Worldgate Online ~世恢の翼~   作:resn

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小さな翼の目覚め

 

 今日の試合も恙無く終わり、夕暮れ時の今は、明日の予定のアナウンスが繰り返し放送されています。

 

 私はといえば、運営の方へと引き継ぎするまでは医務室に詰めていましたが……結局、最初に寄生されていた係員の方が目覚めることはありませんでした。

 

 もう良いから休んでほしいと言われ、自室へと帰る途中……アンジェリカちゃんが目覚めたと報告を受け、急いで彼女がいる客室へと向かっているのでした。

 

 

「すみません、アンジェちゃんの意識が戻ったと聞いて……」

 

 そっと、部屋の中を覗き込む。

 

 そこには……困ったように佇んでいるアイニさんと、おろおろとしているユリウス殿下。そして……

 

「ま、魔法が使えなくなっちゃったら、わた、私はぁ……っ!」

 

 大粒の涙目を手で拭い、年相応の子供のように泣きじゃくっている、アンジェリカちゃんがいました。

 

 

 

 

 

「魔法が使えない、ですか……」

 

 私の言葉に……どうにか泣き止んだものの、まだひっ、ひっ、としゃくり上げているアンジェリカちゃんが、こくりと頷く。

 

 目覚めてからこの方、いつものように治癒魔法を使用したくても、ウンともスンとも言わないのだとの事でした。

 

「体に異常は特に見当たらないのですが……」

 

 そう、困ったように言うのは診察を担当したアイニさん。

実際、私から見ても彼女の診断ミスとは考えられないくらいに、アンジェリカちゃんは健康体です。

 

「おねえさま、どうにかなりませんか?」

「そう、ですね……」

 

 ユリウス殿下の言葉に、考え込む。

 ざっと見た感じでは、魔力が無くなったとかそういう事はありません。

 ただ……腕の方に、魔力が通っていない。まるで、先程寄生されたあの出来事を恐れているように。

 

「これは……イップスか」

「「……いっぷす?」」

 

 背後から、レイジさんの指摘。

 聞き慣れない、若干間の抜けた響きのある言葉に、アンジェリカちゃんとユリウス殿下が同時に首を傾げる。

 

 

「ああ。何か大怪我をしたり、恐ろしい目に遭った際なんかに起きる事があるんだが……」

 

 その体験の恐怖心から、本来できていたはずの事が急にできなくなる。

 例えば大怪我をした際に、完治しているにもかかわらず体の一部をうまく動かせなくなったり、恐怖心のフラッシュバックにより、特定の条件下で体が硬直したりなど、いままで問題なく行えていた事ができなくなるという症状が現れる事がある、と。

 

「あり得ますね……先程の出来事は、聞いた限りではあの場にイリス様が居なければ大惨事になりかねない事でしたし……」

 

 話を聞いていたアイニさんが、レイジさんの予想を肯定するその言葉に、うっと呻く。

 あの時は私も慌てており、ほとんどアンジェリカちゃんに配慮できていませんでした。

 

「私も、スピード重視でかなり乱暴な治癒を行いましたからね……痛かったですよね?」

「べ……別に大した事無かったわよ……」

 

 そう強がっているアンジェリカちゃんでしたが……その顔は蒼白で、自身の体を抱く腕がカタカタと震えている事からも間違いなく嘘でしょう。

 

 もうあんな目には遭いたくない。

 そんな深層心理が、彼女に魔法を使うことを拒否させているのだという可能性は、十分にありそうです。

 

「であれば……もう大丈夫なのだと、アンジェちゃんがその身で実感すれば大丈夫でしょうか……?」

 

 ぶつぶつと、時折アンジェリカちゃんの体の状態を検分しながら呟く。

 

「……うん。やって、やれなくはなさそうです」

 

 今の自身の能力を踏まえて短いながらも熟考し、そう判断します。

 

「ちょっと、お姉様……何をするつもりですか?」

「私の魔力をアンジェちゃんの強張(こわば)っている経路に通して、強制的に再起動させます!」

「待って、何それ怖い!?」

「大丈夫、今度は優しくしますから!」

 

 そう自信満々に言う私に……彼女の疑わしげな目線がザクザク突き刺さるのでした。

 

 

 

 結局……アンジェリカちゃんは、渋々ながら施術を受ける事になりました。

 決め手が私を信頼してくれた訳ではなく、ユリウス殿下に励まされたからだというのがちょっと悲しかったのですが、それはそれ。

 

「いいわ、やって頂戴」

 

 そう、ギュッと目を瞑って、あの時寄生された方である右手を差し出すアンジェリカちゃん。

 ちなみに、左手はユリウス殿下が心配そうにしながら握っています。

 

「では……行きますね」

 

 そう断りを入れて、『マナ・トランスファー』の時と同じ要領で、アンジェリカちゃんの右手に魔力を満たしていきます。

 

 ゆっくりと。

 慎重に。

 

