「へぇ。予想していたよりも華やかだなぁ、ここの舞踏会」
着飾った男女が満面の笑顔で歓談を楽しみ、料理に舌鼓を打っている。
友人に連れられて人数合わせで参加したトレセン学園の卒業パーティーを思い出す。
……‥いや、それ以上の華やかさか。
「まぁ、たまにはこんな場所も良いか」
歓談する男女の妨げにならないように人の流れに乗って会場をさ迷うと、噴水がある広場に出た。
楽団の曲に合わせ踊る華やかな一団。
僕には縁遠いな……。
少し寂しい気もするが、相手もいないし振り付けも良くわからない。
無理に踊らなくても見ているだけで華やかな気分を味わえる。
金管楽器の旋律、踊る人影。
絵に描いたような華やかさが、そこを支配していた。
「あれ?」
そんな空間に違和感があった。
一人で水が止まった噴水の前に立ち、踊りの輪を見つめる少女。
しなやかそうで、すらりと伸びた手足を、白を基調としたドレスで覆っている。
紫がかった銀髪と儚げな容姿に凛とした雰囲気を身に纏うその姿。一見すると勝ち気な印象も抱くが。
「……」
しかし、広場の灯りに照らされたその顔には微かに寂しげな表情が揺れていた。
華やかな雰囲気が支配する空間で、それが違和感の理由だった。
「……?」
彼女と目があった。
慌てて視線を逸らしたが、彼女が僕を見つめまっすぐやって来る。
「踊らないのですか?」
それが彼女の第一声だった。
「え?」
予想しなかった言葉に一瞬頭が空白になる。
「あら? 何かおかしな事言ったかしら?」
首をかしげる彼女。
「君こそ……君は踊らないの?」
その質問に、
「え? ……ええ、すこし」
彼女のその様子になんとなく納得がいった。
「……君も、地元じゃないんだ」
会ったばかりの彼女になんとなく親近感を抱き話しかけた。
「一人?」
彼女がその言葉に鋭く反応してきた。
「……あら? 早速ナンパですか?」
そのアメジスト色の瞳に強い光が宿る。
「え!? い、いや……違うよ。ただどうして君みたいな娘がって思っただけで、別に……ごめん」
我ながら呆れるくらい必死に謝っていた。
「うふふ。冗談ですよ、冗談。ええ一人……ですよ。あなたも?」
彼女がその表情に笑みを浮かべ聞き返してきた。
「……まぁね」
研修医としては休みの間もなるべく勉学に励む必要がある。必然的にこういう華やかな場では独り者になる。
「お互い寂しい独り者ですわね」
呟く彼女。
「さびしいですわね?」
そういって彼女は笑う。
その言葉とは裏腹にその口調は全く寂しさを感じさせなかった。
つられて思わず笑みが零れた。
二人の笑い声が少し大きくなる。
「でも、こうやって、旅先で偶然知り合った男女って……」
「? ……何?」
金管楽器の音が一瞬高くなり聞き取れなかった。
「知り合った男女って」
「うん……」
「……恋に落ちたりしませんか? それも運命的な恋に」
「え!?」
突拍子も無い彼女の言葉。
「……でも大抵、どちらかに恋人がいるんですけど……」
「……えっと」
なんと言えばいいのだろう……。
「妹分が書いている漫画とかだとそんな感じですよ」
「……」
「も、もちろん私にはおりませんけど……。あ、あなたは……あ! お一人でしたね」
「ああ、うん……残念だけどね」
「漫画みたいには、行きませんね」
「……」
「あら? どうかしましたか?」
「誘ってるの? ひょっとして……」
「え!? 誘ってなんていませんわ! 言ってみただけです」
「言ってみただけ?」
「そうですわ。……がっかりしましたか?」
「そんなことも無いけど……」
「そんなことも無いのですか?」
暫し見つめ合った後……。
どっちからともなく笑い声が零れた。
「あなた、面白い人ですわね」
彼女が笑いながら、突然そんなことを言う。
「そうかな」
面白いのは君のほうだと思うけど……。
そう言いかけ、ふと、彼女の顔を見る。
……何処かで見た事があるような気がする。
次の瞬間、目の前の彼女の名前が浮かび上がる。
彼女は将来を約束された選手だった。
確か、【名優】メジロマックイーン……。
「面白いですわ。縁がある限りよろしくおねがいしますね。私はメジロマックイーンと申します」
彼女がまっすぐ僕の目を見つめ名乗る。
「……メジロマックイーンさんって、あの?」
