皆さんはお盆というと何を思い浮かべますか。


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あの日、あの夏、あの景色

 黒の短髪に黒の短パン、白い半袖のスポーツウェアをきた少女が森を歩いている。少女が舗装された道を歩くたびに革靴が石を叩く音が響き、木々が抱く青々しく染まった葉の隙間から赤くなった空がのぞいている。日はもう沈むのだろう。

 

「もう、そんな時間か。帰らなきゃ」

 

 少女は走る。目指すのは家族のいる家だ。それはこの先の階段を降りた先にある。赤い鳥居を超えて階段を一つ飛ばしで走る。少女は陸上部だったこともあり、体力には余裕があった。だが、階段を降りきったところで少女は足を止める。

 

「やっぱり歩こう」

 

 少女は階段を歩く。どこまでも続く石畳の道。歩くたびに靴が地面を叩く。道端には葉が積もり、山を形成している。その足取りは重い。

 

「帰るの嫌だな」

 

 少女はまた走り出す。それと共に、また石をたたく音が響く。もう陽が沈んでしまう。早く帰らなければ怒られる。それに街灯一つないこの森の中で陽が沈めば帰るのが難しい。だが、少女の身体は軽い。日常的に鍛えた筋力と体力があれば恐らく日が沈む前には家に付く算段は付いていた。それでも、少女は家に帰りたくない理由があった。

 

「こんなことなら、喧嘩なんてしなければよかった」

 

 既に高校2年生になった少女に親は都市の大学に行ってほしいといっていた。しかし、少女は走ることが好きだった。特に自然の中を走ることが、だから少女はそれをずっと拒否していた。都市にはこんな自然はない、地面はアスファルトで舗装され、木々も灰色を飾るように建てられているだけだ。だから、少女はその相談を断り続けていた。私には、都会は合わないと。友人の多くは都会の大学を目指して既に勉強を始めていたが少女にそれをするつもりはなかった。

 しかし、不運なことに今日もいつものランニングに出かけようとしていた時、母親が誰かと電話をしている話を聞いてしまった。その内容は、大学への進学についてだった。そして、机の上には塾と思われる場所への入会手続きの書類が置かれていた。それを見た少女は自分の意見を聞いてくれなかった母に激昂し、母の言葉を聞くこともなく飛び出してしまった。

 私自身、ずっと走ってきたこともあり高校の部活でもそれなりの結果を残せている。だからこそ、私の想いを無視するような母の行動は許せなかった。きっとわかってくれると思っていたのに。

 

「私はただ、走りたいだけなのに」

 

 少女は言葉を溢す。少女にとっては成績も、学歴もなにもいらなかった。ただ、走ることが出来る生活であれば良かった。だからこそ、学校の成績はいつも平均を超え、先生にスポーツ推薦が出来ないかという話も聞いた。先生はそれに対して、君レベルの実力があればできるといってくれた。けれど、私から家族に言いにくいと伝えると、先生はにこやかな笑みを浮かべながら私から伝えるといってくれていた。だからわかってくれていると思っていたのに。

 

「帰りたくないなぁ」

 

 足が止まる。日はずっと続いている石畳の道の先に見えている。もう沈みそうだ。まだ、走って間に合うだろうか。でも、帰ればきっと私は今までの様には走れなくなる。去年このお盆の時期に一緒に走っていた友達は塾に行ってから一緒に来てはくれなくなった。

 そんなことを考えているとサイレンの音が聞こえた。まだ遠く、良く聞こえないが何かとても嫌な予感がして少女は走り始める。階段を数段飛ばして駆け下りる。家の方から黒い煙が上がっている。

 

「何があったの」

 

 この近くに温泉や工場はない。何時も通っているこの場所からもあんな煙は見えない。なんにせよ早く帰った方が良い。残った数段の階段を駆け下りて、道を曲がり、家へと走る。右手に広がる水田では青い穂が風に揺られている。いつもの景色が妙に懐かしく感じる。車が一台なんとか通れそうな田舎の道を走り抜ける。ふとまわりを見回すとどこの家から脱走したのか畑の中を一匹の牛が歩いている。

