マックイーンは僕が病状を伝えた翌日から病院に入院し、彼女と仕事中に会う機会も今までより多くなってきた。
病院での研修は、院長達の計らいでマックイーンの付き添いがメインになるはずだったが、当のマックイーンの要望で、いつも通りのシフトになっている。その合間を縫って、マックイーンの部屋を訪れるのが僕の息抜きになっていた。
今日も見舞いを兼ねてマックイーンの部屋を訪れた。
「や、来たよ」
「……遅いですわ」
待ちくたびれたという口調のマックイーン。その周りに、白いメッシュを一房垂らしたどちらかというと美人というよりイケメンな印象を受けるウマ娘、ひときわ目を引く切り揃えられた長い銀髪のウマ娘がいた。
「ごめん。来る前にメジロ家のご当主に会っていたから」
先程の光景が脳裏を過ぎった。
* * * * *
昼の休憩が終わった直後、院長に呼ばれ応接室へ向かった。
応接室の前に見慣れた人影が二つあった。
「あれ? 清一さんにマルゼンスキーさん? 何しているんですか? 此処で」
「おっ! 来たな。……マックイーンのチームメイトとメジロ家御一行様が中でお待ちかねだ」
あっさりとした口調で扉を背中越しに指差す清一さん。
「えっ!」
思わず声をあげた僕に、マルゼンスキーさんが追い討ちを掛けてきた。
「マックイーンちゃんとの一件もしっかりと話しておいたから」
冷や汗が背筋を伝わった。
「……彰君、覚悟を決めておいたほうがいいわね」
……マルゼンスキーさんは沈痛な面持ちをしているけど、これは絶対に面白がっている。目が笑っているよ。
恐る恐る扉を叩くと、中から院長の入室を促す声が聞こえた。
二人と共に、部屋に入る。
そこに、院長と共に、院長と同じような気配を纏った壮年の男性、前に白いメッシュを一房垂らし、鹿毛のロングヘアーをピンクのリボンでポニーテールにまとめた小柄なウマ娘と、癖毛を後ろで一つ結びに束ね、左側頭部を刈り上げた特徴的な髪型をしている身長約180cmほどの男性、そしてマックイーンが年を経たらこうなるんだろうなと思わせる銀髪の老婦人がいた。
この老婦人がメジロ家のご当主だろう。となれば小柄なウマ娘がマックイーンのチームメイトか。でも、どこかで見た事があるような……。
そのウマ娘に対して清一さんが気軽に声を掛ける。
「よっ! 久しぶりだな、テイオー」
親しげな清一さんの声に記憶が呼び起こされる。
テイオーって、あの二冠バのトウカイテイオー!?
昨年の天皇賞ではマックイーンと死闘を繰り広げた、マックイーンの好敵手。その後脚を痛めて今は復帰を目指してリハビリ中だったはず。この娘がマックイーンのチームメイトだったのか。
「あ、本郷元トレーナー、マルゼンスキー先輩。久しぶり~。あ、そう言えば食中毒――」
本郷? 誰?
「本郷……?」
「マックイーンの元トレーナーだよ。本郷清一。ひょっとしてフルネーム知らなかったの? って、き…貴方が比企彰さん?」
心音が一拍子跳んだように思えた。
間抜けな声を発した僕にトウカイテイオーさんが気付き、突然声を掛けてきた。
青い瞳が僕を見つめる。
声も出ずに無言で首を振る。
「あれ? 貴方は喋れないのかな?」
片眉をあげるトウカイテイオーさん。
「失礼しました。ぼ、私が比企彰です」
「そうなんだ。そんなに緊張しないでよ。いつも通りで良いからさ。って言っても僕の方が年下だから友達のようじゃダメだ……ですよね」
「いえ、マックイーンも同世代のように接してますから。同世代と同じで結構ですよ」
「やった! 話せるぅ~」
「こら、テイオー。相手は年上だぞ」
左側頭部を刈り上げた男性がトウカイテイオーさんを窘める。
「いいじゃん。トレーナーのケチ」
ぷくーっと頬を膨らませる仕草に、ダイヤちゃんを思い出して笑みを浮かべてしまった。
「あ、君の事、彰君って呼んでも良い? 僕の事はテイオーでいいから。マックイーンにもそう呼ばれてるし」
「はいテイオーさん」
トウカイテイオーさんがマックイーンが口にする『テイオー』だったのか。
「え~。さんは要らないよ~。ま、いいか。君が噂の彰君なんだ。……失礼なこと言うけど、とてもマックイーンの心を溶かしたようには見えないなぁ」
沈黙が周囲を支配する。
と、その沈黙を打ち破るかのように、ころころと笑い声をあげるテイオー。
「嘘嘘。そうだね……きみならできるかもね。纏っている気配というか雰囲気がとても良いからね。ね。トレーナーもそう思うでしょ?」
