サンダースの隊長ケイは、学校の制服に身を包み、肩には大きめのスポーツバッグを提げていた。
アンツィオの女子寮にはまったく似合わぬ出で立ちだ。
先ほどから疑問が増え続けるばかりで、もはや私の脳はショート寸前だが、気力でもってして一言だけ口にする。
「何故、お前がここに」
しかし、ケイから返ってきたのは「とりあえず場所を変えましょ」というまったく回答にもならぬ返事だ。
いや、いやいやいやいや。
「お、おい、ケイっ! 私がド忘れしてるとかじゃないよなっ?」
「アポの連絡とか何ももらってないだろっ!?」
「どうしてそんなフランクに話を進められるっ!?」
「というか、ここはアンツィオの学園艦だぞっ!? どうやって侵入したんだあっ!?」
「そういう疑問にもぜーんぶ答えてあげるから」
「ほ、本当だろうなっ!?」
「イエースっ! ホントよ。手始めにどうやって侵入したのかってのを教えてあげると、アレね」
言って、ケイが窓の外を指さす。
首を伸ばして見ると、女子寮の庭に、サンダース印のヘリ、シコルスキーS-58が鎮座していた。
運転席に座る短髪の子が、こちらの姿を認めるとひらひら手を振る。
噂には聞いていたが、サンダースは無茶苦茶だな……。
「そんな顔しないで、アンチョビ。とりあえず待っててあげるから、着替えてきたら?」
ケイの言葉に、私は絞り出すように「ああ、すまないな」と返して部屋へと戻る。
ペパロニはいまだ寝息を立てたまま。
私はその横で制服へと着替え、髪をとかし、リボンをつける。
最後にマントを羽織り、それでようやく腹が据わった。
疑問に答えてくれるというのなら乗ってやる。
ケイも型破りな性格ではあるが、悪い奴ではない。なにも取って食われはしまい。
んんっと軽く咳払いして喉を整え、再び廊下へと出る。
「込み入った話になるんだろう。ウチの戦車道準備室まで案内する」
「途中でウチの副隊長を同行させるが、問題ないか?」
私が言うと、ケイは「んー」と指を立てる。
「まぁ、問題はないわね! オッケー。良いわよ」
「……含んだ言い方だな」
「そんなことないわよ。さあ行きましょう。レッツゴーっ!」
腕を振り歩き出したケイの後を追う。
操縦士の子と二人でアンツィオを訪ねてきたのだろうか、ケイは他のサンダースの生徒と合流する様子はない。
カルパッチョの部屋を訪ねると、彼女は私と同じく驚愕の表情を浮かべた。
ケイの訪問を怪訝そうにしていたが、それも束の間、「ドゥーチェが良いのでしたら」と手早く服を着替えて同行してくれる。
なんだかんだ切り替えが早いのがカルパッチョの良いところだ。
戦車道準備室へと着くなり、ケイはホワイトボード前の席に陣取った。
カルパッチョがコーヒー豆の焙煎を始めるのを見て「彼女には悪いけど話を始めてしまうわね?」と私に確認する。
私が「ああ、どうぞ」と促し、ケイは「それじゃあ」とにこやかに切り出した。
「まずは――そうね、アンチョビ、貴女、これで今年の6月26日は十一回目だと思うんだけど、合ってる?」
…………十一回目。
「十一回目ぇっ!?」
私が叫ぶと、後ろでカルパッチョも動揺したのか、コーヒーカップが音を立てる。
てっきり、ケイがここへやってきた理由を説明してくれるものと思っていたのだが、まさかそっちの話をするのかっ!?
