ペパロニからの通信は、試合開始から15分が経過した頃にあった。
耳にあてたヘッドフォンを通して、威勢の良い声が届く。
『ドゥーチェっ! デコイ配置したっすっ!』
「よおーしっ! て、予備を置いてないだろうなっ!?」
『ばっちり置いてないっすよ!』
「不安になる答えだが、置いてないならよしっ!」
十字路の北東と南東に置いたデコイ。
我々の予測通りなら、大洗の連中はこのデコイを見て十字路に足止めされるはずだ。
その間に十字路の外側から回り込み、機動力で大洗を包囲するというのが、我々のマカロニ作戦である。
「ペパロニ。大洗の連中はまだ街道に現れていないか?」
『もう離れちゃってるっすけど、さっきはいなかったすね』
「う……できれば目で見て確かめたかったところではあるが、まぁ仕方ない。まさかこの十字路を無視はしないだろう」
街道に戻らせたとして、一輌だけ軽やかに動くCV33を見られれば違和感を抱かせてしまう。
時間がもったいないし、ペパロニにはこのまま包囲を進めさせる方が良いだろう。
「よし、ペパロニ、お前は予定通り大洗の背後へ回れ」
『了解っす! ドゥーチェ!』
通信が切れる。と同時に私は、隣のセモヴェンテのハッチから上半身を出すカルパッチョへ顔を向ける。
「カルパッチョ、お前も予定通りここで指示があるまで待機だ」
「了解です。ドゥーチェはどちらへ向かわれますか?」
――アンツィオの車輌は、大きく四小隊に分けた。
ウーノ、カルパッチョ乗車のセモヴェンテにCV33一輌をつけたフラッグ車チーム。
ドゥーエ、私の乗車するP40に、セモヴェンテとCV33を一輌ずつつけた、奇襲部隊その一。
トレ、パネトーネの乗車するセモヴェンテに、CV33を二輌つけた、奇襲部隊その二。
クアトロ、攪乱役のCV33コンビ。これはペパロニが隊長を務める。
大洗の包囲はドゥーエからクアトロの三チームが行う。
指示した通り、ウーノチームは十字路の東で待機だ。
ペパロニ率いるクアトロチームは大洗の背後――十字路の西側へ向かっているが、まだドゥーエとトレのどちらが十字路の北へ、どちらが南へ向かうかは決めていない。
「……過去のループでは、北にティーポ89、南にM3リーがいたはずですが」
「あぁ、そうだったな」
八九式には、散々翻弄させられた。CV33には天敵とも言える相手だ。
できれば早めにP40で潰しておきたいが――。
「しかし、それはフェアじゃない」
私は胸ポケットからコインを取り出した。
「ドゥーチェ?」
「表なら、ドゥーエが北。裏なら、トレが北だ」
八九式が北にいるから。
そんな理由で決めてしまえば、我々は過去のループを利用したことになる。
……そりゃあ我々は、ループによって試合経験を積んでしまっている。
こんなことをしても本当の意味ではフェアにはならないかもしれない。
けれど、せめてもの、だ。
「よっ」とコイントス。
指で硬貨を弾き、落ちてきたそれを左の手の甲で受け止め、右手でおさえる。
右手を除けて出てきたのは――、
「……裏だ。我々は南、トレが北へ向かう。よろしく頼むぞ、パネトーネっ!」
私が言うと、パネトーネは「任せてほしいっす!」と元気よく返事をした。
◇ ◆ ◇
十字路の南を大きく迂回して街道を抜け、木々の間を進んでゆくと、やがて遠目にM3リーの車体が見えた。
砲身は我々の方角とは真逆――街道側へ向けており、どうやらこちらにはまだ気付いていない様子である。
「トレ、クアトロ」
「こちらは十字路の南へ到着。距離五百メートルの位置にM3リー一輌が配置」
「そちらの状況を教えろ」
『こちらクアトロっ!』
『十字路のずうっと西に到着っ! 距離は二キロってとこすかね』
『とりあえず東に向かって進んでるっすけど、敵影はまだ見えないっす』
『こちらトレっ!』
『十字路の北に到着したっす!』
『えーっと、あれは……ティーポ89、ティーポ89がいるっす、だぜ』
