Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜   作:resn

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Destiny Unchain Offline ①

 

 

 ――紅たちの高校の入学式の朝。

 

 

 ギルドホーム最奥にある自室で目覚めた紅は、椅子に腰掛け、目を閉じる。するとすぐに訪れたのは、まるで自分が世界から剥離するような感覚。

 

 ……今のクリムは、『Destiny Unchain Online』にログインはしているが、その世界には居ないという中途半端な状態となっていた。

 

 そんな真っ暗な空間で、クリム……『満月紅』は、一つのプログラムを立ち上げる。

 

 

 

『登録済みの機器"NR-AV0589"へとアクセスします。よろしいですか?』

「うん、お願い」

 

 平坦な女声の機械音声が、許可を求めてくる。それに返答すると……真っ暗なトンネルから抜け出た瞬間のように、光と情報の津波が視界に押し寄せてくる。

 

『……くん……れ……しいなあ……っと、紅くん、聞こえる?』

 

 ノイズ混じりだった音声が、すぐに登録されている機器と同期されて鮮明になってくる。おそるおそる、最初の一声を発してみた。

 

「……聖?」

『あ、聞こえた? おはよ、紅くん!』

「あ……うん、おはよ」

 

 返ってきたおっとりしながらも元気な少女の声に、紅はつい、照れてしまい口ごもりながら返答する。

 

 それもやむなしで……紅はいま、聖のNLDに接続され、その肩に設置された半球形の、周辺情報を取得する映像音声入出力デバイスを起点に仮想空間から現実世界を見ている。

 その感覚は……小さな妖精となり、聖の肩に腰掛けて現実の街を眺めているような感じだった。今の紅の視点だと、すぐ横に彼女の顔があるのだ。

 

『ね、ね、制服どうかな、可愛い?』

「う、うん……すごく可愛いよ、似合ってる」

 

 傍らの店舗の窓に映った自分の制服姿が紅によく見えるように、くるっと回ってくれた聖に、紅は照れながらも、どうにか褒め言葉を口にする。

 

 普通であればこれほど接近することなど稀なほど、すぐ間近にある横顔。綺麗な輪郭をした、優しげな垂れ目気味の少女。

 

 そんな彼女が纏う真新しいその制服は、赤のチェック柄をしたスカートに、緑がかった紺色のブレザー。落ち着いたデザインのその制服は、だが聖にはよく似合っていた。

 

 

 

 現実世界の彼女は、腰まである、地毛にもかかわらずやや明るめな色の髪を、左側だけ耳の後ろあたりでひとすくいだけ細い三つ編みにしている。

 

 身長は、おおむね同年代の平均値だが、スタイルは良いのが制服の上からでもよく分かる。

 

 総じて見て……紅の主観としては、掛け値無しに美少女と言っていいと思っているその姿。

 だがその白い肌、首筋あたりには、痛々しい傷痕が残っている。しかし、彼女は昔からそれを隠さない。気にしてなどいないことを誇示するかのように。

 

 

 

『やった、紅君に可愛いって褒められた』

 

 そんな彼女は、どこか気が抜けそうなほややんとした笑顔を振りまいて、上機嫌に歩いていた。

 

『って言っても、紅は姉さんのこと、いつだって可愛いとしか言わないけどな。なー、紅?』

「う、うっさい! ……昴も、おはよう」

『ああ……こっちでは、久しぶりだな』

 

 茶化すようにそんな声を掛けてきたのは、同じカラーのブレザーとベージュのチェック柄のスラックスを纏い、女子もかくやというサラサラな髪をわざとくしゃりと乱し整えた、こちらも美形と言っても差し支えない、聖よりも頭ひとつ大きな少年……昴。

 

 彼は、紅のほうを覗き込み、眼鏡を押さえながらククッと意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

 ……余談だが、NLDには視覚補正機能がある。ゆえに眼鏡などは本来必要ないのだが……何故か彼は昔から、その機能を切って眼鏡にこだわっていた。曰く……「僕に似合うだろう?」とのことだったので、紅は追及をやめた。

 

 

 そんな幼なじみ二人だが……もうずっと長いこと、こうして対面していなかった気がする。

 

「本当に、久しぶり……」

 

 仮想とはいえ現実へと帰ってきたことに、紅は無性に胸がいっぱいになって、思わず声が震えてしまった。

 そんな紅のことを……幼なじみ二人は、優しく見つめていたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 ……と、紅の情緒がようやく落ち着いてきた頃。

 

『それで、ここは……駅前?』

 

 聖の肩から眺める見慣れぬ風景……否、一度だけ面接の際に通った気がする風景に、紅が疑問を口にする。

 

「そうだよー、紅くんは去年一回しか来てないんだよね? 学校まではあと、徒歩で十分ってところかなー」

 

 それはどうやら間違いではなかったようで、隣の聖がクスクスと笑いながら頷いた。

 

 

 そんな三人の眼前で、これまで滞りなく流れていた自動車たちが交差点手前で整然と停車する。これは、都市部では整備が完全に終わった自動運転車の列だ。

 

