二年前はウラルの空で幾度なく飛び回り、ネウロイを見つけて撃ち落とし、第十二航空隊に戻れば暖かい家がある。ガンダム界の鉄血風に言えば家族のような暖かさが約束されているからウラルの空がどんなに悪天候に呑まれてようとも帰れる場所が俺にはある。だから不安なんてなかった。
しかし今はなんてことない世捨て人。
海軍の軟禁を嫌っての逃亡生活。
あの頃はもう戻らない。
でもそれはそれで構わないと思っている。
戦いなんてのは好んで起きるべきじゃないから。
なのに、ネウロイはまだ飽き足りずにこの空に現れてきた。それも形を偽って。
__あまり調子に乗るなよ、紛い物が。
ビームライフルのトリガーを引き、現れた紛い物に向けて狙撃する。
紛い物の腕を破壊すると俺は(寝起きでフラついて)壁ドンして連れてきた犬房にこの場から鈴香達を引かせるように頼み、手元にファングを取り出しながら奴と睨みを効かせて対面する。*1
なにせ質の悪い寝起きドッキリで俺は大層機嫌が悪いのだ。
「キュベレイか」
「キ、キ」
ピエロの形をしたネウロイ。
それはキュベレイと呼ばれるモビルスーツ。
華のある美しい機体だ。
「再生力が早いな……もしや500cost帯の白キュベか?…行け!ファング!」
三つのファングを飛ばしながら俺は太陽を背にする形でキュベレイの真上を取り、ビームライフルを構える。
飛ばしたファングはキュベレイに噛みつこうと飛び交い、キュベレイはファングに反応するとフヨフヨと纏っていたファンネルを動かしてファングを迎撃する。
三つのうち二つが破壊されるも残り一つはキュベレイの脚に突き刺さる。
すると…
「キ、キィィ!!??」
「!」
キュベレイはなんとファングを撃ち抜こうとして自分の脚ごと撃ち抜いてしまった。
なに…??
自傷??何かの間違いじゃないのか?
いや、違う、違うな。
これは………起こるべくして起こった。
「くくくっ……あっはっはっは!!」
「!!」
俺は眠気も忘れて思わず笑ってしまう。
ああ、そうだ。
そうだったな。
コイツらは結局は
「まあそれもそうだよな!ニュータイプでもなんでもない出来損ないの紛い物がサイコウェーブ無しでファンネルなんて武装を上手く動かせるわけ無いよな!」
ファングやインコムみたいに自動で追尾するならともかく一つ一つを事細かに操作しなければならないファンネル武装に対する高すぎる要求値、その形を真似た程度の紛い物如きがキュベレイなんかに乗れるわけ無い。
ああ、知ってたさ。
それはとんでもなく難しい機体であること。
そりゃお祭りゲーの画面越しでは長押しチャージからのワンボタンで放てる低コスト殺しな武装を持った機体だったが、しかし実際にこうしてその機体の形を偽り、それを本当のキュベレイとして動かそうというのなら、それこそガンダムバーサスのようなご都合主義に護られてなければ動かせるはずもない。
「くくく、はははっ…!………すぅぅ……ッッ!!原作を馬鹿にするなよ紛い物!!植えられた
太陽を背にしてビームライフルを連射する。
キュベレイはファンネルによる迎撃を一度止めると体を逸らして回避する。
まともに動かせないファンネルの武装はともかく即座に回避を選んだ素早い判断力は強いネウロイとしての証拠なのだろうか。
しかし体の大きさが足を引っ張っているのか何発かビームライフルに直撃し、装甲が剥がれ落ちる。
それでも簡単に砕けない辺りネウロイも強固に進化していると言うことだろう。
