お ま た せ
第37話
均一されたこの街並みはとても魅力的で、狭い地域をうまく活かした芸術家的な並びは観光客の喉を唸らせる。
大きなスタジアムから聞こえる歓声はその活気さを知らせてくれるが、街中をがむしゃらに走る一人の少女にとっては耳障りで仕方なく、今となってはこの街にきたことを後悔してしまいそうだから。
「っ…!!」
都会には少なからず憧れがあった。
その少女は田舎の出だから。
この都会ほど煌びやかではないが、見渡す限りの自然とピレネー山脈がその町を彩らせ、張り詰めた空気は一つも頬を撫でない。だから縛られることなく生きてきた。
しかし発展性の低い町だからこそ、街と言えるその知性に遅れを取る様で、言わば学が足りないという現実。そして田舎育ちゆえに都会の者から馬鹿にされてそれがなによりも辛かった。
少女は振り切るように走る。
目元の乾きは痛いだけ。
それだけでまた涙が出そうだ。
自分はこんなにも脆かったのか?
だから少女は故郷を思い浮かべる。
苦しみから逃げたくて。
そして浮かんだのは羊飼いの友人。
自分なんかよりも賢く、逞しく、それこそウィッチに相応しい。
何故自分がウィッチになったのか?
この居所を変わってほしい。
だって自分は変われないから…
こんな自分に出来ることなんてのは……
ドンっ
「きゃっ!」
「!」
がむしゃらに走り、ぶつかり尻物をつく。
呼吸を荒立てながらその場から見上げる。
ぶつかった相手は男の人だった。
「!?、やべっ、お、折れた……」
「(へ…?お、折れた…!?も、もしかして骨を!?ああああ!やばいやばいやばい!どうしよう!ああ!どうしよう?!!)」
少女は焦る。やってしまった。
軍人たる自分が民間人を傷つけてしまった。
前を見ずに走った結果だ。
尻餅から立ち上がる少女。
またその目には涙が再び溜まる。
_もういやだ。
_もうたくさんだ。
_密かに憧れていた都会に来たのに。
_良いことなんてなかったじゃないか。
胸の中に苦しく広がる罪悪感と焦燥感。
少女は頭を下げる。
「ご、ご、ごめんさ__」
「あーあ、ポキリと折れたな。あ、でもこれはこれでふんわりといい香りがする」
「……へ?」
「うっま、もぐもぐ……」
怒声を覚悟していた少女だが、その男は特に気にすることもなく半分に折れた"チェロス"を握り直すとひと口齧り味を噛み締める。
それよりまさか折れたのは体の骨ではなくチェロス…?
「あ、ぁぁ、そっち…」
「?」
その事実を知った少女は全身の力が抜け落ちた。
大事にならなくて良かった。
いやぶつかっておいて良くはないが。
「ごくん……で?君は大丈夫なのか?」
「!」
少女に振り向きながら声をかける男。
その腕にはチェロスが入った紙袋。
それも5本ほど。
随分と買い込んだようだ。
「まあウィッチはなにかと丈夫だし、尻餅くらい平気だろう」
「あ、はい……平気です」
「ん、ならいいや。まあ、とりあえず気をつけてな?」
「っ!ご、ごめんなさい!」
男は怒る素振り一つなく、むしろ少女を心配するような様子を見せ、ほんの少し注意を受けるだけで終えた。
するとその男は腕に抱えている紙袋からチェロスを1本取り出すと少女に差し出した。ふんわりと良い香りがくすぐる。
「あの、これは…?」
「チェロスだよ。ウィッチならしっかり食べとけ。魔法力の回復力は空腹に影響するし、空腹に慣れると魔法圧が下がり、まともに稼働できなくなるから」
「え、あ、はい…ありがとうございます…」
おずおずと受け取り、チェロスの良い香りによって抑えてた食欲がそそられる。
これまでストレスによって食欲が無く、お昼を抜いて食べてなかったことを思い出したから。
警戒心も忘れてそれを一口齧ろうとしたその前に引っかかった言葉に意識が切り替わる。
「待って!あ、あの!何故わたしがウィッチだって分かるんですか?」
「?」
少女は聞き逃さなかった。
都会に来てから機敏になってしまった耳はその人の言葉をしっかりと捉える。
