手術室前室に叔父である院長とマックイーン達メジロ家の主治医である武田さんを呼び出し、3人だけで話をした。
「そうか……良いんだな? お前の血の秘密を明かしても」
「はい」
院長と視線と言葉を交わす。
「その、秘密というのは私が聞いても良いのですか?」
不審げな武田さん。
「かまいません。マックイーンにも関わる事ですから」
「それは?」
「僕の血液型についてです」
自分が被る不利益とマックイーンと歩めなくなる未来。天秤にかけるまでもない。
もっと早く踏み出せていれば。なんて後悔はしたくない。
ひと息吐いて、一気に話す。
「僕の血液型はRh nullのO型です」
武田さんが一瞬、なんの事だ? という表情を見せ、次の瞬間目を見開き驚愕の表情を見せた。
「そ……それは、事実ですか?」
武田さんは、かすれた声で院長に向かい確認を取る。
「ええ。IBGRLに身元非公開の日本人が登録されているはずです」
「ええ。それは知っています。メジロ家でもこの方にコンタクトを取るべくIBGRLに登録されたことが判明してからあらゆる手段で調査していましたから」
「でも見つからなかった?」
「ええ。まさか……彼が。……なぜ今まで内密に?」
「その問いに答える前に、メジロ家では彰にコンタクトが取れたらどうされるおつもりでしたか」
「それはもちろん……。!! ……そう言う事ですか」
「ええ。そう言う事です。この子の両親も事故死していますから。……本当に事故だったか怪しいもんだ」
「……この事を知っているのは?」
「この病院では父の理事長と私、妹の事務長だけですね。とは言っても皆には今回でバレるでしょうが。父も調べた結果Rh nullでした。年齢的に献血の対象外でしたが。ああ、私と妹はRh陽性です」
「後この事を知っているのは廊下にいる皆も、ですね」
「……武田さん、皆への説明をお願いしてもよろしいですか。私はマックイーン嬢への止血の続きと彰への採血の準備を指示しますので」
そう言うと控室に手術着を着替える為に向かう院長。その背に
「貴方方に迷惑のかからないように説明します」
武田さんの声がかかった。
⏱ ⏱ ⏱ ⏱ ⏱
武田さんからの説明も終わり、皆が三々五々部屋に散っている。
「ボクの足が治っていたら……肝心な時に役に立たない脚なんて」
何とはなしにテイオーさんと話をしたが、傍らでアサマ様と話しつつ此方を窺っているトレーナーさんの表情から察するにパーマーさん達が出発してからテイオーさんはずっとこんな感じらしい。
「君は良いね、人の役に立てて」
テイオーさんが僕に何処か昏い眼差しを投げてくる。
「黄金の血なんて言われても良いもんじゃないよ。あらゆる血液型に輸血できるなんて下手すりゃ生きた血液パック扱いだ。自分は誰からも貰えないのにな」
少し皮肉気に答えてしまった。
「ゴメン。自分でも何だか持て余してるんだ、この感情」
「テイオーさん……」
「テイオーでいいよ。と言うかそう呼んで」
何かできることはないか? そんな思いがテイオーさ、テイオーを焦らせているのかもしれない。
「テイオー。貴女には出来ればマックイーンの傍についていてほしい」
「僕がついていたって何の役にも立たないじゃん」
一度だけ僕を見ると視線を外し俯くテイオーの姿。
「そんなことは無い。ねぇ、テイオー。手当って聞いた事ある?」
「手当……?」
「うん。手当」
不思議そうなテイオーに
「少し昔話をするよ。母がいつだったか、僕の手を抱きながら話してくれた事があったんだ」
確か、転んでひざを擦りむいたときのことだったと思う。
だいぶ声も薄れてきたけど、あの日の事だけはよく覚えていた。あの時の言葉が僕が医者を目指したきっかけの一つだったと思う。
だからテイオーにも母から聞いた話を伝えたかった。
「手と手を触れ合わせると安心するでしょう? 大切な相手を想ってあげられれば相手の気持ちが伝わってくるの。だから自分の想いもきっと伝わるのよ。それが気持ちなの。相手を想ったり、自分を想ったり、周りを想ったり、見えないものを想ったり……。昔はお医者様が治療する事を『手当て』って言ったのよ? 相手を想い身体を触れ合わせることで自分の気持ちを伝えると、それが強い治癒の力に変わるの。それが『手当て』なのよ。本当は誰でも持っている力なんだけどね。……そう言っていたよ。実際、患者は医師が手を触れ大丈夫と声をかけるだけで緊張が低下して安心するからね、一概に迷信とは言えないかなって」
「手当……」
両手を見つめるテイオー。
「ボクにもできるのかな? 医師でも無いボクに」
「マックイーンの事、大切なんだよね? この手当てに一番大事なのは誰かを想う気持ち、それだけさ。手術に立ち会うのは難しくても声をかけるだけでも違うから、考えておいて欲しい」
「彰、君はどうするの?」
「僕もやれることをやるだけさ」
そうテイオーに言葉を残して手術室に入った。
⏱ ⏱ ⏱ ⏱ ⏱
採血の準備は整っていた。
