Worldgate Online ~世恢の翼~   作:resn

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Fatal Encounter

 

 仔セイリオスを拾った日から二日後。

 

 朝目覚めると、お腹の違和感がようやく消え去り、体調がすっかりと復調していました。

 すぐに魔法も何ら問題なく使用できるようになっていることを確認した私は、目覚めて身だしなみを整えてもらった後、まず真っ先に、ガンツさんのところで預かってもらっている仔セイリオスのところへと赴いていました。

 

 兄様やレイジさん、レニィさんらの、ここ数日間代わる代わる仔セイリオスの面倒を見ていた面子が固唾を呑んで見守る中……私の『アレス・ヒール』の光が静かに収まっていく。

 

「……どう? どこか痛い所はある?」

 

 見た目では、翼の骨折などによる変形も、今ではすっかり綺麗になっているけれど……幻獣を対象に使用するのは初めてなので、不安が残ります。

 

 施術を終え、私が尋ねると、仔セイリオスは不思議そうに自分の体をあちこち動かし、折れていた翼を舐めたりして状態を確かめると……一声、おんっ、と元気な鳴き声を上げました。

 

 ――どうやら、大丈夫ならしいです。

 

 皆がほっと一息ついていると、仔セイリオスが机から飛び降りて、私のスカートを咥えて引っ張り始めました。まるでどこかに来て欲しいかのように、切羽詰まった様子で。

 

「ん? どうかしたの?」

 

 その必死な様子に、しゃがみこんで頭を撫でながら聞いてみる、と――

 

 

 

 

 ――気が付いたら、覚えのない風景を眺めていました。

 

 そこは、どこかの洞窟の中。

 二匹の狼……一頭は見上げるほどの巨体で、もう一頭は中型犬の子犬くらいのサイズの……私達のところに来た、仔セイリオス。

 

 であれば、大きなそのセイリオスはお母さんか。

 二匹は、ぴったりと寄り添って、穏やかな時間を過ごしていた。

 

 狩りの仕方。

 過去の物語。

 

 その他、色々な事を親から子へと、伝えながら。

 

 しかし……それもやがて、陰りを見せる。

 親セイリオスの方は日に日に目覚めている時間が減っていき……やがて、数日に一度くらいしか目覚めなくなる。

 

 そんな様子を傍で眺め続けた仔セイリオスは……やがて、何かを見つけたように宙を……親セイリオスに近寄ってはならぬと教えられていた人里の方を眺め、何かを決心したように洞窟の外へと歩き出した。

 

 目覚めぬ親を、心配そうに何度も振り返りながら――……

 

 

 

 

 

「――ス様? どうかなさいましたか、イリス様?」

 

 肩を揺さぶられた感触に、はっと我に返る。横を見ると、心配そうに肩をゆすっていたレニィさんの姿。周囲を見回すと、皆の視線がこちらへと集中していました。

 

 しかし、今見えた映像は……

 

「……これは、あなたの記憶?」

 

 今見えたものについて問いかけると、仔セイリオスはきょとんとした様子で首を傾げる。

 しかし……間違いないでしょう、今の映像は、この子の体験した記憶です。

 この子は……

 

「そう……あなたは、お母さんを助けてくれる人を探して、こんなところまで来たのね……」

 

 そうして、自分と出会った。

 おそらくこの世界でも有数の治癒術の使い手であり……おそらくは、()()()の力を継いだ私の存在を嗅ぎ取って。

 

「でも……」

 

 肩が震えた。

 鼻の奥がツンと痛む。

 

 

 この子の思念を辿って見えた親セイリオスの様子を見る限り……その症状は。

 私の頬を伝った滴が、仔セイリオスの鼻の頭に落ちる。

 

 ――折角、決死の想いでこんなところまできたのに、私には……何もできない。

 

「……ごめんなさい……私にも、どうしようもないと思います……」

 

 その言葉に、きちんと私の言っている事を理解しているのであろう仔セイリオスが咥えていた私のスカートをゆっくりと離し、項垂れる。

 

 本当は、どうにかしてあげたい。

 だけど、こればかりは本当に、何者であっても、どうやっても無理なのだ。

 

 

 

 ……その親セイリオスの症状の名は――老衰。

 

 

 

 こればかりは……全ての存在が持っている天命だけは、私にもどうする事も出来なかった。

 唯一、出来ることがあるとすれば……

 

 そっと、仔セイリオスの小さな体を抱き上げ、胸に抱える。

 

「だから……帰って、側に居てあげて、最後を見送ってあげましょう?」

 

 私のその言葉に……仔セイリオスは、寂しそうに一つ、クゥン、と泣き声を上げた――……

 

 

 

 

 

 映像にあった親セイリオスの様子を見るに、もう残された時間はほとんど無いはずです。

 だから、一日……いえ、一時間でも長く一緒に居させてあげられるように、今すぐにでもこの子を送り届けてあげたい。

 善は急げと、レオンハルト様に事情を話しに行くと……

 