「そりゃファンネルは初見殺しさ。小さなビットから無数のオールレンジ攻撃なんて見れば誰もが恐れるだろう。しかし本当のファンネル武装を知っている俺からしたら、その器を見抜かれた貴様程度に恐れる要素などこの瞬間一つもなくなった」
「キ、キィ!」
「ああ!遅い!とんでもなく遅いな!!」
「!?」
ファンネルは俺を囲って攻撃しようと真下から迫ってくるが、ギンギラに照りつく真夏の太陽が熱感知を阻害してるのかファンネルの動きが悪くかなり広がってコチラを囲おうとする。お陰でわかりやすい。
ネウロイの悪いところが邪魔したな。
まあそのために俺も初手で真上を取ったのだがその辺りが対策できてない辺り、結局は本質がネウロイのそれに変わりなく、知能が獣レベルであることが改めて証明された。
俺はファンネル達がポジションに着く前にビームライフルで撃ち抜き、またポジションに付いてファンネルを放たれても愚直に放たれる直線的なビームは体をいなして回避。
そしてGセルフのように鋭く伸ばされたビームサーベルでファンネルを切り落とし、キュベレイのオールレンジ攻撃を悉く無力化する。
するとキュベレイも手のひらからビームを放って攻撃してきたが、それすらもビームサーベルで横に切り裂いてビームを打ち消した。
「キィ…!!?」
「コッチはこのウラルの空で北郷部隊の副隊長だった人間だぞ!この程度出来なくて章香の支柱になれるものか!俺を
そんな俺の隊長だった章香も真剣でビームごとネウロイを切り落としていたことがある。
しかも二刀流で二体同時にネウロイを斬り伏せていた。
あの芸当に比べたらバカでかいエネルギーでビームを打ち消してる俺なんか全然甘い。
まあ俺は剣豪といえる達人ではないので張り合うつもりはないが、代わりに狙う方を得意とするし、これを強みにしている。フラッシュ暗算とか、ビームライフル部とか、アーチェリーとか、学生時代はその辺りをな。
さて。そろそろ、いいだろう。ビームサーベルでネウロイのビームを斬ったがこんな芸当を見せるためにわざわざやったのではない。コレは対ファンネル兵器としていま握っているのだ。
「付き合いきれんな。これならまだ憎悪に身を任せたバンシィ・ノルンの方がネウロイらしく恐ろしかったぞ」
魔法力をたっぷり込められ、今にも暴発しそうなビームサーベルをキュベレイに放り投げると残りのファンネルが反射的にキュベレイを守ろうと動き出すが、俺は原作のZガンダムみたく投げ入れたビームサーベルにビームライフルを放ち、ビームコンフューズを行うことで暴力的なビームの衝撃波で半数以上のファンネルを破壊する。
またそのビームの衝撃波に怯むキュベレイにGーアルケインが扱うビーム・ワイヤーを放って胴体を縛ると強引に引き寄せ、ビームコンフューズの起爆に使っていたビームライフルをガブスレイの扱う銃剣『フェダーイン・ライフル』に変換させるとトリガーを引き、黄色のビームサーベルがキュベレイの胴体を貫く。
「ギィ!?ギィィ!!」
「しかし…」
ハマーンがどうのこうのと言ったがこのキュベレイってそういえば何色だ?
白キュベか?
それとも本当は低コストの赤だったとか?
ネウロイの色は黒一辺倒だから判断つかない。
もしそのままのネウロイの黒色で判断して良いならエルピー・プルが乗機として扱う黒キュベなんだろうけどバーサスに黒キュベは登場しない。
ならその判断としては高コストの白キュベレイか、低コストの赤キュベレイのどちらかになると思うが、装甲の回復の速さからしてやはり白レベルはあるんじゃないかと思っている。
