Worldgate Online ~世恢の翼~   作:resn

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一筋の希望

 

 ――お願い、返して、私の、私の――、返して――っ!

 

 私によく似た髪色の女の人が、多様な何らかの装置に埋め尽くされた部屋で、魔法か何かの装置に拘束されたまま、必死に手を伸ばして何かを掴もうしていました。

 逃れようと暴れる度、拘束されている部分が、白い肌が無残に赤く傷ついていくけれど、そのような事は瑣末事とばかりに、必死に――……

 

 

 

 ――貴様ら、よくも……よくも――を……! 呪われろ、貴様ら全て、呪われてしまえ――!

 

 また、別の場面。今度は、どこか近未来的な、金属と機械の一部らしきもので覆われた通路。

 怨嗟の声を吐き出しながら、傷だらけの男の人が、大勢の兵士らしき者達に囲まれ、それでもどこかで見たような白い本を必死に守りながら、囲いを突破しようと足掻いていました。

 

 

 

 私は……この二人を……知っている?

 あぁ、そうだ。この人たちは、だいぶ大人になっているけれど……以前、夢で見た……

 

 何故、あなたたちは私の夢に出て来るの?

 何故、私は……こんなに、あなたたちを見ていると、胸が苦しいの……?

 

 何故……何故……何故……ぐるぐると、とりとめなく回る思考――……

 

 

 

 ――そこで、目が覚めた。

 

 

 

「あ……れ……」

 

 目から流れる、涙の感触。ここ数日、よくあるように、拭っても拭っても止まらない。何故か、無性に悲しかった。だけど、この日は、いつもと少し違くて……

 

「うっ……あぁ……っ、あああ……っ!」

 

 よくわからない。今見ていた夢はすぐに散っていってしまったのに、嗚咽が止まらない。

 

 悲しい。以前の寂寥感とは全く違う、もっと、心臓をギリギリと鷲掴みにされるように……ただただ、悲しかった――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらい、理由も分からず泣いていたでしょうか。

 

「……ひっく……ここ、は……?」

 

 ようやく少し落ちついて、涙を拭い周囲を見回す。

 

 そこは、アイニさんの診療所ではなく、個室……というか、立派な部屋……どこかのお金持ちな人の家の、客室みたいな部屋でした。

 

 朦朧とした記憶ではあるけど、最後に覚えているのはレイジさんの腕の中だったから……大丈夫だとは思うのだけれど、見知らぬ部屋に居る事に不安がむくむくと膨れ上がって来ます。

 

 首に触れてみる。冷たい金属の感触は無く、柔らかな自分の喉の感触に安堵の息をつく。

 ふと、枕元に呼び鈴らしき物を見つけ、試しに鳴らしてみます。ちりんと、涼やかな音が鳴り響き……ほとんど間を置かず、ドアが静かに開きました。

 

「……失礼します。よかった、目覚められたのですね?」

「……あ、レニィ、さん……げほっ」

 

 中に入ってきたメイド服姿の女性……レニィさんに、見知った人が現れた事の安堵に胸を撫で下ろす。

 呼びかけた声が酷く掠れている。喉が乾いていて、思わず咳き込んだ。

 すぐに彼女が水差しを差し出してくれたので、ゆっくりと喉を潤し、ようやく一息つきました。

 

「こちら、アイニ様から預かってきた、水薬になります。ゆっくりとお飲みください」

 

 そう言って差し出された、匙にひと掬い差し出された液体に口をつけると、甘いシロップの中に、苦かったり酸っぱかったりな、おそらく薬草のなんとも言い難い味が口に広がった。

 

 ……うん、微妙。

 

 元の世界の、子供用のシロップ薬を何回りかエグくした感じ……シロップに混ぜてこれだから、きっと元は凄い味なんだろうなぁと、ブルっと背中を震わせる。

 

「そんな泣きそうな顔をなされても駄目です、良薬口に苦しと言いますので。さ、もう一口」

「泣きそうになんてなってません……んぐ……」

 

 覚悟を決めて、一息に飲み込む。すぐに差し出された水で口の中を中和し、一息をつく。

 

 ……まだ、口の中が変な感じがします。

 

 誤解無きように言っておくと、『僕』だった時は薬なんて平気でした。この体の舌が鋭敏なのが悪いんです。誰ともなしに言い訳をしてみる。

 

「……あの、それで……ここは?」

「この部屋は、臨時の兵舎として接収された、この町の元町長の屋敷の……最奥にある賓客向けの客室になります。防犯上の観点と……まぁ、あなたを大事に思っているとある人々からの苦言対策のため、こちらへ移動させていただきました」

 

 尤も、私も彼らに賛成ですけど。そうボソリと呟き、話を締めくくった。

 

 ――とある人々?