そのことを尋ねられた青年はチェロスを齧りながら時計台を眺め、少し考える素振りを見せながら一口齧ったチェロスを飲み込んで答える。
「いや、その上着はバルセロナの魔女育成学校にある魔女候補生の訓練容姿だろ?それだけで判断つくよ」
「あ、いや、そうじゃなくて!いや、それもそうなんですけど!私が聞きたいのは魔法力を使ってたことに対して何故わかったのかな…って」
「ああ、そっちか」
そう言って折れたチェロスをひと齧りする男。
それから折れた分のチェロスを袋に詰めながら答える。
「微量ながらも無意識に魔力行使しながら走ってたのは感知してた。ただまさかそのままコチラにぶつかってくるとは思わなかった。なので咄嗟に力込めた。チェロスは犠牲になったが骨が折れるよりは良かろう。でもこれが一般人だったらおおごとだったからそこはちゃんと反省しような?」
「ぁぅぅ…ご、ごめんない…」
ウィッチは魔法力で身体能力を上昇する。
大人の男性との腕相撲でいい勝負できるくらいには筋力も上昇する。
特にこの少女はその傾向が強く、身体能力の上昇幅が普通の魔女よりも大きいため、彼の言うことは正しかった。
しかし少女にとってはまだ未熟故に魔法力のコントロールが効かず、振り回されることが多くあり、その苦労によって周りと同じ魔女候補生から馬鹿にされていた。
そんな辛い記憶がまた呼び起こされるが、でも今はそれ以上に気になることがあった。
何故、この人は魔法力を認知したのか?
少女はそれが不思議だったから…
「貴方は、何者なんですか?」
それを訪ねることは何を意味するのか。
少女は知らない。
良い意味でも、悪い意味でも、その存在はあまりにもイレギュラーであり、ただの民草では測ることが出来ない。
その正体は、同じ空を隣にした時やっと初めてこの存在を理解するだろう。
しかしそんな事を少女は知る筈もない。
だが、唯一、例外があるとするならば…
__願われて、初めて意味は示される事。
「___今はただの旅人だよ、ウィッチ」
チェロスを齧りながら応える。
代わりに甘い香りが漂う。
少女は手元に渡されたチェロスを思い出した。
すると…
腹から「くぅ〜ぅぅ」と愉快な音が鳴った。
「!!??」
明らかに空腹が訴える声だ。
それが少女から発されたモノだと分かると徐々に顔が赤くなる。
恥ずかしい!
恥ずかしい!!
それに対して青年はキョっと目を開いた。
「ぁぅ」
ああ、どうして自分はこうも…
居た堪れなくなった少女はさらに顔を赤くしてプルプルと震えながら俯いてしまう。今日はなんて日だ。自分はこの世界に嫌われているのかもしれない。友達の前ならともかく、見知らぬ人の前で、しかも異性を前にそんな姿を晒すことは一人の女性としてとんでもなく恥ずかしかった。
「どうやら空腹だったことを忘れるくらい相当悩んでるらしいな」
「……ごは、ん、たべて、なくて………」
横を向き、羞恥心にプルプルと震えながら消えそうになる声で答える。
もう笑うなら笑ってくれ。
その方がまだマシだ。
その方が慣れっこだ。
しかしその人はバカにすることなく、むしろどこか懐かしそうに、そのウィッチを相手する。
「まあコレも何かの縁だ。チェロスは幾らでも奢る。それに何か悩んでるなら話聞くよ?これでもウィッチのことならそれなりに知ってるからな。助けになれる筈だ」
「………………………う、ん」
もうここから逃げる元気もない。
それ以上にココから走り去ること自体さらに居た堪れなくなってしまう。
てかもう色々と諦めた。
それから適当な椅子に座り、追加でチェロスを渡され、いつのまにか飲み物も渡され、されるがままに流され、でもその人に話して心が落ち着いた。
あとチェロスも美味しかった。
…
…
…
…
そして…
「ゆ、ゆ、ゆっくり、と…」
「そうそう、いいよ。そのまま。変えることなくゆっくりと流す。押し付けるように放つんじゃなくて、手から勝手に溢れる魔法力を櫛で絡め取らせるイメージだ。うん、やれば出来るじゃないか」
「ニャー、ゴロゴロ…」
少女はブラシで野良猫の毛繕いをしていた。
何故こうなったのか?