「キィ…キィ!!」
「…」
いや、色なんて関係ないか。
考えればそんなのどうでもいい。
何故なら、お前は…
「形偽っただけのネウロイだからな」
白か赤か判断つかないがキュベレイの胴体に突き刺したフェイダーイン・ライフルのサーベルをそのまま横に、胴体を半分に切り裂いた。
すると最後の足掻きとしてファンネルがコチラに放たれるが、愚直な攻撃など当たるわけもなく体を逸らして回避する。むしろキュベレイの装甲を掠めた。
ただ本能のままに動かせる武装じゃないなコレは。正直俺も諦めたし。
使っていないのがなによりの証拠。
そして切り裂かれた胴体の中に赤い光、またはネウロイのコアが見えた。
フェイダーイン・ライフルを銃モードに切り替えると長い銃身を赤いコアに突きつける。
「ガラスのロープすら渡れず、睡眠妨害でしか観客を喜ばせれないサーカスのピエロなんてのは、灰にしてやる」
そして、トリガーを引く。
黄色の閃光がキュベレイを貫いた。
結局、色の判別つかないままキュベレイは爆散するとネウロイのように砕け散る。
「!」
するとネウロイをこの場に召喚した黒雲はこの結末を見届けたのか去ろうとする。
「逃すかァァ!」
フェイダーイン・ライフルを構える。
出力を最大にトリガーを引く。
銃口からは強力なビーム砲が放たれた。
去ろうとする黒雲にぶつかるが一年前の浦塩みたいにバリアーで防がれる。
「っ、ちっ…!」
そしてストライクユニットのブースト量がオーバーヒート寸前まで来ていた。
これでは前と変わらない展開。
このまま逃してしまう。
そんな俺に黒雲はチャンスと考えて再び逃げ去ろうと動き出すが…
「ガンダム勢の『オバヒ足掻き』をあまりバカにするなよ…!」
遠のく黒雲に対して再びフェイダーイン・ライフルを構える。
少しずつその場から落下する俺。
ストライクユニットも最後の力を振り絞るようその場で俺を停滞させる。
ああ、充分だ。
ほんの数秒で良い。
武装はそのままでアレを撃ち抜く。
こんな繰り返し、もう飽きた。
「出来の悪いサーカスのオーナーはそろそろ退場を願おうか!終わりにしてやるよ!」
フェイダーイン・ライフルに有りったけの魔法力を込める。
するとウラルの風が頬を撫でる。
「____」
穏やかとは程遠い、不安へと誘う風。
それはいつだったか夜間哨戒中に落とされた日の風と似ていた、残酷の風。
それが俺を包み込む。
……ああ、それがなんだというんだ。
もう奇跡は起こらない。
そこに戻ることはない。
このウラルの空で二度と落ちてたまるか。
「いけぇぇぇ!!!」
トリガーを引けば銃口を溶かす勢いで放たれる最大出力で放たれたる凶悪なビーム砲。
それはまるでマラサイの
黒雲のバリアを砕かんとする勢いがウラルの空を震わせると黄色の閃光は…
ウラルの雲を切り開く勢いで黒雲を撃ち抜いた。
「もう二度と浦塩の花を散らしに来るんじゃねえ!それでも飽き足りぬと言うなら俺自ら討ってやるぞ!怪異共ォォ!」
空に響き渡る願那夢の声。
それと怪しく光るプレッシャー。
黒雲はその声を共に消し飛んだ。
♢
遠くから見たその活躍は確かに願那夢と名乗るほどの威圧感を放ち、空の彼方に届く黄色の閃光がネウロイを生み出した黒雲を消し飛ばすと一つの怪異はウラルから消え去った。
今はもう終わった扶桑海事変であるが、一年前はこのように圧倒的な力を持ってネウロイを葬り去り、扶桑皇国に貢献してきたことがよくわかる。そんな強さを私は見る。
それともまだコレは片鱗の一つ程度だろうか?
