一万回目の二回戦   作:とにざぶろう

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【九】

 十四回目の6月26日の朝。

 私はカルパッチョとペパロニを戦車道準備室へと集めた。

 

「ループを脱出するぞ」

 

「了解です」

 

「え? いいんすか?」

 

 カルパッチョとペパロニの返事は相反したものだった。

 

 おそらくペパロニはこう言いたいのだろう。

 勝ち続けなくて、いいんすか?

 私は答えた。

 

「いいんだ。もう、アンツィオの強さは証明できた。やり残したことは何もない」

「ペパロニ、お前はあるのか?」

 

 ペパロニはしばし思案する素振りを見せたが、最後には「そう言われてみると、ないっすね」と答えた。

 上手く言語化できないだけで、ペパロニもわかっているのだろう。

 

「我々は勝ち続ける必要などないんだ」

「アンツィオの戦車道はプラウダのそれとは違う。我々には、我々の矜恃がある」

「これ以上続けても、きっと楽しくはないだろうしな」

 

 二人が頷いたのを見届けて、私は言葉を続けた。

 

「それではこれより、アリーヴェデルチ作戦を決行する!」

 

「了解っす!」「了解です」

 

 すでに二度も第二ステージの突破に成功しているのだ。我々の役割は問題なく果たすことができるだろう。

 三人での打ち合わせが終わると、アンツィオのみんなを集め、マカロニ作戦の詳細を説明。

 試合当日までは、大洗包囲のため主に機動力の底上げ練習を行った。

 

 我々はループを脱出する。

 つまり我々のこの日々が、10年先、20年先まで続いていくということだ。

 

 私はループの最中で多くを知った。

 いつまでも、私はアンツィオのドゥーチェではいられない。

 ドゥーチェを引き継がなければならない。

 だから私は、私がいられるうちに、伝えられる限りのことをアンツィオのみんなに伝えるんだ。

 部隊の統率、P40の操縦、練習メニューの考案、戦術の組み立て方から屋台の切り盛りまで。

 余った時間を少しずつ利用して、カルパッチョやペパロニ、一年生たちへと伝えていく。

 

 迎えた試合当日、私はペパロニへ言った。

 

「ペパロニ。今回はデコイを全部置くんだぞ?」

 

「わかってるっすよ。はー、負けるために試合すんのってあんま気合い入んないっすねー」

 

「なにか勘違いしているようだが、デコイを全部置きさえすれば、全力で戦ってもいいんだぞ」

 

「え、マジっすか?」

 

「ああ。でないと、みんな学ぶものがないだろう」

「もしそれでループが続いてしまっても、構わないさ」

「ケイにも話を伝えて、許可はもらってるしな」

 

「よっしゃあっ! やってやるっす!」

 

「まあ、しかし勝てるかどうかは別問題だけどな。まったく、ペパロニがデコイを置きすぎさえしなければなあ」

 

 私がからかうように言うと、ペパロニがぼやいた。

 

「……それは、そうしないとループ脱出できないからじゃないっすか」

 

「だが、それが正史らしいぞ。お前もループを体感していなければ、きっと毎回デコイを全部置いてるだろ?」

 

 にやにやと指揮棒を突きつけてやると、ペパロニは「うっ」と言葉を詰まらせた。図星なのだろう。

 いつかのループでペパロニがきちんと予備のデコイを配置せずに残しておいたのは、きっとペパロニもループの只中にいたからだ。

 

「アーヴァンティっ!」

 

 試合は、予定通りに終了した。

 ペパロニが十一枚全てのデコイを置き、大洗に作戦がばれ、CV33が八九式になぎ払われ、追い詰められた私のP40が最後に討ち取られて、アンツィオは大洗に敗北した。

 ケイの言った通り、自然にやれば、意外と正史を辿ることができるらしい。

 

 試合後の宴会では、安堵の表情を浮かべた河嶋が印象的で、角谷に「次はあるって言っただろー?」と声をかけると、心底怪訝そうな顔をされた。

 

「つ、次というのは準決勝のことだっ!」

「絶対勝つんだぞっ! 準備は入念になっ! 諦めず最後まで気を抜くなよっ!」

 

「うん、ありがとね。頑張るよ」

 

 屋台を切り盛りして、バイトして、戦車道の練習をして、みんなで海に遊びに行って、夏休みはあっという間に消化されてゆき、中頃になるとプラウダと大洗の試合が行われた。

 

 油断はあったかもしれないが、決してプラウダが手を抜いたわけではないだろう。

 私は、大洗の二度の敗北をこの目で見ている。

 だからきっと、今回は大洗が当たりくじを引いただけ。

 もしくは、大洗の作戦が功を奏しただけ。

 それでも試合の勝者は、大洗だった。

 

 画面越しに悔し涙を流すカチューシャを見て、私は再び彼女の覚悟を思い知った。

 

