死の超越者と接ぎ木の君主 作:門衛ゴストーク
「あれ?」
「え?」
予定通りならユグドラシルのサーバーが閉鎖され、プレイヤーは全員強制ログアウトになって初期メニュー画面に飛ばされるはずなのだが。
どちらともなく互いに視線を向け、ログアウトしていないのが自分だけではないと確認する二人。
「マジかよ……ロスタイム突入とか最後まで綺麗に終われねぇのかクソ運営ぇ……」
「あははは……まあユグドラシルらしいといえば、らしいですかね……」
モモンガは苦笑いしながら、ログアウトのためにコンソールを出そうと空中をタッチする。
明日は4時起きなのだ、名残惜しい気持ちは多分にあるが運営のトラブルに最後まで付き合えるほどの余裕もない。
『アインズ・ウール・ゴウン』最後の記憶がこんなグダグダになってしまったのに憤りを感じるが、運営のやることでは何を言ってもしょうがないのだ。
いつもの慣れた動作でコンソールを出そうとするのだが──────一向に
「……ゴドリックさん、コンソール出せます?」
「え? そりゃこうやれば……あれ?」
お互いにログアウトの項目があるコンソールが出せないことが分かり、二人の間にじわじわと焦燥感が広がり始める。
ユグドラシルにおいてもスキップ不可のボス登場シーンムービーが流れる間操作が効かないことなどはあった。
しかしそれにしても長くてせいぜい20~30秒程度であり、なにもされていないのにコンソール機能を制限するなどわざとやれば電脳法にバッチリ引っかかるとしか思えない。
「どうする、モモンガさん? これ、サーバーダウン延長と関わってるよな?」
「……とにかく、なんとかしてGMコールしなくちゃですね。でもGMコールもコンソールがないと……」
人気不振でサービス終了になったとはいえ、ユグドラシルを運営していたのは結構な大企業だ。
こんなあからさまに後ろに手が回るようなことをするとは思えないので、不具合の可能性が濃厚である。
なんとかコンソールなしでGMに連絡をつける方法がないかと悩む二人に、
「モモンガ様、ゴドリック様。お悩みのようですが、何か問題がございましたか?」
「「!?」」
玉座の傍らに立っていた人物……アルベドが自分たちに声をかけてきたことにモモンガたちは驚愕する。
拠点防衛用のNPCに限らず、NPCに音声は用意されていない。
ぺロロンチーノやタブラ・スマラグディナのような設定に凝る面々は自分の創ったNPCの声に関してもフレーバーテキストに書いていたが、それで言葉が出せるようになるわけでもない。
NPCにできることは戦闘と、プログラムで組んだ行動をコマンドに従って行うだけ。
”自発的に””声に出して”話しかけてくるなど想像できることではなかった。
「えっ? えっ、あっ、えっ?」
「どうかなさいましたか!? 我々に何か不手際でも!?」
突然のことに混乱して意味のある言葉を出せなくなっているゴドリックと違い、モモンガは混乱の極みから一転して思考が冷静になるのを感じていた。
冷静になると状況が見えてくる。
まず、アルベドの
ユグドラシルはDMMORPGの草分け的存在だったが、それゆえに後に開発された口や表情のモーショントレースなどは搭載されておらず別途エモーションアイコンで感情を表す形式だった。
旧来のユグドラシルのシステムでは、これは決してあり得ない挙動だ。
(新システムに更新? サービス終了後にユグドラシル2でも開始したのか? じゃあアルベドが喋ってるのはスタート直後のヘルプ的なあれか?)