それは悩みを打ち明けた結果から始まる。
♢
バルセロナの時計台から時刻を知らせる音が響く。
またそこには一人の少女がいた。
「おめでとう。第一段階はクリア。次は第二段階として他者ではなく使用者を中心とした耐久訓練だ。いまからこの壁を使って行う」
「耐久…?それと壁…?」
「そう、壁。コレに張り付いて貰う」
「え…」
少し理解できないような表情。まあ野良猫のブラッシングの訓練も同じような反応だった。とりあえず説明する。
「空戦ウィッチってのは地面に墜落してもある一定以上の魔法力と魔力の残量、それから使い魔の性質によってクッション代わりとして着地場所に魔法陣が展開されるのは知ってるな?地面の代わりに
「そ、そうですね」
「でもこの際は良い。その魔法陣によるクッション、謂わば『張り付き』を利用した魔力行使の技術を上げるための訓練。コレができると水の上を歩く事だって出来るし、全身の魔法力を片手に集中させてネウロイを殴り殺すことも可能になる」
「そうなんですか?」
「ああ。てかアレだ。ウィッチ専用の機関銃とかあるだろ?そこに魔力を込めて放てばネウロイの装甲を砕くことができる。その
「あ、まさか!野良猫とかに魔法力でブラッシングする訓練って!」
「その応用だ。アレは手のひらに薄く纏うことを中心とした魔力行使。イメージ的にはブラッシング用のクリームみたいなもんだな。その
「それが壁……あ、まさか!壁をブラッシングするんですか!?」
「アホ、なんでそうなるんだよ」
「ひぇ……ぅぅ…」
「最初に言った。コレは『他者ではなく使用者を中心とした耐久訓練』であること。それから魔法陣による『張り付き』と言うこと。君にはこの壁を使って張り付いて貰う。さてお話はここまでだ。とりあえずやってみろ。使うのは右手、右足、左手、左足!」
「は、はい!」
それから少女は壁に手を置き、壁に展開した魔法陣に足を張り付かせ、体を持ち上げる。しかしまだ感覚が掴めないのか魔法陣ごとズルズルと落ちていく。
「コレは…!うぐぐ」
「難しいだろ?でもそれは最初だけ。慣れたら案外簡単に出来る」
「あ、でも……!すこし、は!な、何とかなりそう…!」
「本来墜落時のクッションは無意識だ。と、言うより使い魔が援護してくれるから意識せずとも勝手に展開される。しかし今回は使用者が意図的にクッションを作り上げてそこに張り付くんだ。それを意識しつつ、耐久訓練として10分間を目標に…そして尚且つ」
「!?」
「最後は20キロの重りを背負って貰うからな!はっはっは!」
「えええ!!?」
「空戦ウィッチは重たい武器背負って戦うんだぞ?このくらいは出来ないとな」
「そ、そんなぁぁ…!」
それから数日が経過した。
彼女は自由時間になる度に訓練学校を抜け出しては俺に会いに来た。
理由は簡単。
自分に自信を持つため。
そして逃げずに強くなるため。
それは一週間前の話。
__えっぐ、わたしね、都会に来てからさ、えっぐぅぅ、すごく不安で、怖くて、でも故郷に逃げ帰る訳にはいかなくてね、ぅ、ぅ、うわあああんっ…
彼女から話を聞く限り、良くありげな田舎者苛めがそこにあった。
入校したばかりの少女はその苛めが嫌になってそこから一度飛び出した。
それなら涙も流して彼女の気持ちの整理は落ちつき、少しだけスッキリしたような表情になった。彼女のチェロスは塩味になったが「それはそれで美味しいだろ?」と誤魔化してあげるとやっと彼女は笑うようになった。