「その反応は、正解ってことで良いのかしら?」
「い、いや、なんというか……ああ、混乱していて上手く言葉にできないな……とにかく、正解だ。私と――そこのカルパッチョは、これで十一回目のループになる」
「ふーん、貴女もそうなの?」
ケイの言葉にカルパッチョが「はい」と頷く。
「ははーん、それで彼女を同席させたってわけ。なるほどね」
「副隊長さんにはわけのわからない話になるかもと思ったけど、それなら本当に問題はないわね」
「良い判断だわ、アンチョビ」
「そ、それは、まぁ、ありがとう」
なんて、お礼を言っている場合ではない。
「……えっと、それじゃあこっちからも訊きたいんだが、つまり、お前もこれが十一回目のループってことなのか?」
「違うわよ」
「違うのかっ!?」
「私はこれで四十八回目だから」
「ええぇ……どういうことだ……?」
会話に頭がついていかない……誰か助けてくれ……。
「うーん、そうね、ホントはループ条件の話から始めようと思っていたのだけど、先に全体の説明をしましょう」
ケイが立ち上がり、マーカーでホワイトボードに一本の長い横線を引く。
さらに線の左端に『6月1日』と記入、横に髪の長い二頭身のキャラクターを描いた。
「スタート地点は、ここ、6月1日よ。私の場合、ループの度にこの日へ戻されてるの」
「我々と全然違うじゃないかっ!」
「貴女たちのスタート地点はどこなの?」
「今日だ! 6月26日。我々は6月26日に戻されてる」
「オーケーオーケー、やっぱりそうなのね」
そう言ってケイは、横線の中心辺りに『6月26日』と記入する。
横にはツインテールと長髪の二人組を描いた。
先ほどの長髪の子よりも髪の毛がふわふわしている。
「ところでアンチョビ。私がどうしてアンツィオの学園艦にいるのか、ホントのホントに、記憶ない?」
「……? いや、そう言っただろう?」
「あのね、私、昨日からこの学園艦にいるの。もちろん貴女にも会ってるわ」
「これから帰るところで、最後に挨拶しておこうと思ったんだけど、まさか貴女があんな反応するなんてね」
――昨日も、会ってるだと?
「そ、そんな記憶ないぞっ!?」
「私もです」
私が叫ぶと、カルパッチョが同意する。
ケイは、あははと笑い、言葉を続けた。
「だから確信したの。今日の貴女は昨日までの貴女とは違う」
「前のループの貴女が、戻ってきたんだってね」
「ど、どういうことだ?」
「……記憶が上書きされている、ということでしょうか」
「ザッツライ! その通りよ、カルパッチョ!」
ケイが親指を立て、言葉を繋げる。
「ループしてるのは、正確には私たちじゃなくて世界の方」
「記憶の引き継ぎによって、私たちは偶然それを体験できているだけなのよ」
「わ、わかりやすく説明してくれえ……」
「んー、それじゃあ、ゲームに例えましょう」
ケイが再び立ち上がり、マーカーを握った。
『6月1日』の上に『第一ステージ』、『6月26日』の上に『第二ステージ』と記す。
「私たちは、一つのゲームをプレイしているの」
「それは、ゴールへ辿り着くためのゲーム」
「私が第一ステージを担当、貴女たちが担当するのは第二ステージってわけ」
「この後にはきっと、第三ステージと最終ステージが続いてる」
「第63回戦車道高校生大会が終われば、ゲームクリアね」
「ど、どうしてそんなことがわかるんだ?」
「準決勝でプラウダが大洗に勝ったことで、時間が巻き戻されたからよ」
「おそらく大洗との試合が基準になってる。三回続けば間違いないわ」
「第三ステージの担当は、順当に考えればプラウダのカチューシャね」
「あいつも、我々と同じくループしてるってことか?」
「ううん、ループするのはこれから。だって、まだ第三ステージは一回しかプレイされてないから」
「ああ、そっか。じゃあ、カチューシャにとって、今回のループが二回目ってことか?」
「あはは、そうとも限らないのよ」
「だって、貴女たちが第二ステージでゲームオーバーするかもしれないから」
