山岳と荒れ地ステージ。
遮蔽物や潜伏場所が多く機動力が活きる山岳地帯と、遮蔽物が少なく向かい合えば技術力と戦車性能が浮き彫りになる荒れ地地帯とが対照的なステージだ。
大洗の戦車は五輌。
数だけで言えばアンツィオは十輌と大洗に勝ってはいるが、その内の六輌はCV33。性能で言えばほぼ同格といったところだろう。
それにCV33の特徴を考慮に入れると、山岳地帯で戦うのがアンツィオ向きといえる。
そして、ループも十週目に突入した私とカルパッチョにとって、もはや山岳と荒れ地ステージは庭のようなものだ。
マップは全て頭の中に叩き込まれている。
その上で、やはり結論付けられる要所は、中央に位置した十字路だろう。
正面からやり合えば、ぶつかるのはここだ。
「しかし、だからこそ、我々はここを放棄する」
悔しいが、我々は大洗に総合的な技量で負けている。
正面からやりあってもアンツィオに勝ち目はない。
ならば他に人員を割き、ここは最小限のリソースで済ませるべきだ。
「でも、そうしたら十字路を突っ切られてしまいますよね」
「いーや、そうはならない。デコイを配置するからな」
「デコイ……なるほど、戦車のハリボテを作るんですね。欺瞞作戦ですか」
私が「そういうことだ」と笑うと、カルパッチョは「いけそうです」と小さく答えた。
他のみんなにも作戦の全容を伝え、猛特訓。
大洗の連中を機動力でもって包囲する必要があるし、そりゃあ練度は高い方が良い。
時間を無駄にしている余裕はなく、瞬く間に決戦当日となった。
『これより、二回戦第四試合、アンツィオ高校対大洗女子学園の試合を、開始いたします』
荒れ地のど真ん中、遠目に大洗の戦車が並ぶのが見える。
作戦の確認をしているのだろう、大洗の隊長、西住みほが戦車の前でマップらしきものを広げていた。
「ドゥーチェ、危ないですよ」
「いつものことだろう」
カルパッチョに諫められるなか、助手席から立ち上がりフィアットのフロントガラスへ足をかける。
エンジン音を耳にしたのか西住らが顔を上げ、私はそれを合図に「たーのもーっ!」と声を張り上げた。
角谷の軽口に言い返し、西住と握手をして、カルパッチョが楽しげに駆けていくのを見守る。
いつもと同じ。
これで十度目の風景。
試合が始まる。
◇ ◆ ◇
「まったく、二枚は予備だってあれほど言ったのになあ」
デコイを全て置いてしまっては戦車の数が大会規定を超えてしまう。作戦も即バレだ。
ペパロニもああいうところがなければ、度胸があって機転も利く凄いやつなんだが。
「まあ良い。過ぎたことを考えても仕方ない。今は目の前の相手に集中――」
と、前方へ目を向けたところで、ふいにすれ違う顔があった。
西住みほ。Ⅳ号だ。
後方では38(t)と三突も砂煙を巻き上げている。
「戦車停止! 敵隊長車とフラッグ車発見!」
対するこちらはP40にセモヴェンテとCV33が一輌ずつ。
戦力は互角かこちらの少し下といったところか。
重戦車がいる分、こちらが上に見えなくもないが、P40を過信しすぎるのも良くないしな。
なにせ重戦車とはいえ実際の性能は中戦車にも――て、いやいや! 試合中だぞ! 勝負に集中しろっ!
