カルパッチョの煎れてくれたコーヒーを三つ並べて、作戦会議を開始した。
他のみんなには今日の朝練はスキップすると伝えてある。
授業が始まるまではまだしばらく余裕があるが、できれば午前中のうちに作戦をまとめておきたいところだ。
んんっと咳払いをして、早速、対面の二人に向かって話を切り出す。
「やはり、まずはマカロニ作戦でいこうと思う」
私の言葉にカルパッチョは頷いたものの、ペパロニが「マジっすか」と抗議の声を上げる。
「あんだけ失敗したんすよ。まだやるんすか?」
「失敗じゃない。ここ二回は成功してただろ?」
「結局、その後に負けてしまったが、作戦自体は成功だ」
「負けてたら意味ないじゃないすか」
「それは――マカロニ作戦じゃなくて、他の作戦が駄目だったから。意味はあります」
「ペパロニ。お前、またデコイを置きすぎたりはしないよな?」
「しないっすよ! 舐めないでほしいっす!」
「じゃあ、マカロニ作戦は成功するさ。ここを軸に他の作戦を考えていくぞ」
「万が一、駄目だった時のことを考えて、代案は立てておく必要はあると思いますけどね」
カルパッチョの言葉に「うん、それはそうだな」と頷きつつ、少し思い当たる。
「……あー、大洗の包囲を戦術の要とする予定だが、マカロニ作戦が駄目だった場合、そこから変えた方が良いな」
「デコイが向こうにばれれば、我々が包囲を狙っていることも察せられるだろう」
「タイミングにもよると思いますけどね」
「持久戦に持ち込まれれば負けるのは我々だ」
「どちらにせよ、狙うは短期決戦。奇襲が基本となるな」
「だとしたら、我々の居場所を向こうに悟らせるのだけは避けなければ……」
「あぁあああっ! まずはマカロニ作戦の話しないっすか!? 万が一の話は後にしてほしいっす!」
ペパロニに言われてみて、議論が少し脱線してしまっていたのに気付く。
「あぁ、すまなかったな」とペパロニに謝り、軌道修正。
「さて、マカロニ作戦が成功したとして、次は大洗の包囲だ。包囲網をどう敷くかが重要となるな」
「これまではCV33部隊、セモヴェンテ二輌に、P40を中心としたフラッグ隊の三チームに分けていましたけど、あまり大洗に有効とはいえなかったですね」
「あ、フラッグ車って、もしかしてウチらっすか?」
「いや、それはやめだ。もう懲りた」
「最後にフラッグ車だけが残された時、それでも勝ちの目がゼロにはならないようにしたい」
「セモヴェンテか、P40か……」
うんうんと悩んでいると、やがてカルパッチョが「あの」と手を挙げた。
「相手車輌を撃破する役割は、基本的にはP40ですか?」
「うん。スペックを考えると、それが一番だからな」
「――でしたら、フラッグ車は、セモヴェンテにしませんか」
そう言ったカルパッチョの語気は力強い。
その言葉に、何らかの意図が乗っているのは明白だった。
「それは、P40をフラッグ車にすると、最前線へ出るのに危険だからか?」
「はい。それに、敵はフラッグ車に集まります。目立てば奇襲をかけるには不向きになってしまいます」
なるほど、道理だ。
それならもう一つ質問をしておこう。
「フラッグ車のセモヴェンテに乗るのは、お前か?」
私が問うと、カルパッチョは「はい」と頷いた。
「任せて、もらえませんか?」
僅かに瞳を潤ませて、頬を紅潮させて、眉は険しく反らせて、カルパッチョが問いかける。
その表情は、私の認識を、まるごと根底から変えてしまうような代物だった。
正直、悩みながらも、結局はP40をフラッグ車にすることになるだろうと予感していた。
それは、私がドゥーチェだから。
ここまできたのだ。この土壇場では、相手車輌を撃破する役割も、フラッグ車を務める責任も、全てドゥーチェである私が背負うべきだと思っていた。
けれどカルパッチョは、その片方を彼女が担うと言っている。
彼女の決意は、きっと、セモヴェンテをフラッグ車にした方が勝率が高いから、というだけの理由ではない。
私は、いつまでもドゥーチェではいられない。
来年になれば、隊長を務めるのは、カルパッチョか、ペパロニのどちらかだ。
私は、ドゥーチェを受け渡さなければならない。
