午前の仕事を終えると、久々の半休だった。
何をしようかと考えたところで、そう言えば。と思い出した。
今日から、空き時間にマックイーンと一緒に練習をする約束だった。
時間にはまだ早かったが、一足先に森に行って彼女を出迎えるのも良いかもしれない。
「やあ!」
森の中を通って広場にきたマックイーンを出迎える。
「あら、お早いのですね」
「まぁね……」
少し照れ臭い気持ちになりながら答える。
実際、少しやる気になっているから。
「昨日は身体で振り付けの感覚を掴んでもらう程度でしたけど、今日からは本格的にしますわよ」
「うん……」
「うん、じゃない。返事は『はい』……でしょ?」
「はい」
「素直で宜しい」
マックイーンの声に笑いが混じる。
「ま、習うより慣れろ、ですわね。これが終わったら、今日は少しだけ私の訓練にも付き合って下さいね」
「……こんな感じですけど覚えましたか?」
「うん、何とか……」
マックイーンが見せてくれた動きは単純なもので、何度かやっているうちに流れを頭に入れることが出来た。
「じゃ、今度は見ていますから、一人でやってください」
たどたどしいながらも、先程の動きをなぞる。
「そうですわ。最初は歩幅とかは気にしなくていいので。うん……いい感じですわね」
暫らくやっているうちに形だけは真似することが出来た。
「さすがトレーナー資格をお持ちだけのことはありますわね、飲み込みが早いですわ」
動きを繰り返す僕に、マックイーンが近寄ってくる。
「今度は私も一緒にあわせますわ。相手がいても自分の動きを忘れないでくださいね」
マックイーンが僕に向き合う。
僕の動きに合わせて足を動かすマックイーン。
一人の時とあまり変わらない。
でも……。
「あっ……」
「大丈夫ですわ。慌てないでください……」
マックイーンはそう言ってくれるが、俄然難しく感じる。
「えっ……? さっきは簡単だったのに……あれ?」
悪戦苦闘する僕に、辛抱強く付き合ってくれるマックイーン。
でも、焦れば焦るほど体が動かなくなる。
失敗が重なる……。
「下を見てはいけませんわ!」
躓く度に、頭が真っ白になって立て直せない。
「だめだ……」
自分からやめてしまった。
息が上がってこめかみを汗が滴る。
目眩もする。
マックイーンが声をかけてきた。
「頭で考えてはいけませんわ。彰さん」
「ハァ……」
大きく一度深呼吸をすると、僕はマックイーンの手を取った。
「もう一度……」
「ええ。良いですわよ。何度でも」
苦戦の末、何とかそれらしいものが出来てきた。
「そう、そんな感じですわ。本格的になると、今みたいに大きく回ったりしながら大人数で踊るのです」
練習が終わり一息ついているとマックイーンが覗き込んでくる。
「……え? ……ああ、そう言えば」
「え? 気づいてなかったのですか? では今度は役割を反対にしてみましょうか?」
「え!?」
「さ、やりましょう!」
引っ張られるように立ち上がり再開してみたものの、せっかく覚えた順番が頭の中で混じり合ってしまった。
「意外とついて来られてますわね」
「ちょっと待って……」
「頭で考えないでくださいね」
少しは上達したと思えるものの、結局へとへとになって座り込む羽目になってしまった。
「……やっぱりだめだ……」
「そんなことありませんわよ」
マックイーンが横に座る。
「まだ始めたばかりで、上出来ですわ」
言いながら、マックイーンが両足のふくらはぎをしきりに揉んでいる。
「どうしたの?」
「久しぶりのウィニングライブの練習だったので……疲れましたわ」
「え? 自分で練習してたんじゃないの?」
「えっ……そうですわね」
一瞬ハッとしたようなマックイーンの表情。
「え?」
「あ……その……ウィニングライブの基礎の基礎をやるが久しぶりだったので」
「……?」
「……あなたが下手だから気を使ってるのですわ!」
急に怒り出すマックイーン。
……何か悪い事言ったかな?
「な、何? そんなに怒らなくても……」
「ごめんなさいっ! ……痛っ」
怒りながら謝るマックイーン。
……まだ足を押さえて痛がっている?
