Worldgate Online ~世恢の翼~   作:resn

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Worldgate Offline 1

「大丈夫か……?」

「なんとか……外を見なければ……」

 

 背後からの声に、ぐったりしたまま答える。

 目を覆う水で濡らしたハンカチがひんやりと心地よく、先ほどまでの胃の中のぐるぐるしていたものはどうにか沈静化し、どうやら人の多い駅で大惨事を引き起こす心配はもうなさそうだ。

 

 そう。僕らの住む片田舎から都市部へ向かう電車の人込みで……酔った。電車に酔ったわけではない。電車という狭い空間にたくさんいる人に気持ち悪くなったのだ。

 

 

 

「ゲームの中なら平気なのにな」

 

 僕の座る車椅子を押しながら、玲史がそんなことを呟く。

 

 ……ちなみに僕の腰から下は、過去の怪我で重要な神経がやられており、思うように動かない。

 

 まったく動かないわけでなく、掴まり立ちであれば短時間なら立っていられるし、杖があれば家の中の短い距離であれば歩くこともできるが、やはり大部分は車椅子の生活だ。

 

「まぁ、それはね。今までのゲームと比べてずっと現実そっくりとはいえ、やっぱり多少なりともデフォルメされてる分、どこかで生身の体じゃないって認識してるんだと思うよ」

 

 『Worldgate Online』がいかに美麗なグラフィックだとしても、現実の事象を全てシミュレートするなんてものは無理がある。

 

 例えば雲一つとっても、いくつかの用意したパターンをランダムにつなぎ合わせて流すことで現実の雲に近寄せているだけであるし、地面の砂の一粒一粒、樹の葉の一枚一枚すべて個別に作っているわけがなく、ある程度はテクスチャ頼みの部分だって多い。

 

 キャラにしてもそうだ。触れるし、肌に触れれば柔らかく、体温も感じるかもしれないが、皮膚の下の組織の感触を再現しているのはせいぜい大きな骨くらいであり、血管などが透けて見えない分多少なりとも人形っぽさが残る。

 

 おかげで、あまり「人」を意識しないで済む分、『Worldgate Online』の中ではそれほど恐怖心は感じない。『イリス』のアバターを使っていると人が集まってくる上に視線が集中するというのに、内心はさておき演技は崩さず維持できる程度には。

 

 ……最近は余裕も多くなってきたため、もしかしたらこの体験も訓練になっているのかもしれない。

 

 なにより、『Worldgate Online』での感覚は、特に痛覚についてはかなり現実に比べて鈍く、斬られたとしてもせいぜいそこが痺れるような感じがする程度だ。たとえ同じことがあってもこっちなら大丈夫、それを知っている安心感はやはり大きい。

 

 

 

 

 ……僕は、生身の人間が怖い。

 

 過去に起きた、両親と、脚の自由を失ったこととなった強盗殺人事件。

 

 その後の入院中に、祖父が怒鳴り散らして僕らを連れ、この祖父母の居る地方に引っ越してくるまで続いた無遠慮なマスコミたちの取材のストレス。

 

 そのせいで、綾芽や玲史をはじめとした信頼している一部の知人を除いて、次の瞬間刃物を抜いて襲ってくるのではないか、という考えが消えないのだ。

 

 人が少なければまだ我慢できるが、学校や駅みたいな人の集まる場所は駄目だった。時間が解決してくれるどころか徐々に悪化し、ついには高校を中退してしまうくらいには。

 

 

 

 しかしそれも、『Worldgate Online』で人と交流を持つうちに徐々に慣れてきたようには思う。以前なら、傍に二人がいてもパニックを起こしていた可能性が高いのだが、今は多少具合が悪くなる程度で済んでいる。だから……

 

「そんな暗い顔をしない。これでもだいぶ良くなってきたんだ、きっとこのままいけばいつかそう遠くないうちにはきっと平気になるから。ね?」

 

 隣で俯いている綾芽の頭を手を伸ばしてぽんぽんとかるく叩く。

 僕の怪我は、強盗から逃げる際に転んだ綾芽を庇った際に刺されたものなため、自分のせいだと責めている節がある。気にする必要はない、当時は五歳だった妹は守られて当然の存在だったというのに。

 

「……別に気にしてないし」

「そう? ならいいけど」

 

 せっかくの美人さんなんだから、いつまでも僕の世話に縛られるのは可哀想だと思う。

 

 綺麗に切りそろえた黒髪を背の半ばまで垂らし、綺麗な所作で歩く綾芽は身内の贔屓目を除いても美人で、だからこそいい相手を見つけて早く幸せになってほしいとどこか年寄りじみたことを考えてしまう。

 

 ……ああ、でも、綾芽と玲史がくっ付いてくれたらそれは嬉しいかもしれないな、

 

 そんなことをぼんやり考えていると、目の前の信号が僕らの接近した瞬間点滅をはじめ、急に止まった車椅子に若干体が浮く。

 

「っと、悪い、行けば良かったか」

 

 もぞもぞと着座姿勢を直す僕に、気遣わしげな声がかかる。

 

「いや、大丈夫だよ。渡り切れなかった時のほうが怖いしね」

 

 大通りを走る車のスピードは遠慮も見られず、おそらく中央分離帯あたりで止まる羽目になっていたかもしれない。だから玲史の判断は間違ってはいない。

 ここの信号は待ち時間が長い。ぼんやりと車の流れを眺めながら信号が変わるのを待っていると、狭い場所に左折しようとする大型トラックの後輪が目の前に……あれ、近くない?

