Worldgate Online ~世恢の翼~   作:resn

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大陸縦断鉄道の車窓から

 

 

「そういえば、叔父様。私、魔導列車という名前から、てっきりもっと不思議な車両かと身構えていたのですが」

 

 私の膝の上で丸くなって眠っているスノーの背中を撫でながら、ふと呟く。

 

 

 

 ――私達がコメルス駅を発って、すでに半日近くが経過していました。

 

 

 

 先程、皆で揃っての夕食を終えており、今は皆で就寝までの気怠い時間を過ごしている……そんな中で私の口から出たのは、そんな疑問でした。

 

 そんな私の疑問に反応したのは、王妃様や同乗している皆と共にテーブルを囲み、食後のお茶を楽しんでいた叔父様……アルフガルド陛下。

 

「この縦断鉄道の通っている場所の大半は、一年中が豪雪地帯だからな。コメルスの路線……あれに使用されている重力制御レール(GC-R)方式は最新技術ではあるが、環境変化に脆弱だ。構造は単純なものの方が、このような場所では信頼性がある」

「へぇ……」

 

 そう語る陛下の言葉通り……動力こそ溜め込んだ魔力で電力を発生させる魔力炉ではありますが、その車体の基本的な構造は、私達の世界の列車とあまり大差ありませんでした。

 

 なるほど、確かに言われてみれば、向こうの魔導LRVみたいな車両は街中ならともかく、数日間もの間雪原をひた走る旅にはいささか心許ないでしょう。

 

「ありがとうございます、叔父様。おかげで疑問が氷解しました」

「はは、なんのなんの。他にも疑問があれば遠慮せず聞いてくれたまえ」

 

 嬉しそうに破顔しながらそう宣う叔父様に、私もニコニコと笑顔で頭を下げるのでした。

 

 

 ……ちなみに、先ほどからずっと撫でられるままになっているスノーですが。

 最近はハヤト君と一緒にいる事がめっきり多くなっていたのですが、そのハヤト君は今、アイニさんの手伝いで応急治療室にいるため、久々に私の側へと来てくれたのでした。

 おかげでその手触りの良い毛皮を堪能できて、私は今、とても上機嫌なのです。

 

 

 

 

 

 ――ここは、ノールグラシエ王家が所有する専用車両の中。

 

 

 

 ベッドルームやダイニング、陛下の執務室などがそれぞれの車両に設けられたこの列車。

 その中でも今私達が居る車両は、リビングルームに相当する車両です。

 

 ふかふかのソファとテーブルを備えたその内装は、もはやサロンのよう。

 今は誰も居ませんが、車室の一角にはお茶や酒類などを供するためのカウンターまであります。

 

 そんな室内で……今、私とアンジェリカちゃんは、テーブルを挟んで向かい側でグラスに注がれた葡萄酒と真剣な表情で睨めっこしているユリウス殿下を、ハラハラと見守っていました。

 

「……『ピュリフィケーション』」

 

 教えた詠唱を唱え終え、ユリウス殿下がワイングラスへと手を差し伸べる。

 すると……その手の内に灯った淡い光に照らされたグラスの中身、真っ赤な葡萄酒が……スゥ、っとその色を透明に変じさせました。

 

「……できた! どうですか、おねえさま!?」

 

 嬉しそうに結果の判定を急くユリウス殿下。

 そんな彼を可愛いなぁと微笑ましく思いつつ、グラスに口をつけて中の液体で舌を湿らせる。

 

 ……舌先に感じたのは、不純物を感じられない、清涼な水の味のみ。

 

「……うん、きちんと成功しています、よくできました」

「ま、私とお姉様が二人揃って教師役をやってるんだから、当然よね」

「やった、えへへ……」

 

 私達二人から褒められ、頭を撫でられて、嬉しそうにはにかむユリウス殿下。そんな姿にほっこりとしながら……その背後へと、声を掛けます。

 

「それで……あの、聖女の皆様方にとって、そんなに面白い内容でしょうか?」

 

 そこに居たのは……熱心にメモを取っている、聖女の皆様方。皆、食い入るようにこちらを見つめているのでした。

 

「ええ、とても興味深い術式ですわ」

「これが私達にも習得できるのであれば、わざわざ煮沸消毒の準備もしなくて済みますもの」

「あ、なるほど……」

 

 彼女達の実用本意なその言葉に、とても納得しました。

 