「そんなに痛いの?」
「ええ……なんでしょう?」
「どれ……?」
立ち上がり、マックイーンの前に座りなおす。
「え? 何ですの?」
きょとんとする彼女。
「揉んであげるよ」
「い、いいですわ。自分でできます……」
顔を赤らめる彼女。
「こう見えてもスポーツ診療医の卵なんだから。無料奉仕させていただきます」
その言い方に、マックイーンが笑い声をあげる。
「それではお願いしますね」
右足に手を伸ばし、揉み解す。
「痛っ……」
「疲れが溜まっているのかな? ……ここ痛くない?」
「あっ……そこですわ。ええ……湿布を貼っても、なかなか取れなくて。これくらいでお医者様に罹る訳にもいきませんから」
「そりゃそうだね……っと」
「あ、……そこ、です、わ」
「ここね……」
「……あの。……病院の方はどうなんですの?」
脈絡も無く話題が振られた。
「え? 何が?」
「……どうですか? 頑張っていますか?」
「まぁ、頑張ってはいるけど……急に何で?」
「どちらの道に進むのかなって……」
そう言えば、どっちにするのかはっきりしなさいって、マックイーンに言われたっけ……。
「よっと……。まぁ、まだ考え中かな」
「もう。しっかり……しっかりしてくださいまし」
「うん、わかった」
要望通り力を少し強める。
「痛いっ! ちょっと! い、痛いですわ!」
もがくマックイーン。
「え? だって……しっかりって」
「ち、違いますわ! あなたの将来の事です」
「え? ……うん、そうだね。でも、今はこっちの方に力が入ってるかな?」
「?」
「うん。マックイーンの練習相手」
「それはうれしいですけど、あなた、本来は研修医なんですから。本来のお仕事の方もしっかりしないと」
「うん。……マックイーンも頑張ってね」
「え?」
「レースに向けた練習」
「あ……え、ええ……」
「何か手伝える事あったらいって欲しいな」
「え、良いですわ。別に……って、痛っ! 痛いですわ!」
「え? そんなに力入れてないよ?」
顔を顰めて足を庇っている。
「そこ、きっと、痛い秘孔ですわ」
「マックイーン、漫画見すぎ。秘孔なんて無いよ。経穴でしょ?」
押さえたのは右膝より上の大腿部外側。風市・中瀆・足陽関からも外れていそうな何もない場所だった。もちろん秘孔なんてある訳ない。
「とにかく、やめてくださいまし……」
「そういう痛いところに限って、しつこく押したくなるんだよなぁ……」
もう一度緩めに押してみる。
「痛っ! ……それは医師としての診断なのでしょうか?」
「……」
無言で首を振る。
「止せば良いのに、固まりかけたかさぶたを剥したくなる、生物としての自然な欲求」
指を動かしながらゆっくり近づく僕に、マックイーンが顔を引きつらせ後ずさりしていく。
「じょ、冗談ですわよね!? ……や、やめてぇっ!」
暴れるマックイーンを笑いながら宥め、他の場所を揉み解す。
「ふう……楽になりましたわ。ありがとうございました」
暫らくしてマックイーンが立ち上がる。
「ま……これくらいはね。いろいろ教えてもらってるお礼って事で」
「私が勝手にやっていることですから。彰さん、物覚えが早いので私も張り合いありますわ」
「そう?」
お世辞でもそういわれると嬉しくなる。
「スペシャルウィークさんが始めた時より上達早いと思いますわよ? 彼女、最初は棒立ちでしたからね。尤も私たちのチームは……」
苦笑するマックイーン。
「う~ん。想像つかないなぁ。スペシャルウィークさんなんて『日本の総大将』なんて呼ばれて何度もウィニングライブでセンターを務めているのに」
「皆さん努力しましたもの。テイオーが大変でしたわね、あの当時は……あっ、今の話はご内密に、ね」
「言う相手もいないよ……」
「それもそうですわね……」
そう言えば。といった顔で見つめるマックイーン。
「とにかく、私は努力することの大切さを、かけがえのない仲間達から教わりましたわ。その私が教えるのですから、覚悟を決めてくださいね」