「……あら? ヴァルター団長?」

 

 ノックして入室した領主様の執務室には、もう一つ、大きな男性の……ヴァルター団長の姿がありました。フィリアスさんから、傭兵団の皆は領都の兵士の一部の人たちとの合同演習で遠出していると聞いていましたが……

 

「おう、今帰還したぞ。何やら深刻な顔をしているが、席を外した方が良いか?」

「いえ、できれば一緒にお願いしたいです。行かなければならない場所が出来てしまいましたので」

 

 そうして、訝し気な表情をする領主様とヴァルター団長に、事のあらましを説明しました。

 

 

 

 

 

「……という訳で、ごめんなさい、レオンハルト様、それとヴァルター団長。私も一緒に行ってあげたいのですが……」

 

 当の親のセイリオス本人からも、会いたいと言われているみたいですし……おそらく、向こうも死期を察してそう言っているのだろうから。

 

 それに……別れの前に、色々な話を聞けるかもしれない。

 裏の連峰を住処にしているという親セイリオスは……夢の中の()()の、仲間だったみたいだから。

 

 だから……じっと、私が全てを語り終えるまで、静かに聞いてくれていた領主様の返事を待つ。

 

「駄目……とは言えませんね。すぐに出るおつもりですか?」

「はい……私と兄様と、あとレイジさんの三人で。私と兄様の二人の翼で空を飛べば、レイジさん一人くらいであれば連れて行けますし、道程は大分短縮できると思いますので」

 

 その私の言葉に、領主様が悩みこむ。

 

「……駄目、でしょうか?」

「……まぁ良いでしょう。ただし、私も陸路で後から追います。ヴァルター団長、申し訳ありませんが、あなたも私と共に来てはいただけないでしょうか……あまり、事情を知らぬ者を入れたい場所ではありませんので」

「おう、任せろ。それに、どうにも気になることがあるからな」

「気になること……ですか?」

 

 どこか歯切れの悪い団長の言葉に、首を傾げて尋ねます。

 

「ああ、なんか、うまく言えないんだが……どうにもキナくせぇ予感がする」

「キナ臭い?」

「何て言えばいいか……良く分からん。気のせいかもしれんが……あまり先走るなよ?」

 

 その言葉に、わかりましたと頷きます。

 曖昧な、感覚的なものであっても、歴戦の兵である彼の言葉は……私にも、何か不安を感じさせるには十分でした。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、私と兄様で協力しレイジさんも連れて、ある程度の高度まで飛行して……高原地帯まで一気にショートカットしてきた私達。

 

 風光明媚な草原を、私達三人と、私の肩のあたりをぱたぱたと翼をはためかせて浮遊している仔セイリオスは、のんびりと歩きながら親セイリオスの待つ巣穴へと向かっていました。

 

「しかし……イリスも、いつの間にか飛べるようになっていたんだね」

「はい、あの坑道が崩落した日からでしょうか」

 

 無我夢中で落下するレイジさんに追いすがった、あの坑道での一件。

 今思い出しても肝が冷える記憶だけれど……おかげで、空を飛ぶコツはつかめた気がします。

 そして、最近ようやく練習を始めて……こうして自在に飛べるようになったのはつい最近……私がここ数日苦しめられていたアレが始まる直前くらいでした。

 

「あぁ……あの時は、本当に助かった」

「ふふ、いえいえ、こちらこそ」

 

 二人で照れながら笑い合う。

 あの日、あの地底湖に落ちた後、兄様たちと合流するまでの話は……他の誰にも話していない二人だけの秘密となっていました。

 

 そんな私達の様子に、兄様が首を傾げていました。

 

「……まぁ、順調に進展しているようでなにより……かな?」

 

 何か、良く分からないことを呟きながら。

 

 

 

「それにしても、景色の良い所ですけど……」

 

 高原地帯であるこの場所はあまり背の高い樹木は生えておらず、代わりに視界一杯に広大な青空と草原が広がり、色とりどりの高原植物が大地を覆っています。

 その風景は、昔テレビで見た外国の山の景色のようで、とても清々しい景色が一面に広がっていました。

 

 しかし……人の手の入らぬ地であるため、とにかく足場が悪く、歩くのも一苦労でした。

 

「こうも足場が悪いのもな。イリス、ここ、足元が沢になってるから注意な」

 

 先導し、足元を確かめながら歩いてくれているレイジさんがそう言って、ひょいっと草の中に潜んでいた清流を飛び越える。

 ……レイジさんだから気軽に飛び越えましたが、私には少し、間隔がありすぎました。

 

「おっと、それでは姫様、お手を拝借」

「もう、兄様!」

 

 おどけて手を差し伸べるソール兄様と、それを苦笑して眺めながら同じく手を差しだしてくれるレイジさん。

 その二人の手を握り、ひょいと沢の向こうへと引っ張り上げられた――その時だった。

 

 

 

「へぇ、本当に()()んだ。道理でこの前『傷』を開けたはずなのに、ろくに騒ぎも起きないと思っていたら」

 

 

 

 ――不意に聞こえてきた知らない声に、私達の動きが硬直する。

 

 そこには……忽然と、一人の二十代半ばくらいに見える青年の姿があり、私達の向かおうとしていた方向から歩いて来ていました。

 

 ――いつから、そこに居た?

