一万回目の二回戦   作:とにざぶろう

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【三】

 アンツィオに難しい作戦は似合わない。

 一周目は確かに無策が過ぎた。

 けれど、二周目のような策を弄する必要はない。

 作戦なんて、ほんのスパイス程度で良い。

 

 ペパロニ率いるCV33群を正面から突っ込ませ、あたかもノリと勢いだけで行動しているように見せかける。

 大洗の連中は違和感を抱くかもしれないが、少なからずCV33の対処に追われるはずだ。

 しかし実際に正面突破を狙っているのはCV33だけ。

 手薄になった本軍を、残ったP40やセモヴェンテで挟撃し、フラッグ車を仕留める。

 電撃作戦だ。

 

 これならみんなも全力で臨めるだろうし、なにより、ウチの持ち味を生かせる。

 最高の策だ。

 

 ――最高の策だと、思ったのだが。

 結局、今回もアンツィオの敗北だった。

 おそらくは、ペパロニが敵の前で「せーぜー釣られてやがれ、どうせ姐さんがフラッグ車撃破してくれんだからな!」と口走ってしまったのが敗因だろう。

 

「ドゥーチェ」

 

「いいさ。また、次がある」

 

 カルパッチョに言葉を返し、五周目。

 前回の反省を生かし、ペパロニたちには作戦の内容を伝えないことにした。作戦の内容自体は前回と同じだ。

 これなら奇襲も成功するはず。そう思った。

 

 しかし、大洗はやはり甘くなかった。

 CV33の集団の中にセモヴェンテやP40の混じっていないことを見抜かれていたようで、フラッグ車に辿り着いた我々を待っていたのは、大洗全車輌による総攻撃だった。

 

「どうして我々の奇襲がわかったんだ?」

 

「――アンツィオの隊長は優秀な方だとうかがっています」

「ノリと勢いの強い気風とはいえ、大事な試合で、無策で突っ込むなんてしないと思ったんです」

 

 西住に認められるのは素直に嬉しかった。

 みくびられれば簡単に勝てるのは確かではあるが、我々をみくびるということはそれだけ脳天気な相手ということだ。

 

 大洗は賢しい。むしろ良かったと思うべきだろう。

 敵は強大な方が乗り越えた時の感動が増す。

 我々が本当に欲しいのは、勝利でなく、名誉なのだ。

 

 ――――。

 

 勝利でなく……勝利を目指さない……。

 

 ふいに思いついた。

 勝つための策でなく、負けないための策というのを考えてみてはどうだろうか。

 そう、負けなければ、いつかは勝てるのだから。

 

「ドゥーチェ、負けないための策というのは、具体的にはどんなものですか?」

 

「負けるというのは、フラッグ車が撃破されるということだ」

「だったら、フラッグ車さえ生き残れば負けはしない」

 

「それはそうですね」

 

「カルパッチョ。撃破されない戦車といって、思いつくものはなんだ?」

 

 カルパッチョは「うーん、そうですね」と首を傾げ、

 

「装甲の厚い戦車でしょうか」

 

「甘いっ! 甘いぞカルパッチョ!」

 

 私は指揮棒をカルパッチョに突きつける。

 カルパッチョはきょとんと目を丸くする。

 

「例えばセンチュリオンだってマウスだって600mm砲の前には無力だろう!」

「いくら装甲が厚くとも撃破される可能性はある」

 

「600mm砲搭載の戦車なんて、戦車道連盟の認可が下りないと思いますけど」

 

「あくまで可能性の話だっ!」

 

 カルパッチョの突っ込みに言葉を返して、こほんと一息。

 

「話を戻すぞ。しかしそんななか、何をされても撃破されない戦車というものがある」

 

 そう、それすなわち、

 

「弾の当たらない戦車――見えない戦車だ!」

 

「ドゥーチェ……」

 

 カルパッチョが眉を落とす。

 

「そ、そんな顔をするな! もちろん見えない戦車というのは戦車に光学迷彩を施すわけではないぞ。もっと現実的な話だ」

 

「普通の迷彩ってことですか?」

 