そう言い傍らの男性―トレーナー? ―を振り返るテイオーさんの頭に拳骨が落とされた。
「こら! 失礼なことを言うな」
「あ、痛っ! ひどいな~何も拳骨落とさなくても良いじゃんか」
「お前が失礼過ぎること言うからだ」
そんなやり取りを見つめていると、壮年の男性が老婦人に向き合う。
「当主。彼が噂の比企君だそうです。……煮るなり焼くなりご随意に」
笑いを含んだその言葉に、傍らの老婦人がはその相貌に苦笑を貼り付け、
「貴方が噂の、ですか。私がメジロ家当主のメジロアサマです。私にも過度の敬語は不要です。気楽に話してください」
そう名乗ると、値踏みをするように此方を見つめてくる。
「本郷夫妻から話は聞いています。貴方とマックイーンが恋仲のつき合いをしていると。それは事実ですか? ……ああ、別にとって食べようなどとは思っていませんので緊張なさらないでくださいね」
「はい。マックイーンとは生涯傍にいることを約束した仲です」
「なるほど…………少し聞いておきたい事があります。宜しいですか?」
「はい」
「不躾ですが……あなたは本気でマックイーンと付き合っていく覚悟がありますか?」
「覚悟……? 覚悟とはどういう……?」
「どういう意味でも構いませんが。そうですね……例えば、ですが。万が一摘出手術に失敗した場合、マックイーンは選手生命を失うでしょう。そうなれば引退させざるを得ません。目標を失ったあの子がどういう状態に陥るかは貴方にも解かるでしょう。……そういう状態のあの子を支えられる覚悟があるのか貴方の口から聞いておきたいのです」
「覚悟……」
もちろん、ある。
僕はマックイーンの事を強く想っている。
「どうですか? 貴方はあの子の事をどう想っているのですか?」
「……僕、いえ私のマックイーンに対する想いは……」
「どうなのです?」
「マックイーンは今後も大きな壁にぶつかるでしょう。様々な挫折を経験するかもしれない……」
メジロの御当主は黙って耳を傾けている。
「だから、傍に居てあげたいのです。仲間として、そして……それ以外の時でも……彼女を守りたい。自分を鎧う事のないように……ずっと……」
メジロの御当主が、ゆっくりと頷いた。
「どのように支えるつもりですか? 生活の事はどうするつもりですか? まさかと思いますがあの子に頼りきり等という破廉恥な真似はしないでしょうね」
「失礼ながら見くびらないでいただきたい。マックイーンのヒモになるつもりはありません。進む道は見えています」
メジロ家当主に対しての言葉ではないと思う。でも、進む道と覚悟は決めている。マックイーンに頼るつもりもない。そのことだけは伝えておきたかった。
御当主から視線を外さず見つめ合う。それほど長くはなかったと思う。御当主の視線がふっと和らぎ
「……そうですか。まだまだ若人特有の青臭さが抜けきれていないところも見受けられますが貴方の覚悟は聞かせてもらいました。その覚悟であれば……手術するか否か、比企彰さん、貴方に決めて頂きます」
「え? そ、それは……」
「先ほどマックイーンの顔を一目見てわかりました。当主たる私がこのような事を言うのも情けない話ですが……。あの子が悩んでいる事を知りながら、みすみす手を拱いていました。今更ノコノコと、当主面しても仕方ありません」
「……いえ、そのような事はないと……」
僕が口篭もっていると、
「みすみす手を拱いていた、ですか? 学園と交渉して長期の休養期間を作ったり、引退した本郷夫妻と連絡を取ってみたり……。マックイーン様が一番気分転換を図れるこの地を訪れやすいような環境を作り出したのはアサマ様、メジロ家当主の貴女様でしょう」
壮年の男性が言った。
「メジロ家主治医の貴方にそう言われることはありがたく思います。ですがそれだけの事です。あの子の凍てついた心は溶かせませんでした。溶かしたのは私ではありません。彼です」
そう言うと溜息を吐く御当主。僕に目を向けたまま、
「比企さん、貴方には本当に感謝しています」
「え?」
「あの娘は変わりました……無理して自分を鎧っていたところが無くなっています。……いつの間にか、人を頼り、己の本心を明かせる人を得ることができるようになっていたのですね。まだまだだと思っていましたが……。ありがとう、比企さん」
「あ……い、いえ、僕…私は……」
