死の超越者と接ぎ木の君主   作:門衛ゴストーク

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閑話 異世界かに道楽

 ここはカルネ村、リ・エスティーゼ王国の要衝たるエ・ランテルから北東に存在する小さな開拓村だ。

 およそ100年前にトーマス・カルネという腕自慢の木こりにより、命知らずにも”トブの大森林”の南側の一部を切り拓いて作られたド田舎もド田舎である。

 トブの大森林の外縁にあることから貴重な薬草を採取して外貨を得ているが、立地の問題もあり年に1度の徴税吏が来る以外で訪れる者はほぼいない。

 村民は日の出とともに畑を耕し、薬草を採り、薪を拾って、日の入りとともに眠る何でもない日常を謳歌していた。

 

 そんなカルネ村に、珍しくも訪問者が現れた。

 老年ではあるが鍛えられた体付きの男性と、村ではお目にかかったことがないほどの金髪の美女。

 両者とも立派な仕立ての服を身に纏っており、相当の身分かその縁者だと推察できた。

 

『この付近に不慣れなので話を聞かせてほしい』

 

 老人の言葉に旅装もしていない事を訝しみながらも、村長は『世間話程度で良いのなら』と家に上げる決断をした。

 ……決して村長夫人が邪推したように、金髪の美女の深い谷間に鼻の下を延ばした訳ではない。

 

 

 

 人の訪れることも少ないカルネ村ではあるが、村長ともなれば買い付けや売却などの段取りの為に多少は耳聡くもなる。

 しかしそれでも、話の主体は村に近い地域で起こるものだ。

 カッツェ平野で定期的に行われているリ・エスティーゼ王国とバハルス帝国の戦争の話、三重の城壁に守られた城塞都市エ・ランテルの話、最近カルネ村や近くの開拓村を訪れたスレイン法国の巡礼神官の話。

 特に老人は各国について詳しく聞きたがり、隠し立てするほど詳しく知らない村長は素直に知る限りのことを教えた。

 

 話し終えて薬草茶で喉を潤していると、老人は小声で独り言をつぶやき始めた。

 非常に奇妙に見えるが、もしやあれは《伝言(メッセージ)》の魔法だろうか? 

 村にたまに来る薬師の青年が魔法詠唱者(マジック・キャスター)だと聞いたことはあるが、実際に魔法を使っているのは見たことが無かった村長には真偽は分からない。

 だが、話を聞いてすぐ連絡したのなら彼らの上の立場の人、きっと開拓村の村人など比べ物にならない程に尊いお方へだろう。

 妄想でしかないが、村長は自分の語った世間話が尊い方の耳に入ると思うと少し楽しい気分になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック第9階層”ロイヤルスイート”のモモンガの部屋で2人はセバスからの報告について話し合っていた。

 

「ユグドラシルでもない完全な異世界? マジかー…………もぐもぐ」

 

「この村長が嘘を言ってなければですけどね……って、何食べてるんですか」

 

「《イビルシザース》の塩ゆで……まあ、ゆでカニだな」

 

 ユグドラシルのレベル100プレイヤーは《維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)》という食事・睡眠不要となる指輪を装備していることが多い。

 種族や職業的ペナルティで『食事量増大』のデメリットを持つこともあるし、『飢餓攻撃』という防御を無視して満腹度を削るものもあったからだ。

 当然、ゴドリックもそれを装備しているはずなのだが……

 

「現実になったなら、食材が実際どんな味してるか知りたいじゃん? 特にカニって贅沢品だったらしいし」

 

「生の食材なんてリアルで食べたことないですからねぇ……いや私はアンデッドだからゲームでも食べてないんですが」

 

 リアルの世界は環境破壊が進み過ぎて、海産資源など失われて久しい。

 モモンガも食に頓着しない────そんなお金があったらユグドラシルに課金していた────ので、社会人となってからはよく分からないゼリー状食料とサプリメントがほとんどだった。

 

「それにしても《イビルシザース》って……雑魚も雑魚じゃないですか。ノーアトゥーン*1の《デススノークラブ》とかもあったでしょうに」

 

「いや、これも結構いけるぜ。ちょっとクセあるけど」

 

 ユグドラシルの料理は《コック》の職業(クラス)レベルもだが、何より材料となる素材のレア度が重要だ。

 初心者帯のモンスターである《イビルシザース》を用いた料理など、バフが微量すぎて誤差レベルである。

 しかし、湯気と共にほのかな潮の香りを漂わせる汁気たっぷりのゆでカニをゴドリックが頬張るのを見ると、モモンガも存在しない胃が蠢くような気がしてきた。

 悲しいかな、モモンガはアンデッドの死の超越者(オーバーロード)で飲食不要。

 食べるための器官そのものが存在しない骨の身体である。

 ユグドラシルでは料理バフをかけらられないくらいで不便さなど感じなかったが、こうなると食べてみたいと思うものだ。

 