「……どうでしょう、痛いとかは無いですか?」

「だ、大丈夫です……なんだかじわっと暖かくなってきた感じで」

「そう……それでは続けますね」

 

 そうして、ゆっくりと上の方へと魔力を巡らせていく。

 それは、肘を超え、二の腕を通り過ぎて、胴体、アンジェリカちゃんの加護刻印がある胸元へ……

 

 

 

 ――規定値以上の接続権限を有する者への接触を確認。一部権限を該当人物へと限定的に貸与します。

 

 

 

「……へ?」

 

 突如、頭の中にそんな機械的なメッセージが流れました。

 

 いや、実際には全く違う言語だったのですが、なぜかそのような意味がはっきりと分かる状態で直接脳内に流れ込んできた感覚。

 

「え、あ、あれ? ちょっと待っ……きゃあ!?」

 

 次の瞬間、勝手に背中へと集まってくる力に慌てるも、すでに手遅れ。制御する間など一切なく、私の背中から光翼が展開してしまいました。

 

「嘘……お姉様、その羽根って……」

 

 惚けたように、私の背中に生えた光翼を眺めているアンジェリカちゃん。

 まずい、教団関係者にバレた……そんな考えが頭を過ぎります。

 

 しかし、事態はそんな余裕が許される状況ではありませんでした。

 

「ってお姉様、待って! 私こんな大きな魔力扱った事なんて……」

「わ、分かってるんですが、止まらなくて!」

 

 まるで高いところから低いところへと流れて行くように、繋いだ手から移動していく私の魔力。

 その量に、アンジェリカちゃんの背中がビクンと跳ねました。

 

「何これ、背中……熱……ぃ!?」

 

 そう苦しみだして、蹲るアンジェリカちゃん。

 その背中から……まるで弾けるように光が舞ったのを、私は呆然と眺めるしかできませんでした。

 

 

 

 ――ひらひらと、宙を無数に舞う黄金の羽根。

 

 

 

 それは……酷く既視感のある光景で、ギギギ、と錆びついた音がするような動きでアンジェリカちゃんの方に目を向ける。

 

 そして、部屋の中の皆が、凍りついた。

 

「な……何、そんな幽霊でも見た……ような……」

 

 私たちの視線に釣られ、自身の背後を振り返ったアンジェリカちゃんが、なんとも言い難い表情を浮かべ、石化した。

 そしてその目は……先程の私と同様に、錆びついた音がしそうな動きでこちらへと向けられるのでした。

 

「えっと……私にも理解できてないのですが……その……」

 

 縋るような視線に耐えかねて、そっと、こちらを直視しているアンジェリカちゃんから目を逸らす。

 

「…………ごめんなさい」

「な……なんて事をしてくれたんですかぁ!?」

「いっ、いや、私もこんなことになるなんて思っていなくて……!」

 

 背中に()()()()()()()()()()()を纏いながら、アンジェリカちゃんが私の襟首を掴み、ガクガクと揺さぶってくる。その顔色は真っ青で、目には涙まで浮かべていた。

 

「こっ、こここ、これっ、ばば、バレたら私どうなるんですか!?」

「お、落ち着いて! 深呼吸をして、背中から息を吐き出すようなイメージで力を抜いてですね……」

 

 そう言って、お手本を見せるように羽根を消して見せる。アンジェリカちゃんも、そんな私の真似をしてみたのですが……

 

「き、消えませんよお姉様のバカぁ!?」

 

 私の背からは光翼が消えた一方で、アンジェリカちゃんの背中は変わらず輝きを放っていました。完全にテンパって、パニックを起こしているアンジェリカちゃん。

 

 その気持ちはすごくわかります……!

 

 思わず最初の頃を思い出して、しみじみとそんな共感を覚えてしまう。はい、ごめんなさい現実逃避ですね。

 

 そんな収拾がつかない空気になりかけていた時……救いの言葉はのんびりと流れました。

 

「わぁ、アンジェ、すごく綺麗だよ」

「え……そ、そう?」

 

 嬉しそうにそう宣うユリウス殿下の屈託のないその言葉によって瞬時に泣き止み、かわりに今度は顔を真っ赤にして、私の襟を離すアンジェリカちゃん。

 ちょろいなぁこの子、ついでにユリウス君大物だなぁと内心で思いつつ、乱れた襟元を正します。

 

 何はともあれ……とりあえず翼が生えた事によるパニックが収まった事で、アンジェリカちゃんの背中の光がゆっくりと消えていった事に、一同揃って安堵の息を吐くのでした。

 

 

 

 

「なるほど、お姉様がまさか光翼族だったなんて……むしろ納得したわ。どうりで勝てる気がしないわけよ」

 

 ふん、とベッドの上で腕を組み、そっぽを向いているアンジェリカちゃん。

 

「ごめんなさい、この事はくれぐれも内密に……」

「言える訳ないでしょ、私だって他人事じゃなくなっちゃったんだから」

「う……」

 

