Worldgate Online ~世恢の翼~   作:resn

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急転直下

 

「勝った……のか?」

 

 誰ともつかぬ、信じられないといった様子の呟き。

 だが……周囲にもはや『影』たちは見当たらず、その本体であるリュケイオンさんは、ドラゴンアーマーが解除された姿で天井中心に仰向けで倒れ伏していた。

 

 ――そんな時。

 

「あっ……」

 

 スノーが、とことこと私の横を通り、倒れ伏すリュケイオンさんの顔を覗き込む。

 

 そして…………その顔を、前足でペチンと叩くと、そのまま興味なさげにそっぽを向いてしまった。

 

 あの子も、母親を奪われたのに。

 

「……ありがとう、スノー」

 

 私は、愛しい小さな白騎士に、そう言って頭を下げたのでした。

 

 

 

 

 

「……そうか、僕の負けか」

 

 不意に、ポツリと聞こえてきた呟き。

 そちらに目を向けると……丁度、リュケイオンさんが倒れ伏したまま目を開けたところでした。

 

「……目覚めていたんですか?」

「いや……そこの犬っころのせいで目が覚めた」

 

 忌々しげに横目でスノーを睨むと、今度はいつのまにか彼の横に佇む漆黒の竜……人間の成人男性サイズにまで縮んだクロウクルアフへと語りかける。

 

「クロウ、お前はどうだ、まだ暴れ足りないか?」

 

 憑物が取れたような穏やかな顔で問い掛けるリュケイオンさんに、その竜が、口を開く。

 

『オレはナ、確かに邪竜ッテ言われテル邪悪な竜で、世界を滅ボシテやりたい衝動はアルんダ』

 

 意外に軽い口調で言葉を発したクロウクルアフ。

 喋ったことに驚いている私たちの前で、彼はその首を横に振った。

 

『ダケドな……オレは、ソンナ面倒な事をスルくらいナラ、寝てル方がズット性に合っテルんダ』

 

 そう言って、彼は本当にその場で身を丸めて寝転がってしまう。さらには、欠伸までも。

 

『マ、宿主が世界ブッコワシテヤルってんならいくらデモ付き合ってヤルぜ? デモそうじゃないンなら、オレは寝ル』

「……だそうだ。僕が目覚めさせるまで、ずっと寝こけていたものぐさ竜だからな、こいつは」

 

 苦笑しながら、肩をすくめるリュケイオンさん。

 

 ですが……その話の裏にある事情が、なんとなく見えました。

 

 本音は、暴れまわって世界を滅ぼしたい。

 だけどこの世界は彼の主人……ルミナリエが守った世界だから、邪竜に堕ちてなお自らを眠りにつかせることで世界を守ることを選んだ、優しい竜。

 

 

 それでも、リュケイオンさんという世界が壊れることを望む主人ができた事で、今一度邪竜として顕現した。

 

 だけど、その必要も無くなった今……彼はまた、眠りにつくつもりなのだ。ルミナリエの守ったこの世界を守るために。

 

「……クロウクルアフ……いえ、真竜クルナック様。私は……あなたという竜を、尊敬いたします」

『ハァ? 何のコトかワカンネェなあ?』

「はは、珍しいな、こいつ照れてるぞ」

『意味ワカンネエ、勝手に言っテロ』

 

 スノー同様、こちらもソッポを向いて黙り込んでしまうクロウクルアフ。

 その様子にひとしきり苦笑いした後……私は、どうにか身を起こしたリュケイオンさんへと向き直る。

 

 

「私は、リィリスさん……お母様を助けたい。お父様、協力していただけませんか?」

「……分かってる。娘に無様に張り倒されたんだ、これ以上の恥の上塗りは我慢ならん。大人しく従うさ」

「では……!」

 

 渋々頷いた彼に、喜びのまま抱き着こうとした――その瞬間だった。

 

 

 

『――屋上で戦闘中の者たちへ……逃げろ、一刻も早く!!』

 

 

 

 響き渡る警報と、緊急放送。

 そして、切迫した様子で捲し立てる声は……

 

「……フレデリック、様?」

 

 その声は間違いなく、私達をここへ導いたフレデリック首相の声。

 だけど、今度は逃げろという。それは一体……

 

 

『頼む、逃げろ――今からそこに、“()()()()()()()()()()!!』

 

 

 皆がその瞬間、息を呑んだ。

 一瞬だけ、世界が静止したような錯覚を覚えた。

 

 

「――ッ! 総員、退却! 装備も捨てて構わぬ、少しでも早く退却だ、急げ!!」

 

 アルフガルド陛下の指示に、武器さえもかなぐり捨てて退却していくノールグラシエ国軍。

 それは三方から攻め入っていた他の国も同様で、皆、一目散に逃げ出していく。

 

 

「て……『天の焔』って、たしか絶対防衛圏内には……」

「ああ……()()()()()()()()()()には、内部を撃つことはできない……だが、アクロシティには一人、()()()()()()()()()()()()()()()

「――ッ!?」

 

 息を飲む。

 それは、つまり――

 

