悪くない人生だった。
薄れ行く意識の中で、そう考えた。
何かに急かされるような、生き急いで来たため、素晴らしい人生だったと言えるような生き方はしていないが、それでも最後にそう思えるのは、こんな俺の人生にも、素晴らしい出会いが数多くあったからだ。
そう
仲間と共に拉致され、銃弾に曝されそうになった仲間を咄嗟に庇って、この身にいくつもの銃弾を受け倒れた。
その後にすぐに救助されたが、どうにも俺はここまでのようだ。
救助され、無事だった仲間達の悲痛な声を聴きながら、良かったとこの期に及んで自身の命が失われる事への恐怖よりも、仲間達の無事を喜んだ。
自身の命を軽視する人間ではなかったはずだが、極限状態の中で色々と感覚が壊れたらしい。
彼等の歩いてきた道が間違っていなかったと、決して挫けてしまう事の無いよう道を示せただろうかと心配になったが、それは杞憂かと思考する。
元々、こんな場所へと来るような俺に劣らない馬鹿共だ。
一時的に挫けはするだろうが、大丈夫だと確信する。
もしも他の道を歩んだとしても、きっと誇りを持って歩める道だろう。
知らず口角が上がるのを感じながら、満ち足りた感情のまま意識を手放す。
――だけど少しだけ、ようやく見えた目標に手が届かないと言うのは、悔しかったが。
『大丈夫。私が貴方を抱きしめるから』
そんな優しい言葉を聞いた気がしながら、誰かに抱きしめられる。
それになぜか非常に懐かしく思う。
まるで以前もこの優しい抱擁を経験したかのような。
(早く思い出せ。そして伝えなければ)
そんな俺自身の心の底から湧き上ってくる焦燥感丸出しの声を聴きながら、俺の意識は完全に無くなり、
「ぶべらっ!?」
「きゃいんっ!?」
『あ』
体に、いや、まるで魂に何かが激しくぶつかるような衝撃と知らない誰かの甲高い悲鳴と、何故かやっちゃったと言うような感じの先ほどの声を聴きながら、今度こそ本当に意識が無くなった。
◆◆◆◆◆
比較的平和な国、日本に生まれ、割と不自由なく育ってきた。
小さい頃から無駄に正義感だけは合って、イジメや困った人を見逃せないような性格だったが、割とありふれた人間だったように思う。
特別秀でた才能もなく、人並みに苦労もして、ありふれた、けど今思い返せば若かったと苦笑するような青春時代を過ごした高校を卒業して、そこらの地元の会社に入社した。
(走馬灯というものだろうか)
そこで高校時代の癖が抜けきらなく、先輩、上司に荒く揉まれながらも着々と仕事を覚えていく毎日。
嫌味な同僚にそれなりにストレスを感じつつ、ある程度充実した毎日だったように思う。
(懐かしい)
そんな毎日が終わるのは、割と呆気なかった。
ある日、嫌味な同僚が致命的な失敗をした。
それに伴い、何千万もの赤字をだしてしまった。
それに対して、きっと首になるなり責任が発生するのだろうなと思っていた時から数日後、突然上司が頭を下げながら、自主的に辞職をしてほしい、今回の問題の責任をあの男の代わりに取ってほしいと言われた。
唖然とする私に上司は、心底悔しそうに、嫌味な同僚は、重要で有力な取引先の社長の息子であり、その男が親に泣きついた為に、だだ甘な親は圧力を掛け、日頃から正義感を振りかざして衝突することの多かった私を指名し、責任を押し付けることを選んだのだとか。
すまないと、何度も頭を下げられたからか私が務めていた会社に恨みは無かったが、去り際に馬鹿にしたようにこちらを見る馬鹿息子にだけは殺意が湧いたのは言うまでもない。
(なんだろう、何か違和感が…)
そんな事があったからだろうか、どうにもやる気が起きず、不貞腐れている時期が私にもあった。
そんな私を掴み起こしてくれたのは、高校の時に世話になった破天荒な先輩であった。
(私、だと?)