それでも一つ言えることは…
姉章香が空の世界で願那夢に対して強い信頼を置いていた理由がわかった事だろう。
「以上が報告です」
「そ、そうか……願那夢には頭が上がらぬな」
「ええ。私達は……何度、あの存在に救われるのでしょうか」
「わからぬ。だがネウロイが存在する限り、願那夢はその役割を果たすだろう。だが忘れてはならんぞ。そうする彼もまた我々と同じ人の子である。いつまでもソレが健在である確証は無い。我々扶桑皇国軍も英雄に遅れぬよう速やかな軍事強化と国力復帰を目指さなければならぬな」
「そ、その事なのですが」
「?」
「願那夢は……この浦塩を出るみたいです」
「な、なぬ!!?」
願那夢は……彼、黒数強夏はあの戦いが終わった後、ゆっくりと地上に降り立った。
私達も仲間を助けるため地上にいたためすぐに地上の彼に駆け寄ることができた。
しかし彼は手の甲を押さえながら遠くを見る。
正しくは黒海側の方面。
__奴らがいる。
願那夢から吐き出された言葉は重たく、ソレを落とさんとばかりに定める。
見えないモノを睨んでいるのに、倒すべき敵を捉えているように私は見えたから、そんな彼が少しだけ怖くなった。
そして、彼は手の甲を押さえながら言った。
__役割が訴える。
__引き寄せられる……その引力に。
__俺は留まれない。
__この魂が願われているなら。
「そうか……なら、彼はこのタイミングがわかっていたのかもしれぬな…」
「え?」
「実はナイトウィッチを一名だけ陸軍の方で確保できた。そしてそのナイトウィッチは浦塩に回されることになった。そのため近々、願那夢を夜間哨戒任務から外そうと考えていたところだ」
「!」
「この抜けるタイミングといい、どうやら願那夢とやらは私達扶桑軍人には見えぬ先のナニカを見ているのかも知れぬな。本音を言えば一年前のようにこのまま浦塩の空を守ってくれたらと思っていたが… いや、しかし、願那夢はこんな小さな島国に収まらぬほどなのだろう」
短い付き合いだが私は黒数強夏を知っている。
姉章香のような人格者。
あと親戚のお兄さんのような方。
第十二航空隊の副隊長として歳行かぬ娘たちの面倒をみれるほどの器。
それは姉章香からも聞いた話。
その通りの人間である。
でも……数刻前の空で見ていた。
願那夢として空を疾る時、それは敵であるネウロイを討たんとする威圧感を纏いながら怪異で染まろうとするウラルの空を支配していた。
恐ろしい存在だった。
人類の味方でよかったと思うほどに。
だから私は思う。
彼は黒数強夏として親しみを生むが同時に願那夢として空を疾る存在なんだと。
人間程度が彼の行先を捉えられる訳もない。
……唯一、姉章香を除いてだが。
それでも姉章香は彼を尊重するだろう。
彼がまた扶桑を出たとしても、ソレもひっくるめて黒数強夏という存在であることを受け入れながらその空で約束を待つ。
そんなビジョンを容易く思い浮かべれるほどに。
「北郷少佐、先にこのことを願那夢に伝えてくれ。無論コチラでも追って伝えるが少佐からも伝えてほしい。話は以上だ」
「了解しました」
敬礼して部屋を出る。
私は廊下を歩き、外を出る。
復興作業中の音が街から聞こえる。
こうして同じ光景が見れるのも誰かが空の彼方でネウロイを討ち、平和を守るからだ。
今日は願那夢が守った。
明日はウィッチが守れるようになろう。
「鈴香」
私は声に振り向く。
そこには黒数強夏がいた。
「黒数さん。お眠りになってなかったのですか?」
「少しだけ寝てたけど眠れなくてな。まあウトウトしながらも夜間哨戒は出るから気にしなくていい。カールスラントでもそうだったし」
「カールスラント…?」
「コッチの話だ。それより改めて今後のこと伝えておくべきだなと思ってな」
「!…でしたら私も黒数さんにお伝えするべきことがあります。どこかお茶にしませんか?」
「いいぞ。それより『黒数さん』なんて改まってどうしたんだ?いつものようにお義兄さんとは呼ばないのか?」
「あ、それは……いえ、そうですね」
「…鈴香、今は願那夢じゃない。黒数強夏として眠気と闘いながら浦塩の街を歩いている俺は人間で沢山だ。だからあまり気にしすぎるな」
「!」
そう言って私の頭に手を置いて撫でる彼。
遠回しにセクシャルハラスメント行為にプラスして不用意にウィッチに触れてしまっていたりと中々軍規の神経に触れてしまっている状態だが、その手のひらの温かみに身を寄せてしまう私は兄が欲しかったのかもしれないと勘違いしてしまいそうだ。
まあ大半は年下として扱われているだけのことなんだろうけど、そこに軍規も階級も持ち込まない彼の倫理観と価値観はこの世にないようなモノに気がして、逆にソレは心地よくも感じてしまう。やっぱり私はお母さん似なのかな?
