Worldgate Online ~世恢の翼~   作:resn

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アクロシティの蠢動

 

「……君……おい、起きろ、レイジ君!」

 

 

「あれ……フェリクス皇帝陛下?」

「ああ、目が覚めたか……大丈夫か? 状況は理解できるか?」

「状況……? って、何だこれは!?」

 

 眠っていた場所は、決勝前夜祭の会場の床。

 いまだ礼装のまま、気付けば窓の外はもう、薄っすらと日の出が始まっていた。

 

 これが一人だけならばまだしも……今、周囲には同じような状態で眠りこけている者たちが死屍累々と倒れていて、明らかにまともな状態ではない。

 

 向こうで、アルフガルド陛下を起こしているイーシュクオル皇妃殿下の姿を視界に収めながら……フェリクス皇帝陛下へと疑問を投げかける。

 

「……やられたよ、まさか会場内にガスを仕掛けているとは、明らかに内部の者の手口だ」

 

 なんでも、フェリクス皇帝陛下は奥さんに毒や薬物による状態異常を防ぐ指輪を持たせていたため、真っ先に目覚めたイーシュクオル皇妃殿下に起こされたのだという。

 

 そして……その時にはもう、このような事態となっていたと。

 

 

「そうだ、イリス!?」

 

 声を張り上げて呼ぶも、返事はない。

 周囲を見回しても、どこにもその姿は無かった。

 

「イリス! どこだイリス、どこに居る!?」

 

 会場内には、その姿は見当たらない。

 嫌な予感に駆られながら、会場の外へ出ようとする。

 

 だが……

 

「……なんのつもりだ?」

 

 ひとりの人影が、その道を阻んだ。

 その人物を、ギリギリと歯が軋むほどに睨みつける。

 

「何のつもりだって……聞いてるんだよ、()()!!」

 

 ガッと胸倉を掴み、揺さぶる。

 だが……斉天は何も言わず、ただ入り口の前から動こうとしなかった。

 そんな時……別の出入り口から、モーター音と金属音を響かせて、一機の四足歩行の機械が部屋へと乱入してくる……その前を歩く、一人の男に付き従うように。

 

「無駄ですよ、彼は私の協力者ですからね、くくっ」

「……なんのつもりだ、フレデリック首相」

 

 真っ先に前に出たのは、防御魔法に長けるアルフガルド陛下。おそらく何かあった際に、皆を護るつもりなのだろう。

 

「緊急の事態によって、今大会の運営は、ここからは我々通商連合……否、我々()()()()()()が取り仕切らせていただきます。同時に皆様には、安全のためこの大闘技場から出ないようお願いします」

 

 慇懃無礼な様子で、頭を下げるフレデリック。

 

「もし出ようとした場合……この会場はすでに私たちの配備した警護が取り囲んでいますが、()()()()()()()()()()()()()ので、くれぐれも軽率な行動は謹んでいただきたい」

 

 そんな脅しでしかないフレデリックの言葉に、ざわざわと騒々しくなる周囲。

 

「……貴様等、西の通商連合自体が傀儡だったという訳か。だが、アクロシティとてこのような祭場に、そのような兵器を持ち込むとは断固許し難い。何事か説明頂けるのだろうな?」

「あなたの行いは、明確な他国の要人への敵対行為です、即刻このような蛮行はやめて、我々を解放しなさい」

 

 アルフガルド陛下とフェリクス皇帝陛下が、険しい顔で詰め寄る。

 

「しなければ……どうだと言うのです、フェリクス皇帝。()()()()()()()()()()を抱えて」

「貴様……っ!?」

 

 見下すようなフレデリックの言葉に、フェリクス皇帝陛下が気色ばむ。

 しかし……苦々しい表情で睨みつけるだけで、それ以上進めていない。

 

 その理由は……すぐ背後にいる、真っ青な顔をしたイーシュクオル皇妃殿下の存在のせいだと言うのは、見ていると明らかだった。

 

