三度目だ。三度目である。
つまり、私の身に起きているこれは、タイムスリップなどではなかったということだ。
ループしている。
大洗との試合を終えるまでの10日間をループしているのだ。
何故だ? どうして私の身にこんなことが起こっている?
まったく身に覚えがない。私が原因ではないのだと思う。
けれどきっと、三度続けばこれはもう、四度目がくると考えて間違いないだろう。
三度続き、四度続き、五、六、七、やがて、八九十と――、
「まさか、これは永遠に続くのではないか?」
途端に背筋が寒くなった。
意気揚々と大洗との試合に臨んでいた自分を責めたくなってくる。
記憶だけを有したまま、永遠に終わらない10日間の中へ放られる。
いつまで経っても終わりはやってこない。
ずうっとずうっと、途方もなく続く世界の中へ放られるんだ。
もしかしたら死んだら終わりが来るのかもしれないが、そんな想像はしたくもない。
……けれど、死か永遠かという選択なら、前者の方が幾分かマシなのかも。
「うぅ……ダメだダメだ! そんなこと、考えてはっ!」
しかし、考えなければ答えには辿り着けない。
だから陰鬱した気分になりながら必死に考えたのに、答えがどこに落ちているのかすら、私にはわからなかった。
そして混乱のままに、再び大洗との試合当日を迎え、決戦。
アンツィオは、三度、敗北を期した。
考えが煮詰まっていたところに敗北のショックに襲われたせいか、私は軽々と限界を迎えた。
「うわあぁああ今日は朝まで飲むぞーっ!」
「ドゥーチェ、テンション高いっすねーっ!」
私は叫び、日付が変わるまで宴会を続けた。
思考を切り離して、ただただバカになって、アンツィオのみんなと笑い合った。
時計の短針が12を示す。
目蓋を閉じ、再び開けば見える景色が変わっていた。
灰色の天井。二段ベッドの上。
ペパロニの寝息が聞こえるここは、学園艦の自室だ。
1秒前までの喧噪は消え去り、私は一人、ぽつんとベッドに寝そべっていた。
「あぁー……」
自然と声が漏れて、ベッドへ体を放る。
これで四度目。
やはり、ループからは抜け出せていない。
「本当に、ずっとこのままなのか」
ループに囚われて、脱出もできず、私は永遠に十日間を彷徨い続けてしまうのだろうか。
――――。
そう、そうだ。
そういえば、前に読んだSF小説では、たしかループを脱出するのに条件が定められていた気がする。
条件を満たした途端、元の時間の流れに戻されるのだ。
だとしたら、もしかして、私のこれも同じなんじゃないか。
条件が整いさえすれば脱出が叶うんじゃないか。
「……いや、駄目だ」
だとしても、そんなものどうやって見つければ良いのだ。
ヒントはどこにもない。考えてわかるものでもない。
結局、私はこのままずっと、一人で――、
とんとん。
と、ふいにドアがノックされた。
朝早くに誰だろうとドアを開けると、カルパッチョだ。
彼女にこんなへたれたドゥーチェの姿は見せたくない。
顔を逸らして目尻にきっと力を入れると、再びカルパッチョへ向き直り、出来るだけ何でもない風な口調を装う。
「おー、カルパッチョ。どうした」
カルパッチョはすでにアンツィオの制服に着替え、頭にはベレー帽を乗せていた。
ふと自分の姿を見れば、こちらはまだパジャマのままだ。
段々と恥ずかしくなってきて「さ、先に着替えてきても良いか」と確認する声が少しうわずってしまう。
カルパッチョはそんな私の言葉など聞こえなかったかのように、真剣な表情で口を開いた。
「ドゥーチェ、もしかしてこれで四度目ではないですか?」
…………。
「四度目?」
「はい、ドゥーチェもこれで四度目なんじゃないかと思ったんです。違いますか?」
四度目、四度目。
突然そんな言葉を吐かれて何のことやら理解できる人間が、そうそういるはずもない。
何が四度目なのやら。あまりに情報が足りていない。
けれど私は例外だった。いま、この瞬間の私にはわかる。
見当がつかないはずがない。
まさかとは思うが、他に考えられないだろう。
私は頭が混乱してどう表現して良いのかがわからなかったが、何とか気を落ち着かせて、一言だけ絞り出す。
「お前もなのか?」
カルパッチョはうっすらと笑みを浮かべた。
「やっぱりそうみたいですね。はい、私も同じです」
「一回目の繰り返しからドゥーチェの様子がおかしいなとは思っていたんですよ」
「でも、前回、やけになったドゥーチェを見て、ようやく確信が持てたので」
「本当に、お前もループしているのか」
「はい、私もループしているみたいです。二度も訊かなくても良いと思いますけど」