なるほど……。となると、ペパロニはほとんど大洗側のスタート地点まで行ってしまったわけか。
素直に考えれば、Ⅳ号、三突、38(t)の三輌はクアトロの先を進んでいることになる。
というか、よほどの奇策を打ってこない限りそうするだろう。
「よし、それじゃあクアトロはそのまま進め」
「ただし大洗の車輌を見つけたらすぐに隠れろ。決して見つかるなよ」
『了解っす!』
「ドゥーエは、本隊が合流する前に急いでM3リーを仕留める」
『マジっすか! さすがっす、ドゥーチェ!』
大洗包囲の意味の一つは逃げ場を塞ぐこと、そして一つは有利を取ることである。
ドゥーエチーム三輌に対して、相手はM3リー一輌。
ここで仕留められずして我々に勝機はない。
『うちらはどうするっすか!? だぜ』
――そして、それはトレも同じだ。
トレチーム三輌に対して、相手は八九式一輌。有利はこちらにある。
とはいえ、そのうち二輌はCV33。加えて、指揮を執るのはまだ経験も浅いパネトーネだ。
出来ないとは思っていない。
が、正直なところ、出来ずとも仕方なしとは思っている。
「あー、トレも、できればティーポ89を仕留めて欲しいが、決して無理はせず――」
『余裕でできるっすよ!』
パネトーネは、こちらの言葉を遮って返事をした。
『みくびらないで欲しいっす!』
『俺らがこの日のためにどんだけ練習してきたと思ってんすか! だぜ!』
間髪入れず、そこまでパネトーネは言い切る。
その声色に、一切の淀みはない。
……まったく、ドゥーチェ冥利に尽きるというものだ。
「よおし、よく言った! ならば任せたぞパネトーネっ!」
来年には私が消え、再来年にはカルパッチョとペパロニが消える。
その頃はこいつらの番だ。
まだまだ先の話とはいえ、この調子なら安心して構えていられるかもしれないな。
――て、いやいや、感傷に浸るのは試合が終わってからだ。
まずはこの試合に、勝たないと。
「ではこれより、ドゥーエとトレは、それぞれトルメンタ作戦を決行するっ!」
私が宣言すると、少々の沈黙の後、
『あー、トルメンタ作戦ってなんだったっすか? だぜ』
とパネトーネの言葉があって、少し肩の力が抜けた。
「作戦ファイルの六ページ目だ!」
『あぁ、そうか。了解っす!』
ともかく気を取り直して。
「お前ら、行くぞ」
「「「Siっ!」」」
私が合図すると、CV33とセモヴェンテがP40を置き去りにM3リーへと突撃してゆく。
ただし背後からではなく、迂回して街道側からだ。
まずはCV33がその姿を見せ、遅れてセモヴェンテがM3リーの前方へ飛び出す。
「スパーラっ! そしてフォーコだっ!」
閃光のように煌めく機銃、そしてセモヴェンテの砲弾が砲塔をかすめ、M3リーが車体をぐらつかせる。
が、すぐに停車、その砲身を僅かに動かす。
「左っ!」
慌てて指示して、すかさず車体をずらしたセモヴェンテの真横を砲弾が飛んでいった。
M3リーの乗員は全て一年生。突然の奇襲には、目論見通り動揺している様子だ。
とはいえ、なかなか車長の肝が座っているらしく、あっという間に体勢を立て直して逃走を図ろうとしているのは、さすが大洗といえるだろう。
しかし、そこで登場するのが我々だ。
「突撃っ!」
用意した作戦の中でも、トルメンタ作戦は極めて単純。
CV33の機動力を利用した、三輌での挟撃作戦だ。
無線機を通信手へと返し、スコープを覗くと、右に旋回を始めたM3リーの姿が見えた。
両手に包丁を携えた兎のマークがどんどん大きくなり、我々との距離が近付いてきているのがわかる。
ようやくあちらも我々の存在に気付いたのだろう、さらに旋回し、こちらへ砲身を向けようとするが、もう遅い。
轟音と衝撃。
P40の砲身の先がM3リーの砲塔にぶち当たったのだろう。
「フォーコおっ!」
叫び、発射レバーを思い切り引き落とす。