 

 

 この世界の方が、「魔法」というブレイクスルーを生み出す要因がある分、技術は進んでいます。

 

 だがしかし……なまじ回復魔法という一般大衆からはやや遠くとも便利な技能があるからでしょう。

 

 医術……特に、外科手術と共に発展してきた衛生学などに関しては、元居た世界、元居た日本の方が進んでいます。

 

 

 

 それ故に、この『ピュリフィケーション』に該当する浄化魔法は存在していなかった……あるいは滅多に使用しない大魔法……だったようで、皆が興味を引かれたみたいでした。

 

「それに……なんて整然として無駄の無い術式でしょう……」

「御子姫様に治癒魔法を教授した方は、さぞ高名な魔法使い様なのですね……」

 

 そう、魔法の構成自体にウットリとした表情を浮かべている彼女達。

 

 ……やっぱり、アウレオさんって凄いんだなぁ。

 

 おそらくは、この身に宿る加護紋章に記された魔法の根幹を設計したのは、彼で間違いないでしょう。

 少なくとも、プレイヤーが取得できる二次職までの魔法の基礎部分を全て編纂したのであろう父に、今回ばかりは尊敬の念を抱くのでした。

 

 

 

 ……と、すっかり温くなった私の分のお茶に口をつけながら、ぼんやりと考えていると。

 

 いつのまにか、聖女のお姉様方の視線は、好奇心に輝いた様子で私へと集中していました。

 

「それで……御子姫様の過ごしていた場所というのは、どのような場所だったのですか?」

「何やら伝え聞くには、だいぶ私達の常識とはかけ離れた場所のようで……私達、気になりますわ!」

「あ、それは……」

 

 何と答えたものだろうか。

 馬鹿正直に異世界ですと言うわけにもいかず、言葉を探していると。

 

「それに……『紅玉随の騎士』様とは、そちらで密接な関係で過ごしていたとか!」

「そちらのお話も、是非……是非とも!!」

「あの、レイジさん……!」

 

 興奮気味に詰め寄ってくる彼女達に気圧され、思わず同室でくつろいでいるはずのレイジさんに助けを求める。しかし……

 

 

 

「いや違う、そうじゃないんだ。自分に落ち着け、無心になれと言い聞かせてる時点で、冷静からは程遠いだろ?」

「む……確かにそうだな」

「バサコンが効いてる時は、もっとこう……自然で、満たされていて……」

「ふむ……それは、明鏡止水とかそういう類のか?」

「いやいや、そんなの俺だってできてねぇよ。何て言えば良いのかな、荒ぶってる自分を、冷静な自分が外からコントロールしているような……」

「な、なかなか難解であるな……」

「あー……俺の場合は竹刀の素振りだが、基本動作を何時間もやって、すっかり限界まで疲れ果てて倒れた後の気絶直前の無心。あれに近い」

「なるほど、それならば俺にもよく分かる、把握した」

 

 

 

 何やら斉天さんと二人、リアルでの武道経験者同士ですっかり盛り上がっている様子のレイジさん。

 その楽しそうな姿にちょっとムッとして……私はこの時、恋愛小説のネタとして出回ろうがもう知らない、全部赤裸々に語ってやると決めたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 ――そんな事があった翌朝。

 

 

 

「……あれ?」

 

 ……目覚めたら、知らない天井でした。

 

 慌てて起き上がり、周囲を見回すと……そこはやや手狭な印象があるけれど、しかし上質なホテルの一室のような立派な部屋。

 一瞬、ここが何処か分からなくなり混乱しかけますが……すぐに思い出し、冷静になる。

 

「……あ、列車の寝室でしたね」

 

 なんとなしに呟き、脱力して再びベッドに体を預けます。

 

 寝台車と言われると簡素な二段ベッドが並んでいるイメージしかなかったために、シックな内装で纏められたこの車室に最初案内された際は驚いたものです。

 

 僅かに背中に感じる振動だけが、ここが大地を駆る列車の中である事を思い出させてくれました。

 

「ふぁ……うぅん、眠った気がしない……」

 

 ひどく目蓋が重い。あの後すっかり夜遅くまで、聖女のお姉様方と話し込んでしまったのだと、ようやく思い出しました。

 生活習慣に従っていつもと同じ時間に目覚めこそしましたが、おかげですっかりと寝不足のようです。

 

