一万回目の二回戦   作:とにざぶろう

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【一】

『フラッグ車、P40、走行不能!』

 

 審判長の声が響く。

 自車の白旗が見え、辺りを見渡して確認すると、アンツィオの車両からは全て同じものが揚がっていた。

 

 みんな怪我はなさそうで安心はしたけれど――、

 

『大洗女子学園の、勝利!』

 

 つまり、アンツィオ高校の敗北。敗北だ。

 アンツィオは今年も二回戦を突破できなかった。

 

 口からは無意識に「うあー」と声が漏れる。

 もしかしてとは思った。

 このままではとも思った。

 けれど実際にその瞬間を迎えてしまうのは悔しかった。

 

 ――あぁ、本当に、胸がきつく締め付けられるようだ。

 私たちには何が足りなかったのだろう。

 

「姐さん、すみませんでした」

 

 頭を下げるペパロニに、「お前のせいじゃないさ」と返す。

 アンツィオは強い。

 そう信じてここまで突っ走ってきた。

 だからこの敗北は、指揮を執った私の責任なんだ。

 

「……あー、ここまでかあ」

 

 そうやって言葉にしてみると、少し心が晴れた。

 ぱんぱんと頬を軽くはたいて気分を入れ替える。

 

「ペパロニ。食事の準備、始めるぞ」

 

「はいっ! ドゥーチェ!」

 

 元気に返事をするペパロニへ笑顔を返す。

 さーて、と大洗の西住隊長の元へ向かい挨拶すると、彼女は「勉強させていただきました」と言ってくれた。

 それが嬉しくて、私は少しだけ照れ隠しに顔を逸らした。

 

 フィアットから食材やパスタ鍋を運び出し、ペパロニとカルパッチョの指揮でうちの生徒たちが次々に料理を完成させる。

 初めは困惑していた大洗の連中も、パエリアやフリット、パスタが並べられていくのを見て次第に目を輝かせていった。

 私が「さあ遠慮なく食べてくれ!」と手を広げると、一年生らしき子たちが、わっと料理へ駆け寄る。

 西住や隣に立っていた黒髪の子が続いて、あとは一斉に。うちの生徒も混じって宴会が始まった。

 

 せっかくなので西住と話をしてみると、驚くことがあった。

 私と同じく転校組の彼女は、てっきり大洗女子の戦車道復興のために招聘されたのだと思っていたが、そうではなく、むしろ戦車道から逃げるために転校を選んだとのことだった。

 しかし今は戦車道を楽しめているのだ、と心なしか自慢げに言う彼女の姿は、とても好ましかった。

 アンツィオの敗北も、まぁ仕方ないかと思えた。

 それでも悔しいものは悔しいんだけど、その気持ちは胸に隠して私は笑った。

 

 宴会が終わって、大洗の連中と別れて会場を離れると、残った食材で二度目の宴会を始めた。

 今度は、アンツィオの生徒だけだ。

 あの場では言えなかった言葉を口にしてみると、ペパロニたちが「わたしもっすねー」と同調して、私は少し安心した。

 食事にしか興味がないように見えるけど、勝利への執念は彼女たちにも確かに宿っているのだ。

 

 アンツィオのみんなと一緒に食事をとるのは楽しい。

 いつしか何に囚われていたのかも忘れて、夜は更けて、目蓋は重く、睡魔に襲われた私は抗うことなく眠りに落ちた。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 目覚めると、背中に柔らかな感触があった。

 

「ん~……?」

 

 体を起こすと目の前には灰色の壁。目線を下げると見慣れた机が鎮座している。

 私が寝そべっているのは二段ベッドの上、どう見てもここはアンツィオ高校女子寮の自室だ。

 昨夜は、宴会のあとそのまま外で睡魔に襲われた覚えがあるのだが、気のせいだったか。

 

 ……まぁ、実際こうしてここにいるのだから、覚えていないだけで学園艦には戻ってこられたということだ。

 私以外のみんなもきちんと帰ってこられたか心配だし、身支度をしたら点呼を取っておくか。

 

 二段ベッドの柵から首だけ出して下を覗くと、ペパロニが幸せそうな表情でかーかーと眠っていた。

 彼女を起こさないようにゆっくり階段を下り、クローゼットからアンツィオの制服を取り出す。

 さっと着替えて、机の横に置いた籠からポーチを手に取ると、私は部屋を出た。

 廊下で他の子とすれ違うたび「おはよう」と挨拶を交わし、洗面台に辿り着くと、アマレットとパネトーネが眠そうな顔で歯を磨いている。

 

「ドゥーチェ、おはよーっす」「っす」

 

「おー、おはよー」

 

 言うと、パネトーネが水を含んで口の中をゆすぐ。

 私はその隣に立って、蛇口を捻り手のひらに水を貯めた。じゃぶんと顔をつけると気持ち良い。

 

「今日は遅いっすね。もしかして朝練はなしっすか? だぜ」

 

 顔を上げたパネトーネが言う。

 

「昨日の今日だしなー。まあ朝練は休みにしておこう」

 

「あ? 昨日の今日?」「なんのことっすか?」

 

 アマレットとパネトーネが揃って不思議そうな表情を浮かべる。

 

「なんのことって、大洗との試合の話だが」

 

「だから、なんつーか、大洗と試合するから練習頑張んなきゃって話なんじゃないんすか?」

 

 んー?