(でもなぁ、種族変更アイテムはアンデッドには効かないし、そもそもできても気軽に種族変更なんてするわけにいかないし……)

 

《堕落の種子》*2・《昇天の羽》*3など種族変更アイテムはいくつかあるが、アンデッドは基本的に種族を変更できない。

 死者は生者に戻らない、それを表現するためであり、例外的に覆せるのは《世界樹の種》というワールドアイテムくらいだ。

 しかも、そもそも恒常的な種族変更アイテムを使用するとそれまでに取得した種族レベルは消失する。

 モモンガのビルドは大きく種族レベルに振っているので、大幅なレベルダウンは許容できない。

 一時的に人間種アバターになる《人間性の腕輪(ブレスレット・オブ・ヒューマニティ)》などもあるが……運営の方針でレアリティが滅茶苦茶高い。

 その上、アバター変更中は種族レベルが消失する仕様はそのままだったので、蒐集家(コレクター)のモモンガでも流石に持っていなかった。

 

「はぁ…………」

 

「お? モモンガさんも食う? 俺のお古で良ければ《変化の護符(アミュレット・オブ・ポリモーフ)》あるけど」

 

「本当ですか!? 食べます! ……でも、なんでそんなアイテムを?」

 

変化の護符(アミュレット・オブ・ポリモーフ)》は装備中、事前に設定したアバターに見た目を変更するアイテムだ。

 種族変更アイテムではないため種族レベルは消失しないが、種族由来の能力やスキルは使用不能になる。

 さらに中位程度の情報系魔法なら簡単に見破れるのも人気がない理由の一つである。

 総じて、幻術対策へのひっかけアイテムとしての評価しかないものをなぜ持っていたのか。

 

「いや、俺って人間種から転向した異形種じゃん? 人間種時代は人間種の街にいたんだけど、見た目のせいでメチャクチャ突っかかられたから一応な」

 

「ええと、うわ!? ……色々ツッコミどころありますけど、ありがとうございます」

 

 早速装備したモモンガが護符に設定された見た目、白髪と編み込んだヒゲに筋骨隆々の巨体の老人という『限定イベント:黄金王の試練』のボスそっくりの姿になって戸惑いながら礼を言う。

 異形の巨人と、それに並ぶほどの巨体の老人というむさくるしい絵面になった私室で2人してゆでかにを食べるモモンガとゴドリック。

 

「本物の料理ってこんな味なんですね……確かにクセはあるけど、おいしいです」

 

「だろ? 低レア素材も侮れねえなぁ」

 

 ゆでカニを口にしたモモンガは、頬張った瞬間に口の中を蹂躙する独特の風味に感動する。

 あふれる塩気をまとったカニ独特の旨味溢れる汁。

 若干苦みばしった雑味もあるが、考えようによってはこれも風味だろうと許せる。

 少なくとも、リアルで食べていた10秒チャージなゼリー食料では得られない満足感だった。

 

「失礼致します。ゴドリック様、メイン料理のイビルシザースの”蟹たま”をお持ちしました」

 

「おっしゃ、来た来た」

 

 ノック音と掛けられた声にゴドリックが了解の旨を伝えると、茸人(マイコニド)の副料理長が銀のクロッシュ*4を運んできた。

 一皿しかなかったのでモモンガはしゅん……としてしまったが、ゴドリックに”気にしないなら一緒に喰おうぜ”と言われて持ち直す。

 ”蟹玉”、たしか蟹と玉子でつくるあんかけオムレツみたいな料理だったはずだ。

 モモンガの子供の頃の好物はオムライスだった。

 母が支度中に過労死してからは社会に出たこともあって食べていないが、期待が高まる。

 

「それではどうぞ、お楽しみください」

 

 副料理長がクロッシュを取って部屋から下がる。

 覆いの中にあったのは暖かな湯気を放つかぐわしい香りの──────山盛りになった茶色っぽい粒々だった。

 

「えっ」「えっ」

 

 まさかの、蟹と玉子じゃなくて、蟹の卵とか、そういう……? 

 

 

 

 おっかなびっくり食べてみて、その味の良さに最終的には”蟹は身より卵”という結論に至ったが──────それはそれとして、なんか納得がいかない2人であった。

 

 

*1
ユグドラシルの広大な海洋エリア

*2
小悪魔(インプ)に種族を変更するアイテム

*3
天使に種族を変更するアイテム

*4
料理を包むドーム状の覆い

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