舞踏会の翌日から暫く朝から治療補助に追われる日々が続いた。
ようやく業務がひと段落付き、変更された休暇が取れた。
久しぶりの休暇とはなったものの特に予定も無く、かといって温泉や病院内でうっかりあの二人に出くわそうものならからかわれるのが目に見えている。
という事で朝から近所をうろついていると気が付けば丘の上の庭園に通じる小道を歩いていた。
静寂に支配された小道に、石畳を歩く足音が響く。
舞踏会があったのは先日だったが、賑やかだった面影は跡形も無く、他に人影は見当たらなかった。
「そう言えば……」
この庭園で彼女に会ったんだ……。
先日の舞踏会で出会った彼女を思い出していた。
「……そう言えば暫らく居るって言ってたな」
庭園内を散策する。
「あれ?」
水飛沫をあげる噴水の前に人が立っている。
紫がかった銀色に輝く髪に光が映える。
彼女は何をするわけでもなく、ただぼんやりと噴水を見つめていた。
「……」
近付き、その姿に声をかける。
「……マックイーン?」
「え!?」
振り返ったマックイーンが目を丸くした。
「あ……!」
「えっと……久しぶり、でいいのかな?」
「……うそ。また会えましたわ」
小さく何かつぶやかれたその言葉は良く聞き取れなかった。
「え?」
「こんにちは。また逢いましたわね。えっと……比企様?」
そういって微笑む。
「ああ。
「え?」
きょとんとした顔で見つめるマックイーン。
「だって、呼び捨てで良いって言ってたから。ならお互いにね。それと口調」
「……そう言えばそうでしたわね」
そう苦笑を浮かべる彼女。
「では彰さ……コホン。どうしたの? こんな所で」
「いや……なんとなくね」
雰囲気がなんとなく硬かった。
当然といえば当然だ。
舞踏会の晩に一度会ったきり。
楽しい時を一緒に過ごしても、舞踏会の雰囲気に酔っていただけかも知れない。
そんな遠慮がお互いにあった。
『また会えたらいいね』
そうは言ったものの、お互いにまた会えるとは思っていなかったし、マックイーンもそれは同じだったのだろう。
休暇先での偶然の出会い……そんな風に考えていた。
少しぎこちない感じで彼女が話し出す。
「ああ……温泉で働いているのでしたわね」
「うん。……そっちこそ、何しに?」
「暇つぶしですわ」
「なんだ。待っていたんじゃないんだ?」
硬くなった雰囲気をほぐそうと冗談めかして言ってみる。
「誰を?」
自分を指差す。
「僕を」
「まぁ」
彼女は一瞬目を丸くすると
「そうですわね。すこしだけ待っていたかもしれませんわね」
彼女が笑いを含んだ声で言葉を紡ぐ。
二人の間に在った緊張感が解けたように感じた。
「……何だ、ちょっとだけか。残念」
大仰に落胆してみせる。
「ん~。それでは、すっごく待っていましたわ」
「……」
「物凄く待っていましたわ、あなたを。ああ、私のロミオ様~」
笑いを堪える声。
「あまり嬉しくないなぁ……」
その僕の言葉に堪えきれなくなったらしい彼女が笑い声をあげる。
それから暫らく、互いの事を話した。
彼女は夏季休暇を利用し、引退した元トレーナーのところに遊びにきているらしい。
「たまにはのんびり過ごそうって思ってきたのですけど結局暇を持て余して……。あなたは忙しいので……よね」
そう言いつつ悪戯そうな視線を投げかけてくる。
「あ、でも、こんな時間にふらふらしているのなら、結構暇なのかしら?」
「ひどいなぁ。こき使われてやっと貰った休みなんだよ」
「研修医だったかしら?」
「うん。研修医。まあ正確には
そう応える。
そう卑下したつもりはなかったのだが、彼女はそう受け取らなかったらしい。
