アメジスト色の瞳の彼女と自分と   作:fire-cat

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第11話

 あれから数日が過ぎた。

 マックイーンとウィニングライブの動きを練習しているうちに動き方の基本がわかってきたような気がする。

 

「……あっ!」

「きゃぁ」

 

 まあ、時々もつれ倒れたりと失敗もするが。

 

「そろそろ終わりにしましょう」 

 

 マックイーンのその言葉に広場の端へよろめきながら歩き、日陰に腰をおろす。

 

「おつかれさまですわ!」

 

 涼しい顔のマックイーンが、ねぎらいの言葉をかけてきた。

 それに引き換え、相変わらず汗だくの体たらく……マックイーンと比べるのが間違いなのかもしれないけど。

 

「……喉渇いたぁ!」

 

 無意味に大声を出し、暑さと滴る汗の不快感を紛らわそうとする。

 

「あ! そうですわ。少しお待ちください」

 

 と言うとマックイーンは、持ってきていた背嚢に駆け寄り、何かを探っている。

 

「飲み物ならここに。……多分温くなっていると思いますけど」

「飲めれば何でもいい……」

 

 マックイーンが二つの水筒を示し

 

「『特製はちみつレモン』と『アールグレイ』がありますけど、どちらがお好みですか?」

「『特製はちみつレモン』って?」

「えっと」

 

 何やらメモ書きを片手に読み上げるマックイーン

 

「『テイオー様監修。秘伝の至高にして究極の濃厚特製ーー』」

「あ、それならアールグレイおねがい」

「もう。最後まで言わせてくださいまし。まあ、いいですけど。はい、こちらが天皇賞三連覇・ターフの名優メジロマックイーン特別選定茶葉お手製合組アールグレイですわ」

「……長いよ。普通にアールグレイでいいじゃん」

「うるさいですわ!」

 

 綺麗な弧を描いて水筒が飛んでくる。

 

「おっと。それでは頂きます」

「はい。召し上がれ」

 

 殆ど同時にふたが開けられる。

 

「……やっぱり温いですわ。泉の湧水口に置いた方が冷えましたわね」

 

 顔を顰めるマックイーン。

 それでも充分美味しかった。

 喉を鳴らし、温い飲み物を二人で飲む。

 

「くわぁ~チョベリグですわ。暑い時はこれに限りますわ~」

 

 マックイーンに似合わない豪快な飲みっぷりとセリフ。

 否、これはむしろ、年寄り臭いというのだろうか? 似合わない死語と言いマルゼンスキーさん達の影響だな。

 それにしても、と思う。

 マックイーンって、一緒にいても気兼ねなくっていいな……。

 

「どうかしましたか?」

「何か、マックイーンって気兼ねがなくて良いなって」

 

 思った事をそのまま口に出してみる。

 

「? どういうことでしょうか?」

「メジロ家って名の知れた名門のお嬢様。それも嫡流に近い血筋なのに、さ。へんに偉ぶらないし」

「当然のことではありませんか? 確かにメジロ家は名門といえるかもしれませんが、その地位は先祖がたゆまぬ努力を行い、その得てきた富を社会に還元して育て上げてきたものですわ。天皇賞を三代に亘り制覇したとはいえそれはメジロ家に対するもの。国家、社会に何ら貢献をなしえていない一学生の私が偉ぶれる道理がありましょうか? であれば志は気高くあれども、驕り高ぶる、ましてや他者を見下すなどということはあってはならない事ですわ」

「……実るほど頭を垂れる稲穂かな、か」

 

 その考えに脱帽すると同時にふと頭に浮かんだ疑問。

 

「何でまだレースに出るの、マックイーンは? メジロ家悲願の天皇賞三代制覇とマックイーンの天皇賞春の三連覇は達成できたじゃないか。メジロルイスさんみたいにレースとは無縁の人生を送る人もいるでしょ? マックイーンなら、そんな生き方もできるんじゃないかなって?」

 

 失礼な言い方かもしれない。

 ただ、そこまで考えているマックイーンが何でまだ走ることを選ぶのか疑問を感じた。

 

「少し昔話をしますわね」

 

 少し恥ずかしいですが。そう前置きしてマックイーンが話し始めた。

 

「清一さんが引退したときのことです。未だデビュー前で、選抜レースすら走ったことのない練習生だった私を引き取った方が私のチームの先代チーフトレーナーでした。そのトレーナーもオグリキャップさんが引退するときにチームを当時サブトレーナーだった今のトレーナーさんに引き継がれてオグリキャップさんと共に引退されました。その時に実績のないトレーナーが率いるチームは大規模に縮小され、残されたチームメイトも私以外は皆移籍や転校でいなくなってしまいました」

 

 どこか懐かし気なまなざしを浮かべるマックイーン。

 

「そんな時に今のトレーナーさんと、チームをまた大きくしていくと三つ目標を立て、その実現を誓ったのです」

 

 マックイーンが僕を振り返り指を三本立てた。僕はその白魚のような指から視線を外せなかった。

 

「ただ私には三つの目標と同じくらい大切な、メジロの名を持つウマ娘として果たさなければならない高い目標がありました。それがメジロ家悲願の天皇賞三代制覇です」

 

 指を一本折るマックイーン。

 

「三つの目標の一つでもあった、この悲願は成し遂げました」

 

 再び指を折る。

 

「そして天皇賞春の三連覇。これもトレーナーとたてた三つの目標の一つでしたが、これも辛うじてですが成し遂げました」

 

 天皇賞春のライスシャワーとマックイーンの死闘は前年に繰り広げられたトウカイテイオーとの「世紀の対決」と並び称される位すさまじいものだった。最後はもつれるようにゴール板を踏み、30分以上にわたる写真判定の末、前代未聞の同着となったことでマックイーンが史上初の天皇賞春三連覇を成し遂げたのだ。

 

「最後に残った目標は天皇賞春秋三連覇です」

 

 立てていた指を全て折ったマックイーン。

 でもそれは……。

 

「簡単でないのは判っています。でも絶対に獲ってみせます」

 

 そう言い切るマックイーンの横顔は決然としていて、清々しかった。

 

「すごいな、マックイーンは」

「え?」

「何だか、すごいなって。そう思った」

「夢と言ってしまえば夢ですけど、春は三連覇がかないましたから、残りは秋だけです。秋も連覇しておりますから、あきらめずに進めばきっとかないますわ」

 

 マックイーンが微笑んだ。

 そこには何の気負いもなかった。

 マックイーンは手にした水筒を呷って、残りの中身を飲み干す。

 

「あまりこの目標のことは言わないのですが。……他の人には内緒にしてくださいね? ダイヤちゃんにもですわよ?」

 

 思わず苦笑する。

 

「守秘義務の大切さは知っているよ。それにばらす相手なんていないよ、ここには」

「あ、それもそうですわね。ここには私達だけですし。東京に戻ったら……ってやっぱりいますわ、ばらす人」

「あ、そう言えば……」

「東京に戻って会う機会が無くなったからって、SNSに上げたり記者の方にばらしたりしないでくださいね?」

 

 マックイーンの言葉で、僕は自分達がついこの間親しくなったばかりの他人で、休暇が終われば別れる間柄でしかない事に改めて気がついた。

 

「……そうか」

 

 何だか寂しくなってしまった。

 マックイーンはどう思っているんだろう?

 

「……」

 

 彼女を見つめる。

 

「? ……どうかしましたか?」

 

 きょとんとした彼女の表情を見ている限り、あまり意識していそうにはなかった。

 

「なんでしょう?」

「……何でもない」

 

 マックイーンが眉を顰める。

 

「? 変な彰さん」

 

 

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