「400ml採血を行う」
僕の希望でマックイーンのすぐ隣で採血を行うことになった。
手を伸ばせばマックイーンの手を握りしめられた。
手術が終わったらまた目を開いてくれるよね? マックイーン。もう一度君の笑顔が見たいよ……。
自分の想いの全てを力に変えてマックイーンに注ぎ込むように彼女の手を握りしめる。
「よし、此処までだ」
採血を終え、少し休みをもらいパイプ椅子に腰かけた。
院長がモニターを見つつ鉗子を操っている。
「見つけた! ここもか」
出血箇所がまた一つ見つかったらしい。院長と先輩医師が慎重に止血作業をしている。
院長達から声がかかった。
「彰。外の待合でなら休んでていいぞ」
「何かあったらすぐ呼ぶからそんな顔するな。俺たちも交互に休憩を取る。それと外の皆も心配しているだろうから説明しておいてくれ。今のところ何も心配ないってな」
「ついでに外の状況も時々そのピンマイクで知らせてくれるとありがたい」
⏱ ⏱ ⏱ ⏱ ⏱
まだ血液製剤が届かない。
……そろそろ1時間になる。僕が提供した血液も残りが心もとなくなっているはずだ。
「血液は届いたか?」
先輩医師が手術室から休憩に出てきて尋ねてきた。
入れ替わりに休憩していた先輩医師が手術室に入る。
「まだです」
「まずいな……。未だ完全に止血出来たわけじゃないんだ」
それはかなりまずい気がする。
そんなことを考えた途端、付けていたイヤホンに連絡が入った。
最悪に近い知らせだった。
「彰、直ぐに中に入れ!!」
先輩の緊迫した声に近くにいたテイオーが反応した。
「ボクも中に入れてください!」
その言葉に怪訝な顔を磨る先輩。
「ダメだ」
「マックイーンに何かあったんでしょ!? お願いだから立ち会わせて!! 僕もマックイーンの手当をしたいんだ!!」
「手当……? ああ、そう言う事か。気持ちはわかるが手術室に入れることは出来ない」
「そんな!!」
「だから……」
そう言うと先輩は自分のワイヤレスピンマイクをテイオーに渡す。
「それから手術室のスピーカーに声が流れるように設定する。そうすれば中のマックイーン嬢に聞こえるからな。君はマイクに語り続けろ、それでいいな?」
「うん……お願いだから絶対にマックイーンに伝わるようにしてね」
「任せろ。行くぞ」
背中を押されながら控室に入る。
⏱ ⏱ ⏱ ⏱ ⏱
手術室の中は文字通り怒号が飛び交う戦場だった。
「彰か。不味い事態だ。静脈系の枝からの出血が止まらない。パックは届いた……まだのようだな」
一瞬顔を上げたがすぐにマックイーンの止血作業に入る、これまでに見たことのない青ざめた表情の院長。武田さんも額に悲痛な曇りを帯びた表情を浮かべている。
「残りを希釈して……フィブリノゲン濃縮製剤と輸液を増やして何とかなるか?」
「ですがこれ以上のフィブリノゲンの投与は……」
「……何か手はないのか、何か手があるはずだ」
……限界までは計算上あと300mlあるはずだな。なら!
「あと200ml採ってください!!」
「すでに400ml採ってるだろが!! ダメだ!!」
「でも、このままじゃ、マックイーンが!!」
「医師としても、一人の人間としても、みすみす危険にさらす様な真似は絶対に認められん!!」
モニターを見ていたデイジーギャルさんが声を上げた。
「血圧低下!! これ以上は!!」
「クソッ!! やむを得ん、150ml追加採血だ」
急ぎ採血を行い、マックイーンに輸血を行う。
「何とかこれを希釈して、血が届くまで保たせろ!!」
⏱ ⏱ ⏱ ⏱ ⏱
「血液は未だ届かないのか?」
室内にいら立ちの声が上がった。
先ほどからテイオーがマックイーンに呼びかける泣き声が手術室に木霊していた。時々テイオー以外の声も。
「院長!! あと150ml追加してください!! 希釈すれば何とか」
「もう限界だ!! これ以上採ったらお前が死ぬ可能性があるぞ!!」
「なら、せめて100ml!!」
「くどい!! ダメなものはダメだ!!」
そんなやり取りの最中、更に。
「血圧再度低下!!」
悲鳴のような報告が上がる。
「どこだ!! 何処から出た!! 塞いでも塞いでも!! クソッ!!」
焦燥感に満ちた悲痛な声が手術室に谺した。
院長が平坦な声をだした。
「あと、100ml追加だ。……判ってるな? 確率は半々だぞ……。クソッ! なんでこんな事に!! 万が一があったら兄貴に顔向けできん!!」
院長、いや、叔父さん、ごめん……。
⏱ ⏱ ⏱ ⏱ ⏱
採血中はもちろん採血が終わっても、もう立ち上がることができなかった。
どのくらい時間が経ったのだろう。時間の感覚も次第に麻痺してきた。
(これは…まず…か。マックイーン、ごめん……ミス……ったか……も……かし……たら……もう……あ……えな……)
意識が朦朧としてくる。
そんな時だった。
遠くで騒がしい声が……。
朦朧とした意識下でもそれは理解できた。
遠くでその声を聞きながら僕の意識は暗転していった。