「……もっとやる気出したら如何? それだけの資格をお持ちになっているのにもったいない。折角の機会なのですから精一杯がんばろうっていう気になりませんか?」
見かけ通りの威勢の良い彼女の声。
「でも……もともと顔つなぎのつもりで来ているから」
「どういうことでコホン?」
「来年には卒業だし、
その答えが彼女の癇に障ったらしい。彼女が幾分眉をひそめる。
「……失礼ですけどそれって私からすると真摯に向き合っていないように見えますわ……」
「そんなことはないさ……」
煮え切らない言い草に彼女があからさまに嫌な顔をする。
「
「……わからないよ」
「また、あっさりと……」
呆れたような彼女。
「仕方ないだろう? まだどちらにも未練があるし、どちらに向いているのか未だ解からないし」
ずっと胸の内に秘めていた本音。ここで彼女に問いただされるまで……。
しかめっ面をし、腕を組む彼女。
「良くありませんね、ええ、良くありませんわ! そういうの。そのまま中途半端な態度だと結局どちらでも通用しなくなりますわよ?」
「断言してくれるなぁ……」
「本当の事ですわ? 何時までも中途半端なままだと、本当にやりたい事がどんどん遠ざかっていくのですわ」
腰に手を当てる彼女の言葉が勇ましく聞こえる。
「……目指しているものにどんどん離されて、後から来た者に抜かされていくのです」
わかっていますの? と首を傾げる彼女。
「……まぁ、そうなんだろうけど……」
ん? ふと疑問を感じる。
「……自分はどうなの?」
「え?」
「マックイーンだってそうじゃないの? 休暇でのんびりなんて……」
「あ……」
そう言えば、というような表情。
「……同類だね」
微かな勝利感を味わう。
「……私は……」
一瞬表情が曇る。
言い過ぎたかな、と思ううちに顔を上げるメジロマックイーン。
「私はいいのです。天皇賞春の連覇後の特別休暇です」
「……本当に?」
「良いんです!」
「……本当に?」
「良いのっ! それより、他人の事より自分の事が大切ですわ。今しっかりやらないと後で大変になるのですから!」
腰に手を当てたまま、
「そうですわ! 今度応援にいってさしあげます」
「応援?」
言われた意味が判らず、その言葉を繰り返す。
「あなたが働いている温泉に! ついでにあなたが怠けていないか見に行ってあげますわ」
「えっ!?」
「あそこなら結構近いですし。ええ、そうしましょう」
自分で言って勝手に頷く。
……僕の意見はどうなる?
「え……い、いいよ。遠慮する」
「嫌、なのですか?」
眉間に皺を寄せる彼女。
「嫌って事はないけど……」
「じゃあ決まりですわね」
彼女が満面の笑顔で断言する。
結局押し切られてしまった……。
「差し入れしますから」
食べられる物だよなぁ……。
漫画なんかだとこういう場合は食べられないって事が多いからな。と一末の不安を覚える。
「マックイーン。……大丈夫だよね?」
彼女のアメジスト色の眼に強い光が宿る。
「どういう意味かしら!? 私、こう見えて料理は得意ですわ! 挟むものだけですけど」
「ご、ごめん」
彼女の勢いに押し切られる形で、陣中見舞いの約束が決まった。
彼女ともう一度会える契機が出来たのは良かったと言えなくもないか……。
「いつ頃なら良いのでしょうか?」
空き時間を聞いてくる彼女。
「……昼くらいなら大丈夫かな?」
「温泉の何処ですか?」
「それは……わからない」
「研修医だから?」
笑いを堪える彼女の声。
「……そう」
憮然とした声で応じる。
最初に出会ったときと同じように、小道で別れる。
背中から彼女の声が聞こえる。
「楽しみにしてくださいね!」
そう言い残し彼女は尻尾を振りながら庭園を後にした。
本当に大丈夫なのかな? さっきはよく聞き取れなかったけど何か言ってたし。