 すっかり私に対しては不機嫌になってしまったアンジェリカちゃんに、申し訳なさからシュンとなります。

 

「しかし……何故アンジェリカ嬢に羽根が生えたんだ、今までこんなことは無かっただろう?」

「聖女様ってぇのが何か関係あるのかね?」

 

 後ろに控えている兄様とレイジさんが、そんなことを呟く。

 確かに……今まで無かった事なため、私もそれは気になっていました。

 

「……こうなっては、黙っている訳にはいきませんね」

 

 そんな中で、先程から難しい顔で何か考え込んでいたアイニさんがふと口を開く。

 

「それで、アンジェリカちゃん、あなた……まさか『ティシュトリヤ』の町の子?」

「……え? いえ、私は……母は幼い頃に亡くなりましたが、ひとところに定住せず各地を転々としている人だったらしくて」

 

 アイニさんの突然の質問に、戸惑いながらも答えるアンジェリカちゃん。

 なんでも彼女が生まれて以降、母親と死別し教団に拾い上げられるまで、ひと所に長く暮らしていた事は無いのだそうです。

 

「でも……なんとなくですが、小さな頃に母から聞いた故郷の名は、そんな響きの地名だった気がします」

「そう……ごめんなさい、酷な事を聞いて」

「いえ……」

 

二人の間に、若干気まずげな沈黙が降ります。

 

「それで……ティシュトリヤでしたか、それはいったい?」

 

 知らない地名が出てきた事に、私は思わず尋ねます。背後では、レイジさん達も興味深そうに耳を傾けていました。

 

「はい。私の故郷で、イリス様たちのお婆様の故郷でもありますわ」

「それって……」

 

 後ろに控えていたレイジさんが、心当たりがあるように呟く。

 

「ええ、レイジ様にはそれとなく話したことがありましたね。所在地はノールグラシエ首都より北西の辺境。血が薄れて翼を失った私たち、()()()()()()()()が、肩を寄せ合って暮らす町ですわ」

「それじゃ、私は……」

「ええ、多分その町出身の女性の子でしょうね」

 

 自身の出生の秘密に呆然とするアンジェリカちゃん。

 

 その彼女に眠る血を、限定的にとはいえ私がうっかり目覚めさせてしまった……これは、そういう話だったのでした。

 

 

 

 

 

 その後色々と調べてみて、分かった事がいくつか。

 

 まず、アンジェリカちゃんの光翼は、私が触れてからしばらくの間……だいたい一刻ほど出せるようになるらしい事。

 

 光翼を出している間は、アンジェリカちゃんの治癒魔法もだいぶ強化されているらしいという事。

 治癒魔法に関しては、私と比べてもさほど遜色のないレベル。

 魔力欠乏の危険性は無視できませんが、なんと私が有する広範囲治癒魔法『ゴッデスディバインエンブレイス』すら使用できるかもしれません。

 

 ただし……

 

「絶対に使用しないで。少なくとも、もっと成長して魔力が増えるまでは」

 

 ざっと、私の知る治癒術は伝授しましたが、感触としては第十一位階までは使用可能そうでした。しかし、第十一位階以降は実際には使わないようにと釘を刺します。

 彼女が本来使用できるのは、辛うじて第十位階までの魔法。この時点で、彼女の才というのは眼を見張るものがあるのだそうです。

 

 しかし……それだけに、まだ幼いアンジェリカちゃんにとってそれは多大な負荷がのしかかるはずです。

 先日のお風呂の時から薄々思っていましたが、実際、聖女としての仕事を終えた彼女の疲労は、他の聖女のお姉様方と比較してもかなり多いように感じていました。

 

「な、なんでよ。いざという時に、これがあれば……」

「…………死にますよ?」

 

 私の本気の言葉に、顔を蒼くしてひっと小さく悲鳴をあるアンジェリカちゃん。

 

 死というものに対する恐怖心に敏感になる年頃の彼女は、すっかり怯えてしまう。

 少し怖がらせ過ぎてしまったかな……そうは思いましたが、今の彼女の魔力では間違いなく命を削る事になりますので、心を鬼にします。

 

 

「……わかったわよ! それに、どうせお姉様の力を借りないと使えないんでしょ!」

 

 すっかり拗ねてしまいましたが、きちんと約束をしてくれたので一安心するのでした。

 

 

 

 そうして結局、夕食もそこそこにして色々とアンジェリカちゃんの体を調べているうちに、すっかり夜も更けてしまっていました。

 

「それじゃ……私たちもそろそろお暇しますので、ゆっくり休んでくださいね」

 

 そう微笑みかけ、レイジさんらを促して部屋を後にします。最後、ドアを閉めようとした時。

 

「……助けてくれて、ありがと」

 

 そう、ベッドの上の素直じゃない女の子が呟いたのを、私の耳はしっかりと拾い上げていたのでした。

 

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