 

 疑問符が浮かびますが、それよりも……

 

「あの町長さん、捕まったのですね」

「はい。既に王都へ移送され、そこで判決を受けることになります」

 

 良くても二度と陽の目を見ることはないでしょう……とは、レニィさんの弁。

 禁制品の売買に、奴隷売買。今回の、預かった町に火を放ち、魔物をけしかけた所業……弁護の余地は……私にも、流石にありませんでした。

 

「あ、騒動で怪我をされた方は? 私も、何か手伝いを……」

「駄目です」

 

 ニッコリと、しかし有無を言わさぬ明確な拒絶。取り付く島もないとはこのことでしょうか。

 

「だけど、何か……決して無理はしませんので」

「イリス様? 私、イリス様が無理をしたがるようなら、多少の無体は許可すると、お兄様に許可を頂いてますよ?」

「……大人しくしてます」

 

 彼女の手に縄が見えたのは、きっと気のせいでは無いですよね……渋々引き下がりました。

 

「ご安心ください、皆様の奮戦もあり、イリス様の手を煩わせる必要があるような怪我人は出ておりませんでした。もしそういった方が居れば、きちんとお伝えしていますので」

「そっか……良かった……それで、兄様やレイジさん達は?」

「隣室でお休みですよ。すぐにお呼びして来ます……と、言いたい所なのですが……」

 

 パサリと、肩にカーディガンが被せられる柔らかな感触。

 

「病床で寝間着なのは致し方ないとはいえ、淑女として、せめて御髪を整えるくらいはしてくださいませ。というわけで」

 

 ヘアブラシを手に、近寄って来るレニィさん。

 ……あ、れ? 今、視界が、ぐにゃりと歪んで……

 

「いま、御髪を梳かせていただきま……」

「――やっ!?」

 

 伸びてきた手に、ビクっと体が強張った。

 思わず頭を抱えてしまう。バクバクと心臓が早鐘のように脈打つ。

 

「あ……」

 

 違う、こんな反応するつもりは無かったのに。

 恐る恐る腕を下ろし、レニィさんの方を見ると……痛ましい物を見るような目。その様子は、心底心配してくれているのだと分かる。

 

 ――私、なんて失礼な事を。

 

「……いえ、ごめんなさい……お願いします」

「はい、では、失礼して……」

 

 どこか遠慮がちに、髪に触れる感触。大丈夫、これは、大丈夫な人。

 それでも、首に指が触れるたび、冷たい金属の首輪の感触が脳裏を過ぎり、ビクっと体が震える。

 ごめんなさい、レニィさん……せっかく良くしてくれているのに、怖がってしまい申し訳ない気持ちで一杯になる。

 そうこうしているうちに、髪が梳き終わり、邪魔にならないように緩く三つ編みにしてくれた所で、レニィさんが離れた。

 

「……今、ソール様とレイジ様を連れて参りますね。大切なお話があるそうで」

「あっ……はい、お願いします」

 

 さっと彼女が部屋から出て行き、部屋の扉が閉まった。途端、部屋が静寂に包まれる。

 

「……っはぁ! ……はぁっ……」

 

 レニィさんに悪いと思い、今まで全力で耐えていた恐怖心を解き放つ。

 しばらく忘れかけていたけど、やっぱり、他の人が怖い。また怖くなった。

 

「はぁ……もう、大丈夫だと思ったんですけどね……」

 

 なかなかに根深く居座るトラウマに、ため息をつく。

 

「本当……もっと、強くなりたいなぁ……」

 

 体力のある体のレイジさんと兄様の二人が羨ましい。背負われていた、大きくて暖かいレイジさんの背中の感触を思い出――

 

 

 

 ――ピタリと、石化したように体と思考が固まった。

 

 

 

 一人になった事で、じわじわと、熱に浮かされて以降の事が記憶に蘇ってくる

 

 裸を真正面から見られた。

 ぴったりくっついた状態でおんぶされて、安心しきって体を預けていた。

 眠るまで、手を繋いでいて欲しいと甘えた。

 

 ……どう考えてもアウトです!?

 

 それは、まぁ、体調不良で気が弱くなってましたけど……!

 あぁ、だけど、だけど、それだけなら私の不注意というだけだから、それだけならまだ、良かったのに……!

 問題は……問題は! 夢か現か曖昧な、朦朧とした意識の中、ふと耳に届いた言葉……

 

 ――こいつは――――俺のだ……っ!!

 

 ――俺の女に、手ぇ出してんじゃねぇぞ、このクソ野郎がぁぁああああ!!

 

 

(うわぁぁああああ!?)

 

 ボッと顔に血が集まる。顔面から火が出そう。

 捕まった恐怖なんてどこかに吹き飛んでいった。

 

(なんで、レイジさん、あんな、あんな……っ!?)

 

 半分夢の中だったから、あれが現実か夢だったのかは分からない。だけど……だけど!

 夢だったら、なんて痛い夢を見てるのよぉ……っ!?