「まぁ迷彩には塗るかもだが、それだけじゃない」

「――常々、ウチのCV33を生かす方法は他にないか考えていたんだ」

「機関銃しかないCV33には戦車を落とすことはできないが、機動力は十分にある」

「相手の攪乱にしか使えないのはもったいない」

 

「つまり――」

 

「そう、CV33をフラッグ車にする」

 

 乗るのはペパロニとアマレットだ。

 あいつらならCV33の操縦にも慣れているし、逃げ回るのも楽勝だろう。

 そもそも茂みにでも隠れておけば、CV33のサイズならそう簡単に見つかりもしまい。

 まさに見えない戦車だ。

 

「名付けてチーズフリット作戦! どうだ、カルパッチョ?」

 

「そうですね、少なくとも大失敗ということはないでしょうし、上手くいく可能性はあると思います」

「あとはペパロニの性格次第という気もしますけど……」

 

「そうだなあ。かっとなってしまわなければ、大丈夫だとは思うんだが。よく言いきかせておくしかないだろう」

 

 カルパッチョは渋い顔で頷いた。

 

 ◇ ◆ ◇

 

「えー、なんすかそれ。性に合わないんすけど」

 

「そっすそっす、断固、拒否するっす!」

 

 案の定、ペパロニとアマレットの二人は難色を示したが、私はきちんと対策を考えていた。

 

「うーん、しかしこれはお前たちにしか出来ない作戦なんだよなあ」

「きっと大洗の連中は『CV33などいてもいなくても変わらない戦車だ』と思っている」

「いや、それどころか、戦車でなく軽自動車か何かと思われているかもしれないぞ」

 

「はー、なんすかそれっ!」

 

「アマレット。これはたぶんドゥーチェによる想像だ」

 

 とアマレットへ言ったうえで、ペパロニはこちらへしかめ面を見せ「ドゥーチェ、それマジに言われてんすか」と続ける。

 

「いや、お前の言った通り、私の想像だ」

「でも、そんなこと言われたくはないだろう?」

「CV33はやればできるんだと証明してやりたくはないか?」

「お前らなら、大洗の連中を翻弄することが出来るだろう?」

 

 私が言うと、二人は声を揃えて「もちろんっす!」と応えた。

 

「よおし、それじゃあ早速、特訓開始だ!」

 

 私が威勢良く拳を振り上げ、それに二人が続く。

 説得は成功だった。

 

 試合当日までの練習は、これまでとはまったく別メニューを組むことにした。

 なにせ、ペパロニとアマレットには特殊な立ち回りが要求される。

 これまでの二人の戦い方ともかなり違いがあるし、ある程度の慣れが必要だろう。

 

 そういうわけで、他のCV33を大洗の索敵に見立て、二人にはひたすら彼女らから逃げ回ってもらった。

 出来るだけ長く逃げ回り、撃破されないことが目的だ。

 機銃に一発でも当たったらアウト。

 かくれんぼ状態からのスタートだ。

 

 初めはすぐさま見つかった。開始5分。

 そしてすぐに機銃で撃たれておしまい。

「おっかしーなー」とぼやくペパロニに、潜伏場所をもっと練るよう注意した。

 彼女は池のほとりにある木々の後ろに隠れていたのだが、水面に反射した車体が映っていたのだ。

 

 1週間ひたすらその練習を続けていると、ついにペパロニとアマレットは3時間の制限時間を逃げ切ることに成功した。

 もちろん、その間に私やカルパッチョはP40とセモヴェンテを乗り回し、大洗のフラッグ車を仕留めるための戦術を練り上げていた。

 

 万全は期した。

 迎えた大洗との決戦当日。

 やはり我々は負けた。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 負けないことと勝てることは似て非なるものだ。

 勝利のためには無数の策が打ち立てられるが、負けないためにはとことん堪え忍ぶしか方法がない。

 というか、実際いつか負ける。負けないなんてありえない。

 

 ペパロニの乗車したCV33を残して、うちの戦車は削られ続けた。

 セモヴェンテが殲滅、フラッグ車以外のCV33は全て消え、最後に私のP40まで落とされた。

 一輌残されたCV33だけではどうすることもできず、結局、大洗のフラッグ車へ突撃ののち自爆した。

 

「駄目、でしたね……」

 

「ああ。しかし、悪くはない作戦だった」

 