「カルパッチョっ!」
「はい、75mm長砲身は私に任せてください!」
「任せたっ!」
カルパッチョ率いるセモヴェンテが旋回するのを見届け、こちらは残ったCV33と協力してフラッグ車を追う。
「一同! 大洗のフラッグ車を包囲するぞ!」
敵は1時の方向、下り坂を走り抜けていく。
道は荒れており、走行すると激しく揺れる。
木の枝に頭をぶつける前に、私は車内に下りハッチを閉めた。
「ジェラートっ! 弾を装填しろ! フラッグ車を狙うぞっ!」
「木が邪魔で当たる気しないんすけど!?」
「だよなあ! だが撃つっ! 当たったら儲けものだ!」
まずはフラッグ車の盾になっているⅣ号を落とすべく、狙いをすませて装填と同時にグリップを握りしめる。
と、私の腕が悪いのか、弾は車体をかすめて敵戦車の後方へと飛んでいく。
「次ぃっ!」
ジェラートがすぐさま装填。私は再びグリップを握る。
何度も何度も何度も、それを繰り返している内に、我々のでなくⅣ号側の弾が、がつんとこちらの砲塔に当たった。
「いったぁ……っ」
「大丈夫っすかドゥーチェっ!」
「ああ、問題ないっ!」
振動で頭をぶつけてしまったが、白旗は揚がっていない。
まだ戦える。まだ負けていない。
「……ふふ」
楽しい。
「楽しいなあっ!」
砲音が聞こえる。車内に蒸した熱を感じる。火薬と油の臭いが鼻に漂う。
ジェラートの息遣いが聞こえ、視界の端には忙しなく体を動かす操縦手の姿が見える。
やがて敵車輌の撃破を諦め、ハッチを開けば、上半身に風が当たった。
大洗のフラッグ車は木々の間を縫うように逃げてゆく。
緩やかに進む風圧や、荒れ地を走行する戦車の振動、そういうのが全部、私の身に感じられる。
あぁ、これが私の生きる戦車道だ。
◇ ◆ ◇
「いやあ、良い試合だった!」
私が言うと、西住は笑った。
今回も敗北はしてしまったものの、気分は晴れやかだった。
勝っても負けても関係ない、私は戦車道ができたのだ。それだけで十分じゃないか。
それに、どうせ次がある。今回の負けは次のループで取り返せば良いんだ。
「宴会だーっ!」
飲んで騒いで、大洗と別れてまた飲んで。
そうこうしている内に、日は徐々に傾いて、いつの間にやら辺りは真っ暗。我々の囲うたき火だけが明かりを灯していた。
「カルパッチョ、いま何時だ?」
「11時50分ですね。もうすぐ日が変わります」
ああ、もうそんな時間か。
「じゃあカルパッチョ、また次もよろしくな」
「はい、ドゥーチェ、こちらこそ」
笑みを浮かべるカルパッチョの顔を横目に、私は草原に身を放り出した。
ぽつぽつと夜空に輝く星々が綺麗だった。
大きく息を吸い込むと、昼間よりも幾分か冷たい空気が鼻に入る。
それが気持ち良くて、私は静かに目を瞑った。
――――。
――――。
――――。
「ドゥーチェ、ドゥーチェ」
ぼんやりとカルパッチョの声が耳に届いた。
目を開けば、カルパッチョの真剣な顔が映る。
「ドゥーチェ、大変です」
「ん、どうした? 何かあったのか?」
「日付が変わっています」
そう言って、カルパッチョが懐中時計の盤面を見せる。
確かに時計の針は12時5分を示していた。
「そりゃあ12時を跨げば日付が変わるのは当然だろう?」
「違います。ドゥーチェ、もしかして寝ぼけてます?」
「私たちは、ずっと日付が変わるのと同時に巻き戻っていたじゃないですか」
「7月6日――月曜日になるはずがないんです」
言われてみて、ようやく事の重大さに気付いた。
なるほど、つまりこれは。
「――ループしていないということか?」
「そういうことです」
「我々は、ループを脱したのか?」
「仔細は不明ですが、おそらくは」
カルパッチョが頷く。
終わりは、ひどくあっけなかった。
若干の消化不良感さえ覚えるほどだ。
何が正解だったのかはわからないが、ともかく我々の勝利がループ脱出の条件ではなかったというのは確かだろう。
我々は今回もまた、大洗に敗北してしまったのだから。
周りを見渡せば、私たち以外のみんなは一人残らずぐーすか寝息を立てていた。
何人かは腹を出して眠っていたので、そっとブランケットを掛けてやる。
「ドゥーチェ、どうします?」
