Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜   作:resn

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祭の日の終わりに

 

 クリムがGMの呼び出しから帰還した、ネーブルのギルドハウス内。そこでは……あちこちの飲食店からテイクアウトして来た食べ物や飲み物が並べられ、ささやかな「二位入賞おめでとう会」が行われていた。

 

 

 

 

「はい、お姉ちゃん、あーん?」

「あ、あの、リコリス? 自分で食べられ……むぐっ」

 

 右にピッタリと侍ったリコリスから差し出されたポテトを、その圧に抗しきれず口に含む。

 

「あ、ずるいです、私も! はい、あーん!」

「いや、だから雛菊も……あぐっ」

 

 次は反対側から差し出されたソフトクリームと砕いたクッキーを混ぜ合わせたデザートが、匙でひとすくい、口に押し込まれた。

 

 

 

 何をしているのかというと……雛菊とリコリス、ギルドの年少組が、自分たちよりも小さくなったクリムにここぞとばかりに給餌し、構い倒しているところだった。

 

 そんなクリムがさすがに困っている様子を見かねて、フレイヤが助け船を出してくれる。

 

「あはは……ねえ二人とも、クリムちゃん困ってるよー?」

「さっきまで独占していたフレイヤお姉さんには言われたくないです」

「今度は私たちの番……なの」

「……はい」

 

 ギンッ、と二対の鋭い眼光に射抜かれて、フレイヤが青い顔で元のソファに再び腰を下ろす。

 

 助け船は即、沈没させられていた。

 

「うぅ……雛菊ちゃんとリコリスちゃんが冷たいよー、意地悪なお姉ちゃんでごめんねぇ」

「はいはい……」

 

 二人の塩対応にすっかり消沈したフレイヤはフレイに泣きついており、彼はといえば、心底面倒臭そうに双子の姉を宥めていた。

 

 神は死んだ。

 

 クリムはしばらく、お姉ちゃんぶりたい幼少組のおもてなしを、死んだ目で受け続けるのだった。

 

 

 

 

「……大丈夫か?」

「うん……年下の女の子にお世話されるの罪悪感がひどい……」

 

 夜も更けて、年少組が就寝のためログアウトした後。

 気疲れからぐったりしているクリムは、さすがに心配そうに声をかけてきたフレイにどうにかそう答える。

 

「それで……なんだったんだ、あの魔王が云々っていう公式のアナウンスは」

「あ、私も気になるー。ところでクリムちゃんはミルクで良かった?」

「うん、ありがと」

 

 

 飲み物を淹れてきてくれたフレイヤに礼を言ってカップを受け取り、一口啜って舌を湿らせると……クリムは、先程のGMとのやり取りを二人へと語り出した――……

 

 

 

 

 

 

「なるほどな、事情は分かった。しかし……レイドダンジョンか」

 

 クリムの話を聞きながら何事かを考え込んでいたフレイが、話を聞き終えて口を開く。

 

「この話、ほかの二人には口止めしたんだよな?」

「もちろん」

 

 フレイの疑問に、クリムがはっきりと頷く。

 

 領内にレイドダンジョンがあるなど、公開できたものではない。

 まだ現時点では付近に他のプレイヤーの領土は無いため今しばらく猶予はあるだろうが、下手をしたら領土戦がわんさと舞い込みかねない。

 故に、クリムはあの時点ですでに、同盟の提案と共に他言無用をお願いしてきていた。

 

「うん、ソールレオンのほうはむしろ共闘に乗り気みたいだから、問題ないと思うよ」

「となると、問題は嵐蒼龍、シャオの側だが……」

「うーん……それも多分、大丈夫じゃないかなぁ。自分に利がある話をわざわざぶち壊すようなタイプじゃないと思うけど」

 

 確証があるわけではないが……彼は信用ならないが、自分の利には正直なところがあるとクリムは思っている。

 少なくとも、このまま行けば最強の手札である北の氷河と労せず共闘可能なのだ。みすみすその札を手放すとも考えにくい。

 

「というわけで、準備やら何やらで決行はひと月以上先になるけれど、そのつもりでいて?」

「ああ、わかった」

 

 そう言って、くっとカップに残っていたコーヒーを飲み干したフレイが立ち上がる。

 

「さて……俺は寝るかな。フレイヤも、クリムに血を吸わせてやるならあまり遅くならないようにな?」

「あ、うん、そ、そうだね……」

 

 何故か真っ赤になって視線を揺らし、もじもじと髪を弄り始めたフレイヤの様子に、フレイが面白がっている表情でクリムへと向き直る。

 

「それじゃ、ま……お邪魔虫は退散しますかね。お二人さん、ごゆっくり」

「ちょ……そういうのじゃねーから!?」

 

