フィーネになりそこなった合法ロリのお姉ちゃん 作:とんこつラーメン
「いやはや…まさか、街中であなた達と再会しようとは思いませんでしたよ」
「それはこっちの台詞よ。ウェル博士」
何故か妙にサングラスを掛けた黒服が多い喫茶店。
ウェルとマリアたちはそこへと移動し、テーブル越しに向かい合っていた。
「アナタ達の事ですから『どうしてボクがここにいるのか』と聞きたいのでしょうね」
「分かってるじゃない」
ウェルは余裕な顔をしているが、マリアたちの心中は穏やかではない。
本来ならばいない筈の男が、こうして目の前でコーヒーを飲んでいるのだから。
「ウェル博士…アナタはその左腕にネフィリムを融合させたことで『物』として扱われ、深海深くにある施設に幽閉という名の封印処置をされたと聞いたわ」
「確かにその通りです。僕はあの後、人権を剥奪され『深淵の龍宮』へと移送、幽閉されました」
「だったら…」
「ですが、とある人物がこの僕の協力を欲し、あそこから出してくれた上に、再び人権を戻してくれた。新しい職場のおまけ付きでね」
「とある人物って…」
「誰のことデスか?」
「アナタ達もよく知っている人物…櫻井亞里亞博士です」
「「「えっ!?」」」
全く予想していない名前が飛び出し、三人同時に驚いた顔を見せる。
まだ一度しか会ってはいないが、その経歴と見た目のインパクトから、かなり濃い印象が植えつけられていたから。
「ど…どうして彼女が…? いや、それ以前に、アナタと彼女は知り合いなの?」
「知り合いも何も、亞里亞博士とこの僕は元同僚同士…所謂『友人』という関係ですよ」
「あの人と博士が友人同士って…」
「信じられないデス…」
三人から見たウェルの印象は典型的なマッドサイエンティストで、逆に亞里亞の印象は天才幼女だったから。
まさか、その二人に接点があろうとは思ってもみなかった。
「もしかして聞いていないんですか? 亞里亞博士が一時期『F.I.S』に身を寄せていた事を」
「それなら知ってるわ…彼女から聞いたから。その時、彼女はマムと知り合いみたいな事は言っていたけど…」
「おやおや。この僕とのことは話してくれなかったんですね~」
因みに、亞里亞がウェルとの関係を話さなかったのは、単純に同類と思われたくなかったからである。
「なら、この事は御存知ですか? 亞里亞博士とナスターシャ博士は半ば、喧嘩別れに近い形で決別したと言うことを」
「喧嘩別れ…ですって?」
「確かに、意見の相違で出て行ったとは聞いていたけど…」
「ケンカって…一体何が原因なんデスか?」
「原因…ですか」
今のウェルは色んな事を経験し、精神的に安定している状態にあった。
故に少しだけ迷ってしまう。
彼女達に亞里亞の『過去の一端』を話してしまってもいいのかと。
「…ま、いいでしょう。博士自身も『決して他人に言うな』とは言ってませんでしたしね」
空っぽになったコーヒーのお替りを注文しながら、ウェルはポツポツと語り始める。
亞里亞の過去の一部を。
余談だが、何故か定員もサングラスに黒服な人間だった。解せぬ。
「亞里亞博士は…『潔癖症』だったんですよ」
「けっぺきしょー? って…なんデスか?」
「「「…………」」」
過去話、開始十秒で頓挫。
流石のウェルも、これには普通に頭を抱えた。
「あー…マリアさん?」
「これに関しては素直に謝るわ…ごめんなさい」
「な…なんでマリアが謝るデスか?」
「切ちゃん…」
「え? ええ?」
あの調がジト目で切歌の事を見る。
何も分かっていないのは本人だけだった。
「潔癖症って言うのは『綺麗好き』って意味だよ。切ちゃん」
「ナルホドー! …でも、どうして綺麗好きな事と、マムと亞里亞ちゃんが喧嘩したことが関係してるんデスか?」
「…これに関しては、こちらの言い方が悪かったですね」
そうこうしている間にコーヒーのお替りが到着。
それを一口飲んでから話を再開した。
「亞里亞博士の『潔癖症』と言うのは、精神的な意味なんですよ」
「精神的な意味…?」
「そう。幼い見た目をしていても、彼女とて立派な研究者。故に理解はしているんですよ。科学の発展には犠牲はつきもので、その為ならば人体実験もまた必要であると」
「そんな…」
あんな可愛らしい容姿なのに、中身はウェルと大差がないかもしれない。
そう思うと地味にショックが大きい。
「…ですが、彼女は同時にこうも考えている。『自分達の実験に見ず知らずの赤の他人を巻き込むべきではない』…と。亞里亞博士は科学者として非常に優秀ですが、同時に致命的なまでに矛盾した考えも持っていた」
「赤の他人を巻き込まないって…それじゃあ、一体どうやって人体実験をしていたというの?」
「決まっているでしょう。自分自身の身体で人体実験をしていたんですよ」
「「「えっ!?」」」
他人の身体ではなく、自分の体を使っての人体実験。
それだけ本気だと言えばそれまでだが、第三者からしたら異常にしか見えない。
「アナタ達がシンフォギアを装着する際に使っているリンカーが最たる例ですね。あれは僕と亞里亞博士の合作に近いのですが、あれが完成に至るまでの間、臨床試験と称して何度も何度も自分の体内にリンカーを注入し続けていましたから」
「ま…待って頂戴! 今でもリンカーには少なからず毒性があるのに、初期の頃のリンカーともなれば…」
