アメジスト色の瞳の彼女と自分と   作:fire-cat

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第18話

 今日はマックイーンの診断結果が判る日だ。

 朝から湧き上がる不安な気持ちを抱えて午前の研修を終えた。

 

 

 昼の休憩の後。

 ……僕は病院の一室で立ち尽くしていた。

 

「………」

 

 院長が何か言っている。

 よく聞き取れない。

 

「……きら君」

 

 映し出された、その映像の一角に当てた指を何度も動かした。

 

「………彰君」

 

 幾ら擦っても、それは消えない。

 

「おい…………彰君!」

 

 どうやってもそれが消えない。

 どんなに力を入れて何度も擦った。

 それでも、それは消えなかった。

 

「比企彰!!」

「……え、あ」

「しっかりせんか、馬鹿者! こんな時に君がうろたえてどうする!」

「……はい……」

 

 院長が僕の肩を掴んで揺さぶる。

 

「君は並みの男よりも、彼女にしてやれることが多い筈だ。そのことを幸運に思え!」

「はい……」

「そして彼女の為に、やれるだけの事をするんだ! ……いいな!」

 

 窓から差し込む光が反射して、天井に光を投げ掛けている。

 

「……」

 

 視界の端で、光が揺れている。

 

「……今日はもう帰っていい。よく考えて、結論を出しなさい」

「……はい」

 

 居合わせた先輩医師達が沈痛な面持ちで視線を投げかけてきた。

 ……やめてくれ、そんな表情を見せないでくれ……。

 一礼して足早に部屋を出る。

 

「あら、彰君。こんにちは」

 

 ……マルゼンスキーさんか。

 

「ちょ、ちょっと? どうしたの」

 

 ……背中から声が聞こえる。

 

 

 気がついた時には既に自分の部屋に戻っていた。

 ベットに横になり、天井を見上げる。

 

「……」

 

 仰向けのまま目を閉じ、またすぐに開ける。

 何度も同じ事を繰り返した。

 

「……暑い、な……」

 

 先程の事を振り返る。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

「ここだ、第五腰椎。ここに発見された」

 

 CTで走査されたマックイーンの映像。

 その背骨の部分を辿り、院長が指で指し示す。

 そこに、マックイーンの背骨に影が映っていた。

 

「……腫瘍ですか……」

 

 うわ言のように呟いた僕の言葉に、院長達が頷いた。

 マックイーンの背骨の下方、腰の辺りにそれがあった。

 

「まさか、君の予感が当たるとはな……」

 

 背骨には中枢神経の一部である脊髄や多くの重要な神経が通っている。

 背骨に発生した腫瘍は、神経組織に近ければそれを圧迫する事で、痛みや痺れといった症状を引き起こす。

 右足の痛みはこれが原因だった。

 

「畜生!」

 

 腫瘍は良性のものと悪性のものがある。

 背骨の悪性腫瘍は良性のものより頻度が高く、その殆どが他の場所で出来た悪性腫瘍の分裂したものだ。

 背骨に発生した悪性腫瘍は患者が末期に至った事を意味する。

 

「元の発生個所は……」

 

 院長がゆっくりと首を振る。

 

「探さなくてもいい。彼女の腫瘍は良性のものだ。まだ生命の危険はない」

 

 安堵のため息が漏れた。

 良性であれば、若干痛みやしびれがあっても直ちに人体や健康に直接的な影響を及ぼすことはない。

 無理に取り出さなくていい場合もある。

 

「まだ安心するな。確かに良性腫瘍の成長速度はきわめて遅い。生涯放置できる場合もある。……だが、彼女の腫瘍は良性とはいえ、大きさもかなりのものだ。そして既に神経を圧迫している。……意味は解るな?」

「……まさか」

 

 院長からの否定の言葉を期待する。しかし……。

 

「そうだ。このままいけばあと半年、早ければ二ヶ月以内に急激に痛みがひどくなる。そして彼女は遠からぬ将来……走る事はおろか、歩行することもできなくなる」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

