Destiny Unchain Online 〜吸血鬼少女となって、やがて『赤の魔王』と呼ばれるようになりました〜   作:resn

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合同演習

 

「へぇ……随分と、厳重に防備が組まれているね」

「ふふん、ポイントは大量にゲットできたからの」

 

 感心したようなソールレオンの言葉に、クリムはふふん、と胸を張って自慢する。

 

 森を抜けた場所、ネーブルの町へと向かう途中の道には、左右が崖となった道を塞ぐように、以前には無かった重厚な石積みの外壁が佇んでいた。

 これは建造可能だった町の外壁の中では最も堅牢なもので、それをクリムは惜しげもなく投入していた。

 

 そんな外壁の門を潜ると……そこには、見慣れた山嶺と湖畔の町の姿が、視界いっぱいに広がっている。

 

「へぇ…これは、なかなか壮観な眺めじゃないか」

「いい景色ですねぇ。僕たちの拠点は雪ばっかりで寒々しいから羨ましいです」

「全くだ。嫌いじゃないが、ああ白と灰色ばかりだとな」

 

 そう感嘆の声を上げるソールレオン。他の者たちも同様に、陽光に煌めく湖が織りなす景観に目を奪われていた。

 

 

「うむ……ようこそ北の氷河の諸君、このクリム=ルアシェイアの守護する町、泉霧郷ネーブルへ!」

 

 そう、胸を張り腕を広げて、初めての客人を歓迎するのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 ――そうして北の氷河の面々を案内した、クリムたちのギルドハウス。

 

 

 

「……雛菊ちゃんからもリコリスちゃんからも警戒されていて、お姉さん悲しいです……」

 

 事前の警告が功を奏し、彼女が近付くとササッと間隔を空ける雛菊とリコリス。

 そのあからさまに警戒されている様子に、すっかり落ち込んでる様子のエルネスタだったが……そんな中、一人だけ近寄っていく者が居た。

 

 それは……謝罪したいと言っていたフレイだ。

 

「その……エルネスタさん。大会のときは申し訳ありませんでした」

「え……ああ、あなたはあの時の魔法使いの。あの戦闘中のことですか?」

 

 そう言って、胸を軽く押さえはしたものの、特に気にした様子もなさそうなエルネスタが首を傾げる。

 

「私としては、戦闘中のよくあることとしてあまり気にしていなかったのですが……」

「そっ……それでもけじめとしてだな」

「ふふ、意外と律儀な方なんですね?」

 

 必死に目を逸らすフレイに、何かに気付いたエルネスタの表情が、若干悪戯っぽい笑みに変わった。

 

 ――あ、年上のお姉さんに目付けられたな。

 

 皮肉屋を気取っていても、義務教育を終えたばかり。しかもクリムたちくらいの青少年は、だいたいが年上の綺麗なお姉さんには弱いものだ。

 恋愛経験値はクリムが知る限り皆無な幼なじみが、果たして彼女の目にどんな風に映っているのか……

 

 南無、と内心フレイに黙祷を捧げるクリムなのだった。

 

「わざわざ気になさってくれていたのですね。ふふ……お可愛いですこと」

「ふ、ふん……そんなんじゃない」

 

 負けた相手に今は優位に立てたからなのだろう、どこか楽しげに微笑んで距離を詰めてくる彼女に、フレイが珍しくタジタジになっていると……その間に、一つの小さな人影が割り込んだ。

 

 それは、彼女を警戒して雛菊と一緒に物陰に隠れていたはずの、半機械の少女。

 

「えっと……り、リコリスちゃん?」

「そういうの、良くないと思います」

 

 引っ込み思案な少女にしては珍しく、ジトっとした目で睨んでくるリコリスに、エルネスタが怯み、後ずさる。

 

「……ええ、そうね、ごめんなさい。フレイさんも、悪ふざけが過ぎました、申し訳ありません」

 