「どーもこーもないさ。みんな眠ってしまってるんだし、私たちも寝るしかないだろう」
カルパッチョが「それだけですか?」と驚いたが、私は気にせずテントの中へ身を突っ込んだ。
もう解決してしまったループの謎などどうでも良かった。
良い試合が出来たのだから、それで十分だ。
顔だけはテントの外へ出し、仰向けに夜空を見上げ、眠くなるまで、私はずっと星を眺めていた。
◇ ◆ ◇
朝になると、「撤収っ!」の一言で素早く帰り支度を済ませ、みんなで学園艦へと帰った。
アンツィオの生徒たちは負けた我々を笑顔で迎え入れてくれた。
その日だけは、授業そっちのけで、再び宴会。
本当に良い学校に来れたものだと思う。
夏休みまで残り僅かではあったが、翌日からは改めて授業が開始。
放課後になると、私はカルパッチョらと協力して大会の後始末を行った。すなわち、戦車の損傷の修復だ。
想像していたよりもP40の損傷が大きく、修理費用はかなりの額になりそうだった。
P40の購入に貯金は全部使ってしまったから、また一から貯金のし直しだ。
幸いにもこれから夏休みなわけだし、まー、冬までには何とかなるだろう。
――そう、冬だ。
今年は冬季無限軌道杯がある。夏の大会の負けは冬に取り返せば良い。
しかしそのためには今のままでは駄目だ。
夏の反省を生かして猛特訓をする必要があるし、P40の修理費用も稼がなければならない。
そう思うと、夏休みに入っても遊んでいる暇などはなかった。
アンツィオのみんなと忙しい日々を送っていると、ある日、ペパロニが怠そうな顔で「たまには遊びたいっす、海行きましょーよ、海」とぼやいた。
私は「ここが海の上だぞ」と返したが、カルパッチョに諫められ、たまには良いかと、みんなで陸の浜辺へ行くことになった。
砂の城を建造したり、ビーチバレーをしたり、水泳大会を開いたり、とても楽しかった。
そして8月の第1週、忘れかけていた頃に大会の準決勝が始まった。
大洗女子学園の対戦相手はプラウダ高校。昨年の優勝校だ。
正直にいって大洗の分が悪いとは思ったが、それでも大洗ならプラウダ相手に勝利をおさめられるんじゃないかという期待もあった。
会場は北国とアンツィオ総出で出向くには難しい距離で、それならと応援は学園艦の円形競技場にて中継で行うことにした。
大洗は初めプラウダの車輌を三輌も撃破し、かなりの善戦を見せた。
が、プラウダとの圧倒的な戦力差を覆すことは叶わず、結局、決勝へと駒を進めたのはプラウダ高校となった。
足りない戦力差を知恵や連携で乗り切ろうと奮闘する大洗の姿はアンツィオのそれと重なる。
大洗の敗北は、我が事のように悲しかった。
試合が終わると、大量の食事を用意してそのまま大洗慰労会へと移った。
肝心の大洗が不在なのはどうでも良かった。
夜中まで騒ぎ、気付けば再び日付変更間近となっていた。
8月2日から8月3日への日付変更、その瞬間。
瞬きをすると見える景色が変わっていた。
「……はあ?」
つい先ほどまでは夜闇のなか円形競技場で宴会をしていたはず。
それなのに今見える景色はなんだ、灰色の天井が目に入るばかりじゃないか。
「どういうことだ、これは……」
まさか? そのまさかなのか?
急いでベッドを下り、日めくりカレンダーに残された日付を確認する。
「そんな馬鹿な」
6月26日、金曜日。
日付が巻き戻っている。
つまり、私はまだ、ループの只中にいるのだ。
何故、何故だ?
ループが終わっていないなら、どうして大洗との試合当日に巻き戻りが発生しない?
どうして大洗対プラウダの試合当日なんだ? そこになにか鍵があるのか?
湧き上がる疑問が脳を駆け巡る。
と、ふいにノックの音が響いた。
おそらくはカルパッチョだろう、二度、三度と続けざまに扉をノックされる。
あぁまったく、仲間がいなければ脳みそが弾けてしまいそうだ。本当にありがたい。
急ぎ扉へ駆け寄り、ドアノブへ手をかける。
「すまないカルパッチョ、いま起きたばかりなんだ――」
しかし、そこに立っていたのはカルパッチョではなかった。
「ハァイ、アンチョビ」
にかっと笑う、金髪の女の名は。
サンダース大学附属高校、戦車道隊長、ケイ。