 

「あのな、お前たち、悔しいけど我々は負けたんだ」

「幸い、今年は無限軌道杯も復活する」

「負けは負け。そのことをきっちり認識して、前に進まないとな」

 

「ドゥーチェ、おかしくなっちゃったんすか?」

 

 諭すように私が言っても、二人は怪訝な表情を返すばかりだ。

 

「いや、じょ、冗談だろう? そんな顔をされると本当に私の方がおかしいみたいじゃないか」

 

「そう言ってんすよ、な?」

 

「ああ、ドゥーチェおかしいっす、だぜ」

 

 ――本格的に、話が噛み合っていないようだ。

 

「私たち、昨日、大洗と試合をしたよな?」

 

「してないっす」「夢じゃないすか? だぜ」

 

「宴会は? 大洗との宴会は覚えてないか?」

 

「してないっすって」「やっぱ夢すね、だぜ」

 

「お、大洗との試合は、いつの予定なんだ?」

 

「来週っすよ」「ドゥーチェが言ったんじゃないすか」

 

 血の気が引くのを感じた。

 ポーチもそのままに、二人へ背を向け廊下を駆け戻る。

 自室へ入り、日めくりカレンダーを確認すると、破り捨てたはずの1週間がそこに蘇っていた。

 

「な、なんだこれは……」

 

 2015年、6月26日、金曜日。

 

 大洗との試合は、7月5日の日曜日だったはずだ。

 つまり、時間が、1週間以上も巻き戻っている。

 

 ――――。

 

「そ、そんな馬鹿なことが、あってたまるかあっ!」

 

 私が叫ぶと、寝起きのペパロニが「うるさいっす、ドゥーチェ」と背後でぼやいた。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 私の想像に反して馬鹿なことというのは起こるもので、時間が巻き戻ったのはカレンダーだけの話ではなかった。

 スマホでニュースサイトを眺めても、アンツィオのみんなに訊いてみても、いま私がいる時間は大洗との試合の1週間以上前とのことだった。

 どうやら私は、タイムスリップというやつを体験してしまったらしい。

 

 逃避するように朝練に打ち込んだが、いつになっても元の時間に戻る様子はない。

 このままもう一度、大洗戦が終わるまで時を過ごすしかなさそうだ。

 

 あっという間に1日が終わって、翌日、土曜。

 さて今日も戦車道の練習だ、という段になって、ふと思った。

 

 ――大洗ともう一度試合ができるということは、つまり、前回の雪辱を果たすことができるのでは?

 

 いや、正しくは『前回』など存在しない。

 すでに、大洗戦の敗北はなかったことになっている。

 まだ、アンツィオは負けていない。

 

「ふ、ふふふ……」

 

 全身が、かっと熱く燃え上がった。

 まだやれる。まだやれるのだ。

 アンツィオの夏はまだ終わっていない。

 大洗に勝利して二回戦を突破し、さらには優勝へ――。

 

「はーっはっはーっ!」

 

「ドゥーチェー、ほんと昨日からおかしいっすよ。医者に診てもらった方が良いんじゃないすか?」

 

 半ば本気で心配そうな表情を浮かべるペパロニの肩を、がっしりと掴む。

 

「やるぞ、ペパロニ。我々の手で、アンツィオの総力を尽くして大洗から勝利をもぎとるんだ!」

 

 私が言うと、ペパロニは笑った。

 

「何言ってんすかー。当たり前じゃないすか」

 

 ◇ ◆ ◇

 

 大洗と試合をした経験は私の中に宿っている。

 これまで通りやれば大洗に敗北してしまうことを、私は知っている。

 戦術を変える必要がある。

 

 一回戦のマジノ女学院との試合は、ノリと勢いで勝ったようなものだ。

 CV33で相手車輌を攪乱している内に、セモヴェンテでフラッグ車に奇襲をかけ、間一髪、討ち取った。

 だから大洗も同じ戦術で行こうとしたのだが、どうやら大洗はそこまで甘くないらしい。

 

 P40が手に入ったことに浮かれてしまっていたのだろうか。

 あの西住流が隊長というから、攪乱には弱いと踏んだんだけどな。

 実際は、西住流とは似ても似つかない戦い方だった。

 生徒会長の角谷杏もどうにも食えない子だし、智将が多いのだろう。半端な陽動は見破られる。

 

 ――だとすれば、どうする?