「勿論、その毒性は現在の比じゃありません。最悪、死ぬ可能性だって十分に有り得た。でも、彼女は決して止めなかった。その気になれば、幾らでも実験体は用意出来た筈なのに」
「と言うことは…今の亞里亞さんは…」
「本人は平気そうに振る舞ってはいますが、実際には体の中はとっくにズタボロになっていますよ。本人は『体力が落ちた』なんてぼやいていましたが、その原因は決して加齢や運動不足だけではなく、初期リンカーの過剰摂取が原因です。ま、その事は亞里亞博士本人が一番理解しているでしょうけど」
自分達が力を得るまでの過程に、まさか亞里亞が関与していたとは。
知らなかった事とはいえ、マリアたちにはショックが大きかった。
「そして…その傷跡は今でも亞里亞博士の見た目に出ている」
「どういうこと…?」
「皆さんは疑問に思いませんでしたか? どうして、生粋の日本人である亞里亞博士の髪は真っ白なのだろうと。実の妹である櫻井了子の髪はちゃんとしていたのに」
「言われてみれば、確かに…」
「因みに、これが昔の亞里亞博士の姿です」
ポケットからスマホを取り出し、ディスプレイにとある写真を表示させてマリアたちに見せる。
それは、F.I.Sのスタッフの集合写真だった。
「ウェル博士に…マムもいる…」
「そして、亞里亞さんも……え?」
「この亞里亞ちゃん…髪の色が真っ黒デース!」
切歌の言う通り、写真に写っている仏頂面の亞里亞は、日本人特有の黒い髪をしていた。
「後遺症…ですよ。リンカーの投与のし過ぎで、彼女の髪は真っ白になってしまった。博士自身は全く気にしていなかったようですが」
髪が変色してしまうほどの初期リンカーの多量接種。
その時に味わった苦痛は想像に難くない。
「地獄のような苦痛に耐え、その果てにリンカーは一応の完成をした。それから少し後ぐらいですかね…亞里亞博士がF.I.Sを出ていき…ナスターシャ博士と決別したのは」
懐かしそうな表情をしながらコーヒーを一口。
砂糖とミルクを入れ忘れていたので、一瞬だけ苦い顔になったが。
「彼女が自分の事を顧みないのは今でも変わらない。だからこそ、博士は後々に自分がどんなバッシングを受けるかも全て覚悟の上で、半ば独断に近い形で龍宮から僕を連れ出し、思い切り職権乱用をして僕に再び人権を持たせ、挙句の果てに『風鳴機関主任研究員』という地位まで与えた」
「しゅ…主任研究員っ!? あなたがっ!?」
「えっと…亞里亞ちゃんが所長だから…」
「ウェル博士は今、亞里亞さんの部下ってこと?」
「そうなりますね。僕としても不満はありませんし。寧ろ、亞里亞博士の下で働けるのなら大歓迎ですよ。未だに、彼女と一緒にいる事で得られる知識は多い」
英雄願望丸出しとはいえ、ウェルとて一人の人間であり立派な化学者。
尊敬する相手の一人や二人ぐらいは存在している。
その内の一人が亞里亞なのだが。
「ねぇ…どうして彼女はマムと決別する事となったの?」
「矢張り…それを聞いてきますか…」
彼女達…特にマリアからしたら気にならない筈がない。
あの二人がどうして袂を分かつ事となってしまったのか。
「そうですね…全てを話すと長くなってしまいますが…」
「それでも構わないわ」
「こっちが構うんですけど…」
忘れられているが、今はウェルにとっては昼休みの時間。
本当は一刻も早く機関に帰らないといけないのだ。
もし遅れたら、オートスコアラー達からグチグチと嫌味を言われるから。
「まぁ…貴女たち…というか、レセプターチルドレンも決して無関係ではありませんしね…少なくとも、マリアさん達にも知る権利ぐらいはあるでしょう」
「私達も無関係ではない…?」
「で…でも、亞里亞さんがF.I.S.に所属していたのは、今から10年前なんだよね…」
「その頃はまだ、私達はF.I.S.にはいなかったデスよ?」
「そりゃそうです。亞里亞博士が去って行ったのは、貴方達が来る直前だったのですから。つまり、入れ替わりに近い形になりますね」
「そうだったのね…」
それならば、自分達が亞里亞の事を知らなかったのも納得がいく。
自分達よりも先にいなくなっていたのならば、会いようがない。
「…亞里亞博士は、あなた達をレセプターチルドレンとする事に猛反対していました。何もかもを失ってしまった子供達から、自由すらも奪うのか…とね」
「「「………」」」
当時の事を思い出すと、どうしても暗いことしか思い浮かばない。
苦痛と涙と恐怖に満ちた日々。
そんな中でも、妹や仲間達がいたから彼女達は耐えられた。
「どうやら、博士はあなた達を自分の手で一時的に引き取って、その後に信用ある孤児院にでも預けようと思っていたそうです。ナスターシャ博士が一枚上手だったせいで、それも全て無駄に終わりましたが」
「あの子が…そんな事を…」
「亞里亞ちゃん…」
「もし…それが実現していたら…今頃はどうなっていたのかな…」
考えても意味が無いと分かってはいるが、それでも考えてしまう自分達のIF。
自分達の事を本気で助けたいと思っていた亞里亞の願いに自分達は今、真っ向から反発していることになる。
そう思うと、罪悪感が凄かった。
「それが原因で…マムとあの子は対立して…?」
「えぇ。そのまま関係を修復出来ないまま今に至る…といった感じでしょうか」