誘われ参加した慈善活動で性に合ったのか、先輩に誘われるままに慈善団体にそのまま所属し、最初は国内から、徐々に国外へと、先輩を追い掛けるように活動を広げていった。
国外での活動は非常に辛く、言葉の違いは基本として、生活基準、文化の違いなど挙げればきりがないほど。
特に、私は器用な方でなかったからか、そう言った文化の違いからくる価値観の違いで衝突が起きることもしばしばだった。
(第一人称が…)
それでも止めなかったのは、時折掛けられるありがとうの言葉が嬉しかったのと、やはり破天荒な先輩に憧れていたからだろうか。
因みに破天荒と言っても性格がではない。
あの人は基本の性格は穏やかだ。
やることが破天荒だったのだ。
イジメや喧嘩を見ると首を突っ込まずにはいられず、困った人が居れば手を貸さずに居られない天性のお人好し。
ここまで見れば私と同じように聞こえるが、この人はさらにぶっ飛んでいた。
喧嘩が弱いのに仲裁しようとして大怪我をし、イジメを止めようとして自分がいじめの標的になって、けどそれには気にも留めず、困った人に手を貸していて自分の用事が疎かになるなど日常茶飯事だった。
それでいて困ったななんて微笑むだけなのだから、本当に変な先輩だった。
そんななのに、私が先輩はお人好しですねなんて言うと、苦笑してそんなことはない、ただ自分は我慢が出来ない人間なんだと否定するのが常だった。
人によっては先輩の事を嗤うけれど、そんな彼の存在は私の中では最早英雄だった。
力ではなく、権力でもなく、その強靭な意志で戦うその姿には、胸を突くものがあった。
(私、おれ、俺、い、違和感が…)
そんな先輩を追いかけ続ける毎日に転機が出来たのは、やはり先輩に関しての事だった。
彼が亡くなった。
どうやら、単独で紛争地帯へと赴いたらしい。
仲間から知らされたとき、足元から何かが崩れるような気持ちがした。
後に遺書が見つかり、恐らく自分は戻らないだろうこと、迷惑を掛けたくないから自分一人で紛争地帯へと行く事が書かれてあった。
きっと、我慢が出来なかったんだなと、茫洋とした頭で考えた。
それからは毎日を漫然とした気持ちで過ごしたが、それでも日々は過ぎ去り、後輩を任される立場となった。
慣れない"育てる"という行為に、悪戦苦闘したのは言うまでもない。
けどその忙しさのお陰か、考える暇もなく日々を懸命に生きた。
年月が過ぎると、不思議なもので少しの想いも芽生えてくる。
それは――先輩のように、誰かに道を示せるような人間に成りたい――といったものだった。
これもきっと、後輩を育てていく内に芽生えたものだろう。
何処まで行っても、先輩の後を追うような自分に少し苦笑する。
(いやまあ、そこまで拘りがある訳じゃないけど)
そして先輩の死から数年が過ぎ、紛争が収まりを見せたことで、ある一つの欲求が芽生えた。
それは先輩が亡くなった地へと赴くこと。
そこで何かをしたい、という事ではなかったが、多分、先輩が死んだと言う事を、実感したかったのだと思う。
紛争が収まったとはいえ、まだまだ危険な地へと赴くのだ、自分一人で行く予定だったのだが、いつ計画を察せられたのか、俺も私もと次第に人が集まり、結局7 人という大人数で行く事になってしまったのには流石に呆れた。
なんでも、一人で行かせたら死にそうだからだとか。
そして運命の時がやってくる。
先輩が亡くなった場所へと赴き、花を手向けて気持ちの整理をしての帰り道、私達の乗っていた車が強襲を受け、そして仲間を庇い死んだ。
『ふむ、安心したまえマルグリット。どうやら外見はともかく、多少の影響は仕方ないだろうが、記憶の部分にそう影響はないようだ。だからそう悲しそうな顔をしないでおくれ。あぁ、そんな顔をされると、私の胸は哀しみで張り裂けてしまいそうだ』
知らない、なんだかうざそうな声を聴いた途端、見知らぬ映像が脳裏に浮かびあがる。
女神の元に集うはいずれも最高位の英雄と呼べる強者達。