そして…
__逃げたら一つ、進めば二つ。
__え?
__これは俺を見送ってくれた人の言葉。その意味は聞いてないからわからないが、俺が解釈する限りこの意味は恐らく、逃げても命ある限り挑戦できる事、進めば失敗しようともその成果と経験が手に入る事なんだと思う。そして何もしないことはいつまでも変動のないゼロだから良くない事。
__!!
__君は一度逃げた。でも俺にぶつかって出会いという『成果』が手に入った。では今から進むことを選んだら成果が二つ手に入り、それが合計して三つになるとしたら、君はこれからどうしたい?
__っ…わ、わたしは…
__ここで立ち止まるかい?それともいまから進んで上り詰めたいかい?
__わたし……わたしは…
__逃げて距離が生まれた。しかしそこから助走すれば登りやすい筈。そんな俺は君の逃げた先の『成果』としてふんわりとした味付けをその空腹にチェロスを与えよう。これも何かの出会いだ。君が進むことを選ぶなら俺は一つ目の成果として手伝ってやる。どうしたい?
__っ、故郷に逃げ帰る訳には行きまん。わたしは逃げたくないです。
そして言葉通りに『壁を上る』ことになる。
それからほんの一週間程度の付き合い。
けれど成長と成果は、確かにあった。
まあ知ってたさ、そうなるくらい。
だってこの【世界】は
「そう、そのまま落ち着いて。それで魔法力を小さくでも濃く壁に流す。よしいいぞ。それをそのまま魔力量を変えずに集中」
「ぐ、ぐぐぐっ!」
「もちろん呼吸しながらだぞ?これは息を止めてやる訓練じゃない。慣らすための耐久訓練」
「ぜぇ、ぜぇ…!」
目の前の少女は手と足を壁に張り付かせ、手のひらや足裏から魔法力を放ち、磁石の様にひっついて地面に落ちない様に耐える。
「しかし、けっこう体力あるな」
「こ、コレでも!ぜぇ!ピレネー山脈で!友達と共に!ぜぇ!かなり走ってましたから!」
「基礎体力は充分、とても良いことだ」
「っ、でも、あ、頭の方は、あまり……うわああた!?」
落ち方が悪い。
俺はスッと落下場所に移動して。
「きゅっ!」
「喋るのは勝手だが集中しないと意味ないな」
落ちてきた少女を受け止める。
「す、すすす、すみません!」
「とりあえずもう一回だ。壁に向けて投げるからカエルみたいに貼り付けよ。ほーれ!いけぇぇ!」
「うわあああ!!?」
「ほらほら、貼り付け。ケロケロしろ」
「うぎぎぎっ!お、お、落ち、な、いッッ!」
「おー、張り付いたか。根性あるな」
「ぅぅうう!この、やろ、うっ!!」
「辛かったら諦めて降りてこいよ」
「ぐぐ!あき、らめ、ま、せんっ!!」
歯を食いしばりながら耐える少女。
四メートルくらいのところで踏みとどまる。
あの根性は若本を思い出すな。
……それにしても。
「やらせたのは俺だけど……これはこれで目のやり場に困るなぁ…」
この世界だから仕方ない
扶桑の海軍ウィッチはスクール水着タイプだから早い段階で慣れたけどこちらは思いっきりオープンだ。
見せパンってレベルじゃねーぞ。
これは世界レベルだよ。
「よし、5分経った。ゆっくり降りてこい」
「は、はい…!」
プルプルしながら降りてくる少女。
その間に時計台を見る。夕方だ。
「お疲れ様。水飲むか?」
「は、はい、いただきます」
水を渡し、壁に寄りかかり、静かに空を見る。
ココはまだ比較的平和だな。
オラーシャはウラルから逃げ延びようとするネウロイの残党狩りで少し騒がしかったが、ウィッチが数人配備されていればモスクワとかなんとかなるレベルだった。
まあイベリア半島はカールスラントとヒスパニアの防衛区域だし優秀なウィッチもいる。
たまに現れる飛行型のネウロイもそこまで脅威じゃない。
二ヶ月前の本国を懸けた大戦……扶桑海事変とは打って変わってこの辺りはかなり安定していた。
「
