルス状態の敵からの不意打ちを、しかし上手く回避した……それが、一瞬だけ致命的な意識の空白を作ってしまった。

 

「しまっ……」

 

 体勢が崩れたところに飛来するのは、真っ直ぐこちらの左目に向かってくる一本のボルト。

 

 咄嗟には身動きが取れず、ただこちらに向かってくるボルトだけがスローモーションで流れる視界。

 

 ――あ、死ぬな、これは。

 

 運悪く、間違いなくクリティカル判定が出る軌跡を描いて飛来するボルト。せめて盾を持ってきていればと悔やむ暇すらなく、悪あがきのように咄嗟に頭を庇うために腕を上げようとして……しかし、それが限界だった。

 

 そして……そのボルトがこちらに突き立つ未来も、ついに訪れなかった。

 

 

 ――カンッ、という、小さな音。それだけが、耳に届く。

 

 

「……やれやれ、あの魔王様にも困ったもんだ。修行中に急に呼び出されたと思ったら、随分と大変なことになってるな」

 

 聞き覚えのある、男性の声。

 恐る恐る目を見開いたそこには……白銀の甲冑を纏い漆黒の魔剣を携えた、真紅の髪の青年が目の前に立ち塞がり、セオドライトの代わりに白ローブたちと対峙していた。

 

 

 

 ◇

 

 ――よし、ギリギリだが間に合ったな。

 

 

 急な呼び出しを受けてここまでずっと全力で移動してきた彼……スザク。

 

 外壁を登る時間さえ惜しいと『ドラゴンアーマー:ファーヴニル』を全身に展開し、生えた翼により飛翔した先では……体勢を崩したままのセオドライトに向かって、弩持ちの白ローブ姿をしたエネミーが今まさに矢を放とうとしていたところだった。

 

 間一髪、スザクはその間に割り込み、飛来する弩のボルトを斬り払うことに成功したのだった。

 

 そんな彼は、背後で呆然と立っている青年をチラッと確認し、内心で胸を撫で下ろす。

 

 

 だが、乱入者に慌てる事なく即座にこちらに襲いかかってくる、先程セオドライトに奇襲を仕掛けていた白ローブ。

 そのエネミーは、人型の一般(モブ)エネミーの中では最上位に位置するデータを持つ敵なのだが、しかし。

 

 

 ――何これクソ遅っせえ。

 

 

 首を傾けて頭を貫かんとする白ローブのジャマダハルによる刺突を回避して、そのまますれ違いざまにその胴を払う。

 この数日ずっと稽古をつけてくれていた赤毛の青年がよく使用していた動きを真似したその一閃は、難なく白ローブの身体を切り裂いて残光(リメインライト)を散らせた。

 

 間違いなく、強くなっている。

 あれだけピーキーだったドラゴンアーマー状態も、今ならば問題なく制御できる。

 

 この数日ただひたすら負かされ続けたことは無駄ではなかったと内心でガッツポーズを取りながら、スザクは背後の青年、聖王セオドライトに振り返る。

 

 振り返り……彼のその尊敬に輝く視線とばっちり目が合って、ウッと嫌そうな呻き声を上げた。

 

 

 ――だから俺、こいつ苦手なんだよ。

 

 

 キラキラとした目を向けてくる、先ほどとは全く違う純粋な少年のような目をした彼、聖王セオドライト。

 

 その様子は、クリムに向ける態度とはまるっきり正反対に変貌していた。

 

 

 ……スザクは、リアルでは一つ年下の彼がプロゲーマーとしてのデビュー戦になった時に、たまたま同じチームだったのだが。

 

 その際に、不安によりガチガチに緊張していた彼に対して先輩として色々面倒を見てやっていたら、なぜかめちゃくちゃに懐かれたのだ。

 

 

 以来、どうにも一緒に居るとむず痒くなるのが、スザクがセオドライトを避けていた理由の一つ。

 

 もう一つは……彼が真面目で誠実な少年という外面とは裏腹に、普段は心の内に秘めていたその過剰に正義感が強く、しかも他者に対し批判的な性格について、早い段階で理解していた。

 しかし、それをどうこう言って是正するなどの責任を負いたくなくて、逃げた負い目があること。

 

 だが……こうして助けに来てしまったのだから、もう諦めるしかないだろう。

 

「今回だけだぞ……ほら、助けてやるからシャキッとしろ」

「は……はい、スザク先輩!」

「お前の仲間たちはもうすぐそこまで来てるぞ。いけるな?」

「もちろんです、任せてください!」

 

 ――あー、やっぱ調子狂うわ、こいつ。

 

 なんだか犬が尻尾を振っているこの若い騎士の姿をうっかり幻視してしまい、深々と溜息を吐きながら……スザクはセオドライトを先導するように、もう外壁の上まで登って来ている聖王国のプレイヤーたちとの間を塞ぐ白ローブたちを排除せんと、駆け出したのだった。

 

 


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