Worldgate Online ~世恢の翼~ 作:resn
「何故だ、何故こうも上手く事が運ばない……!」
行き場の無い憤懣に靴音を高く響かせながら、大闘技場の地下にある港、その一角へと運び込ませたコンテナへと向かう。
……既存の戦力だけでは、もはや抑えきれないだろう。
北側に配置していたオートマトンは、そのほとんどが壊滅。僅かに無事だった機体も電磁場で異常を来しており、まともに動くものは真っ先にフランヴェルジェ皇帝とその親衛隊に排除された。
帝国の親衛隊の手にしていた武装……たしか新型の『カレトヴルッフ』と言ったか。
情報は入って来ていたが、よもや、未だ発表前の機密事項である武装を持ち込んでおり、こうもおおっぴらに使い倒すとは想定外だった。
南側は……新チャンピオンの青年を中心に、完全に抑え込まれている。
そして……最大の誤算が、あの魔法の足場だ。人の往来など出来るはずがない北の断崖絶壁が観客の避難路になるなど、想定外にも程がある。
……認めよう。窮鼠は、見事に猫を引きずり倒して見せたのだ。
だが……そのまま逃げると思っていたイリスリーア王女殿下は、ソールクエス王子や協力者たちと共に、わざわざこちらへと向かって来ているらしい。
あの剣士と恋仲だという様子だが、見捨てて逃げられなくなるのであれば、それは欠点と言って差支えなかろうに。
人というのは時に何という不合理を侵すのか。本当に……
「………?」
不意に……自分が今思ってしまった事、僅かに湧き出て来た感情に、首を傾げる。
よもや私が彼らに対し――と思うなどと。
甘い連中の中に長く居たせいだろうか、どうやら良からぬ影響を受けてしまったらしいと、かぶりを振ってコンテナの中へと踏み込む。
「……保険として用意した物でしたが、まさかこれさえも使用しなければならないとは」
忌々しげに舌打ちしながら、正面に鎮座する巨大な物体、その一角の側面に設けられたタラップに足を掛ける。
こうなっては、穏当にとは行くまい。
ならば……たとえどれだけ犠牲を出そうが、アクロシティからの要請通りにあの娘だけは連れ帰る。
それが……それだけが、
――そう、たとえ、無辜の民をどれだけ犠牲にしようとも、他に優先する事など無いのだ。
人の良さそうな言動も、良き為政者としての振る舞いも、それが民を従わせるのに都合が良いからと与えられた
そしてそれは、私にとって、必要であればいつでもかなぐり捨てられる程度の価値しか無い。
タラップを上りきり、上部ハッチから操縦席へと滑り込む。
スイッチをいくつか操作すると、待機状態にあった機体の動力機関はすぐに唸り声を上げ始め、赤い光が操縦席内部を照らす。
――自分は、どこまで行っても支配された道具。
それが……生まれた時から傀儡として育てられた、
◇
ほんの一瞬だけの、意識の空隙。
まるでコマを飛ばしたような感覚の中、まだ十分に離れていたはずのオートマトンの鉄の爪がすでに眼前に迫っていた。
「――やべっ!?」
あまりにも遅いタイミング、慌てて剣を構えようとしたところで……爪が頭を刺す寸前、横からの衝撃を受けたらしいそのオートマトンが、視界内から吹き飛んでいく。
「ボーっとしてんな、無理なら無理で先に退いていろ!」
「わ……悪い、大丈夫だ!」
危なかったところを救ってくれたスカーさんに礼を述べつつ、上がった息を整えるため深呼吸する。
「くっ……そ……っ!」
目が霞む。
斉天との戦闘で、大きな負傷は無かったとはいえ血を流し過ぎた。
それらの傷は、斉天を回収していく際に聖女の姉ちゃん達が遠巻きながらも治癒魔法を飛ばしてくれて、ある程度は塞いでくれたものの……応急手当てでしかないそれは激しい戦闘の中でいくつか開いて、再び血を流している。
――やっぱ、イリスの回復魔法が異常なんだよなぁ……!?
