Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜 作:resn
受付で、聖と昴が上級生の先輩方から胸に花を付けてもらい(ちなみに紅の分は聖の肩にあるデバイス下部に貼り付けられた)、案内されて移動した入学式の会場である学生会館ホール。
そこで行われた入学式もつつがなく終わり、紅たちは今、移動中の生徒の最後尾を、割り当てられた三階の教室へと向かって歩いていた。
「理事長、話短かったねー」
「まあ、長々と話されるよりは好感は高いな」
『まあね……でも、短いけど良い話だったと思うよ』
そう私感を告げて、紅は先程の理事長の言葉を振り返る。
――私は、多くのことは言わない。
我々大人にできるのは、諸君が学ぶ場所と環境を用意することだけだ。
あとは諸君自身に、何を学びたいのか、何を学ばなければいけないのか、自分で見つけていってほしい。
そして、それが見つかったあかつきには、我々を思う存分利用し倒してくれるならば、我々としては嬉しく想う。
そんな、簡潔かつ当然の内容。だがそれは、ストンと紅たちの腑に落ちたのだった。
「紅がこの学校を選んだのも、あの理事長の存在なんだったよな?」
「格好いいおじさまだったねぇ。銀色の髪をしていたけど、外国の人なんだっけ?」
『うーん、どうだろ……国籍は日本だったはずだけど』
理事長のその日本語の発音には違和感はなかったのだが、髪色といい顔立ちといい、明らかにアジア系の人物ではないのだ。
「でも、他にもあるんだろ、あの理事長にこだわった理由は?」
『うん……あの人が、僕らの親と一緒に
紅が何気なく呟いた言葉に、二人が一瞬黙り込む。
そして……その内容が脳内に染み渡った途端、二人の顔が驚きの表情に染まる。
「そ……そうなのか!?」
「は、初耳だよー?」
『うん、公にはしていないけど、教えてくれたのは当事者である父さんだから、間違いないと思う』
「まあ……お前がなんでこの学校を志望したか、納得した」
「紅君は、お父さんと同じくVR技術のエンジニアになりたいんだもんねー」
『あはは……どうしたら追いつけるか、まだまだ皆目見当もつかないけどね……』
二人の言葉に、苦笑する紅。
世界初のフルダイブVR機器を完成させ、そして今度はNLDの完成によって人類の技術を数十年推し進めたと言われた天才……それが、先程の理事長だ。
また、エスカレーター式に上がれる大学においても、工学やVR技術などをはじめとした講義において教鞭を取っており……この杜乃宮は、彼からそうしたVR技術を学ぼうとする者たちの集まってくる、密かな人気校だったりもする。
紅も、彼に教えを乞い、父と並んで立てる技術者になりたい……そんな漠然とした願望があったが故の、杜乃宮志望だった。
「っと、ここだな」
そんな事を話しているうちに、目的の教室に着いていた。
「みんな一緒の教室で良かったねー」
「ま、科で2クラスしかないしな」
この学校には普通、理数、芸術……いくつかの科はあるが、少子化の進行により、どこもあまり生徒数は多くない。
その中でも紅達の入った普通科が一番クラスは多いが、それでも2クラスしかないのだ。
クラスの皆はすでに入室し、紅たちが最後となる教室のドアを潜った瞬間、眼前にARで表示される座席表。
それによると……どうやら紅の座席は中央最後尾。そしてその前席が昴で、右隣が聖の座席らしい。
――これは、自分の補助のための意図的な配置かな。
その学校側の配慮を感じられる作為的な席順に、紅はなんとなしにそんなことを思うのだった。
「それじゃ紅君、また後でね」
そう言って、聖が肩のデバイスを外し、紅の指定席となる卓上の一角に置く。
すると無線で接続されたデータに従って、仮想空間にいる紅のアバター周囲に、教室内の複数のカメラ映像からリアルタイムで再現された教室の様子が再現された。
そんな中で、紅は仮想の椅子を引き、自分の席に腰掛ける。
――なんというか、気分は透明人間だな。
こちらからは教室の皆が見えているのに、周囲の生徒からはこちらは見えていない。
もっとも……今の紅は少女である『クリム』のゲームアバターなため、周囲から見えたら困るのだが。
そんなことを考えながら、机の上に展開されるARタッチパネルを操作して、ライブラリに格納されている電子書籍の教材などを確認がてら眺めていると……教室の前のドアが開き、一人の初老に差し掛かるか否かという優しそうな女の人が入ってくる。
彼女は、教室正面の巨大なホワイトボード(これもARで書いた内容が表示される)に名前を書くと、改めて紅たち生徒のほうへと向き直った。
「はい、皆さんご入学おめでとうございます。私がこのクラスの担任となります、『
なるほど、浅井先生ね……そう、一年間お世話になるであろう彼女の名前と顔を頭に刻み込みながら、粛々と進行していくガイダンスを聞いていると。
「それでは月並みではありますが、今年一年間一緒に学ぶ皆さんで一人ずつ、自己紹介していきましょうか!」
朗らかにそう告げられた瞬間、紅は血の気が退く思いがした。
――しまった。このイベントを忘れていた。
大抵行うであろう、この自己紹介イベント。
だが……今の紅には、鬼門もいいところだ。
『あ……ぅ……』
チラッと聖たちのほうに視線を向けると……彼女らも、しまったという顔をしていた。
そうこうしているうちにサクサク順番は進み、紅の番が来てしまう。
沈黙する紅。
興味津々で、その発言を待つ生徒たち。
注目を一身に集める中、圧力に押し出されるように、せめて最後の抵抗として蚊の鳴くような声を絞り出す。
『……満月……紅、です……』
最低限の内容を、極力小さな声で話したつもりだった。
だが、シン……と静まり返っている教室内では、それは思いの外響いたのだった。
「か……」
誰か……多分女子……が、そんな声を漏らしたのが皮切りだった。
「かわいい! すごく可愛い声!?」
「え、女の子!?」
このご時世、男女平等の観点から出席番号も男女混合だ。
どう聞いても女の子にしか聞こえない声に沸き立つ教室の様子を見て、紅は、やってしまった……と頭を抱える。
「静かに! 皆さん、静かにー!?」
担任の女性教師が慌てて場を鎮めると、そこは成績優秀な杜乃宮の学生たち、スンっとあっという間に静かになる。
「えー、コホン。満月紅さんは、今は事情により入院中で、ベッドから離れることができないと親御さんから連絡がありました。そのためしばらくはVRで通うことになりますので、皆さん困っていたらサポートしてあげて、仲良くしてくださいね?」
その担任の言葉に、シン……と静まり返る教室。
重くなった空気の中、「可哀想……」と誰かが同情の声を上げた。
『あ、あの……別に命に関わるわけではないので……あまり深刻に考えないでいただけると……』
たまりかねてそう言う紅だったが……
「良い子だ……」
「困ったことがあったらなんでも言ってね!」
……それはどうやら紅の意図に反して健気さを強調しただけに終わる。
――入院中で、せっかくの入学式に出席できなかった、
そう、思春期ならではの空想力によって余計な属性が
隣では聖があわあわと、どうすれば良いか分からず慌てており、昴はというと……なんと机に突っ伏して、周囲から気付かれないように肩を震わせていた。
――後で絶対に抗議するから覚えてろ。
こんな状況でも面白がっている幼なじみに、紅はこっそりと復讐を誓うのだった。