そして彼等を指揮、或いは共に戦うのは、そんな彼等を容易く凌駕する覇道の神々。
そんな彼等が一心に立ち向かうは極限の下種。
『…これは』
最高位の英雄達の士気も高く、例えどんな敵だろうが退けられるだろう。
だが、この敵にはそんな常識は通用しなかった。
奮戦するも、腕の一振りで消し飛んでいく彼等。
知らない、こんなのは知らない。
だというのに、何故こんなにも懐かしくて、そして酷く胸が締め付けられるのか。
この光景を、酷く悲しいと感じるのか。
まるで滅びに向かう英雄譚を見ているようだ。
未だに邪悪を滅ぼす勇者が居ない所為か、歴戦の勇士たちはかくも苛烈に鮮烈に、そして悲しく散っていく。
そこまでは、良くは無いが置いておく。
それよりも、何故私はその中で一緒に戦っているのか。
しかも私という姿でなく、見知らぬ軍服姿の女性となり、細身の剣を構え、体に雷光を纏いながら。
その姿に見惚れる。
流麗な、しかし極限までに磨きこまれた剣技に、それに伴った体捌き。
何より不思議なのは、自身が何故その剣技を詳細に理解できるのか。
だが、理解してもなおそのどれもが美しく、見る者を魅了させるだろう。
そしてなにより、流れ込んでくる想いそのものに心打たれた。
例え悲惨な戦場であっても、仲間達が道を見失うことがないよう、光となって導きたいと言う、そんな尊い願い。
他の者達の願いも輝かしいものであったが、私にとっては近しい願いだからか、より完成されたその祈りに何より惹かれた。
そんな想いを抱く彼女に一瞬で惚れ込んだと言っても良い。
だがそんな映像もすぐに終わりを告げた。
何故なら、戦いの終盤まで持った私=軍服の女性が吹き飛ばされ、消し飛ばされたからだ。
それに伴い、私にも影響が及んだのか、体全体が揺さぶられる。
『あぁ、なるほど。いやいや、これは感謝しなければならないかね。確かにアレと戦うのは下策中の下策。今ならばまだ間に合う、いいや、これ以上時間を掛ければどうなるか分からないと言う意味でなら、確かに今しかない』
声の主が何を言いたいのか解らないが、いい加減黙ってほしい。
何故か声を聴いていると訳もなくイラつくのが理由の一つ。
そしてもう一つが、さっきから体の揺れが収まらない。
まるで、
『まるで誰かが君を起こそうとしている、かね?その表現は確かに正しい。というかだね、君もそろそろ起きたまえ。私としては、今の君のシチュエーションは変わってほしいほど羨ましいものなのだから。あぁ、女神の手で直接触られ、揺さぶり起こされる。考えただけで素晴らしい。考えてもみたまえ、女神の吐息と存在感を間近で感じながら、女神が近くに居るわけだから匂いさえも近くで嗅げ、女神の柔らかな手の感触を感じられる。もう一度言おう、なんと素晴らしいのだろう。今の君の立場に、羨望さえ覚えるよ。私ならばその瞬間を永久保存してしまっているだろうね』
その言葉に込められた本気度に、鳥肌が立つとともに、次第に声が遠ざかっているかのように感じるのは恐らく目覚めが近いのだろう。
しかしそれはおかしい。
私は確かにあの時に死んだ筈だ。
ならば目覚めなど…
「…きて。起きて」
柔らかな、けど、どこか泣きそうな声が聞こえた瞬間、意識が浮上していく。
けれど眠りと覚醒の狭間、今にも目覚めそうなその瞬間、
『覚えておきたまえ。私が勝手にした事とはいえ、君には借りが出来た。それを何時か、何時の日か返そう。宣言しよう。いつか必ず力を欲する時が来る。その時は、遠慮なく私を頼りたまえ。力を貸そうではないか。これは約束であり契約だ。なに、気にする必要はない。君も女神の為、思い出そうとしていた。ならば、私と君は同志と言っても良い』
なぜかその言葉を不吉と感じ、
『きっと、君の"望み"を叶えると約束しよう』
眠りから目覚めた。
◆◆◆◆◆
まず感じたのは、微かな違和感と、強烈な倦怠感だった。