「熱が高まった体に急な冷水って実はそこまで良くないんだよ。血液の動きが悪くなって疲労回復能力が下がってしまい疲れが取りづらくなる。しかも疲れの取れてない事に体が慣れると免疫力が下がり、しかもこれが魔女の場合だと免疫力の低下を抑えるために魔法力が無理やり働き、知らぬ間にあらゆる魔法能力が低下してある日調子を大きく崩す。魔女の場合それで早めにアガリを迎えてしまう可能性だってある」
「ッ、そ、そうなんですか?」
「ああ。だから摂取するものにはそれなりに気を遣った方が良い。あ、砂糖入りの卵焼きとかオススメだな。卵って全部栄養だからな。殻も含めて」
「え、殻も食べるんですか!?」
「それは食わなくて良いよ。まあ好きなら食べてもいいけど。もしやアンドラでは卵の殻も食べるのか?君の故郷は随分と逞しいんだな」
「食べませんよ!?」
それから少女は立ち上がり、夕日を見る。
俺と見てる方角は同じ。
「あの、ジムさんっていつまでバルセロナに居るんですか?」
「明後日くらいには次の場所まで足を運ぼうかと考えてるよ。かれこれバルセロナには2週間ほど滞在してるからな。そろそろ次の街も観に行きたい」
「そうなんですね……ジムさん、その、今頃ですけど、色々とすみませんでした」
「?」
「いえ、その…… ジムさんはせっかく観光に足を運んで来たのに私に色々と教えてくれて、それで貴重なお時間を使わせて貰って…」
「ああ、なるほど?別に気にしなくていい。観光が足りなかったらまたバルセロナに来れば良いだけだ。それに俺は魔女が成長するところは好きだからな。なのでこの程度の知識で良ければ幾らでも手助けするさ」
「いえ、そんな!ありがとうございます!しかし、なんと言うかジムさんは不思議ですね?男性の方で、その、魔女候補生の育成方を知ってるなんて…」
「魔女に関する論文を読むの好きでな、色々と知識があるんだよ。実際にもヒヨッコ程度の魔女なら手伝う形で少しばかし魔法の使い方を教えた事がある」
「!……あの、もしかして、ジムさんって軍人さん?」
「いや、軍人じゃないよ。
「そ、そうですか…」
嘘は言っていない。
俺はそれだから。
「なあ、今見ているこの方角に君の故郷アンドラがあるんだよな?どんな場所だ?」
「アンドラですか?ココほど煌びやかではないですよ。でもピレネー山脈に囲まれた自然を裸足で駆けると楽しい場所で… って、これでは子供の記憶ですよね?あはは、すみません」
「今も子供だろうに?何言ってんだ」
「なっ!そ、そういう意味では!」
「わかってるよ、冗談だ」
「っ〜!もうっ!!」
「とりあえずそろそろ戻りな?軍属である以上門限前に戻らないとやかましいんだろ?あと…」
「在学中の育成学校以外で他者から学んだことは絶対に口外しない……ですよね?」
「そうだ。そこは軍の管理する学校だ。教育方針に逸れる教育者は軍規違反の危険対象として扱われて退学させようとする。そりゃ君にとって望んでない環境だったかもしれないが軍属の管理学校だけあって受けられる保証は大きい。それを可能な限り無駄にしないで欲しい」
「わかりました…」
「……君はちゃんと強くなってる」
「え?」
「進む先で成果は出てる。錘も付けられるようになった。ぶつかった壁を乗り越えようとしている。今ここにいる君は誰よりも努力をしているんだ」
「!!」
「俺がそう決めた」
バルセロナの時計台から音が鳴り響く。
夕方の合図だ。
「さて、この付き合いは明日で最後になる。だから明日テストする。また同じ場所で同じ時間に来い。成果を試してやるよ」
「!」
「ココが都会だとか、バルセロナだとか、学力差の歪みだとか、そんなの関係ない。この一週間をやり通して来た君自身が魔女たらしめられる箒か見極めてやる。君に出来るかな??」
「っ!…わたしは……やりますっ!」
その後は解散。
彼女は寮に。
俺は二週間ほどお世話になった安宿に戻る。
一月の空気は未だ冷たい。
そして…
…
…
…
…
進んだ先で。
成果はちゃんと『二つ』手に入った。
