Lycoris Record : 彼岸花の回顧録   作:フェデラルジオグラフィック

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コメントも増え始めました。 感謝の限りでございます。

9/7 話の都合上日付を調整(年号を丸一年チョンボしました)
9/14 まだ1960年であったことを忘れていたので文言修正


永田町 首相官邸

1960年 6月19日 首相官邸総理大臣執務室

 

 首相官邸*1の執務室の主は、驚きのあまり大声をあげた。つい三日前、過熱する左翼デモの鎮圧に失敗しアメリカ大統領訪問を撤回したため、憔悴しきっていたので声は大きくても若干かすれている。

 

「内閣情報調査室長、それはいったいどういうことかね?」

 

「お伝えした通りです。総理、直ちに緊急閣僚会議を開くべきです」

 

「そうだな。全員でなくても構わん。集められるだけ集めるように。ただ国防会議のメンバー*2は全員揃えるように。それから制服組の主要な要員を…」

 

「総理、ことがことだけに制服組の数は抑えるべきです。ここは、統幕議長お一人だけを呼んだほうがよろしいかと」

 

「うむ、君の言うとおりだ。よしなに頼む。2時間で足りるか?」

 

その質問に対しては秘書官が答える。

 

「2時間でお呼びするのがわたくしの責務であります」

 

 

 

二時間後 首相官邸閣議室

 

 首相官邸の閣議室のテーブルは明確な上座がないように円卓になっている。一番奥の席に首相が座り、各省庁の建制順*3に大臣が座る。集め切れず空席になっていた椅子には統幕議長、警察庁長官、党幹事長、党総務会長が座っている。

 

内閣情報調査室長が二時間前に執務室で述べた内容を一言一句違うことなく復唱する。

 

「…以上の通り、種々の情報を慎重に分析しました結果、相当規模のクーデターが発生する可能性が極めて高いという結論にいたりました。」

 

議場がざわめく中、あらかじめ話を聞かされていた総理がまず議論の口火を切る。

 

「防衛庁は何か掴んでいないのか?」

 

「こちらが把握している限りでは陸海空どれも異常は見られないそうだ」

 

防衛庁長官の言葉に対し、郵政大臣が疑問の目を向けながら発言する。

 

「本当にそうなのか?昨日郵政省で仕事してたら最近自衛隊の電波がうるさいから何とか言ってくれないか、と担当課長が大臣の私に談判してきたぞ。そもそもこれは自衛隊だけの問題なのか?背後関係はないのか?」

 

「背後関係も何も、一昨日の件に決まっているだろう。左翼に屈した軟弱な政権に見切りをつけたに違いないんだよ」

 

「幹事長、あなたは正確には閣議のメンバーではないはずだ。勝手な発言は控えていただきたい」

 

防衛庁長官の指摘に対し、通信産業大臣が幹事長をかばう。

 

「だが幹事長の発言は正しい。やはりここは毅然として、自衛隊が羽田から赤坂まで固めるべきだったんだ。聞いてみれば『自衛隊を出動させろ』と総理がおっしゃたっときに最も反対したのは、防衛庁長官、あなた自身だったというじゃあないか。せっかくの晴れ舞台を台無しにされたんじゃあ、彼らも浮かばれないよ、そりゃあ」

 

「自衛隊は、()()()()()()()()()()()にある。()()()()()()()()()()ではない。軽率に動けば左翼の連中に()()を与えて勢いを増しかねない。だからあの場では反対した」

 

「その結果があのアメリカ軍のヘリコプターですか。*4あのヘリコプターは日本がアメリカ無しには何もできないことの象徴のように私には見えましたがねえ。それにあの『成功例』が左翼に勢いを与える()()になってしまってるじゃあないですか」

 

「あれは…」

 

「少なくとも私は間違ったことは言っておりませんよねえ?」

 

「正しいならば発言してよい、とおっしゃるのならばメンバーではない私にも発言の機会をいただきたい」

 