体が後ろへ引きずられ、同時に爆音が響く。
慌ててスコープを覗けば、黒煙のなか、兎の戦車からは白旗が揚がっていた。
「「「よっしゃああっ!」」」
車内に、歓声が上がった。
ふうっと一息つき、座席にもたれかかる。なんとか、まずは一輌目だ。
『ドゥーチェっ! こちらトレ! 報告いいすかっ! だぜ!』
パネトーネの声が聞こえて、慌てて通信手席へ手を伸ばし、無線機を受け取る。
「ドゥーエだ! よろしく頼む!」
『トレはトルメンタ作戦を決行っ! ティーポ89の撃破に成功したっす!』
「ぉぉおおおおおっ! よくやったっ!」
『でもCV33を二輌ともやられたっす。ごめんなさい、だぜ』
「うむ、仕方ないっ! 万全ならなお良かったが、上等だ」
「本当によくやったな、パネトーネっ! トレのみんなもなっ!」
『ふひひ、ありがとっす! みんなにも言っとくぜ! です』
『ドゥーチェっ! こちらクアトロのペパロニっす!』
『大洗のやつらが全速で森の中突っ走って北に向かってるっすよ!』
通信が切り替わり、今度はペパロニからの報告だ。
北というのは……つまり、パネトーネのいる方角か。
さすがに判断が速い。我々の包囲を見抜き、一輌きりのパネトーネを仕留めて体勢を立て直そうというのだろう。
「パネトーネっ! ただちに全力で西に逃げろっ!」
『りょ、了解っす!』
「クアトロはそのまま奴らを追えっ!」
「機銃でちょっかいかけまくって、少しでも奴らの速度を遅らせろっ!」
「あ、でも撃破はされるなよ!」
『了解っす! よっしゃあ、いくぜてめえらあっ!』
無線機を通信手へ返し、ペパロニに倣って私も叫ぶ。
「ドゥーエっ! パネトーネを助けるぞっ!」
「北西の崖へ向かって全速前進だあっ!」
◇ ◆ ◇
パネトーネから再び通信が入ったのは、西の街道を我々ドゥーエが横切った直後のことだった。
『ドゥーチェ、大洗の連中に見つかったっす!』
「ジグザグに逃げつつ、そのまま北西の崖へ向かえ! 我々がそこで待ち伏せるっ! 追いつかれるなよ!」
『で、できっかなあ、とにかく了解っす! だぜ』
以前のループで大洗に使われた手ではあるが、あの北西の崖は待ち伏せをするのに最適だ。
崖の端までいかなければ下からは見えない上に、高さがあまりないおかげで崖下の戦車を射程範囲に入れられる。
問題は、我々が待ち伏せに間に合うかという話なのだが――。
「クアトロっ! そちらから見て大洗の様子はどうだっ!」
『いや駄目っすね、さっきから機銃撃ってるんすけど、私たち全然相手にされてないっす』
「奴らの前に出て走行の邪魔をしろっ!」
『お、やっていいんすか、了解っす!』
崖の上までここからはもう1分ほどだ。
パネトーネや大洗より先に到着できなければ、当然、待ち伏せは成功しない。
果たして間に合うだろうか……。
『ドゥーチェ、トレ、北西の崖に到着したっす!』
「て、早いなっ!? お、大洗の連中は付いてきてるか!?」
『すぐそこっす!』
「応戦しろおっ!」
崖の上まで出るにはパネトーネらのいる逆サイドから上らなければならない。今は、まだ中腹辺りだ。
「ペパロニっ! 大洗を止めろっ!」
『やってるんすけど、あいつらセモヴェンテばっか狙いやがるんすよ!』
『ああもう、タンケッテ舐めんなよ、おらあぁっ!』
「お、おい、無茶はするなよっ!?」
と、ペパロニを制止したのも束の間、別の通信が割り込む。
『ドゥーチェ、ごめんなさい、パネトーネ車撃破されたっす!』
――遅かったか。
「わかった、よくやったな。誰も怪我はないかっ!?」
『大丈夫っす! ドゥーチェ、健闘を祈るぜ! です!』
パネトーネとの通信が切れて、ようやく我々は崖上へと上がった。
下を見下ろすと、黒煙を燻らすセモヴェンテと、大洗の車輌が三つ、そしてその周囲を走り回るCV33が二輌見える。
「うぉおおおお、パネトーネさんの敵っ!」