「ここでも……ですか。あまり特別視されたくはありませんわ」
そう溜息をつくと、
「……えっと、今更ですけど、貴方のお名前は?」
「僕は比企彰。ここでお世話になっているんだ」
「ここでって……ひょっとして、下の温泉で、でしょうか?」
「ん……そうだよ」
ここの温泉は難病を患った、或は、再起不能に近い傷を負った人々が最後の望みをかけて訪れる療養の為の温泉だ。決して観光地ではない。
彼女もその事は知っているのだろう。表情が幾分暗くなる。
「……ごめんなさい。……それで踊れなかったのですね」
「え?」
「だって……。比企様、何処かお身体が悪いのでは?」
すまなそうな口調。
療養中と勘違いされたらしい。
「違う違う。……働いているんだよ、温泉で」
「療養とかではなくて?」
意外だ。というような目で問い直す彼女。
「うん」
「え? ……では職員なのですか? 失礼ですけど全然それらしく見えませんわ」
「……うん、職員とはちょっと違うかな。研修医なんだ。…………来年卒業なんだけど就職口がなくてね。トレーナー資格もあるけど、そっちも、ね。仕方ないから、こうやって働いているんだ」
「治療はしないのですか?」
「まだ先輩医師の補助だよ」
「……
なかなかきつい事を言う。
「……まだまだ研修中だから」
「ここの出身ではないのですか?」
「うん。メジロマックイーンさんも……地元じゃないよね?」
灯りに照らされた、紫がかった銀髪が紫水晶と銀が混ざり合った粉を撒くように煌く。
「さん。は不要ですわ。それとマックイーンでもマックちゃんでも好きに呼んでくださいな。ポッチャリーンちゃんとかウッチャリーンちゃんとかパクパクちゃんなどと呼んだりしたら引っ叩きますけど」
少女が悪戯気な瞳で見つめる。
「じゃあ、マックイーンさ……は、何しに此処に?」
「え? えっと……少し」
言いよどむメジロマックイーンさん。
「あ……聞いちゃいけない事だったかな?」
「まぁ、その……旅行に」
その言葉に驚いた。
「一人で? ウマ娘って言っても若い女の子が?」
早速癇に障ってしまったらしく、メジロマックイーンさんが声を荒げる。
「そうですわ。何か問題がありまして? ……その目はなんですか? 何か文句でも?」
勝ち気に見えた通りだった。第一印象が当たる極めて珍しい例だったらしい。
さすが、一人旅するだけの事はある。見かけによらず激しい気性だ……。
「いやいや、文句なんてございません。一人旅、実に結構ですね」
冗談めかして続けた。
「でも……なら、やっぱり誘っていない? 旅の道連れか何かにさ」
一瞬メジロマックイーンさんが目を丸くした。
「……誘ってなんていませんわ。あなたにとっては残念ながら」
苦笑交じりにメジロマックイーンさんが応える。
……実に不思議な気分だった。
テレビで顔を見かけるだけなのに……。
知り合ってから幾らも経っていないのに長年過ごしてきた幼馴染の様に軽口を叩き合い、互いの反応を楽しんでいる。
「それはそれは。残念です」
メジロマックイーンさんが、その大仰な台詞に肩をすくめる。
「お生憎様ですわ」
そう言った彼女の仕草は、驚くほど優雅で、思わず目を奪われてしまった。
「……? どうかされました?」
顔を覗き込むようにして彼女が話し掛けて来る。
「あ、いや、なんでもないよ」
「あら。隠し事ですか。まぁいいですけど。……でも、あなたこそ、若い男性が一人でこんな所に来るなんてナンパ目的だったのでは?」
「正直言うと、確かにね……。少しは、しようかなって思ったよ。なんとなく来て見たけど、知り合いもいないし、何だか心細くてね」
彼女が穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「心細いのは私も、ですわ……。皆楽しそうな分、余計自分が浮いている気がして」
「実際浮いていたしね……」
「お互いさまですわね」
華やかな舞踏会も最高潮らしい。
周囲の人たちも舞踏に加わり始めた。
「……楽しそうだね、みんな」
「ええ……楽しそうに踊っていますわ」
何気なく彼女に視線を向けると、その表情に最初に見たような微かな陰りが浮んでいた。
「……本当に……悩みなんて無いみたいに、とても楽しそうに……」
「えっ……?」