うまく言葉を出せないゴドリックにアルベドが悲痛な声で縋りそうになったところで、考えをまとめたモモンガは声をかける。
「アルベド、GMコールが効かないんだ。何か知らないか?」
「おっ、おう。そうそう、なんか知らない?」
ゴドリックもモモンガの問いの尻馬に乗ったことでアルベドは平静を取り戻したが、居住まいを正すと深刻そうな顔で答えた。
「申し訳ありません……私の無知によりGMコールについてお答えすることができません。何卒、この失態を挽回する機会をくださいませ」
(GMコールのヘルプがない……いや、ヘルプキャラじゃないと見た方がいいな。じゃあ何がユグドラシルと同じで何が違うか自分で確かめないと……)
モモンガはこんな状況でなぜか思考が平坦なほど冷静に動かせることを不気味に思いながら、確かめるべく命令を口にする。
「アルベドは第四・第八階層を除いた階層守護者を……そうだな、六層の
「畏まりました」
優雅な礼とともに玉座の間を退出していくアルベド。
一息つけるかと思われたが、先ほどのアルベドと瞳を同じくする者たちがまだ残っていた。
「モモンガ様、では私共はどのようにすればよろしいでしょうか?」
ナザリック家令セバス・チャンと彼の旗下の戦闘メイド隊プレアデス。
アルベドと同じく命令を求める彼らに、モモンガはなんとか確認事項をひねり出す。
「セバスと……斥候のソリュシャンはナザリック地表部の調査を、ナザリック外に出ることが可能であれば周囲一km程度の様子を探って、話ができる相手がいれば友好的に接触してくれ。他の者たちは九層の警備だ」
「ハッ!」
モモンガの指示を受けた彼らも至極真面目な顔で玉座の間から退出する。
謹厳な面立ちのセバスが立ち去りゴドリックとモモンガだけになると、空気が一気に弛緩した。
「はぁ~、なんとか、なった」
「いやー流石ギルド長! あんな的確な指示、俺には真似できねぇな!」
「もう! おだてないで下さいよ。今回は緊急時だったからで、次からはゴドリックさんにも振りますよ、ウチのギルドは合議制なんですから」
「えー……できる気がしねぇ」
ゴドリックは渋っているが、モモンガはギルドを私物化するつもりはない。
自分一人だったらどうだったかはわからないが、一緒にゴドリックもいるのだ。
モモンガが自分の頭がそんなに良くないと思っていることもあって、ゴドリックにも相応に負担を持ってもらう気である。
「しかし、モモンガさんはどう見る? この状況」
「運営がどこまで把握してるかわからないですけど、とりあえず今できることとできないことの把握が必要かな、と」
まだユグドラシル2に直接移動させたせいで不具合が起きている可能性も否めない。
ユグドラシルでできたこと、できないこと。
今とそれが違うことがあれば、突破口になりうるかもしれない。
「うーん……あ、運営が見てるなら一発で反応すること思いついた」
「え! 本当ですか……って何してるんですか!?」
ゴドリックの確信に満ちたつぶやきにモモンガは喜色を見せたが、自らのズボンを一気に引き下ろしたゴドリックに慌てて問う。
「おーインナーまで脱げるし、描写されてるし、BANもされねー。これは運営見てないな」
「分かりました! 分かりましたから履いてください!」
ナニとは言わないが、継ぎ接ぎで有名なゴドリックもそこは継ぎ接ぎではなかった。
「攻撃魔法は未確認だけど、他の魔法はコンソールなしで発動できる……思考発動可とかオーバーテクノロジーだなぁ」
「ですねぇ。いくら何でも今の技術じゃ無理なものもありますよ」
モモンガとゴドリックは幾つかの確認作業により、”あれ? これ、最新技術でも無理じゃね? ”という結論に至った。
外を探ったセバスから、ナザリックがヘルヘイムの毒の沼地ではなく平原にあること、近くに集落があるので友好的接触を試みるとの《伝言》が届いたので、続報も待たれる。
総合的に判断して、『ここはユグドラシルではない』『ゲームでもない』というのがほぼ確定といったところ。
それらが分かった時、初めはモモンガは歓喜した。
ユグドラシルではサーバー閉鎖とともに消えてなくなるはずだったナザリックも、この世界なら残る。
それは純粋に嬉しかったが、次の疑問が頭に浮かんだとき、モモンガは口に出すのをためらった。
『元の世界に帰れるのか』『元の世界に帰りたいか』
モモンガ……鈴木悟としては元の世界に帰る気はない。
元の世界に家族もいないし、唯一の生きがいはユグドラシルだったのだから、当然の帰結といえる。
だが……ゴドリックはどうなのだろう?
彼がもし『元の世界に帰りたい』と言うなら、モモンガはどうすればいいのか。
送り出せば、モモンガはまた独りぼっちだ。
ユグドラシルの終了など比べ物にならないくらいの完全な別れ。
しかし引き止めれば、それは大きなしこりとなって二人の間に残るだろう。
聞くべきなのだが、言葉にできない。
尻込みするモモンガの内心を見透かしたようにゴドリックは言った。
「大丈夫、モモンガさん。俺は元の世界に帰る気はないよ」
「えっ……その、どうして?」
どうして分かったのか、どうして帰る気がないのか。
2つの意味の問いに、ゴドリックは気負いしない言葉で答える。
「モモンガさんが今口ごもることなんてそれくらいでしょ? それに俺もリアルでどーしたもんかとおもってたから」
それからゴドリックはリアルでの自分事情を手早く話した。
自分の父親が第二次欧州アーコロジー紛争で日本へやってきた避難民であること。
自分は日本生まれ日本育ちなので、父親の母国の言葉もしゃべれないこと。
それなのに紛争が落ち着いたから、父親は母国に戻って家の再興をさせたがっていたこと。
ゴドリックというのも自分の家を興した初代当主から取った名だったらしい。
「言葉の通じない国で一からお家再興とか嫌だし、
「ゴドリックさん……」
「あー! 暗い話やめやめ! こういう空気苦手なんだよ!」
「はは、そうですね」
肉も皮もない骨の体で笑いながら、モモンガは深く安堵した。