「そう、でしたか……」
翌日、僕はマックイーンに全てを話した。
痛みの原因が脊椎に発生した腫瘍であること。
その腫瘍を取り除かない限り、足の痛みは今後急速に悪化する一方で、近い将来、歩けなくなること。
そして……摘出手術をすれば、天皇賞には出られなくなること。
マックイーンは最後まで取り乱すことなく、僕の話を聞き終えた。
「私の背中に……そんなものが出来ていたのですね……」
手を伸ばし、自分の背中をさするマックイーン。
その指先は小さく震えていた。
「……できる事なら代わりたいと思う」
「そんな決まり文句なんて聞きたくないですわって……前の私なら言っていたところですけど」
マックイーンが僕の顔を指差す。
「彰、いつだって私の事本当に心配してくれているのですね……」
「マックイーン……」
「ほら、目の下……隈ができていますわよ」
気丈に振舞うマックイーンの微笑が痛々しかった。
「それで……?」
「うん……」
「それで……彰はどう思いますか? どうしたらいいでしょうか……?」
「それは、僕じゃ決められない。……もう直ぐマックイーンのトレーナーやメジロ家のご当主が来られると思うから、その方の判断に任せるしかない」
そう言うと、マックイーンは少し悲しそうな顔をした。
「あなたはどう思うのですか? お婆様の意見に従うとか建前はもう沢山ですわ。そうではなくて私は、あなたの考えを知りたいのです」
僕は、彼女に対して言うべき事を言った。
「摘出、すべきだ」
「あっ」
その表情が曇る。
「そうですか……」
小さな溜息が、森を渡る風の音にかき消される。
「そう、です、ね。……彰がそう言うなら、その方がいいのですよね……」
「マックイーン………」
「その方が…………良いのですよね……………」
目が悲しみを湛える。
「そうです、か……天皇賞、出られないのですね………」
もう一度、か細い溜息を吐く。
「ふ~ぅ………何だか力が抜けてしまいましたわ。目標が無くなって張合いが無くなってしまいました」
「なくなった、なんて言うなよ。治ったらまた出ればいい。……いや、治して絶対に出るんだ」
「ええ………。そう、ですわね……摘出手術ですか。……恐いですわ。………私、検査も苦手なのに我慢できるでしょうか」
「大丈夫。できるよ……」
「入院なんて初めてですわ……。あそこで寝るの不安です………」
「毎日お見舞いに行くよ」
「お医者様は苦手ですわ……」
「皆優しい人たちだよ」
「………………彰、さん」
マックイーンが縋るような眼差しを投げかけてきた。
「何?」
「嘘。じゃ、ないのですか?」
「………」
「本当は、貴方が、『嘘でした~』って言えば、嘘になるのではありませんか?」
僕は首を横に振った。
だが、マックイーンはそれが見えないかのように言葉を続ける。
「彰……嘘って言ってください。お願い……嘘だよ、って言って」
「マックイーン……」
マックイーンに歩み寄る。
「言って……」
触れ合うくらい、近くへ。
「彰、言っ――」
「嘘じゃない。……嘘じゃないよ、マックイーン」
マックイーンの瞳が大きく見開かれる。
「あ……あ………い、や………嫌…………嫌よ……………嫌あっ!」
「マックイーン……!」
「嫌っ! 嫌……いや、……いやぁっ!」
「マックイーン!」
「嫌……………いや……よ、絶対に嫌ぁぁっ!」
「また走れるよ、絶対に走れるようになる……!」
「何で……何で今になって、どうしてっ! もう一度やり直そうって、頑張ろうって、あなたのおかげで思えたのにっ……! 彰、お願い……助けて、何とかして! 私、私……走りたい、もう一度走りたいの!」
感情を爆発させ、泣き崩れるマックイーンを懸命に受け止め、言葉を掛け続ける。
「大丈夫だ、マックイーン。今がだめでも、まだ、これから幾らでも機会はあるじゃないか」
「そんなの……! これが最後の機会なの。天皇賞は来年もあるかもしれない。でも、三連覇ができるのは今年だけなの! 私には今しかないのよ! ……やっと……やっと……。後少しだったのに……」
見開かれた瞳から涙が幾筋も溢れ出る。
マックイーンの悔しさ、無念さに胸が苦しくなる。
「こんな……こんな風に終わりだなんて……! 嫌、そんなの嫌、何とかしてください、彰!」
「マックイーン……」
「私……天皇賞に出たい。そのまま引退になっても構わない。たとえ……たとえ将来歩けなくなっても構わない……!」
「なっ!」
「構わないから……!」
マックイーンの肩を掴んで力を込めた。
「あっ!」
息を呑むマックイーン。
「馬鹿な事を……馬鹿な事を言うな!!」
「彰?」
「歩けなくなってもいい? ふざけるなっ! 今までやって来た事、自分の努力を投げ出すような事、言うな!」
「……ぁ」
「マックイーン……。君の悔しさ、わかるよ……。君が感じている、その何分の一か知らないけど、それだけでも僕もこんなに悔しい」
「彰……」
「でも……そんな自分を捨てた気持ちで走ってどうなる? そんな気持ちで走って本当に満足か?」
「えっ……」
「マックイーン。メジロの家訓の事は僕だって少しは知っている。僅かでも可能性があれば最後まで諦めない事、それがメジロの家訓の一つじゃないのか!?」
「あ……」
いつしか僕の目からも涙が零れていた……。
「それが、良いか悪いかは知らない。でも、それをメジロの一族である君が否定するのか!? メジロ家の皆はその家訓に従って生きてきたんだろ? 君がその生き方を否定するのか!?」
「…………」
「……マックイーン、一緒にやろう。医師としてもトレーナーとしても未熟だけど……僕は君の傍にいたい。傍で君の力になりたい。君がもう一度走れるようになるまで……」
「彰……彰……」
マックイーンの瞳から、新たな涙が溢れる。
「嫌……嫌よ……彰」
マックイーンは何度も首を振る。
「治るまでなんて、嫌。……走れるまでなんて嫌よ……。私もずっと、あなたといたい……。彰……約束して。……ずっと傍にいて……」
それは……自分の意志ではどうにもならない事。でも……。
「わかっている……ずっと一緒だ」
「彰……」
「マックイーン……」
差し出されたマックイーンの唇に、口づけた。
「………」
接吻を終えても、焼けるような余韻が唇に残った。
今後の登場予定人物
学園から
トレーナー
チームメイトからテイオー・ゴルシ
メジロから
お婆様(当主)
(話を聞いた限りではそれほど深刻そうには思えませんでしたが。それよりあの子に近づいているという男の本質を見極めねばなりません)
メジロのお嬢様ズからパーマー(予定)
(すぐ退院だろうけど、丁度暇してるし。お見舞いに誰も行かないのもね)
※ライアン達は次のレースにむけて準備中(という設定)
(すぐ退院でしょ? 退院祝いの準備もしなくちゃ)
主治医
(主治医です。聞いた限りでもかなり深刻な事態になりそうだ。お嬢様の身体のあの事は先方に話しておかねば)