僕のその言葉に、彼女がハッとした表情になる。
「私たちも踊りましょう」
そう言う彼女の表情から、先程浮んでいた陰りは消えていた。
「え? ……でも、踊れないって……」
「あ、あれ? 嘘ですわ、嘘。……仮にもメジロ家の者が一人で壁の花でしたというのでは格好がつきませんでしょ?」
そう明るく笑うメジロマックイーンさん。
「それに、こういう機会でもないと、こんな所じゃ楽しめませんわよ? せっかくの舞踏会、楽しみませんか?」
「……でも、踊り方知らないし」
「そんなことですか……それなら私が教えてさしあげますわ」
「え? 知っているの? マックイーンさん」
その問いかけに腕を組み睨みつけてくる彼女。
「マックイーン、ですわ。……さん付けは要らないと申し上げましたわ。心の中で『マックイーンさん』って呼んでいるからそう呼ぶのです。礼節は大切ですが、同じ立ち位置でもありませんし。あなたの方が年上ですわよね? それならば『さん』付けは不要ですわ」
「ご、ごめん」
慌てて謝る様子を見てマックイーン……が少し微笑む。
「会ったばかりなのに、無作法なことを申しました。……お気を悪くされました?」
慌てて首を振る。
「ううん。特に気にしてないし……。ただ出来たらもう少し砕けた口調で話して欲しいな。いつもはもっと砕けてるよね。ほら、あの葦毛のお嬢さんを相手にしている時みたいに、さ」
「あ、あれは、その……それにゴールドシップさんは、その気の置けない大切なお友達ですし……」
いつぞや放送されたドッキリなバラエティ番組での言葉遣いの事を話題にすると顔を赤く染めるマックイーンさん。
「コホン、それでは。無作法をお許しいただきありがとうございます。あなた優しいですわね。どうして踊れるかという事でしたら……メジロの一員として舞踏会の踊りは一通り叩き込まれていますわ。卒業パーティーでも、授賞式でも、他の家に招かれた時などなど踊る機会はいくらでもありますし。とは言ってもまさか、こんな所で必要になるなんて思いませんでしたけど」
そう言うと自分の腕を僕の腕に絡ませてくる。
「で・す・か・ら。ほら!」
「わっ……」
「こっちですわ」
マックイーンに腕を取られ踊っている男女の中に入る。
「私の動きに合わせてくださいね。殿方を立てる事も淑女の嗜みですわ」
そう笑うとマックイーンが足を踏み出してくる。
「ほら。……そうそう、いい感じですわ。上手上手」
次第にマックイーンの動きに体が慣れてくると手の振り、足捌きが自然に出来るようになった。
結局、舞踏会が終わるまで踊りつづけた。最後は周囲の注目を一身に受けることになってしまったが。
その興奮が冷め遣らぬまま、連れ立って夜の並木道を歩く。
「楽しかったですわ~」
元気な彼女。
「……僕は疲れた」
立ち止まり、手を膝につき肩で息をしている僕を見て彼女が笑う。
「ペースを弁えずに続けるからですわ」
「……そんなの……考えられないよ。……あんなに興奮しているのに」
「それもそうですね」
笑う彼女を見ながら背筋を伸ばし大きく息を吐く。
こんなに運動したのは久しぶりだった。
「やれやれ……さてっと」
「あ……」
月も傾き、夜も更けていた。ウマ娘とはいえ、若い女性が出歩いていて良い時間でもない。
「そろそろ……」
そう切り出した僕の声を遮るような彼女の声。
「帰りましょう」
暫しの沈黙が辺りを包む。
「今日は楽しかったよ」
「私も……」
マックイーンに背を向け歩き出す。
「あっ。比企様」
振り返るとマックイーンが笑みを浮かべていた。
「私、もう暫らく此処にいるつもりですわ」
頷きを返す。
「また会えたら良いね」
熱い身体を冷ましつつ散策を終え、部屋に戻る。
だが先程までの舞踏会の熱気が未だ身体に残っている。
このほてりを冷まさないとすぐには眠れそうに無い。
寝台に横になり、先程まで一緒だった彼女の事を思い出す。
「マックイーン……か」
儚げな容姿とは裏腹に溌剌としていて全身から気が溢れ返っていた。……その気に飲まれ、つい我を忘れ、踊ってしまった。
「また何処かで会えると良いな……」
そう呟くと身体から力を抜く。
火照った身体に夏の風があたり、心地よい眠気が訪れる。
……今夜はなんとなく良い夢が見られそうな気がした。