まるで長い間、それこそ一日中眠っていたかのようなそれに、目を瞑り耐え、体の調子が戻ってから目を開けようとしていたのだが、再度揺さぶられる事で諦めることにした。
「起きて。ねぇ、起きて。…どうしよう。起きないよ」
「けど、瞼がピクピクと動いていますからね。もう少ししたら起きるんじゃないですか?」
私を起こそうとしているのだろう女性の声と、こちらを覗きこんでいるのだろう、揺さぶっている女性から少し離れて聞こえるまた別の女性の声。
それに、近くで波の音も聞こえる事から、此処は海岸の近くなのだろう。
「しかし、こうして外から見るのって、凄く変な気がしますね」
「う、うん、けど…」
「ああ、さっきのうざそうなのですか。確かに、アレとそこの彼の見た目はそっくりですけど、雰囲気ですぐ解りますよ。さっきのはこう、うざさが体から滲み出ていると言うか…」
酷い倦怠感の為、ゆっくりと目を開くと、眩しい夕日が飛び込んできた。
「あ、目を覚ましたみたいですよ」
それを我慢しながら視線を巡らせると、3人の美女、美少女が目に映った。
一人は私を起こそうと体を揺すっている、金髪で布一枚まとっただけの、先程何故か記憶にあった女神。
その横でこちらを物珍しそうに覗きこんでいるのは、こちらも記憶に合った、私となっていた金髪碧眼の髪を後ろで縛っている少女で、記憶では軍服となっていたが、こちらは通常の少女が纏うような服装となっている。
20の半ばの良い年した奴が10代後半と思われる少女に惚れたとか思っていた手前、少し気恥ずかしい。
そして最後の一人、少し離れた位置からこちらを覗きこむ、少し警戒の色がある黒髪で短髪の碧眼の
うん、まさか自分にハーレム願望があったとは。
「これは夢だな。まさか美少女3人に囲まれるなんて、ありえない。って、声が?」
「「「……」」」
何故か唖然とする気配が伝わってきたが、こちらはそんなのを気にするよりも、何故か声が異様に高いのが気になって、そちらを気にする余裕がない。
無性に嫌な予感がする。
「…おい」
黒髪の少女が声を掛けてきたが、そんなことよりもこっちは他の事で一杯だから、後にしてほしい。
にしても、意外とハスキーボイスですね。
「おい、こっちを見ろ」
「?」
少し強めに言われ、疑問と共にそちらを見ると、何処か苛立ったような顔をした黒髪の少女。
にしても、さっきからなんだか髪が邪魔くさい。
私はこんなに髪が伸びていただろうか。
「誰が女だ誰が」
「ぶふぅっ!」
その黒髪の少女の言葉と共に、髪を後ろに束ねた少女が我慢しきれないと言ったように吹き出す。
「ふ、ふふふ。ダ、ダメ、我慢できない…」
少女の笑い声と共に、黒髪の少女?の機嫌も悪くなる一方だった。
「も、もしかして…」
やはり声に違和感があったが、今はそれよりも別の驚きに包まれている。
私は驚愕の眼を彼女?に向ける。
「レンは、男だよ?」
「…」
「…」
黒髪の少年と見つめ合う事数秒、折れたのはこちらが先だった。
「本当に、本当に申し訳ない!」
起き上がり、深々と頭を下げて素直に謝る。
大抵こういった場合、そういった趣味が無い限り、女と間違われていい気はしない筈だ。
それによく見れば、記憶の中の映像にあった神様の中の一人?一柱?に顔立ちが似ていた。
肌などを覗けば、恐らく彼がそうなのだろう。
「…分かればいい」
渋々ながらも許してくれた少年にもう一度謝罪と感謝の意を伝える。
「別にいいさ。アンタもわざとじゃないんだろうし」
すぐに謝ったことも功を奏したのか、それとも誠意が伝わったのか、表情を柔らかくする少年。
うん、良かった。
もしも許してくれなかったら、土下座も辞さない覚悟だった。
因みにこういった時に、年下だから礼儀を払わないと言うのは無しだ。
礼儀知らずにもほどがあるし、年齢に関係なく礼儀を尽くすのは、コミュニケーションを割と円滑にしてくれる。
自分が礼を失したのに、謝らないとか礼儀を失しているにもほどがあるだろう?