 

「あれ大丈夫なのかな」

 

 牛に踏み荒らされ、食べられていく野菜を想うと少しかわいそうになる。本当はすぐに教えたいけれど、誰の畑かがわからない。それに、牛はそんなに簡単な動物ではない。私一人でどうにかなるものでもないし、今は急いで家に帰らなくてはいけない。

 

「何とかなるよね」

 

 そのまま、道をまっすぐ走ると森から一匹の馬が畑を踏み荒らしながら走ってくる。黒い毛並みと黒い鬣、まるでどこかの漫画に出てきてもおかしくないほどに立派な馬だった。けれど、思い切り誰かの畑を荒らしている。

 

「大丈夫なのかな。にしても今日はよく動物に会うなぁ」

 

 馬は珍しいけれど、いないわけではない。そこでふと後ろを振り向くと、何か黒い影が迫っていた。もう夜になってしまったかと思うが、まだ日は沈んでいない。何なのかと足を止めると突然馬に服を引っ張られ、背中に乗せられる。そして、そのまま家の方へと走り始めた。よくわからないままに背に乗せられ、降りるに降りられない状況になってしまった。落馬は本当に危ない。友達のおじいさんがそれで亡くなったと聞いたことがある。実際に乗って風を切ってみると気持ちよくはあるが、確かに落ちたら危険だという事がわかる。

 そこでまた後ろを振り向くとそこには影ではない何かが居た。それは車一台に相当するようなサイズの大きな赤子。しかし、明らかに奇妙な点が一つ。目があるべき場所には眼球が無く代わりに空洞が開いている。ペタペタという音を鳴らしながらそれが蛇の様に這いずりながら向かってきていた。

 

「何......あれ」

 

 馬も何かに気づいたのか速度を上げる。急に上がった速度に振り落とされそうになるが、何とか馬の首に抱き着いて耐える。もう後ろは振り返れない。ただ、だんだんとその音は遠ざかっていく。

 馬に揺られながら目をつむっていると馬が足を止める。目を開けるとそこには家があった。ありがとうと声を掛けて、馬から降りて家の戸を叩く。しかし、反応はない。

 怒っているのかと思いふと振り返ると道路で煙を上げるトラックが居た。どうやらすスピードの出し過ぎで電柱にぶつかったらしい。正面が原型が無いほどにつぶれ、黒煙を上げている。近くには救急車が止まっており、見覚えのある人たちが集まっており、その中から聞き覚えのある女の人の鳴き声が聞こえた。

 

「娘は、娘は助かりますか?」

 

 その女性は救急車から降りた救急隊員の一人にまるで願う様に抱き着いている。それは私の母だった。しかし、駆け付けた数人の救急隊員は俯くだけで、何も答えない。

 そして、トラックをよく見ると電柱との間に何がが挟まっている。

 

「娘にはこれから、マラソンの教室に入ってもらうつもりだったんです。でも、勘違いをされてしまって喧嘩して、まだ仲直りもできていないんです。こんな別れ方.....」

 

 捲し立てるように母が叫ぶが、周囲の人を含めて全員が無言だった。そして、少女はトラックと電柱に挟まれた人だったものを確認しに行く。口からは臓物が飛び出してはいるが、黒い髪と深紅に染まり、所々から骨の飛び出したお気に入りのスポーツウェア。

 それは、間違いなく。

 

 

 

 私だった。

 

 

 

「ごめんね。お母さん」

 

 泣き縋る母に少女が抱き着く。しかし、その体は透けて、母を通り過ぎてしまう。それでも何とか抱き着こうとする少女。しかしその少女を、先ほどの赤子が掴み。誰か助けてと、そう叫ぶ少女をまるでおもちゃのようにへし折りながら、丸のみにした。

 


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