故郷には先に進んでは行けない階段がありました。その先で待っていたのは…。

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階段神社の逢瀬

 

僕の故郷は地方の山間にある小さな村でした。そこには深い森へと続く長い階段がありました。真っ直ぐ伸びた階段の途中には十人程度の子供が走り回れるくらいの広場があって、村の子供達の遊び場でもありました。

 

階段は広場の先からも続いていました。しかし、大人は口を揃えてその先へ行ってはいけないと子供達に言い付けていました。人喰いお化けがいるぞとか、村の事なら何でも知っている神様がいて、近付けば不敬だとして祟りがあるぞとか。大人によって差異はあれど、そんな事をよく聞かされました。実際広場で遊ぶ子供達の中にも、誰かの泣き声が聞こえたと言う子が何人かいて、当時の僕もその一人でした。

 

それはいつものように友達と広場で遊んでいた時でした。ふと僕達の耳に誰かの泣き声が聞こえてきたのです。シクシクと咽び泣いているようでした。僕達は辺りを見渡しましたが、もちろん泣いている人はいません。

 

不気味に思って僕達は家へ帰ることにして、僕も最初そうしようと思いました。しかし階段を下りていた時、僕はその声が女の人のものだと気が付きました。泣いている人を放っておけない正義感と、女の人は皆優しい人という思い込みもあって、僕はついその泣き声の主が気になってしまいました。そして友達とそれぞれの家へ解散したところで、僕は一人で再び階段に戻ってまた上り始めました。

 

広場に着くと、案の定泣き声はさらに続いている階段の先から聞こえていました。僕は少々怖かったですが、勇気を振り絞ってさらに階段を上っていきました。

 

階段はそんなに長くなかったと思います。上り切るとそこは、小さな境内がある神社でした。もう人の手が入らなくなって久しいようで、至る所がボロボロで苔むしていました。社の原型を保てているのが不思議なくらいです。

 

そんな境内の真ん中で、女の人が泣いていました。古めかしい着物を着ていて、腰くらいまで伸びた綺麗な黒髪で、その時顔は見えませんでしたがとても若い印象でした。

 

「お姉さん、どうしたの?」

 

僕は女の人に近づいて声を掛けました。女の人は声をしゃくりあげながら答えてくれました。

 

「ずっと一人だから、時々寂しくて泣いちゃうんだ。我慢しなきゃいけないのに」

 

気持ちを吐露したせいか女の人は涙が溢れてきてしまったようで、顎まで伝ってきた涙が雫となって落ちて、境内の石畳を濡らしました。

 

「ごめんね。ありがとう。でも坊やはお家に帰りなさい。もうここに来ちゃいけないよ」

 

女の人はそう言いました。しかしその時の僕は、この人をどうしても放っておけませんでした。

 

「じゃあ、これから僕がお姉ちゃんにいつも会いに来たら、お姉ちゃんは寂しくない?」

 

「え?」

 

その時に目を擦り続けていた女の人の両手が顔から離れました。子供だった僕でも息を飲むくらい、目鼻立ちの整ったとても美しい顔でした。

 

それから僕は最低でも週に一度、他の人にバレないよう気をつけながら、神社へと続く階段を上りました。女の人は境内でいつも待っていてくれました。彼女の名前はよく覚えていません。名前を聞いた時にとても難しい名前で、最後の「ミコト」という所だけ上手く聞き取れたことから「ミコト姉ちゃん」と呼んでいました。自分も名前が「豊」だと教えると、彼女は僕を「豊くん」と呼んでくれるようになりました。

 

ミコト姉ちゃんと会ってする事といえば、村で起きた出来事を僕が彼女に聞かせたり、二人でできる簡単な遊びをする事でした。あやとりや、境内だけの隠れんぼなんかをしていた気がします。今思えば随分と退屈な事をしていた気がしますが、当時は彼女と遊べるだけでとても楽しかったのです。時を同じくして、広場で泣き声を聞く子供はいなくなりました。