と、ふいに隣のセモヴェンテが崖に向かって突進を始める。
突然すぎて面食らい、少し思考が停止してしまった。
「うぇええっ!? 何をしているっ!」
「くらえっ! 分度器作戦っ!」
「分度器作戦はそんな作戦じゃないだろっ!? 危ないぞっ!」
私の制止をまったく意に介さず、セモヴェンテは崖下へと落下してゆく。
おそらくは敵フラッグ車を狙ったのだろうが、崖下から幾分か距離を取っている大洗の戦車へは届かない。
あえなく地面へと激突した。
「おい、大丈夫かっ!?」
『だ、大丈夫っす、けど――』
Ⅳ号の砲身が、セモヴェンテを狙っている。
慌ててこちらもスコープを覗きⅣ号へ狙いをすませるが、Ⅳ号はこちらの砲撃を軽々と避け、その後に発射した弾をセモヴェンテへと命中させた。
白旗が揚がる。
「私も分度器作戦いくっすっ!」
今度は隣のCV33からだ。
「お、おい、やめろと言っているだろうっ!?」
「セモヴェンテは重いから距離が届かなかったんす、CV33なら届くっす!」
そしてCV33が落下。
先程のものとは異なる、ごうん、という鈍い音が響く。
見れば、CV33は敵フラッグ車である38(t)へと突っ込み、その砲身をへし折っていた。
『ドゥーチェ、こ、これどうなってるっすかっ?』
「し、白旗は揚がっていないな。て、その前に怪我はないか!?」
『あー、それは大丈夫っす。……んあ?』
「あ」
直後、ぱかあんと弾ける音がして、CV33が38(t)の上から吹っ飛んだ。
三突がCV33を撃ったのだ。
崖下には、Ⅳ号、三突、砲身の折れた38(t)、それにCV33が二輌。
奴らを撃破できる車輌は、崖上のP40のみ。
――さすがに分が悪いなっ!
「クアトロっ! 一時撤退するぞ! 全速で逃げろっ!」
『了解っす、ドゥーチェ!』
などと言っている間に、Ⅳ号と38(t)が崖上へ回り込もうと旋回して前進を始めている。
「急げ急げっ! 我々も逃げるぞっ!」
慌てて指示すると、車内からは「Siっ!」と一斉に返事があった。
◇ ◆ ◇
大洗残存車輌。
Ⅳ号戦車、一輌。三号突撃砲、一輌。38(t)、一輌。合計三輌。
アンツィオ残存車輌。
P40、一輌。セモヴェンテ、一輌。CV33、三輌。合計五輌。
数的にはまだこちらが優位にあるが、そのうち三輌はCV33だ。
こちらの戦車で敵車輌を撃破できるのは、私のP40とカルパッチョのセモヴェンテのみ。
さらに言えば、奇襲部隊としていたトレとドゥーエのうち残存するのがP40のみというのもなかなか辛いところだ。
――とはいえ、これはフラッグ戦。
とにかく相手フラッグ車を撃破さえすればこちらの勝利となる。
犠牲は大きかったが、38(t)の砲身が折れたのはラッキーだった。
相手は丸腰なのだから、一対一の状況さえ作ることができれば負けはない。
無茶ではあったが、みんなよくやってくれた。
問題は、三突とⅣ号の二輌だ。
三突だけなら何とかなるだろうが、あの技量のⅣ号も加わるとなれば、P40一輌で突っ込んでも負けは見えている。
どうにかあいつらを38(t)から引き剥がさなければならない。
「クアトロ。ドゥーエだ。状況を報告しろ」
『変わらずっす。大洗の連中見つかんないっすねー』
「了解。今はどの辺りにいる?」
『十字路を北東に進んだ辺りっすね。また進展あったら報告するっす』
「ああ、頼んだぞ」
クアトロには大洗の捜索を命じている。
さすがの大洗もCV33の速度には敵わず、北西の崖での交戦後、あっという間にクアトロは大洗を撒くことができた。
けれど今度は、こちらが大洗の車輌を見失ったのだ。
いやに諦めが早かったのが気になるが、いまあちらは何を考えているのか……。
『ドゥーチェっ! ドゥーチェっ!』
「どうしたペパロニっ! 進展早いなっ!?」
『大洗の車輌見つけたっす! でもおかしいんすよ! 二輌しかいないんすっ! 三突がいないっす!』
三突がいない……?