「もし出会えたら私の友人『マリア』によろしくお願いします!」
「ああ、そこで出会えたらな」
一週間前とは変わって顔つきがほんの少しだけ変わったヒヨッコの魔女。
今は涙に枯れず、心に自信が根付いた
「ジムさん!私頑張りますから!何度も登りますから!落ちても上ります!だから!どうかお元気で!!」
二週間前にやってきたバルセロナ。
とある島国から背を向けて逃げるように、孤独な空と大地を駆けた先で、この街に知人は誰一人おらず、謳われた威名とは正反対にしばし静かな歩みだったけれど、今日この日は一人だけ俺の行先を見送ってくれる魔女がいる。
その手のひらには文字通り壁を上り詰め、乗り越えた努力の証が刻まれていた。
俺はそんな努力の魔女に振り向き、手を上げ…
「ああ、頑張れよ、イリス・モンフォート」
背中の荷物を揺らしてバルセロナを去った。
♢
「って、感じに君の友人はバルセロナで頑張ってたよ」
「そうなんですね。そっか……イリス、今もバルセロナで頑張っているんだね」
「てか君があの子の知り合いだったとか、偶然な出会いにしては随分と出来てんな?」
「アンドラはそこまで大きく無いから人に会いやすいんだよ。でもまさかジムさんがイリスと知り合いだなんて都会はロマンチストだね」
煌びやかなバルセロナの街とは打って変わって緑一辺倒な大自然、ピレネー山脈に囲まれた国アンドラの酒場で腰を落ち着けてナイフとフォークを食事に使う。
ピレネー山脈で育った羊の乳を使用した優しい味が口の中に広がる。
そして仕事の休憩中で話に付き合うのはその羊を世話する羊飼いの少女。
名は『マリア』と言う。
「ところでジムさんって故郷は何処ですか?」
「んん?そうだな…この言葉がわかるなら教えてあげるよ」
「……え?あの…いまは何語で?」
「さーて、一体何処の国の言葉かなー、と」
「あー!ずるーい!てか国が分からないならそもそも言葉もわからないじゃない!」
「お、そうだな。さて、ご馳走様っと。君はそろそろお仕事じゃないのか?」
「あ、本当だ」
お皿を下げようとして、お店が「そのまま置いて良いので!」止められる。
それから食事の代金を置きながらお礼を言って店を出た。
マリアとは別れて俺は一人フラフラとアンドラの町中を歩く。
バルセロナに比べると街というより町だがこれはこれで味がある。
時代を遡ってストライクウィッチーズの世界に来た特権と言うべきだろうか、この観光も悪くないな。
でも前世の知恵は半分近く頼りにならないのでこの世界を知ったつもりで歩くと痛い目に遭うだろう。色々違うし。なによりこの世界だと織田信長は本能寺で燃やされず生きてる世界線だったり。てか前にも言ったなこれ。
それから町の外を出て広がる芝生を眺める。
適当な日陰を探し、そこまで歩き、寝転がる。
風が気持ちいい。
「ふー、それにしても……随分と離れたな」
ここに来るまでの半年間、大陸を移動してる。
まず出たのは刻が9月頃くらいか…
最初はウラルを乗り越え、一気にオラーシャ帝国の首都モスクワまで辿り着き、そこでは有名なピアニストの演奏を聴かせてもらったり、そのピアニストの奥さんの使い魔の治療法を見学させてもらったりと学ぶことが多く、あとウオッカを飲んだりして喉を焼いたりしながら二週間ほど滞在した。とても良い経験だった。
その後は同じくオラーシャ帝国のキエフまで到着するとここでも二週間ほど滞在。すると気候が荒れたので落ち着くまではしばらく雪かきを手伝ったりしながら路銀稼ぎを行い、その最中モスクワに住んでいるピアニストの留学中の娘さんに出会ったりもした。しかもその娘はナイトウィッチ候補生でありこれまで見た魔道針の中で一番洗練されていた。明らかにエースウィッチの素質がある。