「かつては『氷の魔女』などと恐れられたお妃様も、今はただの無力な小娘でしかない……その腹に子を宿している今、全ての魔法も使えず、治癒魔法も受けられず、身を守る術も無い。違いますかな?」

「ぐ、くっ……」

「むしろ、先程あなた達を無力化する際に、子に悪影響を与えぬ手段で眠らせた事を感謝して欲しいくらいですよ」

「……貴様……絶対に許さぬ……っ」

 

 怒りを無理やり収め、床を殴るに留めた皇帝陛下の自制心は、驚嘆に値する。

 だが……皇妃を溺愛する彼には、万が一にも彼女を危険に晒す事は出来ないだろう。

 

「では、イリスリーアはどこだ、その姿が見えぬ以上、黙ってここに居ろなどという事は聞けぬ」

「ああ、彼女は賊に攫われました」

「何!?」

「なんだと!?」

 

 俺と陛下の声が重なる。

 

「ですがご安心下さい、もう既に、アクロシティから救援隊が奪取に向かっていますから……ですが、どうしたものでしょうか?」

「何……?」

「いえいえ、仁君と言われたアルフガルド陛下も随分と人が悪いと思いまして……ようやく現れた()()()、それも頂点に座する()()()を自分の所だけで隠していたのですから」

 

 わざと強調するような、フレデリックの言葉。

 

 ――この野郎!?

 

 内心で毒突く。これまで隠してきたことを暴露されて、ギリギリと歯ぎしりをする。

 

 だが……そのフレデリックの言葉に、周囲のざわめきが大きくなる。

 

「……それ以前に、あの子は兄の忘れ形見であり、我がノールグラシエの子だ!」

「ですが、攫われてしまいましたねぇ、世界的に希少な、誰よりも尊び守護すべき彼女を? アクロシティからは、貴国らに彼女を守っていけるかという疑念が持ち上がっています、いやいや、残念です」

 

 ブチン、と頭の中で何かが切れる音がした。

 

「――てめぇが、言うんじゃねぇぇえええッ!!」

 

 手元に武器は無いが、それでも周囲に『剣軍』を呼び出して、会場を入り口からフレデリックの下まで最大速度で突っ切る。

 

 怒りのままに、その僅かに驚きの表情へと動き出した顔に叩き付けようとして……

 

 

 ――ギィン!!

 

 横から放たれた衝撃に、『剣』が細片となって砕け散った。

 

「『金剛掌』……お前のその剣は厄介だが、同じ原理の技ならば防げよう」

 

 ピッタリと付いてきていた斉天、その両拳には、『剣軍』と同じ力場の壁が張られていた。

 

「斉天てめぇ、そこを退けぇぇえええッッ!!」

 

 二本の『剣』を掴み、交差して振り抜く。

 まだだ、小揺るぎもしていない。さらに二本の『剣』を叩き込む。

 斉天の拳の『金剛掌』に、罅が入った。更に二本の『剣』をその隙間に捩じ込むようにして突き立てる。

 更に一本。もはや斉天の両手を覆っている『金剛掌』全体に罅の入ったその中央へと向けて、残っていた最後の『剣』の一本を叩きつけた。

 

 俺と斉天の中間で砕け散る、二つの力場の破片。

 

 そして……そこまでだった。

 

 更に『剣』を求める手が、空を切る。

 だがそれでも……振りかぶった拳を、構える斉天の、ガードの形を取っている腕へと叩きつける。

 

「さっきから、何のつもりだてめぇ……ッ!」」

「……すまんな。我は、どうやら相当な不義の者だったようだ」

 

 ギリギリと拮抗する腕の向こうで、申し訳無さそうに目を逸らしている斉天。

 

 仲間だと信じていた男のそんな姿に、更に激昂したその時――

 