遠距離からポンポンと強力な治癒魔法を飛ばすイリスにすっかり慣らされていたが、本来、治癒術師は後方安全な場所で治療するのが普通なのだという常識を、今更ながら思い出す。
「ねぇ新チャンピオンさん、もう下がって休んだ方がいいんじゃなぁい?」
「と言っても、桔梗さんは俺の代わりには……ならないだろ!」
刀を携えて背中を守ってくれている桔梗さんが、心配そうに声を掛けてくれたその時、さらに出入り口から現れた数台のオートマトン。
その前部に備えられた機銃の銃口がこちらを見据えているのを確認するよりも早く、ふらつく体を押して俺は皆の前へと飛び出す。
「頼む、『幻楼の盾』……ッ!」
手にした『アルヴェンティア』を掲げ、闘気を集中させる。
次の瞬間、刀身に埋め込まれた魔石が輝き、前方に白く、淡く輝く
ほとんど同時に、けたたましい発砲音と共に殺到するオートマトンから放たれた無数の弾丸。
だが……それは俺が展開した靄の中へと突っ込むや否や、突然その速度を落とす。
――これが『幻楼の盾』……迫り来る物体に抵抗を与えてその勢いを減じる防壁、真の力を発揮した『白の叡智アルヴェンティア』の能力。
そして……これは、守るべき御子姫が近くにいるほどに、力を発揮する特色を持っている。
斉天との戦闘中にはほとんど役に立たなかったが、今になって右肩上がりに効力を増している……それこそ、今まさにイリスやソール達がこちらへと急いで向かって来てくれている証左となる。
――もう少し、もう少しだけ保たせてみせる。
そう思う事で力を取り戻した左手で、『アルスレイ』を握り締める。
「う、らぁ!!」
疲労を押して振り抜いた『アルスレイ』の力場の刀身が、宙に漂っている弾丸を飲み込み、即座に消滅させた。
「まぁ、私にレイジさんみたいに前衛を張れと言われても、ちょぉ……っと難しいのは、確かにそうなんですけどぉ!」
剣を振り抜いた俺と入れ替わるように、前に出る桔梗さん。キンッ、と鯉口を切った音と共に、赤い線が
「秘剣……『散華夜叉ノ太刀』、なぁんて」
戯けながら、チン、と納刀した瞬間、オートマトンの脚に斜めに線が入り、ズルリと地面に滑り落ちる。
直後……床に落下した衝撃からか、その中身を晒しながらオートマトンの胴体が縦一文字、真っ二つに分かたれた。
ほぼ同時に放たれた二閃の斬撃は、オートマトンの頑丈な装甲を紙のように切り裂く、あまりにも鋭い切れ味を持っていた。
それもそのはずで……彼女は、剣士系特殊分化職『サムライ』。攻撃力に特化した刀系武器に加えて各種攻撃補助魔法とエンチャント魔法も使用可能な、攻撃特化職。その中でも、ユニーク職である『
更にはその手にした刀は『
だが、同じフルスペックの武器を振るいながらも、彼女はもはや疲労困憊な俺と違い、まだまだ余裕がありそうだった。
その理由は、腰だめに構えた鞘と、普段は柄に触れず、柄尻の前でだらんと垂らされた手にあった。
「まったく、機械は反応が少なくてあまり斬り甲斐がないから好きではないのです、け、れ、ど、もぉ……ね?」
そんな事を言いながら、オートマトンの只中に突っ込んだ桔梗さんの手が、柄に触れた。
「まぁ、おカタい殿方は嫌いではありませんけども。『月下睡蓮』……ッ!」
嫋やかに、流れる水のように、まるで舞って遊んでいるかのように……頭の片隅で、その身のこなしが美しいとそう思った刹那、彼女の周囲を円を描いて疾ったのは冷たい赤光と、次の瞬間には脚を斬られた事を思い出したように、次々と擱座するオートマトンの群れ。
それを確認するより早く彼女は後退し、俺とポジションをスイッチする。
――居合を得意とする桔梗さんは、刀の柄に手を触れている時間が極端に短い。
一瞬で終わる攻撃の、その瞬間だけ刀に触れるものだから、極限まで体力を吸い上げられるのを抑えられているのだ。
ただしその代償に……攻撃を防ぐ手段が無い。刀とは元々防御には向いていない武器だというのに、更に常に抜いておける訳ではないというハンデを桔梗さんは持っている。
全ての自身へと向けられた攻撃は、回避しなければならないというリスクを負っている。
もっとも……恍惚の表情を浮かべ、妖艶さを滲ませながら嬉々として刀を振るっている彼女は、それすらも楽しんでいる様子だったが。