――あぁ、なるほど、二手に分かれてこちらのフラッグ車を探しているのか。
しかしそれなら好都合だ。
Ⅳ号だけが相手なら、こちらの勝ちの目もあろう。
「ペパロニっ! 場所を教えろっ!」
『あっ! すみません、ドゥーチェ! こっちのCV33が一輌やられたっす!』
『こいつよくもぉおっ!』
「熱くなるなペパロニっ! いいから場所を教えろ! 助けに行くっ!」
『北の街道をちょっと西に行ったところっす!』
『ドゥーチェのいる場所からも近いんじゃないすかっ!?』
「よしわかった! すぐに行く! お前らは逃げろっ!」
『ぅううう、悔しいけど了解っす!』
ペパロニとの通信を切ると、P40を旋回させ、進路を変更する。
もっと遠くまで移動していると思っていたが、フラッグ車の捜索は三突任せということか?
『こちらウーノっ! こちらウーノっ!』
……今度はカルパッチョかっ!
「どうしたっ!? 何かあったのか!」
『すみません、ドゥーチェ。三突と接触して、CV33が撃破されました』
「なにぃっ!? 場所はどこだっ!」
『最初の位置から移動していません。十字路の東です』
「わかった! それじゃあ、ともかく南西へ逃げろっ! こちらと合流するぞっ!」
『いえ、逃げれば向こうも他の車輌と合流します』
『三突は街道の東から現れました。わざわざ回り込んできたんです』
『となれば、敵の狙いは、挟撃』
『カルパッチョの言う通りっす! Ⅳ号と38(t)は東に向かってるっすよっ!』
「……カルパッチョ、どうするつもりだ?」
『Ⅳ号が合流する前に、三突を仕留めます』
カルパッチョの声色は、熱く燃えるように滾っていた。
Ⅳ号をこちらが仕留めてしまえば大洗の合流はない。
だから戦術上は逃走を指示することもできる。
しかしその声を聞いて、私にカルパッチョの決意を止める理由は思いつかなかった。
「任せたぞ。カルパッチョ」
『勝ちます』
その一言を残して、カルパッチョとの通信は切れる。
「一同、全速前進っ!」
こうなれば、我々は何としてもここで38(t)を仕留めねばならない。
ましてやⅣ号をフラッグ車であるカルパッチョの元へ行かせるなんて、ありえない。
「ペパロニ、Ⅳ号を足止めしろ! 撃破されても構わんっ!」
『了解っす!』
「ジェラート! 敵と接触したらすぐ戦闘だ、砲弾を準備しておけっ!」
ジェラートが「Si!」と返事をしたのも束の間、森から街道へと抜けた場所にⅣ号と38(t)の姿が見えた。
向こうも我々に気付いたのか、38(t)を前に行かせ、Ⅳ号が後ろへと下がる。
しかし、Ⅳ号が砲身を我々に向けるよりも、我々が連中を射程範囲に入れる方が先だ。
「ここで決めるぞっ! 突撃っ!」
スコープを覗き、みるみる近づく亀のマークを捉える。
「フォーコおっ!」
叫び、発射レバーを倒す。
――が、砲弾は急発進して盾になったⅣ号の砲塔に当たり、弾道を変えてあらぬ方向へと飛んでいってしまった。
Ⅳ号がびくともしていないのは、装甲を抜かれないよう着弾位置を調整したのだろう。
連中は化け物かっ!