「そこまでにして貰いましょう。レイジ君、君に好き勝手動かれると困るのですよ。だから……君が、明日の決勝を辞退なされたら、この子達をこの闘技場へと解き放ちます」

 

 そう言って、フレデリックが背後に控えている明らかに戦闘用に見える四つ脚の機械の脚を叩く。

 

「暴徒殲滅用オートマトン。すでに、『私以外の全て』を攻撃対象として設定され、相当数が中に配備されています……稼働したらどうなるか、わかりますね?」

 

 それは……逆らうならば、ここで虐殺を行うという宣言。この大闘技場……あるいはこの街も……全てを人質とされたような物だった。

 

「それでもというならば、どうぞ? ただし……何処にいるかも分からぬ姫君のためにと、君とそこの斉天君と戦っている間に、いったい何人の方が亡くなるでしょうねぇ?」

「そん……な……」

 

 詰んでいる。

 

 個人の力がどうとかではない。動いているのはもはや、自分一人ではどうしたら良いのかも分からぬ最悪な事態。

 

 無力感に、力が抜けた。立っていられずに、ガクリと膝をつく。

 

 

 

「さて、残る東の見解は如何かな?」

 

 視線を受けた、東の巫女達の先頭に立つ桔梗さんが、その視線を受けて肩を竦める。

 

「……ま、どうしようもないって事は分かったわぁ。大人しくしているわよぉ」

 

 そもそも、東の有する戦力は四国中最低だ、単独で何が出来るわけもない。

 桔梗さんは諦めのような台詞を呟くが……次の瞬間、濃密な殺気がその体から放たれた。

 

「だけどねぇ……私ゃ自他共に認める好色家だけど、あんたみたいなゲス野郎だけは絶対にお断りだよ、オッサン」

「はは、これは手厳しい」

 

 口調も荒く、人を刺殺できそうな圧で睨みつける桔梗さんの視線も、歯牙にも掛けず受け流し、踵を返すフレデリック。

 

「では……次の決勝、楽しみにしていますよ。くれぐれも一方的な試合などという冷めたものを見せてくれないよう願っています」

 

 哄笑を上げながら、部屋から去っていくフレデリックの足音。それに合わせて会場を取り囲んでいたオートマトンの気配も遠ざかっていく。

 

「……貴様等、断じて許さぬ。今後、今までと同じ良好な関係を再び結べるなどと思うなよ……!」

「この件、この専横、決して看過できぬ。我が国は、断固抗議を貫くからな、アクロシティ……!」

 

 部屋の空気も歪まんばかりの勢いで睨みつけるアルフガルド陛下とフェリクス皇帝陛下の視線の先……その姿は、部屋の外へと消えていった。

 

 そして、斉天も……項垂れている俺の横を通り過ぎて、去っていく。

 

「……恨んでくれて、構わない」

 

 ただそれだけの言葉を残して。

 弁明もなく、ただ立ち去っていってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 結局……あの後、大した解決策もなく、皆が暗澹とした表情で部屋へ戻っていった。

 

「ちっく……しょぉぉおおお!!?」

 

 誰もいない部屋に、虚しく声が響き渡る。

 

「また、俺は肝心な時に……何が守るだ……クソぉ!!」

 

 また何もできず、むざむざと大事な少女を攫われた。誰に対しての怒りかも分からないほどグチャグチャな頭のまま、手近なところにあった花瓶を掴み……

 

「……あ?」

 

 衝動のまま投げつけようとして……窓に、何かが居る事に気付いた。

 白い、ふわふわとした生き物。それは……見覚えのある。

 

「……スノーか? 何でここに……」

 

 ふらふらと、手を伸ばす。

 あるいは、何でもいいから縋りたかったのかもしれない。

 

 だが……

 

 

 

 カプッ

 

 

 

 スノーは机に、口を開いて何かを落とし……そのまま、俺の手に噛み付いた。

 

「――ってぇぇえ!? 何しやが……何だ?」

 

