病気ネタに気分を害される方は回避してください。
マックイーンの手術当日。
流石に今日は昨日まで不在だったメジロ家ご当主やマックイーンのチームトレーナーさんも駆けつけていた。
マックイーンのご両親も帰国する予定だったが、他人に任せられないかなり大規模かつ重要な仕事があったらしく、その関係で帰国が間に合わなかったようだ。昨晩リモートでマックイーンと会話している最中にマックイーンから紹介されたが、何て答えたかよく覚えていない。確かマックイーンを宜しく頼む。みたいなことを言われ、任せて下さい的なことを言ったような気がする。
マックイーンのチームからはテイオーさんとゴルシさんが昨日から郷に宿を取って残っている。ただメジロライアンさんやメジロドーベルさん、メジロアルダンさん、メジロブライトさんといったマックイーンと同世代のメジロの人達はパーマーさん以外はレースが今日や明日に迫っているという事で来られないようだった。
今日も朝から励ましのメッセージが届いていたらしい。
手術の事を知った時から彼女たちとマックイーンが毎日会話していることを知っている僕としては、彼女たちも不安で仕方ないのだろうなと察せられた。
そんな気分を現すかのようなあいにくの空模様なうえ、朝になって急に爆弾低気圧が発生しドクターヘリが飛べなくなってしまった。
万が一のことを考え手術の延期も考えられたが、血液の使用期限の問題からこれ以上の延期は行えなかった。
病院では院長を始めとした此処の先輩医師達と補助医として加わっている主治医の武田さんが手術の準備に追われていた。
冷凍保存されていたマックイーンの血液は解凍され、その第一便は既に病院に運び込まれている。第二便も英国から届いた輸血用血液製剤とともに届けられる予定だったが、天候が荒れてドクターヘリが飛べなくなったため、山道で時間はかかるが血液運搬車による輸送を行う事で対応することになった。
手術室の入り口でいろいろな確認をしつつ僕はマックイーンの手を握っていた。
胃の中に食べ物や飲み物が残っていると麻酔中に吐いてしまい、それが気管に入ると肺炎になり危険なため、マックイーンは絶食している。水も二時間前から飲めていない。
その所為で、すでに耳もへにゃっとなっている。
「……いよいよ、ね」
僕に向けられたマックイーンの顔も心なしか蒼ざめている。
しかし、彼女は笑みを浮かべ……。むしろ僕を励まそうとしているように見えた。
「うん、いよいよだね、マックイーン」
「しっかり見て勉強してくださいね。せっかくこれだけの医師がおられるのですから」
「解っているよ」
「……血とか見て気絶なんてしないでくださいね」
「マックイーンこそ手術中に夢見て泣き出さないようにね」
「さぁ……わかりませんわよ?」
「ま、その時は耳元であやしてあげるから」
「あぁ、酷い! 子ども扱いしてぇ。……でもそれくらいしか仕事ありませんわね、彰には」
「……言ってくれるなぁ」
「お互い様ですわ」
二人で顔を見合わせ笑う。
準備が整い、手術の時間が近付いてきた。
先輩医師の一人が点滴のカテーテルを挿入する。
酸素マスクを宛がわれたマックイーンが何度か深呼吸をし、ゆっくりと瞬きをした。
「そろそろだよ……」
「彰……」
マックイーンの手に力が入る。
その手をしっかりと握りなおした。
穏やかに笑うマックイーンに言葉を続ける。
「麻酔が効いたら後は寝ているだけだから……。目が覚めたら手術は終わっているよ」
「うん。……夢か……。どんな夢、見よう……か………しら…………」
眠りに落ちるマックイーン。
⏱ ⏱ ⏱ ⏱ ⏱
「始めよう」
マックイーンの呼吸や脈拍、血圧などが正常値であることを確認し、院長が宣告する。
皆が頷くのを確認し、超音波メスを院長が操る。
画像を見ながら腫瘍の位置を確認し、メスを突き立てる院長。
院長のメスが正確にそれを探り当てたのだろう、動きがより慎重になった。
このまますぐにでも終わる。
そう予感させる程、院長の腕は鮮やかだった。
しかし、突如、マックイーンの血圧が乱れはじめた。
「マックイーン!?」
意識のないまま、苦しそうに喘ぐマックイーン。
「院長! 患者の血圧低下!!」
その言葉に院長を振り返ると、院長の顔面が蒼白になっている。
「くっ! どこだ。どこから出血している……?」
「院長! 出血量が増えつつあります! 依然血圧低下中!」
焦りの声があがる。
「なんだと!」
周囲が喧騒に包まれた。
「輸血流量を増やせ!」
「出血場所の特定急げ!!」
「昇圧剤投与!」
「フィブリノゲン濃縮製剤を投与!」
怒号と焦りの声がその場を支配する。
何があったんだ………?
「彰! なにぼんやりしてるの! 何もできないなら彼女の手を握ってなさい!」
怒号に混じって、血走った目をしていたデイジーギャルさんの声が聞こえる。
それと同時に彼女に手を強く掴まれ、マックイーンの脇に引き寄せられる。
「彼女に声を掛け続けなさい! その手を握って離さないで! 良いわね!?」
先輩医師が慌しく動いている中で、僕は、ただ言われた通りに、マックイーンの手を握り声を掛け続ける事しか出来なかった。
「マックイーン、マックイーン、しっかりしろ!」
しかし彼女に僕の声は届いていない。
マックイーンの傍で、蒼白になっている院長に彼女の具合を聞いてみるが、しかし院長ですらはっきりした事は断言できないでいる。
主治医の武田さんも断言は出来ないらしかった。
ただ、急な出血の心当たりはあると……。
遺伝性出血性末梢血管拡張症。
どこかで聞いた事のある様なないような、そんな病名だった。
院長が彼に食って掛かっているが、よく聞き取れなかった。
ただ、マックイーンの母親も未発症ながら同じ病名だったらしい。
「院長! マックイーンを……彼女を何とかしてください!」
蒼白になりながらも治療に当たる院長に嘆願する。
「……黙ってろ!」
先輩医師の一人が声を荒げる。
「このままじゃ、マックイーンが、マックイーンが……」
「喧しい! 我々だって全力なんだ。恋人の前だろ、お前がこんな時にうろたえるんじゃない!」
「でも、でもマックイーンがこんなに苦しそうに………このままじゃマックイーンが、マックイーンが……」
僕の言っている事は無茶苦茶な事だとはわかっていた……。
でもこのままじゃ、マックイーンが、マックイーンが……。
「くそ! あと一人……あと一人医師がいれば…………畜生!」
先輩医師の一人が、やり切れなさを声に出した。
あと一人………。
僕が……僕がもう少し……。
僕が一人前の医師だったら、すぐにでもマックイーンを……。
何故、もっと真剣に学んでこなかった。もう少し真面目に取り組んでいれば、或はマックイーンの治療の一助を担えたかもしれないのに!
そんな時、さらに追い打ちをかける事態が発生していた。
「院長!! 峠でがけ崩れが発生したそうです!! 血液運搬車が立ち往生しています!! このままでは血液が届きません!!」
うそだろ!?
マックイーン……。