「あ、ま、まずいっ!」
Ⅳ号の砲身が、こちらを捉えている。
この距離からなら、一発で装甲を抜かれる。
指示を出す間もない。砲身が僅かに首を上げ――、
「フォーコだおらぁああああああああっ!」
高台から飛び出してきたCV33が、Ⅳ号の砲身へと横から突撃をかました。
弾道のずれた砲弾は我々には当たらず、背後でどおんと轟音が鳴る。
『姐さんっ! フラッグ車をっ!』
突撃をくらったものの、Ⅳ号の砲身は無事で、砲塔を回転させて再びこちらへ狙いをすまそうとしている。
38(t)はⅣ号の背後――街道の先へと遠ざかってゆくところだ。
「Ⅳ号は無視だ行くぞっ!」
そうは言ったものの、Ⅳ号が簡単に我々を逃がしてくれるはずがない。
しかし我々には頼れる仲間がいた。
『くらえぇっ!』
CV33がⅣ号の履帯に突撃し、旋回を遅らせる。
我々はその隙にⅣ号の隣を通り過ぎ、街道を逃げる38(t)を目標に捉えた。
とはいえ、38(t)とP40では速度はそう変わらない。
我々の方が少し遅いくらいだ。おそらく追いつけはしない。
『ドゥーチェ、ペパロニ車やられたっす! あと任せたっす!』
「おうっ! このドゥーチェに任せておけっ!」
このまま街道を走り続ければ、いずれフィールドの端に辿り着く。
そうなれば38(t)を追い詰められるだろうが、向こうもそんなことは百も承知だ。そうなる前に森へと逃げ込むだろう。
姿を見失い、また仕切り直しにされてしまう。
カルパッチョだってまだ撃破されていないようだが、ここからどうなるかはわからない。時間はない。
『ドゥーチェ、大丈夫です。そのままフラッグ車を追ってください』
「カルパッチョかっ!? 三突はどうしたっ!」
『宣言した通りです』
――街道の先から、黄色の旗を掲げたセモヴェンテが現れる。
「あははっ!」
なるほど、三突はすでに撃破してきたのかっ!
『挟撃しましょうっ!』
「よおしっ! いくぞっ!」
前方から現れたセモヴェンテを回避しようと、38(t)が西の森へ進路を変えようとする。
が、その先へセモヴェンテの発射した砲弾が当たる。38(t)が急停車。
さあ、亀のマークをスコープの中心に。
これで終わりだ。
「フォーコっ!」
言って、発射レバーを下ろす。
砲弾が発射され、38(t)の側面へと着弾する。
「ぅおおっ!?」
直後、衝撃が走り、車内がぐらりと大きく揺れた。
ハッチから顔を出すと、P40の車体からは白旗が揚がっている。
振り返るとⅣ号がそこに佇んでおり、どうやら我々は彼女らに撃破されたらしかった。
――しかし。
しかし、白旗が揚がっているのは、P40だけではなかった。
我々の砲弾が命中した38(t)からも、白旗が揚がっているのが見える。
残存車輌は、大洗がⅣ号戦車一輌、アンツィオがセモヴェンテ一輌。
我々のフラッグ車は、セモヴェンテだ。
『フラッグ車、38(t)、走行不能!』
つまり――、
『アンツィオ、勝利っ!』
審判長の声が響き、我々は歓声を上げた。
◇ ◆ ◇
残ったP40とセモヴェンテに乗り込み、大会指定の待機場所まで戻ると、目尻に涙を溜めたパネトーネらに迎えられた。
「ドゥーチェ最高っす! 姐さん方、マジ最高っすっ!」
「はっはっはーっ! そうだろうそうだろう!」
「いや、というかお前らもだぞ? 今日勝てたのはみんなのおかげだ」
「さすがアンツィオは強いっ!」