「つまり、ゲームオーバーすると第三ステージが始まらない?」
「そういうこと。時間が巻き戻って、スタートに戻されてしまうの。一応言っておくけれど、スタートというのは、6月1日のことね」
ケイがホワイトボードに描かれた長髪のキャラクターを示す。言うまでもなく、これがケイを示しているのだろう。
「第一ステージの終わりは、一回戦の終わり」
「6月8日を迎えられれば、第一ステージクリア」
横線に『6月8日』と記される。二頭身のケイと我々のあいだ辺りだ。
「第二ステージの終わりは、二回戦の終わり。確か――」
「7月6日だ。7月6日を迎えられれば、クリア」
ケイは「イエス」と答え、二頭身の我々の眼前へ『7月6日』と記す。
「一つのステージはおおよそ1週間程度で終わるようね」
「だとしたら、カチューシャの記憶が引き継がれるのは、7月26日前後かしら」
「……待て待て。じゃあ例えば、第三ステージが開始されなかったとしたら、7月26日を迎えられなかったとしたら、そのループはどうなる? 記憶の引き継ぎは行われるのか?」
「行われないわ。そのループ、カチューシャはスキップね」
そこまで説明されて、ようやく私はケイの言葉の全てを理解した。
あぁ……なんてことだ、我々よりしんどいじゃないか。
「ケイ。お前が四十八回目なのは、四十八から十一を引いた、残りの三十七回を第一ステージでゲームオーバーしているからなんだな」
私が言うと、「そういうことね」とケイは笑った。
「ケイ。どうしてそこで笑えるんだ。うんざりしたりとかしないのか」
ましてや、ケイは私とは状況が違う。
この場に彼女一人きりということは、おそらく第一ステージを繰り返しているのはケイだけなのだ。
私にはカルパッチョがいる。だから踏みとどまれた。
けれどケイには誰もいない。
「仲間が必要なら、我々が仲間になるぞ」
「……いや、是非、我々を仲間に加えてくれ」
「一緒にループを脱出しようじゃないか」
「ありがとう、アンチョビ」
「でもホントに、そんなシリアスになってもらわなくても大丈夫なの」
「ループを繰り返して辛くなったこと、一度もないしね」
どうして。
私がそう短く問いかけると、ケイは言った。
「――だって、わかるでしょ? ループのあいだ、私は大洗との試合を何度も何度も経験出来るのよ?」
ケイが満面の笑みを浮かべる。
「私は戦車道が大好きだからね!」
それは、どこまでも明快な答えだった。
◇ ◆ ◇
「はいっ。それじゃあ気を取り直して――」
ぱんっとケイが手を叩く。
「ループ条件の話に移りましょうっ!」
「まずはアンチョビ、何か意見や気付いたことはあるかしら」
「わ、私かっ!?」
突然に話を振られて少し狼狽えてしまったが、ともかく頭を捻ってみる。
「うーん、ずっとアンツィオの勝利がループ脱出に繋がると信じてきたが、負けて7月6日を迎えてしまったしなあ」
「かといって、ただ負けるだけというのも違う。負けるだけで良いなら、これまでループしていたのと辻褄が合わない」
「負け方に意味があるのかもしれませんね」
「今回の作戦が、たまたま何かの条件を満たしていたのかも」
カルパッチョが続けると、ケイが大きく手を広げた。
「グレート! カルパッチョ、さすがね。サンダースに欲しいくらいだわ」
「か、カルパッチョはウチの副隊長だぞ!」
「あはは、わかってるわかってる」
ケイはそう言って笑うが、サンダースなら本気で勧誘を始めてもおかしくはない。
きちんと釘を刺しておかないと。
「まぁでも、つまりそういうことね。大事なのは負け方。大洗に、どう負けるかよ」
「……やっぱり勝っちゃ駄目なのか?」
「そうね。それは確かよ」
「……具体的にどうすれば良いってアドバイスはできないけど、おおざっぱな条件なら、もうわかってるわ」
「ほ、ホントかっ!?」「ホントですかっ!?」
ケイがこくりと頷く。
「ループ脱出の条件はね、正史を辿ること」
「正史……正しい歴史、ですか……?」
「前回の我々はそこを辿れたってことか?」
