Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
「本当に、後方で見ているだけでいいんですか、レオンお兄様?」
「いいんだ。僕ら『北の氷河』は、このままユリアの護衛。ボスは、他の人たちに任せよう」
「ですが……」
不安そうに遠くの前線を見つめているユリアが、心配そうにオロオロと手を彷徨わせている。
ユリアは、この解放に間に合うよう一点特化で成長させてきた、この『Destiny Unchain Online』では珍しい純ヒーラーだ。
そんな彼女としては、ヒーラーの
「もどかしいのは分かるよ、ユリアは優しくて真面目だからね」
そう言って彼女を落ち着かせるために頭を撫でつつも……しかし、彼は頑として、今動くつもりは無かった。
「でも、君はこんな状況にも慣れなければいけないんだ。皆に守られて、君だけは何があっても最後まで無事で居なければならない……わかるね?」
「…………はい」
チラッと背に浮かぶ光翼に目をやり、複雑そうな顔を浮かべるユリア。
しかし実際、浄化能力を持つ彼女がいるおかげで、今この場に居るプレイヤーたちはデバフから解放され、己が能力を十全に振るえているのだ。
頭では理解していても、申し訳ない気持ちで一杯な心。それをぐっと唇を噛んで耐える少女に、ソールレオンはフッと険しくしていた表情を緩めた。
「心配しないで。皆、そんな簡単にやられるタマじゃないだろう、特にクリムとか。だから大規模戦闘での動きの勉強と思って、安心して見ているといいよ」
「あ……はい!」
勉強、と言われ、パッと表情を明るくしながら戦場に真剣な眼差しを向けるユリア。やるべきことを示され元気になった妹分に苦笑しつつ、ソールレオンもボスの方に視線を向ける。
「それに……せっかく師匠と引き合わせて修行を付けてもらった『あの二人』の成長ぶりも、気になるしね」
「はぁ……それは、ユリアにはよく分かりません」
困惑の表情で首を傾げ見上げてくるユリアの頭を、ソールレオンはもう一度苦笑しながら、ポンポンと撫でるのだった。
◇
そんな、ソールレオンたち『北の氷河』が高みの見物を決め込む中で。
「うわっと!?」
「きゃあ!?」
瘴気により体を構成された巨人、その両手の部分から伸びた黒い魔力の刃の旋風が、戦場に吹き荒れる。
腰の結晶を起点に上半身を回転させながら放たれたその斬撃を、足元にいたプレイヤーたちが慌てて後退し、回避する。
遠目には動きが遅く見えても、その巨体だ。末端部分のスピードはかなり早い。
しかもその動きは変幻自在であり、背後を取ったつもりが突然振り返りもせずに斬撃が飛んでくる。
「やりにくいなぁもう……!」
「人型で人のセオリーが通じない動きをする敵が、ここまで厄介とは思わなかったです!」
悪態を吐きながら、カスミと雛菊はそれでも対応し、巨人の足元で下半身の関節に相当する結晶に執拗に攻撃を仕掛けていた。
巨人の結晶を結ぶ瘴気の線、棒人間の棒にあたる部分には、当たり判定がない。それどころか触れるとスリップダメージを受けるという、ダメージゾーン扱いだった。
また、関節の可動域に生物のような制限は無い。それが、予想を難しくさせるトリッキーな動きを見せていた。
動きの奇抜さ。
当たり判定の小ささ。
巨体ゆえの感覚の狂い。
いずれも、確かに厄介な特徴ばかり備えた手強い相手だ。
だが、クリムたちはこれまで観察に比重を置いてきたおかげで、だいたいのカラクリは理解した。
瘴気の体は、いわば武器。本体ではない。
なまじ人型をしているせいで惑わされそうになるが……今眼前に立ち塞がる瘴気の巨人は、生物としての巨人ではない。16個の浮遊する結晶の集合体である、魔法生物系エネミーだ。
「じゃが……!」
「それでも……!」
振るわれた巨人の両腕。猛スピードで迫るそれを、しかしターゲットとなったクリムとスザクは、手首と肘の結晶をピンポイントで足場にして駆け上がり、巨人の上へと飛び上がった。
「師匠よりは遅い!」
「レイジさんよりは遅ぇ!」
同じ事を叫びながら振り下ろされる、クリムの大鎌とスザクの魔剣。
しかしそれは、結晶に届く前に透明な何かとぶつかり合い、止まる。
【Absolute Defense】
【4560/7000】
【Absolute Defense】
【3820/7000】
交戦中のプレイヤーたちの視界の端に表示される、結晶体がそれぞれ備える防護障壁……『アブソリュートディフェンス』の耐久力。
それでもなおその二閃は、巨人の両肩の防護障壁とぶつかり合い、激しい火花を散らし……
「「ブチ抜けぇえええッ!!」」
バキン、と硬いものが砕ける音を立てて……無数の結晶の細片となって、障壁が砕け散った。
「よし、今です! 両肩に向けて一斉射撃!」
聞こえてきた声は、おそらくは『嵐蒼龍』のシャオのもの。
次の瞬間、数多の後衛プレイヤーから放たれた無数の火箭が巨人の両肩にある結晶へと殺到して……甲高い音を上げて、その両肩の結晶が粉々に砕け散った。
「よし、これで両腕は……いや、ダメか!」
中継となっていた両肩を失い、落下すると思われた巨人の両腕。しかし、それは両肘にあった結晶が場所を移動して、途中に関節がない紐状の腕となって再生した。
しかも……
「……うわ!?」
「……うぉ!?」
その腕を今度はまるで鞭のようにしならせて、咄嗟に後退したクリムとスザクのすぐ眼前を通過する黒いエネルギーの刃。
「本当にけったいな構造をしておるな、こやつ!」
しならせて放つ分、攻撃範囲は伸び、黒い刃先端の速度はこれまでの比ではなく高速になっていた。
逃げ遅れたプレイヤーの何人かがその刃の餌食となり
「お師匠!」
「クリムちゃん!」
「おお、雛菊とカスミ、お主らも無事じゃったか!」
ボスの足元で交戦していた二人の無事に安堵しつつも、今はまだ怒り心頭といった感じで暴れ回る巨人から、慎重に距離を取る。
周囲を見渡すと、暴れ回る巨人の腕に警戒し萎縮しているプレイヤーたちが、散発的に遠隔攻撃をしている以外、様子見に徹している。
「あれじゃ近寄れないし、迂闊に攻撃すると逃げ遅れたプレイヤーを巻き込むな」
「パニックになってる人をどうにかしないとねー」
「うむ……」
さて、どうするか――いくつか手段はあるが、どれを採用しようかとクリムが一瞬だけ頭を悩ませた、そんな時だった。
『――アぁ? 何ダカ懐かしイ魔力ヲ感じると思エバ、何だァこの状況ハ?』
どこか電波の悪いラジオのような、クリムの知らないノイズ混じりの声が、不意にクリムを中心として戦場に響き渡ったのだった。