私が言うと、「ドゥーチェえぇっ!」と一際大きな声でパネトーネが叫び、たちまちドゥーチェコールが巻き起こった。
私も笑顔でその声に応えた。
「さて、いいかお前ら、これで終わりじゃないぞ? アンツィオの流儀というものを見せてやろう」
私の言葉に、ペパロニが顔を輝かせて「よっしゃー、いくぞてめえらあっ!」と叫ぶ。
みんなは「ぅおーっ!」「いくぜーっ!」と思い思いに返事をすると、一斉に散って各車両の運転席へと座った。
少し距離を空けた大洗側の待機場所まで辿り着くと、大洗の連中は大泣きをしている生徒会の河嶋を宥めているところだった。
ループを繰り返す前の私なら「クールな彼女が珍しい」と違和感を抱くかもしれないが、今ならすんなり受け入れられる。
大洗の面々で、一際、感情の強い子だもんな。
停車したフィアットから下りると、こちらに気付いた西住がたたたと駆け寄ってきた。
私の顔を正面から捉えて、元気に口を開く。
「今日は、ありがとうございましたっ!」
頭を下げる西住に私も言葉を返した。
「こちらこそありがとう西住! いやあ、強いな大洗はっ! まったく、いい勝負だった!」
「アンツィオこそ、デコイを利用した電撃作戦、さすがでした」
「そうかそうかっ! ありがとうっ!」
「本当に強かったですっ! 次は私たちが勝ちますっ!」
「次なんてあるかあっ!」
我々の会話に割り込み、西住の後方から河嶋が叫ぶ。
「どういう意味だ?」
私が訊くと西住は「あはは」と苦笑するのみ。
よくわからないが、まぁ話したくないのなら詮索はしまい。
閑話休題。
「ところで西住。アンツィオの戦車道をまだまだ喰らいたくはないか?」
頭の上に疑問符を浮かべる西住に、私は口角を上げる。
「お前らあっ! 宴会を始めるぞおっ!」
宴会の準備はものの数分で終わった。
大洗の一年生が料理へ駆け寄り、それを我々アンツィオの面々が迎える。
少し遅れて大洗の他の生徒も料理へ手を伸ばし、やがてアンツィオのみんなと共に笑い合う。
その光景は試合の遺恨などまったくない様子で、内心、私は胸を撫で下ろした。
私もパスタ皿を手に西住らあんこうチームの面々と試合の感想を語り合っていると、私が一人になったタイミングで、大洗の角谷会長がそそと寄ってきた。
「やー、チョビ。今日はありがとね」
「チョビと呼ぶな、アンチョビっ! ドゥーチェ、アンチョビだ!」
「いやこちらこそありがとう! 楽しかったっ!」
角谷が私の言葉に笑い、直後、さっと表情を変える。
「さっきの、河嶋の言ったことなんだけどね。あれ、ホントなんだよね」
「次がない、てやつか?」
私の言葉に角谷が頷く。
「今年一杯で、大洗は廃校になるんだ」
――それは、つまり、
「我々が勝ったからか? もしかして、この大会に勝ち続けることが、廃校取りやめの条件だったのか?」
再び角谷が頷く。
「でもまー、チョビ子は気にしなくて大丈夫だよ」
「たまたま大洗にそういう事情があっただけだし、まだ廃校と決まったわけじゃないしね」
「来年まで、精々あがいてみるよ」
「角谷……」
「あ、他のみんなには伝えないでね。ウチも知ってるのはまだ生徒会の人間だけだから」
「アンツィオのみんなに伝えたら萎縮しちゃってノリと勢い落ちちゃうだろうしね」
「――角谷、心配しなくても大丈夫だぞ」
「うん?」
不思議そうに眉を上げる角谷に、私は言った。
「次は、ある」