 簡単だ。奴らの思いもよらぬ策を打ち立てれば良い。

 向こうの車輌編成や戦い方は前回の戦いで頭に叩き込んだからな。対策は立てられる。

 

 まあ残っているはずのない記憶を利用するのは少し狡いかもしれないが、偵察はルールブックで認められているわけだし、それと情報の入手経路が違うだけ、戦車道に反してはいない。

 

「カルパッチョ」

 

「はい、なんですか、ドゥーチェ」

 

 名前を呼ぶと、足早にカルパッチョが寄ってくる。

 

「二回戦は、一回戦とは戦術を変えようと思う」

 

「これからですか? もう試合まで1週間ですよ」

 

 カルパッチョが眉をひそめる。

 

「1週間あれば十分だ」

「これまで通りやっても、勝てなければ意味がない」

「向こうも我々のノリと勢いは知っているはずだ。イメージ通りの戦法は動きが読まれてしまう」

 

「……確かに、そうかもしれませんね」

 

 少しだけ考え込んだ後、カルパッチョが頷く。

 私はそれに応じるようににやりと笑った。

 

「そうと決まれば作戦会議だ! いくぞ、カルパッチョ!」

 

「はい、ドゥーチェ。ペパロニも連れてきますね」

 

 練習メニューをアマレットらへ言い置き、私はカルパッチョとペパロニと共に戦車道準備室へと篭もった。

 練り上げるのに半日かかったが、出来上がった作戦は完璧だった。

 

 初めからフラッグ車へ奇襲をかけるのはやめだ。

 今回はその真逆、各個撃破を行う。

 一輌一輌、確実に落としていき、最後に残ったフラッグ車を包囲して仕留める。

 

 知識と経験をフル動員し、大洗の全ての車輌へ完璧な対策が出来ている。

 これならアンツィオの勝利間違いなしだ。

 

 出来上がった作戦の全貌をみんなに伝えるのには難儀した(すぐに理解してくれなかった)が、やがて歓声が場を包み、ドゥーチェコールが巻き起こった。

 

 ふふふ、さあ、これで準備は万全だ。負けるはずがない!

 私はコールに応え、右腕を掲げて高笑いを上げた。

 

 ◇ ◆ ◇

 

「ドゥーチェ、この後どうすんでしたっけ」

 

「あぁあああこっちに戻ってくるなあぁあああっ!」

 

 試合の結果は、散々だった。

 あれほど言い聞かせたのに、特にペパロニは一緒に作戦を考えたというのに、みんな作戦を全て忘れてしまっていた。

 緻密に練り上げた作戦なので一カ所が崩れればあとは脆い。

 戦線の穴をあっさりと突かれ、次策に移る余裕もなく、開始一時間足らずでアンツィオは大洗に敗北を喫した。

 

 せっかくチャンスを与えられたというのに、またしても。

 

 ――もっとみんなの性格を計算すべきだった。

 作戦を忘れるのには困ったものだけど、アンツィオの持ち味はそこじゃない。

 あぁ、そうだ。ノリと勢いがあれば強い。

 つまり、それを殺すような緻密な作戦は、アンツィオには不要なのだ。

 

 だから、私のせいだ。

 チャンスを生かすことができなかった。

 

 二度目の敗北は、初回よりも一層辛かった。

 胸の奥が苦しくなって呼吸が乱れるのを感じた。

 

「ドゥーチェ……」

 

 深刻な表情を見られてしまったのか、背後からカルパッチョの呟きが聞こえる。

 いけないいけない、こんなことでは。

 

「ん、大丈夫だ。心配するな」

 

 息を整え、カルパッチョへ言葉を返す。

 

「食事の準備を始めてくれ。アンツィオの戦車道は、試合だけじゃないぞ」

 

「はい、ドゥーチェ……っ!」

 

 駆けてゆくカルパッチョを背に、西住の元へ。

 

「いやー、負けてしまったな! 強かったぞ、大洗っ!」

 

 私が言うと、西住は照れ笑いを浮かべる。

 私はそんな彼女の手を取って、思い切りチークキスをした。

 西住から手を離し、背後へ視線をやるとペパロニのウインクが目に入る。食事の準備は万全。

 

「さあ、これがアンツィオの流儀だ! 受け取ってくれ!」

 

 私が叫び、宴会が始まる。

 前回は西住とばかり話をしていたので、今度は角谷ら生徒会の面々に声をかけてみた。

 クールに見えた河嶋という子は、言葉を交わしてみるとアンツィオの子たちを思い起こさせる激情を備えていて驚いた。

 

 やはり、言葉を交わして、直に接してみて初めて気付くことというのは多い。

 宴会とは良いものだ。

 

 前回と同じく、大洗と別れた後はアンツィオの生徒だけで再び騒いだ。

 今度は言葉にしないでおこうと思っていたのだが、我慢しきれず一言だけ「悔しいなあ」と呟いた。

 ペパロニがしみじみと「そっすねー」と返し、私は少しだけ瞳を潤ませた。

 

 気付けば眠りに就いており、覚醒した私はベッドで身を起こした。

 

 カレンダーは、6月26日に戻っていた。

 

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