Lycoris Record : 彼岸花の回顧録 作:フェデラルジオグラフィック
今回で一応お話は区切りをつけようかと思います。
書きたいネタがあれば随時追加していく予定です。
私はサリン中毒で一週間昏睡状態で過ごした後、二か月強の入院を強いられた。死者と後遺症患者が出なかったのは幸運であったが、東京・山梨・長野のリコリス合計16名がサリンに曝されて一か月以上の入院となった。防毒マスクをつけて私を引きずり出したファーストも例外ではなかった。サリンは皮膚からも吸収するので防毒マスクだけでは完全に防備できないからである。なお私が入院中も警察庁長官が
教団との戦いと並行して、生じてしまったサリン汚染の隠ぺいが懸命に行われることとなった。末端リコリスだった当時の私は詳しいことを知らなかったが、最初にサリンに汚染された地域を国が理由をつけて丸ごと買い取り、人払いのためフェンスを設けることから始まり、汚染された土壌や植物等を根こそぎさらって処分する口実として、
「作ることそのものが目的」というハコモノの極みともいえるこの
病院から出て本部へと戻った私は、その日付でファーストへの昇任辞令を受け取った。「別途指定する施設にて所定の研修を受けたのちに」という但し書きが付されているのは、リハビリをしてから現場復帰をするように、という配慮である。まあそのリハビリが長野の赤服を巻き込んでとんでもない事態になったのだが…。
服務の宣誓
私は、ファーストリコリスに任命されたことを光栄とし、重責を自覚し、先任要員たるの技能の修練に努め、率先垂範職務の遂行にあたり、もつて部隊団結の核心となることを誓います。
平成七年六月二十日
今考えてみれば、私はかつて死にかけた場所の上で、あの時とは比べ物にならないほどの人数のリコリスを、あの時には全く考えもしなかったような機材を駆使して、縦横無尽に指揮する立場としてこうして座っているのだから、運命というのは皮肉なものだ。
司令室の机の電話が鳴る。過去を偲ぶのはやめにして、今の仕事を進めようと心に決め、私は受話器を取る。
「はい、こちら
以上、楠木司令の思い出…もとい作り話でした。
原作内の時間軸を勝手に2025年あたりで想定してますけどつじつまあうのかな?これ。
それでも10歳そこらでサリン吸って生還している計算になるんですけども。
当初のタイトルは「セカンドリコリス楠木の事件簿1995」だったのですが、ネタ出しで昭和から平成の事件を色々調べているうちに60~70年代あたりのネタも思いついたため、それを書き込む余地を設けるため投稿間際に「彼岸花の回顧録」に変更した経緯があったりします。
ちなみに、服務の宣誓は自衛隊の宣誓文から憲法と法律にかかわる部分を省いたものです。