私たちが問うと、ケイは「ザッツライ!」と返す。
「だから具体的なアドバイスはできないの」
「敢えて言うなら、全部ね。前回やったのと同じことをもう一度やれば良い」
「サンダースの場合、アリサがやらかして、私がそれに気付いて、五輌で大洗の元へ向かって、負ける」
記憶の中にある、サンダースと大洗の試合を思い返す。
もう何ヶ月も前のことのように思えるが、確かにサンダースは大洗の無線傍受を行っていた。
ルールブックでは禁止されていないが、戦車道としては相応しくない。私もそう思う。
だからケイは戦いに赴く戦車を大洗と同じ数まで落としたのだろう。
あれが、一回戦の正しい歴史なんだ。
――では、我々の場合はどうすれば良いか。
「マカロニ作戦を決行し、ペパロニが全てのデコイを配置し、大洗に数が合わないのを見破られ、徐々にアンツィオの車輌を削られ、負ける」
「――だけじゃ駄目だけどね」
「正史を辿るには、もっと細かく一致させる必要があるわ」
「戦車が撃破される順番だったりとか、きっと台詞とか、ポーズなんかまでね」
「え。も、もう一度、まったく同じことをやるのか……?」
思わず声が出てしまった。
「でも、そこまで細かく記憶している自信ないぞ」
「話した内容とかなんて、絶対に無理だぞっ!?」
「そんなに難しく考える必要ないわよ」
ケイが左右に指を振る。
「アンチョビもカルパッチョも、自然にやれば良いだけよ」
「だって、一回は成功してるんだからね」
「前回のループ、ああしようこうしようって演じてたわけじゃないでしょ?」
「まあ、それはそうかもしれないが」
「出来る気はしませんね……」
「あはは。やってみれば、何とかなるものよ?」
そう言って、ケイは立ち上がる。
「さて、これで伝えなくちゃいけないことは全て伝えたわ」
「あとは各人がクリアを目指せば、きっとゴールに辿り着ける」
イレーザーを手に取ってホワイトボードの図を消し、私の隣を通り過ぎる。
その背中へ、私は声をかけた。
「もしかして、もう帰るのか? せっかくだし、朝食くらい取っていったらどうだ?」
「そうしたいのはやまやまだけど、二人で話し合いたいこともあるでしょ?」
ケイは首の上だけで振り向いてそう言うと、「あ」と何かに気付いたかのように目を大きくした。
「でも一つ訊かせて、アンチョビ」
「なんだ」
「貴女、これからどうするの?」
どうする。……どうする?
「何をだ?」
私が問うと、ケイはふいに顔から笑いを消した。
まるで、これこそが本日の最重要事項とでもいうかのように――、
「ループ、脱出するの?」
私は答えた。
「そりゃあそうだ。当たり前だろう」
束の間、ケイの顔がふっと崩れる。
あははと笑って言葉を返す。
「その当たり前は、当たり前じゃないと思うけどね」
「ま、貴女がそう言うなら良いわ」
「頑張って。ドゥーチェ、アンチョビ」
そうやって出て行こうとするので、思わず「ま、待てっ!」と声をかける。
ケイは再び振り向いた。
「なあに? ……ああ、安心して。貴女がどの選択をしようと、第一ステージはきちんと毎回クリアするから」
「まぁ、たまにはしゃいでゲームオーバーしちゃうかもしれないけど、それも貴女には関係ないしね」
「結局、どうしてこんなループが起きてるんだ?」
「解決法はわかった。だが、原因がわからずじまいじゃないか」
ケイは一切考える素振りを見せず、さらりと答える。
「さあね。神様の気まぐれじゃない?」
その言葉を最後に、ひらひらと手を振ってケイは戦車道準備室を出て行った。
残された我々はしんと静まりかえってしまったが、やがてカルパッチョが「ドゥーチェ」とぽつり言葉を吐く。
その声色がなんだか湿っぽく、私はそれを吹き飛ばすよう、できるだけ明るく言葉を返した。
「まー、わからないことは残っているが、とにかく情報を整理するかー」
「記憶違いもあるだろうし、お互い、覚えてることを共有しないとな」
「やるぞ、カルパッチョ」
カルパッチョは黙って頷いた。