第十二航空隊のウィッチたちが彼に懐いて寄り添っていたのもこの距離感があったからかもしれない。
故に思春期な娘に対して少し危険な人だ。
まあだから姉章香もそんな彼に堕ちたのかもしれないが同時に納得すら覚える。
「ありがとうございます、お義兄さん」
「ああ。そんじゃ生還祝いとしてお団子でも食べに行こうや。そこで色々と話をしておきたいし、鈴香にしか頼めないこともあるからな」
「私にしか…?」
「正しくは、北郷家の人間…に、だがな」
それから適当なお店に入り、私は彼と話す。
コレからのこと。
この先のこと。
彼は険しさを感じさせながら空を視ていた。
その眼差しはウラルよりも先の果てへと…
そして____3日後の早朝。
まだ日が登っていない梅雨明けの空。
私以外に見送りはない。
再び旅立つ哀戦士は『北郷』に紡ぐ。
__章香に伝えてほしい。
__また逢いにいく、と。
想い馳せるその言葉は静かに耳を通す。
『北郷』である私は頷きながら彼を見送る。
その軌跡はまるで怪異を斬り裂く彗星の如く。
♢
これは、とある登山家の話。
かつて、ベリオンの記者に問われた。
『なぜ山に登るのか』と__
私は、そこに山があるからと答えた。
だが___私はこう聞き返した。
なぜ君らは登らないのか、と___
そんな会話は1937年の出来事。
熾烈を極める作戦を前にしていた時である。
…
…
…
あの質問から数ヶ月が経ち、頂を見上げる。
登山家は帽子を被り、その北壁に手を触れる。
人類末端の山、アイガー北壁。
その山頂に『航空表示器』を設置する作戦が人類に課せられていた。
それもなんでことない人の身で。
なに?
空を飛べるウィッチで設置すれば良い?
ふん、バカを言うな。
山に固定砲台のネウロイが張り付き、雪空で熱を感知すれば、鉄だろうと、鳥だろうと、魔女だろうと、容易く撃ち抜いてしまう。
だから人の身でくぐり抜けるんだ。
そうやって困難を極めた山岳作戦は人間の身で挑むことになり、山の恐しさと怪異の非常識を隣り合わせに挑み始めた。
故に___何人もがこの山で滑落した。
されど登山家は惹かれる先を目指す。
魔女の目印を残すため。
人類の底力を知らしめるために。
山頂に手を届かせ、過酷を退き私は空に促す。
__見ろ、ネウロイよ。
__これが人間だ。
一つの作戦を終えた、その男。
名はジョージ・マロニー。
エベレストの英雄にてアイガー北壁を征服したただ一人の男であることを。
…
…
…
1939年。
あれから二年近くが経過した。
そんな『彼』はまた、新たに人類で挑む。
あれから発展した世界。
戦いも続けば技術開発も進む。
しかし、技術だけではどうにもならない現実はこの世には数多存在する。
だから人の身が必要だ。
そしてある日のことだ。アイガーの北壁の時のように別のとある山に航空表示器を設置しようとする新たな山岳作戦は魔法力なんて存在しないロマンだけが突き動かす、ひとつの体一に委ねられた。
登山家ジョージ・マロニーは山を目指す。
そして作戦の始動前__同じ質問をされた。
『なぜ山に登るのか』と__
私は同じく、そこに山があるからと答えた。
して、再度___私はこう聞き返した。
なぜ君らは登らないのか?