それはまだ先のことかもしれないけど、遠い未来じゃない。
少しずつ少しずつ、私の色をアンツィオから消していかなければならない。
カルパッチョやペパロニが、私に頼り切りじゃ駄目なんだ。
カルパッチョの表情には、その覚悟が乗っていた。
「良いだろう。フラッグ車は、カルパッチョの乗車するセモヴェンテにするぞっ!」
そう宣言すると、ちょっとだけ寂しさが胸に染みたが、それは飲み下すべきこと。
「ありがとうございます」
返事をしたカルパッチョの顔を見て、私はさらに思った。
私がアンツィオのみんなのために残せるものは、なんだろう。
そうして考えてゆくと、ずっと胸の中にあった『勝ちたい』という気持ちが、少し形を変えて『勝たせてやりたい』になったのに気付いた。
◇ ◆ ◇
「よし、完成だっ!」
結局、午前中のうちに作戦会議は終わらず、作戦が細部までまとまったのは昼休憩のこととなった。
一年生たちに任せた屋台を円形競技場の裏口から見守りつつの作戦会議。昼食も彼女らの作った鉄板ナポリタンだ。
戦車道準備室から移動させてきたホワイトボードには、作戦名と概要がずらっと並んでいる。長い長い作戦会議の成果だ。
作戦を練り上げた達成感で宴会をしたい気分ではあるが、あまり時間もない。
次の行動へ移らなければならない。
本当に、至極残念ではあるが、まあ仕方がない。
気を引き締めて、カルパッチョへ向かって口を開く。
「さて、それじゃあ、カルパッチョ。この作戦を資料にまとめてくれ。放課後の練習終わりまでに出来てたら助かるな」
「了解です」
カルパッチョが頷き、それを見たペパロニが「はいはいっ」と手を挙げる。
「ドゥーチェっ! わたしはどうするっすか!」
「ペパロニ。お前はみんなの士気をがんがん上げてくれ。ノリと勢いがアンツィオの武器だからな。武器の威力は高ければ高いほど良い」
「んー、よくわかんないっすけど、つまりみんなを盛り上げりゃ良いんすよね」
「そういうのは得意っす! 任せてください!」
「うん、任せた」
「私は各車長の指揮系統の教育をしておく」
「私たち三人がいなくても、ある程度の立ち回りは考えられるようにしておかなければな」
「ぉおお、つまり先生っすか! いや姐さんさすがっすね!」
「ふふー、そーだろー?」
褒められて悪い気はしない。思わず立ち上がり胸をそらしてしまう。わははー。
……と、気を取り直して。
「では、解散っ!」
宣言と共にペパロニが「トスカーナうどん喰ってくるっす!」と飛び出していく。すこぶる元気だ。
あいつがああだから、ウチの連中も引っ張られてノリと勢いがついていくのだろう。
「ドゥーチェ。私は一度準備室に戻りますね。放課後までに資料をまとめて印刷しておこうかと思います」
「ホントか? あまり無理はするなよ」
「ドゥーチェこそ。気負いすぎないでくださいね」
そう言って、カルパッチョはすたすたと歩いてゆく。
私も気を抜くとペパロニに引きずられてノリと勢いに身を任せてしまうからな。
冷静なカルパッチョが隣にいてくれなければどうなっていたことか。
「練習メニュー、ばっちり考えておかないとな」
ぽつりと呟くと、心臓が脈打ち、やる気が全身に漲るのを感じた。
というわけで、昼休憩の後は授業そっちのけで練習メニューの考案を行った。
マカロニ作戦。トルメンタ作戦。雲形定規作戦。ニッビョ作戦。分度器作戦。地球儀作戦――。
大がかりなものから小粒なものまで、用意した作戦の数はかなり多い。
その全ての特訓は出来ないが、ぶっつけ本番というわけにもいくまい。
少なからず一度は試しておく必要があるだろう。
特に使う可能性の高い作戦については動きが安定するまで練習しておくべきだ。
それに、それぞれの役割によって、こなしておくべき練習は異なる。
となれば当然、メンバーごとに練習メニューを考えなければならない。
量が多く、なかなか骨が折れたが、なんとか放課後にはノート一冊分の練習メニューが出来上がった。
「みんなっ! 資料は行き渡ったかっ!」
私が問いかけると、階下から「ばっちりっす!」「おっけーっすよっ!」「ありますっ!」と口々に声が届く。
