タマモクロスがオグリキャップに引退を告げた時に
問いかけず、受け入れ祝福した場合のお話。
「お互い悔いが残らない様にがんばろう」
そう言ってくれた宿敵の手を
ウチはすぐに受け取ることができんかった。
なんでやろ。
ウチの決断を受け入れてくれたのに。
なんの不満があるんや。ウチは。
「タマ……?」
オグリの困惑した顔で正気に戻る。
咄嗟に手を握って応える。
「せやな。最後もアンタに勝って
ウチが最強ってこと証明したる」
「いや、今度こそ私が勝たせてもらうぞ」
最期の対戦へ向けた宿敵との熱い握手。
シチーと同室のバンブーって娘がみたら
感激して泣いてくれるかもしれん青春の1ページ。
そんな感動の場面のハズなんやけどな。
なんでウチはこんなにモヤモヤしとるんや。
辞めるって自分が決めて
ウチの宿敵が終わりを受けてくれたのに。
どうして、こんなにイラつくんや。
オグリと自分に対して。
「それじゃあ、次はターフで会おう」
「あっ」
オグリの手が離れた事に動揺してまう。
背中から汗が噴き出てくる。
「まって――」
ウチの口から出てもうた言葉に
オグリの脚は止まった。
「ん?どうしたんだ?」
「ま、まだ会見があるからな……」
「そうだったな。
みんなにもお願いしないとな。
最強タマモクロスを見送るのに相応しい
最後で最高のレースにしようと」
「せ、せやな……」
そのままの足でウチらはみんなの前で宣言した。
タマモクロスが有マを最後で引退すると。
オグリキャップは今度こそウチを倒すと。
ウチがそれを返り討ちにして最強であり続けると。
ドラマチックでありきたりな会見は
あっという間に終わって
ウチはコミちゃんと一緒にホテルを後にする。
「人様の前で宣言すると
ほんまに次で最後なんやなーってわかるなぁ」
「そうだね」
「自分が最後って決めたハズやのになぁ……」
ウチとコミちゃんは夜道を行く。
こうやって一緒に歩けんのも
もうすぐ終わりなんよな。
自分で終わらせといて寂しがるとか
どうしようもなく自分勝手なヤツやわウチ。
「そういやな。
会見よりも先にオグリに伝えたんよ」
「そうなんだ。
オグリちゃんはなんて?」
「”お互い悔いなく”やと。
よー考えたら三度目の正直ってヤツやからなぁ……」
アカンな。
コミちゃん相手やと黙っとけんわ。
最後まで他人には見せたく無い気持ちを吐き出してまう。
「……なんかな。
その反応にモヤッとしてもうた。
“どうしてなんだ””行かないでくれ”
とか言って欲しかったんやろか……
ワガママやな。ウチ」
「ワガママでいいと思うよ」
「コミちゃん……」
「タマちゃんはいつも我慢してきたからさ
オグリちゃんにはワガママになっていいと思うよ」
ええんやろか。
アイツにはアイツの道があんのに。
その先にはウチはもうおらんのに。
ウチが道を塞いでええんやろか。
「オグリちゃんもタマちゃんには
ワガママでいてほしいと私は思うな……」
ウチはコミちゃんからの言葉に答えを出せへんまま
地下道から最後へと導く光へと向かう。
ウチの最高の宿敵と共に。
「これで終わりなんだな……」
「せやで」
「今度こそキミに勝ってみせる」
なんや。
よーみたらアンタまで出来損ないの笑顔しとるやん。
秋天を走り終えた時の顔は何処にやったんや。
全く、お互いウソつくのヘタクソすぎやろ。
ウチらは本音をぶつけ合う事しか出来へんみたいやな。
やっぱり。
「ウチにな、最初に走る楽しさを
教えてくれた人が危篤やねん」
「タマ……?」
「その人の最期を見届けたいのもあるから
ウチはここから去る」
「そ、そんな……」
「まぁ、それは口実やけどな。
ホンマのとこはな。
今までの走りを来年できる自信がないからや」
ほれみたことか。
オグリの足が止まってもうた。
ウチは何をやっとるんや。
こんな土壇場でな。
まぁ、そんでも、しゃーないよな。
ウチらは。お互い腹を割ってやろうや。
「そんなことない!
タマはいつまでも私の目標だ!
だから、来年だって……!」
「栄光盛衰っていうやろ。
そんないつまでも都合のええ夢は見れへんよ」
「違う!タマモクロスはいつだって最強だ!
だから……戻って来て……!」
なんというか
アンタ、ホンマにウチの事が好きやな。
ウチがアンタを想ってるのと同じくらい。
やからこそ、安心して終われるわ。
「この3か月間、ごっつい楽しかったで。
……じゃあな。オグリキャップ」
ウチは光への歩みを再開する。
現実に戻る準備はもうできとるから。
「……わかった。
キミはもう私の目標じゃないんだな」
後ろから聞こえる。
秋の天皇賞とジャパンCと同じ音。
あん時よりも、ずっと強く、近くで。
「私はタマモクロスを超える」
さぁ、ウチと見ようや。
アンタとウチの最後の夢を。
※
ああ、ウチってホンマちっこいな。
オグリに包み込まれてまうくらいに。
「タマ……!」
ウチはほっそい腕でオグリを抱き返す。
やっぱ、ごっつい体しとるな自分。
これからもバリバリ活躍できるんやな。
「なんで、最初はサッパリと
終わらせようとしたんや?」
「考える事をベルノとムサカだけに
押し付けたままだとタマに勝てない。
そう思って去年の有マ記念を調べたんだ……」
去年の有マか。
あれは悲しいレースやったな。
ダービーウマ娘がゲートで転倒。
続けて理想的な走りをしてい二冠ウマ娘が
バ場に空いてた穴に脚を引っ掛けて脱臼。
命は助かったけど、もう走れん体になってもうた。
観ているだけでも辛かったわ。
ウチは逃げる形になってもうたから余計に。
「私は思い出したんだ……
こうやって走れているだけで奇跡なんだって
だから、急に走れなってもおかしくは無いって……」
「せやな……よーわかるわ……」
産まれた時は立てることすら出来へんかったオグリ。
事故のトラウマで上手く走れんくなったウチ。
走れん恐怖はイヤというほど分かってまうよな。
「タマの決断を受け入れたかった。
私が想像できないくらい悩んで決めたと思うから……
自分から走る事を辞める事を……」
「まぁ……それなりにはなぁ……」
「でも、やっぱり行かないでほしい……
キミはずっとずっと私の目標だから……」
「……ごめんな」
「謝らないで……
キミは私に全てを与えてくれたから……」
ホンマに奇跡とかしかいえへんよな。
ウチとアンタ。
同じ時代に産まれて
同じターフを走って競い合って
同じ日本一を目指したんわ。
ホンマもんの奇跡やわ。
「ありがとう……タマ……
私の宿敵になってくれて……」
「お礼を言うのはコッチの方やって。
ありがとうな。オグリ。
ウチの最高の宿敵……」
”どうか、この夢から醒めませんように”
決して叶わない願いを抱きながら
ウチらは互いの存在した証を刻み合い続けた。