 

 分からない。全く分かりませんでした。

 ここは見晴らしのいい高原で、接近を見逃す筈がないのに。

 

 でも、確かについ一瞬前まで、こんな人はこの場には居なかったはずだ。

 

 まるで突然フィルムの中に挟み込まれたように、本当に突然……何度思い返しても、誰も居なかったはずのそこに、何の予兆もなく忽然と姿を現していました。

 

 そして……今の今まで認識できなかったというのに、その姿を認識した瞬間から、体の震えが止まらなくなる。

 

 腹を空かせた猛獣の巣に踏み込んだ、などまだまだ生易しい。

 まるで、竜の鼻先に裸で立っているかのようだった。

 冷や汗が止まらない。

 対面している圧力だけで、窒息しそうなほどの息苦しさを感じる。

 

 本能が、全力で警鐘を発していた――コレに比べれば……今まで戦ってきた相手は、全てが他愛ない相手でしかない、と……!

 

「てめぇ、何者だ!?」

「いつの間に……っ!?」

 

 咄嗟に私を庇って、兄様とレイジさんが前に出てそれぞれの武器を抜く。そんな二人ですら武器を持つ手が震えており、顔色がひどく悪かった。

 

 だけど、私は……

 

「あなたは……そんな……」

 

 何らかの認識阻害が掛かっているのか、二人は気が付いていないようだけれど。

 その男の背に伸びる、黒いもの……真っ黒に染まった、ボロボロな三枚の光翼を呆然と見上げていた。

 

 

 

 ――そいつは……とんでもねぇ化け物を従えた悪魔みてぇな奴だったよ

 

 

 

 以前の街で、ヴァルターさんの言っていた言葉が、脳裏に蘇る。

 夢の中の()()の傍にいつもいた、その男性の面影が、確かにある。

 

 

 

 そんな――黒い翼の、光翼族。

 

 

 

「…………死の、蛇……っ!!」

 

 呆然と、その名を口にする。

 ヴァルター団長の言っていた、最悪の災厄。

 たった一体で、幾つもの町や村を滅ぼし、ノールグラシエ前国王が率いる討伐隊や、以前のヴァルターさんの傭兵団を壊滅させた、化け物。

 

 ――それが、今ここに、目の前にいる……!

 

「あ……? って、こいつが!?」

「なんだと、くそ、こんな誰も居ない時に……っ!!」

 

 呆然と口にした私の言葉に、二人もようやくその背にある翼に気が付き、焦った声を上げる。

 

「逃げて!」

 

 足元で唸り声をあげている仔セイリオスに叫ぶ。

 現時点で、最も付近にいてかつ戦力になる人を瞬時に思い浮かべる。

 

「逃げて、誰か……さっき、私と一緒に大きな人が居たでしょう!? あの人を……助けを呼んできて、お願い!」

 

 そう必死に懇願すると、想いが通じたのか、何度か躊躇いを見せながらも仔セイリオスが飛んでいった。

 

 これで、あの子が戦闘に巻き込まれることは無くなったことにだけは、内心そっと胸を撫でおろす。

 あわよくば、領主様やヴァルターさんが来てくれればいいのだけれど……

 

 

 

 ――それまで、三人で持ちこたえられるの?

 

 

 

 浮かんできたその疑問に、ぞわりと肌が粟立った。

 

「……二人とも! ここはどうにか耐え凌ぎながら下がって、ヴァルター団長たちと合流を優先で……っ!」

 

 震える声で出した私のその指示に、敵から目を離さずに二人が頷く。

 しかし二人のその表情も固い。

 余裕ぶってこちらを見下ろしている『死の蛇』だが……その嗜虐の色を浮かべた目は、獲物を逃がすつもりはないと雄弁に語っていた。

 

 そして……ここを離脱した後は?

 ヴァルター団長や領主様、ローランディアの軍と合流できたとして、勝ち目は?

 何より、街に逃げ延びたとして、そこが……戦う力のない人が大勢いるそこが戦場にならないという保証は?

 

 思考が滑る。

 悪い事しか思い浮かばない。

 絶望的な予感が広がっていく。

 

 男は、そんな私達の焦る様をまるで楽しむかのように、愉悦の表情を湛えて悠然と佇んでいた。

 いつのまにかその傍らに、まるで闇を集めて固めたような、巨体な影の大蛇を侍らせて――……

 

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