防衛庁長官と通産大臣が言い争いを始めようとする中、割って入ったのは党総務会長である。他のメンバーはただ黙って彼の発言を待つ。

 

「日本は民主主義を標榜するシビリアン・コントロールの国だ。それを踏まえた上で、統幕議長はどうお考えか?」

 

「今回の件は寝耳に水でございます。私自身はこの件について関知しておりませんし、また認める気もさらさらございません。」

 

「ならば今すぐにでも出動して鎮圧しないのか?」

 

「総理のご命令とあらば、出動させることは可能でございます。しかし法的立て付けに問題が…」

 

「法律ならばあるじゃないか」

「幹事長、発言は…」

 

統幕議長の発言を幹事長が遮り、防衛庁長官が苦言を呈するが、幹事長は発言を止めることをしない。

 

自衛隊法 第78条 内閣総理大臣は、間接侵略その他の緊急事態に際して、一般の警察力をもっては、治安を維持することができないと認められる場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。*5

 

「私は先も述べたが治安出動は左翼の格好の()()になるぞ」

 

「治安出動を下命して事実上の戒厳令を敷けばいい。それで左翼の連中が吹きあがってくるのならば、この際だ、クーデター勢力もろとも一挙に殲滅してしまえ」

 

「それを世界はミリタリー・コントロールっていうんだ。君はこの国を南米の大国*6にしたいのか?」

 

限度を知らない幹事長の持論に防衛庁長官と党総務会長が反論する。そんな中、通産大臣が統幕議長に問いかける。

 

「一応聞いておくんだがねえ、統幕議長。君はミリタリー・コントロールのほうが都合がいいのではないかい?本音を言えばさあ。」

 

「私は内務の人間*7です。この国の法律に則り、総理大臣の命令に従います」

 

「ああ、そう。ならいいんだ。ここで『()()()()()()()』だったらシャレにならないからねえ」

 

「…あまり笑えないぞ、通産大臣」

 

「ああ、総理、これは失礼」

 

 この場において、議長たる総理大臣の存在感は、彼自身の生気と同じように薄かった。連日のデモ対応とその失敗の連続は、彼の政権と肉体を決定的なまでに消耗させていたからである。議事とは関係ないので誰も口には出さなかったが、この政権はお盆までは持たない、という点では本人を含め全員の共通認識であり、最大の関心事は「次はだれか」ということだったのである。

 

「クーデターは鎮圧する。ただし可能な限り内密にだ。今この場で政府が自衛隊をコントロールできなかったことが露見すれば、強行採決*8の苦労が水泡に帰してしまう。それだけは絶対に回避するんだ」

 

 決断をした総理大臣の目にはわずかながらかつての輝きが戻っていたかのように見えた。クーデターの結果がどうであれ、自らの政治生命が終わることに変わりがないことは自覚していた。だから、これが終わったら()()()()()()()()()()()()総辞職する意思をすでに固めていたのである。

*1
ガラス張りの建物ではなく今の総理大臣公邸のレンガ造りの建物

*2
総理大臣・外務大臣・大蔵大臣・防衛庁長官・経済企画庁長官

*3
省庁ができた順番

*4
6月10日に大統領秘書が訪日したがデモ隊に囲まれて動けなくなったためヘリコプターで脱出した ハガチー事件ともいう

*5
現代の条文なので当時の条文と厳密には違うので注意

*6
1955年から1973年までアルゼンチンは軍事独裁政権であった

*7
戦前の内務省(=警察)出身だということ

*8
5月20日の日米安保法案の抜き打ち強行採決のこと




次回、閣議のその後と秘密の電話


人物メモ(発言順)
 総理大臣: 岸 信介
防衛庁長官:赤城 宗德
 郵政大臣:植竹 晴彦
 党幹事長:川島 正次郎
 通産大臣:池田 勇人(次の総理)
党総務会長:石井 光次郎
 統幕議長: 林 敬三
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