 アンツィオは全ての戦車をやられたが、こちらだって三突と八九式の二輌を落とした。

 どこかの歯車を一つ入れ替えてやるだけで、勝利をおさめられるような気がした。

 

「次もこれでいくぞ」

 

 私の言葉にカルパッチョは頷いた。

 

 七周目。八周目。九周目。

 さらに三度を繰り返したが、やはり我々の元に勝利の女神は訪れなかった。 

 

 あと少し。あと少しなのに。

 すんでのところで勝利に手が届かない。

 まるで我々の勝利が何者かに邪魔されているかのようだ。

 こんな世界に我々を放り込んだ神様は、もしかして我々の勝利を望んでいないのではないかとすら思えた。

 

 延々と続く戦いはじりじりと私の心を蝕む。

 初めはみなぎっていたやる気も、少しずつ失われていった。

 ずぶずぶと沈んでゆき、永遠が大きな口を開けて私を待ち受けているように思えた。

 

 それでも、隣に立つカルパッチョだけが、なによりの救いだった。

 カルパッチョがいるから、私はドゥーチェとしてどうにか踏ん張れた。

 彼女は私が表情を曇らせてゆくなか、平気な顔でただ立っていた。

 

「大丈夫ですか、ドゥーチェ」

 

 こうやって、私を気遣ってくれさえする。

 私はそんな彼女のことが不思議だった。

 

 私は安斎千代美じゃない。ドゥーチェ、アンチョビだ。

 アンツィオのみんなを導かなければならない。

 だから弱音を吐いてはならない。気高く堂々としていなければならない。

 

 ――けれど、今だけ、カルパッチョにだけは甘えても良いんじゃないか。

 そうほんの少しだけ思ってしまって、私はぽつりと口にした。

 

「なあ、カルパッチョ、何度も同じ時間を繰り返して、お前は、その――辛くないのか」

 

 そう言ってから「私は辛いぞ……少しだけ」と付け加える。

 

 カルパッチョは「うーん」と首を傾げ、

 

「私の場合は――」

 

 そこで言葉を切ると、にこりと笑った。

 

「普段会えない相手に会えるから、かもしれませんね」

 

「普段会えない相手?」

 

「ええ。私は戦車道がやりたくてアンツィオへやって来ましたけど、彼女は戦車道のない学校に進学していきましたから」

 

 ……彼女……彼女。

 ああ、そうだ、そういえばカルパッチョは毎度毎度、試合の直前には必ず大洗の赤マフラーの子と言葉を交わしていた。

 カルパッチョが「たかちゃん」と呼ぶあの子のことだろう。

 

 カルパッチョはさらに「ですから」と、とびきりの笑顔で言葉を続ける。

 

「まさかこうして戦車道で戦えるなんて、夢みたいなんです」

 

「……夢みたい」

 

 ぶるっと、体の奥の方が震えた。

 

「ドゥーチェ、私は戦車道が楽しいんです」

 

「私だって、楽しいさ」

 

 口からは自然と言葉が漏れ出た。

 

 そうだ。楽しい。楽しいんだ。

 楽しいはずなのに、そのことを忘れていた。

 私はどうして戦車道をしているんだ。

 

 カルパッチョの言う通りだ。

 何が私を突き動かす。原動力は何だ。

 私の心に灯る火は、何を喰らう。

 何故、私はアンツィオを選んだのだ。

 

「カルパッチョ、我々は本当に勝てると思うか」

 

 私が問うと、カルパッチョは「そうですね」としばし思案する素振りを見せて答えた。

 

「あの頃の私は、アンツィオの戦車道がこんなに盛り上がるなんて、想像してませんでしたよ」

 

 あの頃。

 二人だけでCV33へ乗り込み、戦車道の宣伝をして回っていた、あの頃。

 あるいは、ペパロニを含めた三人で屋台を開き、戦車道の資金と人員を集めていた、あの頃。

 

「あーっはっはっはーっ!」

 

「また突然笑い出して、どうしたんですか、ドゥーチェ」

 

 私は快笑すると、脳みそをフル回転させ、カルパッチョへ向かって宣言した。

 

「作戦を変えるぞ、カルパッチョ」

 

 そう、次の作戦は、

 

「マカロニ作戦だ!」

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