それから気候が落ち着くとダキアのブカレストまで移動する。この辺りはオラーシャ帝国とは違って気候が落ち着いていたが代わりにネウロイが現れた。しかも夜中に。そんでもって迎撃のために一人のウィッチが出撃していたのだがドラム缶数本の灯火に照らされた飛行場から出撃して応戦していた。しかも聞くところ夜間訓練はまともに積んでないらしく、それでもネウロイは無事に撃破してた。しかもそのウィッチは大貴族かつバイリンガルでめっちゃ良い人でしばらく泊めてくれたしスポーツ万能で頭も良くて持っている固有魔法もかなり強力で色々ハイパースペック過ぎたりと何処ぞのバンガード貴族*1に比べたら人格者過ぎる。
次に向かったのはオストマルクの白い町ベオグラードで同じく二週間ほど滞在した。ココは巡るところ多すぎて困ったくらいだ。ただそこでとあるウィッチと久方ぶりに出会った。ウラル以来だな。相変わらずユーモアが何一つ通じない面白みのない人だったが既に大尉になっているあたりオストマルクを代表するエースウィッチだった。ただ身長は伸びてない。
それからアドリア海を沿ながらモエシアの首都ミラノでピザを食べながらサッカー観戦を楽しみ、ここでは一週間ほどの滞在。ネウロイの脅威は特になく平和そのもの。イタリア料理もといモエシア料理を心ゆくまで楽しんだ。パスタが美味しい。
次にロマーニャ公国は周らず、横断する程度に足を踏み入れ、そのまま直行してガリア共和国に入国すると地中海に沿って踏み歩きながら立ち止まる事なく進行、一週間かけてオストマルクの港湾都市バルセロナに到着する。またそこで二週間の滞在。
それからイリス・モンフォートにガリア共和国とヒスパニアに挟まれたピレネー山脈の内陸小国『アンドラ』のことを聞かせてもらい、俺はバルセロナを折り返して北進を決めるとアンドラまでやってきた訳だ。ここまで旅の流れ。
「まあ、これまでめちゃくちゃ頑張ったし、今は彷徨うだけの役割も良かろう。もし何処かで願われ、求められるとしたらいずれ何処かで立ち会うだろう、この魂も」
これでも時々、手の甲が役割を訴えるようにヒリ付きを感じさせる。
だからその通りに空を飛んでネウロイを見つけては旅の中で倒している。
その度に手の甲へ
それを今は繰り返すだけだ。
「メェー」
「……んあ?」
どアップに視界を埋める。
ピレネー山脈のモフモフの羊だ。
「……」
「メェー」
俺は無言で返す。
でも羊の鳴き声が返ってくる。
「………」
「メェーェェ」
俺はジト目で羊を見る。
でも鳴き声が返ってくる。
「ラーメン、つけめん、僕イケ?」
「メェェェン!」
言葉を合わせてみる。
都合の良い鳴き声が返ってきた。
「ありがとよ。お前もイケメンやぞ」
「メェ」
「何やってるんですかジムさん…」
呆れ顔の羊飼いマリア。
どうやらこの羊は放牧中の子らしい。
それより何やってるかって?
ふむ、強いて言うなら。
___熱い男の友情かな(ドヤっ)
「メェ!!!」
あ、女の子だったらしい。
ごめんなさい▽
つづく
【イリフ・モンフォート】
アンドラ出身でお金持ちの娘であり、魔女候補生としてバルセロナの育成学校に入学するも田舎育ちと都会で馬鹿にされ、メンタルが折れかけたところにチェロスの人と出会い、メンタルの代わりにチェロスが折れてくれた。それから進むことを選ぶとチェロスの人から魔法力の使い方を学び、一度精神的に安定すると元の学力はともかく実技では優秀な成績を収めるようになった。それでも変わらず田舎育ちと馬鹿にされているが気持ちに余裕が出来たため気にならなくなる。故郷に帰省後は【アンドラの魔女】として活躍することになるが、それは先の話である。
【チェロスの人】
役半年前に致し方なくとある島国を出たが、2年か3年くらい経過したら一度戻る予定らしく、それはそれとして旅自体はかなり楽しんでいる模様。チェロスにどハマりした後ピレネー山脈の内陸国アンドラまでやってきた。羊やらピレネー犬やらモフりながら滞在中。
ではまた
スピンオフ『アンドラの魔女』は読んだことありますか?
-
ある
-
ない
-
存在だけ知ってる