「そうか……奴ら、自分の物にならぬならばと、僕やお前みたいな管理者権限を持つ者を、排除する気か……!」

 

 ぼたぼたと血が流れるほど拳を握りしめたリュケイオンさんが、怨嗟の声を上げる。

 

「そこまで堕ちたか……最高執政官『十王』ども……ッ!!」

 

 

 

『『『ふむ……さすが、察しが早いな、死の蛇、いや、リュケイオン』』』

 

 

 ――声が、聞こえた。

 

 多重に重なって聞こえる、その声は……だけど、聞き覚えのある声。

 

 それは――今から助けに行くはずだった人の声。

 

 

「貴様ら……絶対に、絶対に許さない……!」

 

 フラフラと立ち上がり、人はここまで他者を憎めるのかというくらいの憎悪の籠もった目で、天を睨むリュケイオンさん。

 

 その彼は……まるで血を吐くかのように、絞り出すような声で叫んだ。

 

「……()()()()()()()()()()()な、『十王』……ッ!!」

「な……ッ!?」

 

 激しい怨嗟の声を漏らすリュケイオンさんのその言葉に、私もバッと声がした方を向く。

 

 

 そこには……天から降りてくる、一つの人影。

 

 背に輝く、五対十枚の真白い御子姫の翼。

 

 緩くたなびく、私と同じ虹色の髪。

 

 白いドレスを天女の羽衣のようにたなびかせて、ゆっくり降りてくるその姿は……紛れもなく、リィリスさんのもの。

 

 だけど、幼い少女のように悪戯っぽい色を湛えた、それでいて見る者を穏やかな気分にしてしまう柔らかな微笑みは見る影も無く……今は、能面のような酷薄な笑みを浮かべていた。

 

 その顔に張り付いた笑みだけが、致命的なまでに彼女が『あの人』ではないことを証明していました。

 

 

『『『彼女の意識は、そこの御子姫の方へとかかりきりだったからな……容易いものだったぞ、我がものとするのはな』』』

 

 

 何度か、私達を助けてくれたリィリスさんの意識。

 だが、そのたびに彼女は乗っ取られていた。明かされるその事実に膝が砕けそうになったのを、辛うじて堪える。

 

 

『『『本当は、塔の制御用、そして“奈落”の向こうに居る“器”の制御用にお前も確保しておきたかったのだが……』』』

 

 

 どこまでも酷薄に、無機質に……彼らの私刑の判決が、下された。

 

 

『『『致し方あるまい……世界の安寧と平和のため、消えてもらうとしよう』』』

 

 

 そして……その背後、天空が……裂ける。

 

 そこに、ゆっくりと開いていく黄金色の巨大な『眼』――アクロシティ絶対防衛圏、その中核となる『天の焔』の砲塔であるその眼が、真っ直ぐにこちら……私と、リュケイオンさんを照準した。

 

「……させ、ない!!」

 

 たとえ無謀だとしても、背後にはまだリュケイオンさん、そして……私を信じ、募ってくれた仲間たちが居る。決して退くわけにはいかない……ッ!

 

 

「――開け! 『ガーデン・オブ・アイレイン』……ッ!!!』」

 

 以前破られたことで使用できなくなっていたその魔法を、今だけは何が何でも展開しなければならないと、戒めを砕き全力で解き放つ。

 

 直後――上空の眼から、アクロシティに歯向かうもの全てを無に還す『天の焔』が放たれた。

 

 

 

 それは――例えるならば、街を壊滅させる規模の嵐に傘で立ち向かうようなもの。

 

 

 

 ――衝撃に、一瞬で全身の感覚が消える。

 

 ――眩い光に、目の前が真っ白に染まる。

 

 

 

 あらゆる感覚の消失した中で……

 

 

 

 

 ◇

 

 ――大丈夫だよ、お姉ちゃん。

 

 

「……え?」

 

 

 ただ光に満たされた空間の中で、不意に誰かの声が聞こえた。

 

 

 ――ごめんなさい、私が不甲斐ないばかりに、あなたには苦労を掛けてしまったわ。

 

 

 何も聞こえないはずの世界の中で、懐かしい、優しい声が聞こえた。

 その声の主は、隣で佇む小さな女の子の頭を撫でながら、優しい笑顔でこちらへと手を伸ばす。

 

 

 ――でも、大丈夫。お姉ちゃん達は、助かるから。

 

 ――ええ、あなた達を助けるために、動いてくれた人たちが居るから……だから、大丈夫。

 

 ――ほら、呼ばれているよ――外の世界へ……!

 

 

 

 

 私より小さな手と、私と同じくらいの大きさの手が、私の手を引いて導く。

 

 やがて――その手は、引っ張りあげられた先で待っていた、別の手に繋ぎ直された。

 

 その手の感触は、覚えがあった。

 忘れるはずがない、懐かしい感触。

 

「か、あ……さん……?」

 

 その誰かが、私の手をさらに引っ張り上げ……呆然と呼んだ先で確かに、その誰かは私へと向けて微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 直後、意識まで真っ白な光に埋め尽くされ――私達は、この世界『ケージ』上から、完全に姿を消したのでした――……

 

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