 そうして未知の夏休み後半へと突入しても、我々の日常にあまり変化はなかった。

 屋台を切り盛りして、バイトして、戦車道の練習をして、あとはみんなで花火をして。

 何をしていても、私は毎日が楽しかった。

 

 大洗と黒森峰との決勝戦は、盆の始まり、8月15日の土曜日に行われた。

 

 今回は現地に大洗の応援へ行こうということで、みんなでフィアットに乗り込んで会場へと向かった。

 着いたのは前日の深夜となった。

 カルパッチョに「まだ早すぎませんか?」と訊かれたので、私は「物事を進めるには慎重なくらいがちょうど良いんだ!」と答える。

 

 まだ時間もあったのでとりあえずわいわいと宴会を始めると、いつの間にか眠りこけていたようで、起きたら空がオレンジ色に染まりカラスがかあかあと鳴いていた。

 

「しまったっ! 寝過ごした!」

 

 案の定というべきか、決勝戦はすでに終わっており、急いで閉会式会場へと戻ると、表彰台の上に大洗の生徒が並ぶなか、西住が優勝旗を手にして笑っていた。

 

「勝ったのか……大洗」

 

「よかったっすね」

 

「ええ、本当に」

 

 アンツィオのみんなで、表彰台の功労者たちへ精一杯の拍手を送る。

 試合は寝過ごしてしまったが、この瞬間に立ち会えたのはせめてもの救いだ。

 応援はできずとも、我々には大洗を慰労することができるんだ。

 

 と、ふいに観覧席の隅にサンダースの連中を見つけた。

 ケイも椅子に座って「コングラッチュレーション」と大洗へ拍手を送っている。

 

「宴会するぞ。準備しておけ」

 

 アンツィオのみんなにそう言い置くと、私はケイの元へと駆け寄った。

 

「いやあ、やったな、ケイ」

 

「あらアンチョビ。ホント、まさか黒森峰を倒すなんて。またサンダースとも戦ってもらいたいわ」

 

「ああ、それはアンツィオもだ。今度は正史で勝利をおさめたいからな」

 

 ケイが「うん?」と首を傾げる。

 その反応に少し違和感を覚えたが、さておき私は言葉を続ける。

 

「まあともかく、これで一件落着だな。お前の予想通りなら、大洗の優勝で我々もループを脱出できるんだろ?」

 

 ケイは反対側に首を傾げて答えた。

 

「正史? ループ? なんの話?」

 

 ――――。

 

「い、いやいや、だから、我々がこの大会をループしてた話だ」

「いや正確にはループしてるのは世界そのものだったか?」

「ともかく、そういう話をしただろ? お前は第一ステージ、我々が第二ステージを担当していた」

 

「ホワット? してないと思うけど?」

 

「……えーっと」

 

 まさか、まさかとは思うが。

 

「ケイ、一回戦の大洗との試合、どんな試合だった?」

 

「あー、身内の恥はなんとやらって奴なんだけど、この子がちょっとやらかしてね~」

 

 隣に座るそばかすの子を、ケイが流し目で見つめる。

 彼女は居心地悪そうにずずっとジュースを啜った。

 

「我々と大洗の、二回戦の試合は見ていたか?」

 

「配置するデコイの数を九枚に止めていれば勝機はあったかもね」

「惜しかったわ、アンチョビ。ナイスファイトっ!」

 

「……そうか、ありがとう。変なことを訊いてすまなかった」

 

 ――この様子は、おそらく間違いないだろう。

 

 またね~、と手を振るケイを背に、アンツィオのみんなの元へと戻る。

 焦燥感に駆られながらも、その中からカルパッチョとペパロニの姿を見つけると、私は口早に話しかけた。

 

「カルパッチョ、ペパロニ、おかしいぞ、ケイの記憶がなくなっている」

 

「は? 記憶? なんすか?」

 

「……記憶というのは、ループの記憶ですか?」

 

「ああ、そうだ。私たちの学園艦でループの説明をしたことも、何度も一回戦を繰り返したことも、何も覚えていない」

 

 ペパロニは何のことやらわからないという様子で片眉をあげる。

 こいつはケイが現れた時にいなかったのだから無理もない。

 

 カルパッチョを見ると、彼女の方は顎に手をやり、真剣な表情で思案に耽っていた。

 しばしの沈黙を挟み、

 

「――ループが終わったから、かもしれませんね」

 

 やがてカルパッチョはそう呟く。

 

「説明になってねえぞ」

 

「我々が記憶をなくしたことと、ループが終わったことと、何の関係があるんだ」

 

 私とペパロニが突っ込みを入れると、こほんと一息ついてカルパッチョがまくしたてる。

 

「ループ脱出の条件は、正史を辿ることですよね」

「私たちは、そのためにループを体験させられてきました」

「けれど、ようやく目的を果たせた。正史を辿れた」

「そうなると我々の記憶は、正史の中にあっては不自然なものになります」

「これから先、再び正しい歴史を歩んでいく上で、余計な記憶は邪魔なんです」

 