すうっと、背中に載っていた重荷が下ろされるのを感じた。
真っ暗闇の夜道に光が灯った。
そうか、私だけではなかったのか。
一人ではなかった。私は孤独ではなかったんだ。
状況は変わっていないけれど、少なくともそれだけのことが、とてつもなく尊かった。
「ドゥーチェ、泣いてますか?」
「泣いてない! 嬉しいだけだ!」
「嬉しくて泣くこともあると思いますけど」
カルパッチョの言葉に「うるさい」と返し、私は熱くなった目頭をおさえた。
カルパッチョは、まぁいいですけど、と笑う。
「私を仲間に入れてください、ドゥーチェ」
「ああ、もちろんだ」
涙を振り切り、私も笑顔で彼女に応えた。
◇ ◆ ◇
しばらくのあいだ、戦車道準備室でカルパッチョとお互いの状況を共有しあった。
カルパッチョの身に起きていることは私とまったく同じ。
大洗と試合をした日の夜になると、毎度毎度、6月26日に戻されてしまうとのことだった。
その間に起こったことも、全て私の記憶と一致している。
私とカルパッチョが同じ10日間をループする運命共同体であることは間違いなかった。
運命共同体、つまり、仲間。
「……ふふふ」
やはり、仲間がいるというのは、嬉しいものだな。
一人では無理でも二人なら何とかなるだろうと思えてくる。
まったく、アンツィオにやってきて、カルパッチョと初めて出会った時のことが思い起こされる――。
と、再び感じ入ってしまったことに気付き、ぶんぶんと頭を振って考えを紛らわす。
いけないいけない。時間がないのだ。
思い出にふけっているような場合じゃない。
「さてっ! 改めて整理しよう!」
私は立ち上がり、黒のボードマーカーを握りしめた。
ホワイトボードへマーカーを走らせ、カルパッチョへ向き直ると、書いた内容を読み上げる。
「我々の目的、ループを脱出すること。ここまでは良いな?」
私が言うと、カルパッチョが「ですね」と頷く。
続けて、私はホワイトボードの目的欄の下に『次にやること』と記していく。
「ではカルパッチョ。ループ脱出のためにやるべきことは、何かわかるか?」
「脱出条件の解明でしょうか」
カルパッチョへ「その通りっ!」と私は指示棒を突きつける。
「脱出条件を達成するには、当然その条件を解明しなければならない」
「しかし、しかしだ。とにかく我々には情報が足りていない」
「解明もなにも、まだ取っかかりすら掴めていない状態だからな」
「まずは情報収集から始める必要がある」
「……どうやって情報を集めましょう?」
「うーん、そう、そうなんだよなあ。私も色々考えてはみたが、何も思いつかなかったんだ」
「「んー……」」
二人してうんうんと唸っていると、しばらくしてカルパッチョが「あ」となにか思いついたように顔を綻ばせた。
「これまでの共通点を探してみるというのはどうでしょう」
「共通点? それはループ間のか?」
「はい。ループの脱出に条件があるなら、脱出に失敗したこれまでは一度もそれを達成できなかったということですから」
「これまでの共通点を探せば、自ずとわかってくることもあるんじゃないかと思ったんです」
共通点……共通点か……。
「――ぉお?」
瞬間、脳裏に稲妻が走った。
「我々は、大洗に敗北し続けている」
「――確かに、そうですね」
負けて、負けて、負けた。
まさか、これか。これだったのか。
なるほど、思いついてみれば腑に落ちた。
三度繰り返して負け癖が染みついてしまっていた。
それが当然と思ってしまっていた。
我々は今回も負けるのだと、そう思ってしまっていた。
しかし違ったんだ。逆だった。
続ける度に負けているのではない。
「負けるから、続いているのか」
アンツィオが敗北するのは、間違っている。
第63回戦車道全国高校生大会、二回戦、我々アンツィオ高校は勝利をおさめなければならない。
だからこそ、我々はこんな状況に放られているんだ。
勝てる試合に勝てていないから。
どこの誰だかは知らないが、ともかく我々に言っている。
大洗に勝て。
そう言っているのである。
「はーっはっはっ!」
「ドゥーチェ、突然笑い声をあげないでください」
「笑わずにいられるか!」
勝て、勝て、勝て。
お前らアンツィオは勝てるんだ。
勝つために繰り返しているんだ。
「だったら勝ってやろうじゃないか。アンツィオの、本当の力を見せてやる」
試合を眺める何者かに。我々の姿を眺める何者かに。
「我々は、大洗に勝利して、ループを脱出する」
私がそう宣言すると、カルパッチョは静かに頷いた。