 瞬間的にボンっ、と顔を真っ赤にし、思わず抗議の声を上げたクリムを残し、フレイはスッとログアウトして消えていく。

 

「全く、あいつは……」

「それじゃ、その……始める?」

「あ……う、うん」

 

 何やらおかしくなってしまった雰囲気。

 心臓が破裂しそうなほど暴れているのを感じながら、クリムは「これは食事、これは食事だから……」と必死に自分に言い聞かせつつ、フレイヤをソファにそっと押し倒した。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 

 

「はぁ……はぁ…………どう、満腹になった?」

「う、うん……ありがと」

 

 うっすらと顔を上気させ、ソファに仰向けに横たわったまま潤んだ瞳で見上げてくるフレイヤ。

 その姿にクリムは妙にドギマギとしながら、つい素っ気なく答えてしまう。

 

 ――ヤバい、結構吸ってしまった、歯止めが利かなかった。

 

 黄色を通り越して軽くレッドゾーンに突入している彼女のHPゲージに、クリムは今更ながら、自分がどれだけの時間夢中になって彼女の血を啜っていたのか察し、口元を覆って真っ赤になる。

 

 

 ……美味しかった。

 

 そう告げるのはなんとなく倒錯的に過ぎると思い、堪えた。

 

 

「ふぅ……まずいなぁコレ、前より気持ち良くなってるよ……」

「……ん、聖、何か言った?」

「な、なんでもないよ!?」

 

 クリムは、慌てて否定する彼女の様子に首を捻るも、まぁいいかと、小さな姿から大きな姿に戻る際に着崩れていた着衣を直す。

 

 そこで……ふと、視界端にメッセージの着信を知らせるマークが出ていることに気付く。

 

「……あ、父さんからメッセージだ。明日入学式だけど大丈夫か、忘れてないかって」

 

 春休みは、今日で終わり。皆、明日からは新学年だ。

 特に紅たち三人は明日から高校生。あとリコリスも、中学生になるためバタバタしているらしい。

 

「そっちも、私に付き合ってログインしてるけど大丈夫?」

「うん、大丈夫だよー」

 

 こちらもはだけた胸元のボタンを直しながら、ふやっと緩く笑うフレイヤ。

 そこで彼女はふと、何かを思い出したかのように自分の首元を指差し、言葉を続ける。

 

「それに宙さんから、紅君にリンク済みのN(ニューラル)L(リンケージ)D(デバイス)に接続する映像音声入出力デバイスを預かっているから、明日は私が紅君の目になるからね」

「うん、ありがとう」

 

 現実での体が動かせない紅は、自らのNLDとリンクした機器…… 映像音声入出力デバイスを聖に渡してある。

 それで紅と彼女のNLDとリンクさせ、向こうでは起点となるそのデバイスからネットワーク経由で情報を取得して、仮想空間内から学校に通うことになる。

 

 

 ……あるいは、先進的な取り組みにも旺盛ならしい明日から通う学校には、障害を持つ生徒、あるいはなんらかの事情で不登校となった生徒用に同様の設備も備えているのだそうで、それを使用するという手段もあるらしい。

 

 

「それにしても、学校かぁ……まさか、こんな形で入学するなんて思わなかったなぁ」

 

 ……実は、今や一般へと普及しているNLDの開発経緯というのは――元々はベッドから起き上がれない人や、後天的に視力を失った人が社会活動に参加するための医療機器だった、という事情がある。

 

 そのため、奇しくも紅はこの件で、その本来の用途で使用することとなるのだった。

 

「……早く、向こうで一緒に学校行けるといいね」

「そうだね……さて、聖もそろそろ休まないと」

「うん、それじゃ……また明日」

 

 そう言って、最後にふっと微笑んでフレイヤの姿が消えた。それを見送ったクリムは、今までフレイヤの居たソファにコロンと寝転がり、目を閉じる。

 

 

 

 ……だが、しかし。

 

 

 

「……眠れない」

 

 明かりを落とし暗くなった部屋の中で、クリムが横になったまま、ボソッと独りごちる。

 

 滑らかな首筋を噛み破った感触。

 口内に流れ込んでくる血の熱さと、脳髄を蕩かすような甘さ。

 そして、すぐ耳元から発せられていた徐々に荒くなっていく吐息が、耳朶をくすぐる感触……

 

 そうしたものが、こうして一人静かに横になっていると次々に感触を思い出してしまい、心臓の鼓動が激しくなって全く眠気が訪れない。

 

 

 ……そんなわけでクリムは、まだしばらくは寝付けそうになかったのだった。

 

 

 


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