 さすがにやり過ぎた自覚があったエルネスタが、素直に頭を下げる。

 だが、その彼女はすぐに、優しげな目をリコリスに向けて微笑んだ。

 

「それに……ふふ、そういうことなのですね?」

「な……なんでしょう……?」

 

 怯むリコリスの耳元に口を寄せて、クリムたちには聞こえない小声で何かを囁く彼女。

 次の瞬間、リコリスの顔が「ボンッ」という擬音が聞こえてきそうなほど、瞬時に真っ赤になった。

 

「そ……そういうのじゃないです……っ!!」

「あ、リコリスちゃん!?」

 

 真っ赤になって逃げ出したリコリスを追って、フレイも走っていってしまう。

 そんなドタバタ劇を見送ったクリムは……事の元凶である女騎士の下へ、ジト目で睨みながら寄っていく。

 

「……お主、リコリスに何を吹き込んだのじゃ?」

「いいえ、大したことでは。ちょっと、素敵なお兄さんを奪うつもりはないから安心してくださいと言ってあげただけですわ」

 

 ああ、あの初々しい反応、なんて可愛らしいのでしょう……と頬に手を当てて身を震わせ、悦に入っているエルネスタに、クリムが深々と溜息を吐いた。

 

 ――リュウノスケがいま仕事中でログインしていなくて良かった。

 

 そう、胸中で呟きながら。

 

 

 

 

 ◇

 

 挨拶を済ませた両ギルドは、まずお互いの実力を再確認したいと言うラインハルトの提案によって、シュヴァルツヴァルトへと戻る。

 

 目指したのは、クリムも普段あまり踏み込まない、シュヴァルツヴァルト西部深層。

 普段歩き回っている東部よりもさらに強力な魔獣たち、そして暗い森を住処とする巨大な魔蟲が多数徘徊するその場所では、アドナメレクを想定してクリムとソールレオン、そしてリューガーら魔族種族のプレイヤーは後方で見学し、それ以外の面々で戦闘演習を行なった。

 

 そんな演習も満足するだけ行って、ルアシェイアのギルドハウスに戻ると……

 

「皆様、お疲れ様でした。お茶の用意ができていますのでどうぞ」

 

 そう言って、ソールレオンのメイドであるレティの用意してくれていた冷茶やテーブルに所狭しと並ぶお菓子の数々。

 それらを皆で楽しみながら、今日の戦闘内容について振り返っていた一行だったが……

 

 

 

 

「ふぅ……やっぱりメインタンクって大変……もっと頑張らないと…」

 

 そう、メンバー内で最も疲労した様子のフレイヤが呟く。

 

 この数日、ログインしている間ずっとクリムは彼女につきっきりでメインタンクの指導をしていた。

 その甲斐あってか、彼女のタンクぶりはだいぶ様になっていたのだが……やはり、最前列はまだ気疲れがひどいらしい。

 

 そんな彼女に声を掛けたのは……なんと、あまり言葉を発していなかったリューガーだった。

 

「君は自信を持て」

「……え? あ、す、すみません……」

 

 ボソリと、あまりに端的な言葉。

 聞き様によっては責めているような言葉に、ビクッと肩を震わせたフレイヤだったが……それを見て慌て出したのは、当のリューガー本人だった。

 

「い、いや……俺はそんな責めるつもりではなく……」

 

 あたふたと言葉を探し出す彼に、皆ポカンとしていると……見かねたエルネスタが、苦笑しながら彼の言を補足してくれる。

 

「ふふ、彼はですね、貴女が十分に一線級の実力があるから自信を持っていい、と言いたいのですよ」

「そ……そうだ」

 

 翻訳してもらえたことに、ホッと安堵の息を吐いているリューガー。

 

 

「あ……ありがとうございます……」

 

 まさか本職に褒められるとは思っていなかったらしく、頬を染め、にへら、と表情を緩めて俯くフレイヤ。

 