メジロ家当主が頭を下げるなんて……。
どうしたらいいのか、頭の中が真っ白になった。
「メジロ家当主としてお願いします。……あの娘が一番大切に想っている貴方が決断してください。……貴方なら、あの子を、メジロマックイーンをそこまで想っている貴方なら、最善の方法を選択してくれると信じています。ですから、宜しくお願い致します」
そう言って、メジロ家御当主は僕の瞳を見つめた。
僅かに躊躇した後、僕ははっきりと答えた。
「はい……承知しました」
* * * * *
ふと我に返ると、マックイーンが僕の顔を見つめていた。
思考の底に沈んでしまっていたらしい。
「何、何か考え事?」
「……少しね」
「そう……」
少しの間、僕の顔を見つめていたマックイーンが、身体の前で両手を伸ばしながら言った。
「……おばあ様がいらしてたわね」
「うん」
「……それで」
何か言いかけたマックイーンを遮るように、
「治療の件、話し合ってきた」
ハッとしたように顔を上げるマックイーン。
「それで……」
「僕が決定を委ねられた。マックイーンの事をあそこまで愛してくれている君なら、最善の方法を選択してくれると信じるって……」
「そう。それで、彰はどう思うの?」
「前に話した通り、摘出手術を受けるべきだと思う」
心を決めて答える。
その言葉を聞き、マックイーンは少しの間、俯いていた。
次に顔を上げ僕を見つめたその瞳には、これまでにないほど強い光が宿っていた。
「ありがとう……。あの時の言葉、信じて良いのよね。 私と……その、一心同体のような関係になる覚悟」
「当然だよ……ずっと一緒に居たいから」
自分の覚悟は既に伝えた。僕はマックイーンを支える力になる。
マックイーンの身体を抱きしめ、僕はそう心に誓っていた。
* * * * *
「なあ、パーマーさんや。私らお邪魔虫かのう」
「そうじゃのう。席をはずしたほうがよさそうじゃ。行こうかの、ゴールドシップさんや。マックイーンってば二人の世界に入り込んで彼の事紹介してくれないもんね」
聞こえよがしに呟かれた声に慌てて抱きしめていた身体を剥がす。
「それでマックイーン? 紹介して貰えるのかな?」
その声に葦毛が赤兎になったマックイーンが軽く咳ばらいをし
「彰、こちらの長い銀髪のウマ娘がゴールドシップさん。見ての通り抜群のプロポーションと神々しいまでの美貌を持つスーパーウマ娘ですわ」
「いや~そこまで言われちゃうと、ゴルシちゃん、照れちまうなぁ。あ、私の事は、ゴルシちゃんでもゴルシ様でも好きに呼べば良いからな」
「お分かりかと思いますが見ての通り調子に乗りやすくかなり残念なガッカリ系ですわ」
「……マックちゃん、自分で言い出したくせに結構毒舌じゃん」
「白いメッシュを一房垂らした茶髪のウマ娘がメジロパーマー。私と同じくメジロ家のウマ娘ですわ」
「メジロパーマーだよ! 堅苦しい挨拶は嫌いなんだ。気軽に話しちゃってよ♪ パーマーと呼んでね」
そう言ってウィンクをして、右手を差し出すパーマーさん。
「お判りでしょうが、見た目も性格もイケメンで美人というよりかっこいいお兄様っぽさが人気の後輩からも憧れの視線を浴びているヅカ系ですわ」
「あれ? マックイーンってば、ご機嫌斜めだね。やっぱ私達お邪魔虫だったか~」
確かに、いつもと違って毒舌がきついような気がする。
「僕は比企彰。ウマ娘競技指導教諭資格を持っているウマ娘スポーツ医療専門医の研修医だ。二人ともよろしく」
「まだまだ成長途中の卵ですわね」
う~む。これは……。
「マックイーン。二人の前で抱き合った事照れてる?」
「て! 照れてなどいませんわ! 彰、余計な事を言ってないで早く先輩のお医者様の所に研修に行ったらどうですか!?」
顔を真っ赤にして照れていないと言われてもなぁ。ゴールドシップさんもメジロパーマーさんも口元がにやけてるし。
「ーーーー!!」
* * * * *
「やっほ~。マックイーン、お見舞いに来たよ~。って何さ、この状況」
僕が止める間もなくマックイーン達の間で互いをからかい、そこから秘密を暴露し合う暴露合戦が勃発し、テイオーさんが部屋に来た時にみたのは互いに顔を真っ赤にしてへたり込む三人のウマ娘と耳をヘッドフォンで塞いでのんびり紅茶を飲んでいた僕の姿だった。
当然事情を聴かれたけど、守秘義務という事で逃げ切らせてもらった……。
正直、今までで一番疲れた一日だった……。