「それに比べて…」
黒髪の、レンと呼ばれた少年は、未だに痙攣したように笑っている少女へと表情も険しく、制裁を加えるべく近寄っていく。
それを察してか、笑いながら暴力はんたーいと逃げる少女。
追い掛ける少年。
何となく、はしゃぎ回る子犬と、振り回される主人というのを幻視したが、気の所為だろう。
仲良いなぁと見ていると、俄然さっきから鬱陶しい髪の感触に我慢できなくなり、髪を、というより頭を構う。
さっきから視界の端に見える髪が何故だか金髪となっているので、ウイッグかカツラでも被らされているのかと思ってみたが、どうなっているのか離れないので困った。
それになんだか服もデカくなっているのか、ズボンがずり落ちそうになっているし、長袖の袖が余り気味だ。
私は身長が180㎝あり、海外を飛び回ると言う事で、役に立ったことはあまりないが、危機に備えるために割と鍛えている。
だというのに、鍛えてあったはずの手は頼りないものとなっており、立っていても180㎝ないであろう少女達とほぼ同じ目線なのは一体どういう事か。
…なんか、すっごい嫌な予感がしてならない。
「どうしたの?」
そんな風に自分の体の変調を構っていると、未だに逃亡劇を続ける少女と少年から取り残された金髪の少女が聞いてくる。
ので、自分の体の変調を素直に言う事に。
「…えっと」
少女は言いにくい事なのか、言葉を濁す。
遠くでふぎゃっと間の抜けた悲鳴が聞こえたが、割とシリアスなのだから勘弁してくれ。
うん、薄々は解ってはいる。
解っているが、信じたくないと言う感じだろうか。
自分の事をそんな風に客観的に評すが、現実逃避をしているだけなのが本当だ。
「あいたた。あれ、もしかしてまだ気づいてなかったんですか?アナタ、私と同じ姿になっていますよ」
「「「……」」」
戻ってきたレン君達と共に空気読めよと言いたくなったが、もしかしたら読んだ上で言っているのかもしれない。
酷いです!なんて憤慨している姿を見ると、それも気の所為かもしれないが。
「あの、鏡、持ってません?」
確かによく聞けば、目の前の少女と声が似ている気がする。
気がすると言うのは、自分で聞く声と、他人が聞く声というのは違って聞こえるからだ。
ならば、他人から聞けば、そっくりな声というやつになるのだろう。
「あ、あの、コレ」
おずおずと、金髪の少女が手鏡を渡してくる。
何処に持っていたのかとは聞かず、掠れた声で礼を言って受け取る。
「…はぁ」
果たして手鏡に写った顔は、まあ、髪を縛った少女の言う通りだったのだが。
唯一違う所は、髪を縛っていないところだろうか。
あまりにショックな光景に、気落ちして肩を落とす。
だが、年下の少年少女達に心配を掛けまいとすぐさま平気なように振る舞う。
本当は、足元さえ不確かになっているかのような気がしたが。
「ごめんなさい!」
少女が勢いよく頭を下げる。
いきなり頭を下げた彼女に、驚きながらも理由を聞くために頭を上げさせる。
「あなたがそんな事になっているのは、私の所為なの」
「マリィ、それは違うってアイツも」
レン君はマリィと呼ばれた娘の言葉を否定するが、マリィちゃんはそれに首を横に振って否定する。
「ううん、だって私がもっとしっかりしてたら、あなたに悲しい思いをさせていなかったから」
「…私が、悲しんでいる?」
彼女の言葉に驚く。
確かにショックだったし、かなり驚いた。
だが、悲しい事では無い筈だ。
そも、悲しい理由なんてないのだし。
だが私の言葉に、マリィちゃんは瞳に涙を浮かべながら頷く。
「我慢しないで、辛かったら泣いていいんだよ」
そう言って彼女は私を抱きしめた。
まるでマリィちゃん自身が痛みを感じているかのような辛そうな声に、何故だろう、私はその言葉を聞いた途端、すとんと胸のつかえが取れた気がした。
「そうか、私は悲しかったのか」
両親から愛情を受けて育ち、先輩に憧れて後を追い、後輩を育てて道を見つけた。
だが、他人の躰となってしまったことで、自己を証明することが出来なくなった。
私は私なのだと、胸を張って言えなくなってしまった。
その事が、途轍もなく悲しい。
私はここに居るのに、何処にも存在しなくなってしまった。
その事を自覚した途端、私の瞳からポロポロと際限なく涙が零れ落ちてきた。
私の涙を感じたのか、マリィちゃんはごめんねと何度も謝りながら力強く抱きしめてきた。
私はその抱擁を受け、幼少期に母に抱きしめられた感触を思い出し、奇妙な安息感の中でひたすら声も出さず泣き続けたのだった。
プロローグは7千字くらいにしようと思っていたけど、全部で一万五千字になったので、2分割します。
何故こうなった…