 スノーが落としたものを、手に取て見る。

 一通の封筒。そこには、ソールのサインが入っていた。

 封を開けるのももどかしく、中身……折りたたまれた便箋をを取り出して、その内容を確かめる。

 

『まず、私の方は無事だ』

 

「え……」

 

 中身を見て、急に眼前が開けたような錯覚に戸惑う。とにかく、急いで手紙に目を通していく。

 

『ハヤト達とも合流できたし、いくつか戦力の当てもできた。だから、こちらについては安心して欲しい。イリスの事も事態は把握しているし、奪還の準備も整っているから安心してくれ、こちらで何とかする。お前はとにかく、自分と来賓の人達の事だけに集中して欲しい』

 

 逸る気持ちを抑えながら読み進めていくうちに、すでに救出計画……というか、連中の動きをすでに掴んでいて、イリスが一度攫われる事すら織り込み済みだったという。

 

 以降、計画の概要がつらつらと書き連ねてある。

 

 問題となるのは、奪還後にこちらが危険になる可能性。それをどうにかして、イリスが帰ってくる場所を守る、それが俺の役目だ、と。

 

「はは……ははは、なんだよこれ、俺一人絶望してて、バッカみてぇ」

 

 一人肩肘張って、駄目だったからと絶望していた先ほどまでの自分を笑うしかない。

 心の何処かで、一人であいつを守っている気がしていた。

 

「ソール……そうか、あいつも動いていてくれたのか……それに、ハヤトや、桜花さんとキルシェさんも……」

 

 こんなにも頼れる仲間が居たというのに、情け無くなって来るが……同時に、迷いも晴れた。

 

 

 

 たしか、フレデリックの主張は『御子姫』という世界的な要人を護る力がノールグラシエに存在しない、故に今後はアクロシティがその役目を担うという物。

 それをもって世論を味方につけようというのが、連中の目論見だ。

 

 ならば……そのノールグラシエの王族であるソール……()()()()()()殿()()指揮下の者達がイリスを先に救出してしまえば、連中の主張は自ずと破綻する。

 

 

 

 あとは、こちらだ。オートマトンが徘徊する中で可能な限り速やかに観客を避難させて、要人達も離脱させる。

 

 だが……敵に比べてこちらの確実に動員できる戦力は少ない。

 

「考えろ……何か、何か良い方法が……」

 

 こちらの戦力は各国の護衛以外に、一緒に来た元プレイヤーの俺と……()()()()()()()()()()()()()、それと()()()()……

 

 ……ここで、ふと閃いた。

 

 可能な限り防衛箇所を減らして戦力を集中させ、安全な脱出路を作る方法。

 

「……いける」

 

 力技だが、『魔弾の射手(貫通攻撃特化)』、『超越者(広域攻撃魔法特化)』、そして『調律者(戦場コントロール特化)』が御誂え向きに揃っている今ならば、不可能ではないはずだ。

 

 頭の中に、そこまでの道筋を描きながら、手紙の最後の一文に目を通す。

 

『追伸……それと、必要だと思い、ネフリム師からの預かり物もスノーに持たせておいた。改造は済んでいるが、肝心のものはまだ組み込んでいないから、決して無理はするな……また、必ず無事三人で再会しよう』

 

 スノーが背負っていた、布で包まれた包み。

 手にとってその重さを確かめて、頷く。

 

 

 

 ――あとは、俺がきちんと奴に勝てるかだ。

 

 

 

 先程までの無力感はもう、どこにも無かった。

 

「斉天……てめぇが何のつもりかは知らねぇが、明日は必ず、ぶん殴って目ぇ覚まさせてやる……!」

 

 皆で、生きて帰るために。

 そのために必要な事を必要な者達へと伝えるため、俺はひとまずペンを手に取るのだった。

 

 

 

 

 

 ――そして、夜が明ける。

 

 この日……後に、この世界の大きな転換点となったと言われるようになる長い一日が、今始まった――……

 

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