 正史の中の邪魔者。

 それは我々の記憶であり、ループそのもの。

 

「なるほど……ループ現象自体をなかったことにしようというのか」

 

「おそらくそういうことかと思います」

 

 ああまったく、神様がいるとしたら随分と勝手なものだな。

 

「私たちの記憶が消えていないのは?」

 

「おそらく個人差があるんだと思います。私たちの記憶が消えるのも、時間の問題でしょう」

 

 つまらそうにずっと口を閉じていたペパロニが、そこでようやく目を大きくした。

 

「え、マジっすか? いまいちよくわかってないんすけど、わたしたちの記憶、消えるんすか?」

 

「ループに関する記憶だけな」

 

「はー、マジっすかー。それ、いつっすか?」

 

「今日か、明日か、はたまた1分後のことなのか――」

 

「わかりませんね」

 

 カルパッチョはぴしゃりと答えた。

 

 ――記憶が、消える。

 孤独に大洗との試合を繰り返した記憶。

 カルパッチョに救われ、共に戦った記憶。

 ケイやカチューシャに目覚めさせられた記憶。

 ペパロニに勇気づけられた記憶。

 アンツィオのみんなで、大洗に勝利した記憶。

 そういうのが全部、消えてなくなってしまう。

 

 ――――。

 ――――。

 

 しばらく物思いに耽り、やがて、ふうーと、口から長く息が漏れた。

 そのため息を合図に感情が澄んでいくのを感じる。

 

 私の記憶が、些細なものとは思わない。

 けれど、もっと大事なものを私はすでに手にしている。

 そちらはきっと、失われない。

 

 カルパッチョとペパロニへ向かって、まるで独り言のように、私はぽつぽつと言葉を吐き出した。

 

「まあ、仕方のないことだな。そもそもループ現象の方が異常だったんだ」

「癪ではあるが、これで普通の生活には戻れる」

 

「癪ってレベルじゃないっすよ。マジむかつくっす」

 

 確かにペパロニの性格では、簡単に納得はできないだろう。

 

「でも、むかついたところでどうすることもできないだろ?」

 

「ぅうううう……そうかもしんないっすけどお」

 

 苦い顔を浮かべるペパロニの隣で、カルパッチョが「あのー」と手を挙げる。

 

「ループの間にあったことをメモに残しておくことはできると思いますが」

 

「おおっ! それだあ!」

 

「いや、いいさ。神様だか世界だかわからないが、そのメモも連中に消されてしまうかもしれないだろ?」

 

「あぁー……なるほどっす」

 

「うーん、どうでしょう。そこまで干渉できるかは、正直わかりませんし、やってみる価値はあると思いますけど」

 

 戸惑うように言うカルパッチョに、私は笑う。

 

「ホントに、いいんだ。今度のは本心だぞ」

「まあ、お前らがやりたいなら、好きにすれば良い。私は止めはしないぞ」

 

 私が言うと、ペパロニが「よっしゃあやってやるぜ!」と雄叫びを上げる。

 

「……ドゥーチェ、どうして割り切れるんですか」

「ペパロニもそうですし、私だって、そんな、今までのことを全部忘れるなんて――」

 

「そりゃあ私たちが、アンツィオの強さを証明できたからだ」

 

 カルパッチョとペパロニが不思議そうな表情を浮かべる。

 

「この世界の正史を誰が決めているのかはわからないが、少なくとも連中は、アンツィオは二回戦で負けるものと思っているらしい」

「だからたぶん、今回の大会で我々は負けざるをえなかったんだ」

「そう決めつけられていたからな」

 

 だが、しかし。

 

「しかし我々は勝利したっ! 奴らは、我々の強さを思い知った!」

「それでなんの心残りがあるっ!」

「我々の記憶が消えようともその事実は変わらないっ!」

「たった一度きりの勝利でも、我々の勲章は、永遠に、未来永劫どこまでも残り続けるのだっ!」

 

「「ドゥーチェ……」」

 

「それに、それにな」

「あの勝利だけじゃない。正しい歴史でなくとも、ループの中で起こったことは全部、どこかで起こりえたことなんだ」

「我々はそれらを全て、この身で体験してきた」

「脳みそだけじゃなくて、魂で知っている」

「だから――」

 

 人差し指で側頭部を示す。

 

「ここから消されてしまっても」

 

 そして親指で、左胸を示す。

 

「ここにはきっと残っている」

 

 私が言うと、しんと二人は静まりかえった。

 気恥ずかしくなり、「ちょ、ちょっとくさかったか」と口にすると、少し間を置いてペパロニが呟いた。

 

「いや姐さん格好良いっす。わたしもそれでいくっす」

 

 ペパロニの言葉に続き、隣のカルパッチョが頷くのが見えた。

 

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