「良かったね、フレイヤ?」

「うん、クリムちゃんが色々教えてくれたおかげだよー」

 

 褒められ、嬉しそうに笑って抱きついてくるフレイヤに、クリムも今回は大人しくなすがままにされながら、笑顔を浮かべるのだった。

 

 

 

 

「……さて、お互いの実力も把握できただろうし、それじゃレイドに向けて、もう少し話を詰めていこうか」

 

 そう言って、リビングの片隅に設置されているボードを引っ張り出してきたソールレオンに、弛緩していた場の空気が引き締まる。

 

「まずルアシェイア側なんだけど……実力的には皆、問題はない」

 

その太鼓判に、緊張していたルアシェイア側のプレイヤーが、安堵の息を吐く。

 

「ただ……あまり私が言えた義理でもないが、君たちは個がそれぞれ突出しているからな。ギチギチに行動を縛るより、ある程度自由に動くほうが実力を十全に発揮できるかもしれないね」

「ふむ、それでは我々は状況を見て、我かフレイの判断で遊撃に当たればよいかの」

「うん、それでいいと思う。見た感じクリム君とフレイ君は結構場数を踏んでいるみたいだから、適切な指示を出せると期待させてもらっていいね?」

 

 そう確認するソールレオンに、クリムとフレイはまかせろ、と頷く。

 

「あとは、クリム君やフレイ君、それとフレイヤ君も大丈夫みたいだが、AoE…… 『Area of Effect』の対処方法についてだな」

 

 ソールレオンの言葉に、クリムたち三人が頷く。三人とも伊達に一緒にさまざまなゲームを渡り歩いてきたわけではなく、重々承知していた。

 

 だが……今回が初レイドである雛菊とリコリスは、そうではないだろう。

 

「えりあおぶえふぇくと、です?」

 

 案の定、首を傾げている雛菊とリコリス。

 

「高難度のレイドボス戦だと、フィールドに所狭しと様々な敵攻撃予兆範囲が表示されるのさ。大抵は強力なダメージや厄介なデバフを受けるギミックで、対処を間違えてしまうと一気に壊滅する時もある」

「むぅ……」

「ひぇえ……」

 

 雛菊の質問を受けて答えるソールレオンの怖い言葉に、雛菊もリコリスも、軽く慄いていた。

 

「はは、大丈夫だよ二人とも、大抵はだいたいパターンがあるし、対策を覚えて冷静に対処すれば、そこまで難しくないよ」

「そうだな。集合に散開や頭割り、よくある奴を説明しておくから、動きを覚えてもらいたい」

 

 不安がる年少者二人に優しくラインハルトがフォローすると、それに追従したソールレオンはそう言って、サラサラと主要なAoEについて書き出していく。

 その様は、さすがは戦闘ギルドの長だけあって、説明に淀みがない。

 

 そんなわけで、急遽開かれたレイドボス講習。

 

 先程出てきたもの……複数ターゲット中心範囲や、範囲内のプレイヤーでの頭割りダメージ攻撃などへの対処法。

 

 他にも、色々とある。

 

 ボスに紐付けられたプレイヤーへの範囲攻撃と、そのターゲットの受け渡し。

 

 複数の範囲にプレイヤーが留まって範囲攻撃発動を阻止する……いわゆる『塔ギミック』への対処。

 

 その他、ヘイトリセットやDPSチェックなどの注意点。

 

 未踏破レイドバトルということでどのような行動をしてくるかも不明なため、まるで知っている全てを教えようとするかのように次々と説明してくれるソールレオンに、雛菊もリコリスも、齧り付くようにして話を聞いていた。

 

 また、あらためて復習するのも悪くないと真剣に耳を傾けるクリムたち経験者も交えて、講義は進む。

 

 そうした様々な講義を、メイドさんが淹れてくれるお茶やお菓子に舌鼓を打ちながら聞いて……やがてそれは討論会へと変化しながら、ゆっくりと週末の夜は更けていくのだった――……

 


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