 

「危ねぇ!」

「うわ!?」

 

 後ろに居た玲史がひょいっと僕の座る車椅子を持ち上げて横に移動すると、直前まで僕の居た場所をトラックの大きな後輪が横切っていく。

 

 ……遅れて今のが命の危機だったと顔面が蒼白になってくるが、それよりも今のは……

 

「お兄ちゃん!? 大丈夫!?」

 

 僕の体をぺたぺたさぐり、怪我が無いかチェックする綾芽。

 

「あ、ああ、玲史が助けてくれたから……それより」

 

 先ほど窮地を救ってくれた玲史は、先ほどのトラックに我慢ならないようで、

 

「くそ、こっちは車椅子だぞ、もう少し内輪差気を付けろってんだ……!」

 

 と悪態をついていた。さっきの自分のやったことに気が付いていない……?

 

「っと、ああ、悪かったな、びっくりしたか?」

「そうだけど、そうじゃなくて! 今の……」

「玲史さん、腕とかなんともないの……?」

 

 僕らの若干焦った声に、訝し気な顔をする玲史。

 

「ん? さっきのが何…………っ!?」

 

 ようやく先ほどの自分がやったことに気が付いたようだ。あんな咄嗟に、いくら玲史が鍛えていて、いくら僕がヒョロいといっても、成人男性一人乗った車椅子をまるでパイプ椅子のように持ち上げるなんて。

 

「え? あれ? でも今全然重くなかったぞ?」

「か、火事場の馬鹿力ってやつかな……はは」

 

 昨日のお爺さんに勝ったという件もそうだが、やはり何か起きているのだろうか。

 一度は沈めた疑念が再び鎌首をもたげ始める気がするが……玲史のしてくれたことは何も変わらない。いつものように助けてくれただけだ。

 

「でも、助かったよ、玲史。いつもありがと」

 

 だから、遅れてしまったけれどもせめてきちんと感謝の気持ちは伝えておこうと。

 

「……お? おお」

 

 何故か暫く目をしぱしぱさせて、今度はごしごし擦る。改めてもう一度僕のほうを見て、何かぶつぶつ呟き始めた。いったい何をしているのか。

 

「……ちょっと、その反応は心外だな、僕はいつも玲史には感謝してるんだぞ?」

「あーいや、そうじゃなくてな、さっきお前が……悪い、なんでもない。さ、行くか」

 

 まるで幽霊でも見たかのような顔で、再び僕の車椅子を押して青信号に変わった横断歩道を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだ、今の……なんで柳が……に見えたんだ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『アークスVRテクノロジー』……その会社は東北の某政令都市のやや郊外の目立たない場所に立っている。

 僕たちの関わっている『Worldgate Online』の運営はその所在地を明かしておらず、電話以外のやりとりはすべて親会社のゲームメーカーを仲介して行なっている。そのため看板などは存在せず、外観だけ見るとやや新しめのただの都市ビルの一つのように見える。

 尤も、地下にはとても高価な機材が大量に詰まった広いサーバールームが存在しているらしいが。

 

「それじゃ、俺はその辺の本屋でもぶらついてるわ。二時間くらいしたら来る」

「いつもごめんね、帰りに何か奢るよ」

「おう、お仕事頑張ってな」

 

 手を振って遠ざかっていく背中を見送って、よし、とかるく頬を叩き気合を入れ、インターホンを鳴らすと、すぐにがちゃりと音がする。

 

 

「本日約束していた玖珂ですけど」

 

 そこまで言った段階で玄関のほうがバタバタと騒がしくなり、一人のちょっとチャラそうなお兄さんが飛び出してくる。知ってる人だ。そしてちょっと苦手だ。

 

「玖珂くうううううん!!」

 

 僕の名前を叫びながら爆走してきた彼……緋上さんは、僕の車いすの直前で急ブレーキ、ぴたりと止まると腰を直角にまげてビシリとお辞儀をし。

 

「好きだ、結婚してくれ!!」

「こんにちは緋上さん。それはゲームの中のことですよね? お断りします」

 

 ぴしゃりと断固拒否。

 

「俺としてはリアルでも一向にかまわん!!」

「もっとお断りします!!」

 

 ……冗談だよね? 