カルパッチョは、宣言通り、本当に放課後までに作戦をまとめてくれた。
ページごとに図解付きで作戦を説明し、索引までつける周到ぶりだ。
みんなには、カルパッチョの作った作戦ファイルと、私の作った個人ごとの練習メニューを、それぞれセットで配布した。
資料を受け取ったみんなは、最初は威勢が良かったのだが、徐々に顔を曇らせていく。
先頭のアマレットが、ぼそりと「これ分厚くないすか」と呟いた。
カルパッチョがわかりやすくまとめてくれたとはいえ、確かにいつもよりも資料の量は多い。
座学の苦手なアンツィオのみんなが不安に思うのも無理はないだろう。
「あー、いいかお前ら、ちょっと訊け?」
「作戦の数は多いが、なにも全てを細かく暗記する必要はないんだ」
「試合中に作戦名を指示したとき、どんな作戦だったかなんとなく思い出せるようにしてくれればそれで良いっ!」
「いや、それって結構厳しくないすか?」
ジェラートが不安げな声を発する。
「あのなジェラート、向こうだって万全の準備をしてくるんだぞ」
「これくらいやらなくてどーする?」
「前にも言っただろ? どうせ奴らは『アンツィオはノリと勢いがなければ総崩れ』とかなんとか思ってるんだぞ。それで良いのか?」
私が言った途端、ジェラートは「そうだったっ!」と荒々しく叫び、その怒気は周囲へと伝染する。
「許せねえ!」「舐めやがって!」「カチコミだカチコミ!」「あいつらみんなぶっ飛ばしてやるっ!」
あぁあ、血の気が多すぎるのもいけない。
「待て待てみんなそう怒るな?」と私が宥めると、カルパッチョが「ただの推測だから」と続けた。
落ち着いたみんなに、今度はペパロニが声をかける。
「いいかてめえらぁっ!」
「ドゥーチェの考えたこのちょー完璧な作戦があれば大洗なんて朝飯前だっ!」
「来週の大会であいつらに吠え面かかせてやるぞおっ!」
ペパロニが拳を突き上げ「ドゥーチェっ!」と叫ぶと、二度目からは階下のみんなも一緒に叫び出す。
いつの間にかカルパッチョも笑顔で拳を突き上げていて、私もみんなに混ざって「ドゥーチェっ! ドゥーチェっ!」とコールを始める。
「我々は、勝つっ! 気合いを入れろっ! アンツィオの力を見せてやれーっ!」
最後に私がそう締めると、みんなは「いぇえーいっ!」「おぉーっ!」と思い思いに叫んで、拳を天高く突き上げた。
気合いは十分。ノリと勢いが持続してさえいれば、アンツィオは無敵だ。
そのままの勢いで練習を始めた結果、なんと金曜から日曜までの3日間でみんなは全ての作戦を身につけてしまった。
おかげで残りの6日間はひたすら連携と作戦の練度向上に費やすことができた。
我々はやれる。我々は勝つ。
そう熱く信じながらも、胸の内の冷静さは失わないように。
「一瞬でも油断すれば負ける。ノリと勢いは損なわず、しかし最大限の知恵を振り絞れ――」
万が一があってはならない。みんなが作戦を忘れてしまってもすぐに思い出せるよう、作戦ファイルは各車輌に備え付けた。
作戦の詳細をカルパッチョと何度も打ち合わせた。
ペパロニと協力して、パネトーネを初めとした各車長に、指揮の執り方やいざという時の立ち回りを教え込んだ。
万全は期した。これ以上、我々に出来ることは何もない。
と、そこまでいって、ようやく私はケイへ連絡を入れていないことに気付いた。
我々が第二ステージをクリアしなければ、またケイは第一ステージをやり直すことになるんだ。
『ハァイ、どうしたの、アンチョビ?』
「ケイか、すまない、一つだけ謝りたいことがある」
『んー、その声は、なるほどー? 明日の試合、本気で勝つ決心がついたのね。大丈夫。なにも問題ないわ。ファイトっ!』
ケイには全てお見通しだったらしい。
思わず笑ってしまって、「ありがとう」と私は礼を言った。
そして、7月5日、日曜日。
大洗はやはり、荒れ地の真ん中でマップを広げて作戦の最終確認をしていた。
カルパッチョに「危ないですよ」と諫められながらも、立ち上がりフィアットのフロントガラスへ足をかける。
大洗の連中がこちらへ目を向ける。
私は叫んだ。
「たぁのもおぉーっ!!」