 ふとベッド脇を見ると、乗務員のお姉さんにあつらえて貰った即席のベッド……柔らかなクッションを引いた籠の中で、スノーが静かな寝息を立てています。

 

 起こさないようにその柔らかな毛並みをそっと撫でて堪能した後、私も二度寝しようか迷い……それもなんだか気が引けて、渋々と絨毯に足を下ろします。

 

 纏っていたワンピース型の寝巻きの裾が、すとんと脚を滑り落ちてふくらはぎをくすぐる。

 少しはしたないかなと思いつつも、この車両……王室用の寝台車から出なければいいかと気にしない事にしました。

 

 足裏に触れるのは、フカっと沈み込むような絨毯の感触。

 柔らかく足を包み守ってくれるその感触を確かめ、裸足でも問題無さそうなのを確認してから、部屋を抜け出して、寝台車の先頭にある談話スペースへ向かいます。

 

 

 

 まだ窓から朝日が差し込む様子もない、寝静まった薄暗い車両内。その座席には……先に起きていた人物の姿がありました。

 

「おはよう。昨夜はずいぶん盛り上がっていたみたいだね、お疲れ様」

「ええ、本当に……おはようございます、兄様」

 

 窓際のソファに腰掛け、コーヒーを啜りながら外を眺めていたのは、ソール兄様。

 私は眠い目を擦りながら、寝巻き姿のまま、ふわふわとした足取りでそんな兄様の元へ向かう。

 

 ……まだ数日の間は列車に揺られたままなため、それでも特に問題ないのですが……このような人目も気にする必要が無い生活が続いたら、自堕落になってしまいそうです。

 

「それで……兄様は、窓から何を見ていたのですか?」

「うん。今なら外、凄いものが見えるよ」

 

 見たら分かる、とばかりに座席を立ち、私を手招きする兄様。訝しみながら、誘われるままに外を覗き込むと……

 

「わぁ……」

 

 窓の外、遠方にまるで地平線のように見えるのは、まだ日も登っていないというのに、月明かりを反射して虹の煌めきを放つ眩い森。

 

 そこに広がっていたのは、まさしく異世界の光景でした。

 

「これが 『硝雪の森』……北大陸の()()()()を覆う、世界最大級の禁域……」

「見ているだけなら、すごく綺麗なんだけどね」

 

 地面を覆う砂や、生茂る木々……その全てがプリズムに(きらめ)く結晶で構成されているという、その森。

 だがしかし、津々(しんしん)と降る雪に至るまで全てが鋭利な刃物であるという、北大陸最大面積を有する最高クラスの危険地帯指定地域。

 専用の防護服無しで踏み込めばものの数時間で肺腑までズタズタにされて命は無く、さらにはそんな環境を物ともしない強大な魔物が徘徊する死の森。

 

 

 そんな実態とは裏腹に……遠くから見たその光景はあまりにも幻想的で美しい。

 過去に、ふらふらと誘い込まれ二度と還らなかった旅人が大量に居たというのも、納得の絶景でした。

 

「……あんな規模の禁域、本当に修復できる日が来るんでしょうか?」

 

 十分近くはその幻想的な光景を眺めた後……不安が言葉となって溢れ落ちるように、私の口の端からポツリと漏れ出ました。

 

 広すぎるせいか、ここ外縁部からでは中にあるはずの『傷』本体の存在を、私ですら知覚できないのです。

 

 探し出すには……中に踏み込まなければならない。

 

 それは、現在ほぼ唯一と言っても良い光翼族である私が身を投じるには、あまりにもリスキーであると言わざるを得ないでしょう。

 

「分からない……何百年と成長して来た場所なんだ。陛下も僕らの代でどうにかできるものじゃないって言っていたよ。何代もかけて、少しずつ切り崩していくしかないって」

「気の遠くなる話ですね……」

 

 やがて私達を乗せた列車は、接近していたその禁域から、まるで逃げるように離れていきます。

 

 

 

 ――人同士の争いなど全て些事にしてしまう、この世界に蔓延る最大の問題。

 

 その象徴である異界の森は、今はただ私達の視界から流れ、ゆっくりと遠のいていくのでした――……

 

 

 

 

 

 

 





ちなみに聖女のお姉様方との恋話は、最終的には愚痴という名の惚気を語るイリスの話を、皆が生暖かい目で聞いていたのだトカ。
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