 やがて聖たちが立ち止まっていた横断歩道、その手前に道を塞ぐように点灯していた赤い破線のラインが消えて、今度は左右に歩行者を誘導するための青の破線が現れる。

 

 

 

 ……ちなみにこれは、路面にLED電飾が埋め込まれて光っている……というわけではなく、NLDを介したAR(オーグメンテッド・リアリティ)表示によって点灯している。一応なんらかの事情で未着用の者のために、数個だけ実際に埋まってはいるが。

 

 ゆえに、信号機というものは存在しない。景観上の理由とやらで、教科書に載っている昔の街中に見られた電柱や電線などは、紅たちの世代が物心ついた時には姿を消していた。

 

 また、車側は同様のシステムにより、フロントとドアのウィンドウに設置されたHUD(ヘッドアップディスプレイ)に表示されることが、現行法では義務付けられている。

 

 尤も……自動車など、都市部ではほぼ自動運転化されており、そのようなシステムが不要となって久しいのだが。

 

 

 

 そんなわけで信号が青に変わり、それに合わせて歩き出す通行人たちの流れに……

 

『う……街って、こんな人居たっけ……』

 

 慌ただしい人の流れに酔った紅が、情けない声を出す。

 

「あはは、紅くんてば“そっち"に慣れ過ぎだよー」

「まぁ、ネーブルに比べたらだいぶ多いからな」

『あ……そうか、そうだよね……』

 

 そもそも、これでも一昔前、両親の世代から見たら、人口の減少やリモートでの就業の普及によって『だいぶ人通りも減った』らしいのだ。紅たち若者からすると、いまいちピンと来ないのだが。

 

「しかし紅、音声出力、クリムのままなんだな?」

『え、そ、そうなの!?』

「そうなんだよねぇ。宙おじさんがそんな凡ミスをするとは思えないんだけど……後で聞いてみるね」

『うん、お願い……学校では、直るまで極力話さないようにするね』

 

 そう言って、ちらほらと聖や昴と同じ制服の生徒を見かけるようになり始めたので、小声で話す。

 

 この声のせいで女の子と思わせてしまったら、現実に帰り、男に戻った際に困ったことになりそうだからと……まだこの時の紅は、そんな風に思っていたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 ……そうして、談笑しながら歩いておよそ十分。

 

 道の両脇に並ぶ桜並木のトンネルを抜けた先に、目的地となる、これから三年間通う学校の門が見えてきた。

 

「さて、着いたぞ」

「うーん、やっぱり立派な校舎だよねぇ。さすがお金持ち学校」

『いや、お金持ち学校って……』

 

 ふわふわと変なことを言う聖に、紅が苦笑する。

 だが、正門から入って正面玄関までの間には桜舞い散る立派な庭園が整備されていて、確かにそう思うのも致し方ないだろう。

 

 

 私立、杜之宮(もりのみや)学園。

 紅たちが暮らす本州北の政令都市郊外にある、私立の進学校だ。

 

 庭園の先にある校舎はまだまだ新しく、少し前に先進技術を詰め込んで新築したモデルケースとして少し話題になったことのあるその学校。

 

 VR・AR技術を施設に取り入れることにも積極的であり、紅がこのような状態で通学するうえで、それは非常にありがたいことでもあった。

 

 

 

 当然、学費と、付随する寄附金のほうもあまり一般家庭向けとは言い難いが――そも、紅の両親、そして聖と昴の父親は、大規模に展開されているMMORPGの開発や運営を行えるだけの規模があるNTEC社の代表と重役であり……それ以前に、現在ほぼ全ての日本人に普及しているNLDの基礎設計と開発を行なった()()()()()()()()()()()()()という、超のつく有名人なのだ。

 

 特に紅は……両親とも贅沢には興味ない仕事人間であり、紅自身もすっかりそれに慣れているため、割と一般的な質素な生活を送っているが……その実、かなり裕福な家庭だと思っている。

 なんせ満月家の総資産というのはそれこそVRMMOの開発・運営会社を単独で新規に設立できるレベルのものらしいのだから。

 

 望むならば、紅が「お坊ちゃん」と言われて使用人に傅かれて過ごしていても不思議ではないほどに、凄まじい額となっているのだよ……と、母は紅に自慢げに語っていた。

 

 

 

 ……とはいえ、それでも両親が自分たちに多額の投資をしてくれていることに変わりはなく。

 

『……そんな学校に入れてくれたんだから、勉強もちゃんと頑張らないとね』

 

 自分に言い聞かせるように呟いた紅の言葉に、聖と昴もこの時ばかりは真剣な顔で頷く。

 

 

 世間的に見ると凄まじい業績を積み重ねている両親だ、その子である自分はゲームに嵌って成績を落としました、などとは絶対に言うわけにはいかない。

 最近ではすっかりゲーム脳になっている自覚のあった紅は、改めて気分を入れ替えて、その学舎を見上げるのだった――……

 

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