 

そんな日々を過ごしながら年月が経ち、気が付けば僕は性を意識する年齢になっていました。その頃には彼女のことを「ミコトさん」と呼ぶようになっていたと思います。

 

僕の話を頷きながらいつも真剣に聞いてくれて、面白い話をすると柔らかく可憐に笑うミコトさんを僕が好きにならないはずがなく、いつだったか僕は彼女に想いを伝えたことがありました。彼女は困ったように眉を寄せ、「豊くんと一緒にはなれない」とその時は断られました。

 

それでも僕は諦めず、ミコトさんに想いを伝え続けました。彼女は最後まで受け入れてはくれませんでしたが、ほんのりと頬を染めてくれた事を覚えています。その時の僕は彼女がいつか僕の想いを受け入れてくれるものだと思い込んでいました。

 

ある日のことでした。僕の村では男は十代後半くらいに恋人を作り、適齢期になってそのまま結婚するのが当たり前でした。しかしミコトさんに恋をしていた僕は当然恋人なんて作りませんでした。ミコトさんの事も大人に言い付けられたルールを破っている訳ですから、両親に話したこともありませんでした。そんな僕に痺れを切らした両親は知り合いにいた僕と同い年の女性を紹介してきました。

 

紹介された女性は燈さんという素敵な方で、容姿も性格も僕には勿体ないくらいでした。しかしその時の僕にはミコトさんしか見えていませんでした。燈さんを紹介された日の夜、僕はミコトさんに会うため神社へ向かいました。普段会う時間ではありませんでしたが、居ても立ってもいられなかったのです。

 

境内に着くと、運良くミコトさんがそこにいました。しかし彼女の様子がどこかおかしいと感じました。ずっと顔を伏せているのです。僕は顔を伏せた彼女の側へ行こうとしました。なのに僕の足は全く進んでくれませんでした。それでも僕は少し離れた彼女に自分が置かれている状況を話し、そしてもう一度想いを伝えました。

 

「ミコトさん、僕は君と一緒になりたい」

 

ミコトさんに伝えた言葉はそれが最後でした。

 

「そう、だから若い女の匂いがするんだ。嫌な、吐き気がするような匂いが」

 

今まで聞いたことのない声で、ミコトさんは吐き捨てるように言いました。喉が詰まったように僕は何も言葉が出ず、ミコトさんはただ独り言のように続けました。

 

「久しぶりに美味しそうな男が釣れたのに。大きくなってからにしようと思ってたけどそっか。もう女が寄ってくるようになったのね。じゃあ、もういいよね」

 

早送りのように彼女の言葉が流れていきました。僕の体はガタガタと震え、けれど金縛りにあったみたいに自分の意思では指一本すら動きませんでした。

 

「豊くん私の事が好きなんだよね。それなら、それなら――」

 

そこでミコトさんは顔を上げました。それはミコトさんではなく、恐ろしい顔をした女でした。

 

「食べさせて!!」

 

ダダダダダダダダダダダダダダ!!

 

まるで獣が獲物を見つけた時のように、女は奇声を上げて僕の方へ迫ってきたのです。

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

叫び声が出たと同時に金縛りが解け、僕は逃げるように階段を駆け下りました。その途中で僕は躓き、空を飛ぶような浮遊感を味わった後、衝撃と共に階段を落ちていき、意識を失いました。

 

目が覚めると自宅で寝ていました。早起きして散歩をしていた燈さんが、広場で気を失っていた傷だらけの僕を偶然見つけてくれたんだそうです。それからすぐ、僕は燈さんと一緒に村から遠く離れた場所へと移りました。

 

あれから階段の広場で、誰かが泣く声を聞く子供がまた現れるようになったそうです。僕は時々村へ戻り、その子達に毎度のように警告をします。階段の先には人喰いお化けがいるんだぞ、と。

 


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