そんな超攻撃特化型の剣士である桔梗さんゆえに、どうしても互いの代わりはできないのだ。
だが……その打撃力が、今は有難い。
「……やっぱ、桔梗さん大会に出てたら良いとこまで行ったんじゃねぇの?」
「やぁねえ、そんな事したら男が寄り付かなくなっちゃうじゃない。私は、殿方に守られる可愛い女の子でいたいのよぉ」
「よく言うぜ、最大手PKKギルドのギルマスのくせに……」
「あ、し、しぃぃいっ、それ言わないでぇ!?」
あざとく可愛らしい事を言う桔梗さんにボソッと突っ込むと、分かりやすく慌てる彼女。
彼女……東の巫女という立場にある桔梗さんには、裏の顔があった。
赤ネームは殺せ。
初心者狩り死すべし慈悲は無い。
斬っていいのは、斬られる覚悟がある奴だけだ。
汝ら罪あり YE GUILTY。
そんな規律を掲げて活動していた、ギルドとは名ばかりの、世にも物騒な同好の士が集まった最大手辻斬りサークル……
その中心人物である彼女が、夜な夜なPK可能エリアで赤ネーム(PKの通称であり、本当に赤い名前が表示されているわけではない)を求めて千早と狐面という姿で徘徊しているのを知っている俺としては、彼女に今更可愛い子ぶられても失笑するしかない。
曰く――良心が痛まず、気兼ねなく辻斬りできるからPKKをやっている。
たまたま現場に居合わせた俺に、彼女はそんな事を恍惚の表情を浮かべて宣った事を、俺は忘れていないのだ。
「とはいえ……結構まずいわねぇ」
再度姿を現す敵オートマトン。
それを見た桔梗さんが、チラッと背後、援護射撃を飛ばしてくれていたスカーさんとミリアムの方を見る。
「おい、坊主! 悪い、そろそろ用意した弾が尽きる!」
「魔力も、そろそろ打ち止めにゃあー!」
背後から飛ぶ切迫した声。その声に、内心で舌打ちする。
無理もない、最初の一手で、二人とも相当に消費した筈なのだから。それでも
だが……観客の避難はだいぶ進んだが、それでもあと四分の一程がまだ中に残っている。
せめて、彼らが安全に逃げられるまでは持ちこたえねば……そう、震える膝を叱咤した、その時。
「待て……何の振動だ?」
弾丸を装填しながら周囲の警戒をしていたスカーさんが、不意にポツリと呟く。
「こいつぁ……下からか!?」
そう、皆避難してもぬけの殻となった貴賓席に、銃口を向けた、その時だった。
まず始めに起きた変化――貴賓席の床が真っ赤に染まり、すぐに溶岩のように溶け落ちた。
その直後、闘技場を上下に貫いたのは、眩い光の柱。
それが収まった時……貴賓席はすっかりと消滅しており、消失し大穴が開いた天井からは青空が覗いていた。
それは……よく、ロボットアニメなどで馴染みのある、
「……
「荷電粒子砲、ってやつだな。それも相当に大物の……上がって来るぞ!」
流石に顔を蒼ざめさせたスカーさんが声を荒げ、警戒を促した直後……床の大穴から、まるで蟹の足のような鋭い爪を備えた脚が八本、床を掴む。
そして……ゆっくりと姿を現したのは、白と紫の装甲。蟹のような機体の正面には先程のものらしきビーム発振器を、背後には巨大な尻尾のような砲塔を持った、蠍のような形状をした異形の巨体。
見上げるほど高く、広いはずの大闘技場の一角を占有する巨体は、小さめの船舶くらいはあるだろうか。それは、まるで小さな要塞のようだ。
そして……その正面、まるで目のような発振器に、再び光が灯る。
「畜生、ソイツを連射できんのかよ……!」
流石に無駄と思いつつも、咄嗟に前に立って『幻楼の盾』を展開する。
そんなこちらを嘲笑うかのように、頭上から新たな声が掛けられた。
「ふふ、ははは、その通りです!」
「てめぇ、フレデリック!!」
機体のハッチが開き、そこから頭を覗かせた人物……それは紛れもなく、今まで姿を見せなかった西の首相、フレデリック・ウルサイスの姿だった。
「散々予定を狂わせてくれましたが、それもここまでです。さあ『ドゥミヌス=アウストラリス』よ、邪魔立てする連中共々、薙ぎ払ってしまいなさい!!」
勝ち誇ったフレデリックが、掲げた手を振り下ろした瞬間……荷電粒子の閃光が再度、世界を満たしたのだった――……