 

 まったく、この人は悪い人ではないんだけど、すぐこういう悪ふざけをするから困る。ほら、隣の綾芽が怖い顔で……ちょっと待った目はまずいから、目は。

 こんな人でもアートディレクターなのだ、いきなり居なくなられたら非常に困ったことになる。何より僕らの上司だし。

 

 そうして騒いでいると、今度は奥のほうからパンパン、と手をたたいて、スーツ姿の優しそうな女の人が出てくる。こちらはプランナーの畠山さんだ。

 

「ほらほら、お仕事に来た子を引き留めちゃダメでしょ。いらっしゃい、柳君、綾芽ちゃん。大変じゃなかった?」

「は、はい、ありがとうございます……その、今回は結構大丈夫でした」

「ちょっと具合悪くはなったみたいですけど、もう落ち着いたみたいです……その、無理はしてないようです」

「ん、綾芽ちゃんが言うなら大丈夫ね」

「ちょっと!?」

 

 信用されてない!? いや、一回確かに無理して相談中に倒れたけども!

 

「そういえば、玖珂君はとうとうレベル110になったんでしたか?」

「あ、はい……その、すみませんでした」

 

 僕があのレベル上げに使用した場所のことだ。僕が報告し、処分を僕に言い渡したのは畠山さんだ。もっとも、すぐに社長自らの一声で白紙になったが。

 

「……まぁ、本当は褒められたものではないんでしょうけれど、『彼』が直々に良いって言ったらねぇ……」

 

 困ったものだわ、と頬に手を当てて溜息を吐く。

 ここを立ち上げた例の天才科学者……アウレオさんは、結構思い付きでこういった変更をすることがあるらしく、色々大変なのだそうだ。

 

「まぁ、『イリス』ちゃんは有名だから、スキャンダルは避けたかっただけかもだけどな」

「そ、それを言われると心が痛いです」

 

 本当すみません、と恐縮していると、ちょっとばつが悪そうに眼をそらす二人。

 

「なんか、悪かったな。あれのせいで色々面倒も増えただろ」

「それはまぁ……でも、今も結構楽しいですよ?」

 

 何せ、普通ならできないような経験も一杯してるし、仕事だって貰えた。最初はともかく今はそれなりに満喫している。

 

「だから、本当に感謝してます。ありがとうございました」

 

 座ったまま頭を下げる。顔を上げた時、畠山さんはなんだか照れたように笑っていたのだが……

 

「……緋上さん、どうかしました?」

 

 もう一人、緋上さんは口元を手で覆い、驚いたようにこちらを凝視している……この反応、今日二人目だ。

 

「い、いや、なんでもない、きっと少し目が疲れただけだ。そういや玖珂君のキャラって天族のビショップだよな。ていうことはとうとう……」

「ふふ、そうね。あれは彼直々の仕込みだから、とうとうお披露目っていうのは感慨深いわね。いったい何が起こるのか……今度のイベントの反応が楽しみだわ」

「あの、なんの話ですか?」

「「企業秘密です」」

 

 酷い、ここまで思わせぶりに話しておいて!

 

 

 

 

 

「……あれ、社長、開発室から出てくるの珍しいっすね、お疲れ様です」

 

 曲がり角でばったり遭遇した、ひときわ立派なスーツを着た人物に緋上さんが驚きの声を上げる。

 彼は社長……一時ニュースで何度も見た、アウレオ・ユーバー氏だ。

 間近でみると、この人は何気に結構体格が良い。その見事な銀髪と、綺麗に整えた髭を蓄えた容姿は映画俳優もかくやといった風情があり、纏う雰囲気も相まって、まるで本物の王様か何かのようだ。

 

「……ああ。こちらも一段落ついたのでな。……君が玖珂……プレイヤーキャラ『イリス』の子だったな」

「あ、はい、こうして会うのは契約をいただいた以来で……お久しぶりです」

「構わんよ、楽にしてくれたまえ……君には期待している、頑張りたまえ」

「……え? あ、はい、それは」

 

 突如肩を叩かれ告げられたその言葉に、目を白黒させる。だけど、期待しているという割には……彼の目には、僕は映っておらず、ここではないどこか遠くを見ているようで、背筋がゾクリとする。

 

「では、少し外に出てくる。会議の資料はいつも通り私のデスクのほうに置いておきたまえ」

 

 それだけ告げて、カツカツと靴を鳴らして建物から出ていく。

 

「……はぁー、緊張したわ」

「え? そうっすか? シャチョー、あれで結構話分かるぜ?」

「そういう態度取れるのは緋上君くらいだわ……すごくヒヤヒヤするんだから」

 

 畠山さんに僕も同意だ、さすがにあんなフランクに接する勇気は持てない。

 

「……あの、ちょっと気になったのですけど」

「ん、どうした、妹ちゃん?」

 

 ずっと黙っていた綾芽が、ふと挙手して発言する。

 

「私たちの所属しているノールグラシエの国王様って、あの人がモデルなんですか? 以前からイベントで間近で見るたびに気になっていたんですけど、なんだか少し面影が……」

「……そういえば」

「似てるっちゃ似てるっすね……」

 

 

 

 自分をモデルにキャラを用意しただけだろう、その一言が、何故か僕らの口から出てくることは無かった。後になって思えば、この時既に、ここにいる全員は何か得体の知れないものを感じていたのかもしれない。

 

 

 

 

 





主人公は、自覚はありませんが妹によく似た顔立ちの童顔の男性です。わりと美人さんです。
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