 でも、でも、現実だったら……ねぇ、これ、どう反応したらいいの!?

 しかもしかも、困った事に……嫌じゃない、どころか、嬉し――

 

 ――って違ぁうぅぅうう!?

 

「ぅあああぁあぁあぁぁぁ……!?」

 

 必死に変な方向に流れそうな思考を鎮めようと、お布団に顔を埋め、一人煩悶としていると……

 

「――おい、入るぞ?」

「――っ!? ひゃい!?どうぞ!?」

 

 噛んだ、噛みました……!?

 

 慌てて掻きむしってボサボサになった髪を手ぐしで整えて、そういえば今の格好が薄手の寝巻きだったと思い出し、カーディガンの前を手で搔き合せた所で……ガチャリと扉が開いた。

 

「悪い、休んでる所邪魔するぞ……何で息切れしてるんだ?」

「なんっ、でもっ、ないです……っ、気にしないで……っ、ください……っ」

 

 ぜぇはぁと肩で息をしていると、後ろで兄様が肩を震わせていたので……とりあえず、枕を投げつけておきました。

 

 

 

 

 

 私、レイジさん……それと、私達しかいないため言葉を崩した兄様……綾芽。

 二人から今までの……『白の書』に記載された内容を共有した私は、とりあえず、あの転生の日の事を二人に知る限り伝えました。

 

 突然、本からあの白い世界へ縦横無尽に奔った真紅の幾何学模様。

 本から伸びた影に拘束され、全身を貫かれ、私という存在を書き換えられていくかのような感触。

 

 ――今までの忘れていた……恐ろしくて忘れようとしていたけれど、あれは明らかに異常でした。

 

「そうか、そんな事が……」

「私達の時とだいぶ違うわね……ごめん、もっと早く聞いておくべきだった」

「いえ……私も、今の今まで忘れていましたから」

 

 しかし、あの白い本が原因だとしたら……それが可能なのは、あのゲームの基幹プログラムを一人で制作した、あの人だけ。

 

「確かに……私も、彼がこの世界の人物、前国王アウレオリウスである可能性は高いと思います、が……」

 

 私も、話を聞けば聞くほど、そうとしか思えません。ただ、その予測には深刻な問題があって……

 

「前国王、天族でしたよね?」

「……それなんだよなぁ」

「そうなのよね……どういう事かしら……」

 

 ノールグラシエは、魔法王国と呼ばれるだけあり、魔法に秀でた天族の王家の国です。その直系である、前王アウレオリウスも、また。

 しかし、アウレオさんには、そのような翼はありませんでしたし、あったら向こうでは間違いなく大騒ぎです。

 

「……実は、そのアウレオって奴も、イリスと同じ後天的に光翼族になった……だったりとか……?」

「いや、まさかそんな……」

 

 レイジさんの疑問を、綾芽が否定する。私もそう、思うのだけれど……

 何故なら、もしそうだったら、そんなポンポン人を変化させれるのであれば、わざわざこんな回りくどい事をしたでしょうか?

 

「やっぱ、緋上って人を探すか、王都へ行ってみるしかねぇか……」

「だねぇ、ここで考えていても、これ以上の事は分からないか……」

「ですね……」

 

 そう結論がつき、この話題は終わりそうになりました。

 が、それよりも、気になる事があります。二人は、「光翼族を生み出す魔本」のインパクトで考えが回っていないみたいですが……

 

「……それより、ひとつ、大事な事を忘れてませんか、二人とも?」

「……ん?」

「もしアウレオさんがアウレオリウスその人だとしたら……あの人が、向こうに居るということは……」

「……あ」

「そうだ、気が別の方向へ向いていたせいで、すっかり抜けてた……不覚……っ」

「そうだ、そうだよな……!」

 

 あるいは、私達自身、何処かで諦めて考えないようにしていた事なのかも知れません。

 ですが……このアウレオさんに関する予測が正しければ、私達にとってこれ以上無い福音でもありました。

 

 あくまでも、可能性はある、というだけです。

 その方法は、まだ想像もつきません。

 今のアバターの体がどうなるか、という問題も存在します。

 

 だけど……それでも、可能性は0ではなくなった。それは、0とは無限の隔たりがあります。

 

 ――この世界から、私たちの世界へ行った者が存在するかも知れない……つまり!

 

「「「――元の世界には、帰れる……!!」」」

 

 顔を突き合わせた私達三人の、喜色が滲んだ声が重なりました。

 

 

 

 ――先の見えない異世界の生活に、一筋、蜘蛛の糸のような、希望が芽生えた瞬間でした。

 

 

 

 

 

 





 補足になりますが、綾芽は元の世界に殆ど未練がなく、玲史はこの世界でイリスが現実の存在になったことに舞い上がっていたため……結果として、玲史が家族を残して来ていることを気にかけていたイリスのみが気が付いたとかそういうの。
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