山は登らずにいられない__
それが…
それが…
人間ではないのか、と___
ああ、しかし___それは人類のためか。
ああ、されど___それは己のためなのか。
いや、どちらもだ__全てを背負う。
突き動かすロマンスが頂を目指す。
私は山を登らずにいられない。
この記録は1939年の秋。
手に触れる大地の生命と共に追憶する。
「ああ、やはり山は良い」
何時ぞやの極地に比べ緩やかな気候。
三年前のアイガー北壁に比べ楽である。
しかし、油断は命取り。
登山家はその時に落ちて死ぬ。
慎重に上り、慎重に進め、だが大胆に投じる。
山がそこにあるから。
「よし、これで、この空域も来年までは大丈夫だろう」
そして果たした。
人類はまた一つネウロイに勝った。
もちろん小さな成果だ。
ネウロイは絶えず、やってくる。
しかし人は諦めない。
だから私はその頂を目指し、人類として立ち向かった。
「む?……あの光は、ネウロイ…?いや、ちがうな、違う。ネウロイはもっと、妖しく光る…」
それは頂で目の当たりにする。
経験のない鮮烈な記憶として刻まれる。
それから作戦を終えると、繰り返し、記者に問われた。
『上り詰めたその山に何があった?』
私は『山があった』と__記者に答える。
ありきたりな解答に記者は苦笑いした。
だが、同時に___私はこうも答えた。
____彗星が疾っていた。
____それから、そこで会話もした。
記者は『彗星』に首を傾げた。
山男な私は少しだけ笑って返す。
登山家は些か分かりづらい生き物だ。
理解をえられないのは仕方ない事だろう。
私は山のみ、この体を突き動かす。
しかしそれでも情動で覚えている。
それが頂に手を伸ばす者の心だから。
だから私はその記者に___こう答えた。
____彼は、確か、そう。
____己を『願那夢』だと言っていた。
記者はそれを聞いてひどく驚いた。
それもそうだろう。
私も驚いたのだから。
だから私は思わずその彗星に聞いた。
__何故、空を飛んでいるのか?
彗星は___そこに
その時の私は、それはもう非常に、そして愉快に笑った。同じように返されたのだから。
ああ、そうだな。
聞くだけ野暮だった。
私は山があるから登る。
彼は空があるから飛ぶ。
そこに大差はない。
突き動かすモノがあるから投じる。
__彗星よ、一杯だけ奢らせてくれないか?
「彼は間違いなく、彗星の如く、人類の希望とならん」
その話を記者にすると驚き転がった。
やはり、願那夢で間違いなかったか。
なら共に飲んだコーヒーの味は確かだろう。
それから飛び出そうとして__
__貴方は何故、山に登ろうとしたんだ?
そう尋ねられた。
聞き飽きるような質問だろう。
しかし私はこの山を登るように何度も何度も答えるだろう。
___何故ならそこに、山があるからだ。
彼は___ああ…俺も、そう言い続けたい。
そして彗星の如く、空の雲を突き抜ける勢いで飛び、その奥へと消え去った。
しかし彼もまた、私と同じ人類だった。
___なれるさ、そこに想い馳せるなら。
改めて___この記憶は1939年の秋。
なんとも珍しい経験であった。
だから私はまた繰り返す。
そこに山があるから。
さあ、次のロマンはどこにあるだろうか。
私を突き動かす『頂』はこの体に欲している。
なら、何度でもそれを繰り返すまで。
この私、ジョージ・マロニーは人類だから。
つづく
【黒数強夏】
浦塩を後にすると再び欧州を目指し飛び立った。一年前と同じく放棄された基地などから燃料を回収しつつ、オラーシャを添うように飛びながらモスクワを目指し、明確な行先は手の甲の訴えが教えてくれる。黒海に近づく毎に『紛い物』と出会うようになり、願那夢としての役割を果たし始める。とりあえずまた本場のチェロスがこれで食べれると知りネウロイの根絶に力が入った。やったぜ(UC)
【北郷鈴香】
無事に願那夢をする黒数強夏に脳を焼かれた。それから浦塩を後にする彼から伝言を貰い、後に姉の北郷章香にそのことを伝えると章香は「そうか」と少しだけ悲しそうに笑っていたが、空を見上げながら「いってらっしゃい、強夏」と力強くその想い人の行方を見送った姿を見たい鈴香も、いつか素敵な殿方と添い遂げたいと思うのだった。それからも引き続き浦塩の防衛に努め、後に姉と同じ中佐となる。
【ジョージ・マロニー】
スピンオフ『アフリカの魔女』に登場する人物であり、ストパンの中で珍しく男主人公として活躍する。当然、男性なので魔法力は存在しないが、抱えるそのロマンは誰よりも突き動かされていた。本作では山岳作戦中に彗星と出会い、山頂で共にコーヒーを飲んだ。もう一度、彼に問う。何故、山を登るのか?__そこに山があるからだ。
ではまた