「……走る事も、歩くことも出来なくなる……」

 

 マックイーンが歩けなくなる。考えたくもなかった。

 

「……マックイーン、走れなくなるってさ……歩けなくなるってさ……」

 

 目を閉じる。

 それを避ける方法はあった。

 一つだけ……。

 けれど……それは……。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

「摘出手術?」

「うむ。今の段階で腫瘍を摘出すれば、症状は完治する筈だ。将来に渡っての心配も当面はなくなる」

 

 画像を見つめる院長に代わって先輩医師の一人が説明してくれた。

 

「……ですが」

「うむ」

 

 僕の言いたい事を察したのだろう……。

 先輩医師の一人が深く頷く。

 

「……彼女は天皇賞に出場するそうだな。もし手術となれば、出場は諦めてもらうほかない」

「……」

 

 画像を見ていた院長が僕の方に向き直った。

 

「摘出手術を勧める。私が言えるのはここまでだ。後は……」

 

 院長が僕の目を覗き込む。

 

「……わかるな」

 

 手術に臨めば、彼女はレースを諦めなければならない。

 あれほど、目標にしていた天皇賞を……。

 

「院長、何とかならないんですか! あなたなら何とかできるんじゃ! 帝都大学医学部で首席を取ってあのヴァルハラでも1、2を争った腕を持つあなたと、あらゆる難病を根治させる奇跡の温泉と言われるこの温泉で療養すれば!」

 

 次の瞬間、僕の口から言葉が迸っていた。

 

「無理を言うんじゃない。医療も万能ではないのだ。あらゆる難病を根治させる奇跡の温泉と謳われるこの温泉も本当に奇蹟を起こせるわけではない。考えても見たまえ、それだけの奇蹟を起こせるならこの地で天寿を全うできない者はいなくなる筈ではないか。現実はどうかね? 本来、医師の治療というのは患者自身が持つ治癒力を短期間に最大限、引き出させる行為なのだよ」

 

 先輩医師の一人が宥めるように僕に向かった。

 

「この温泉が奇跡の温泉と言われる理由は、3つの異なった泉質が数多くの症状に適応する事にある。ここの泉質は特に効能が強く症状の改善の速さが有名だが、結局、最後に頼れるのは患者の体力しかないんだ。わかったかい?」

「……」

 

 そんな……。

 

「トレセン学園とメジロ家には此方から知らせる。彼女には、君が話しなさい」

 

 院長の言葉が室内に木霊した。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

 考えるまでもない。

 マックイーンの身体の事を考えれば、摘出をすべきだし、チームのトレーナーやメジロ家の当主、学園の理事長もそれはわかるはずだ。

 だが……引き換えに彼女は失いかねない。

 失いかけ、ようやく取り戻した、夢への架け橋を。

 

「……どう話せば良いんだ……」

 

 結果を聞いたマックイーンは、何を考えるだろう。

 その時、僕は何を彼女にできるのか。

 夜になって、闇が深まっても僕は寝返りを打つばかりで、眠気は一向にやって来なかった。

 

 

 




書き忘れていた気がするので、今頃掲載。
既に掲載していたら二重掲載していると指摘してください。



ウマ娘競技指導教諭
要するにトレーナー。
 
資格取得必須科目
①児童思春期精神医学
②解剖生理学
③ウマ娘生態学
④運動学
⑤一般臨床医学
⑥リハビリテーション医学
⑦栄養学
⑧栄養教育論
⑨中学校教諭免許状(教科は不問)
⑩高等学校教諭免許状(教科は不問)


ウマ娘スポーツ医療専門医
スポーツ医療じゃねえというのは遠くの棚に放り上げます。
 
資格取得必須科目
①基礎医学
②臨床医学
③社会医学
④リハビリテーション医学
⑤作業療法運動学
⑥柔道整復学
⑦栄養学
⑧東洋医学論
⑨経絡経穴論
⑩はりきゅう学(理論・実技)
⑪スポーツ鍼灸
⑫日本鍼灸
⑬社会はりきゅう学
⑭臨床実習
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