【TRPGシナリオリプレイ】11.4光年の残響【短編】   作:皇我リキ

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 夢を見た。

 

 

 誰かと一緒に手を繋いで歩いている。

 その姿を確認しようとしても、霜がついたガラスのように視界がぼやけていて、相手の姿を確認出来ない。

 

「えんちま、うあみあたちまのす」

 歩いている誰かが何かを言った。けれど、その意味は分からない。

 

「えんけー、ふれずしょううぉと。えぃ、うあるえしゃのす」

 多分日本語ではない。英語でも、他の国の言葉とも違う。けれど、胸に染み込むようにその意味を感じた。

 

 ずっと歩いて、歩いて。

 

 

 ひぐらしが鳴き始める頃、目の前に光が見える。それを確認すると、そっと誰かが手を離した。

 

 光の方へと、その誰かが向かって行く。

 

 

えいにー、えいなえいしーのす(ここでは、こういう時こう言うんでしたね)

 誰かは振り向いて、霞んだ視界の中で微笑んでこう続けた。

 

 

「サようナラ、アリがとう」

 その声が、忘れられない。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 電車が止まる。

 

 

 降車する客を横目で眺めながら、大人しそうな少年が鞄の中のスケッチブックと絵日記を取り出した。

 

 絵日記の左のページには2021年8月19日の日付で、明日の旅行が楽しみという内容の文が書かれている。

 上手に描かれているのは一緒に旅行に行く友人の似顔絵。ページをめくって、今日の日付は8月20日。少年が楽しみだと書いた旅行の日だ。

 

 

「あと何駅だっけ」

 少年は思い出したようにそう口にすると、窓の外を見る。

 都会の情景から少し離れた地方都市。そんな行き先に想いを馳せる少年は、なんだかドタドタとうるさい音に視線を車内に向けた。

 

 

「貸切になっちまったな! カイリ」

 静かな雰囲気の少年───カイリとは真逆の見た目をしている少年が笑顔でそんな声を上げる。

 夏休みの高校生、そんなノリで金色に染めた髪がカイリには少し眩しかった。

 

「ちょっと煩いよ、薫」

「良いじゃねーかよ。貸切だぜ、貸切」

 動き出す電車の中で騒ぐ薫と呼ばれた少年。しかし、思ったよりも電車の揺れが凄まじく、薫は転びそうになる。

 

 

「───っと、気を付けろよ西馬」

「あ、ぶね。助かったぜ先輩」

 転びそうになった薫を受け止めたのは、走り出した電車の中に三人しか居ない客の最後の一人。

 

 二人よりも少し大人びた彼の名は宮島蓮(みやじま れん)。二十歳の大学生で、高校生の二人とは幼馴染の兄貴分という関係だった。

 

 

「もう少し落ち着いてよね」

「これが落ち着いてられるかよ! 三泊四日だぜ? いやー、楽しみだなぁ」

 忠告された事を既に忘れているのか、薫は二人から少し離れて趣味のヒップホップダンスを踊り始める。

 

 しかし、そのダンスは絶妙的なセンスをしていて、何かを召喚出来そうな悍ましい物だった。

 二人はそんな彼を視界に入れないように窓の外を見ながらこう会話を続ける。

 

 

「西馬は高3になっても変わらないんだな、篠宮」

「良い所でもあるし、悪い所でもあると思う」

 カイリは目を細めてそう言うと、苦笑いしながら横目で薫のダンスを見た。

 

 動きのキレだけは良いのにあまりにもセンスがない。見ているとやはり気分が悪くなりそうなので、窓の外に視線を向ける。

 

 

 篠宮(しのみや)カイリは手先が器用で絵を描くのが得意なインドア派の高校生だ。身体も弱く、運動は得意ではない。

 

 西馬薫(さいば かおる)は逆に不器用で頭も悪いが、ダンスのセンスはともかく運動神経抜群の活発的な男子高校生である。

 

 

 そんな正反対の二人は幼稚園時代からの幼馴染であり、蓮はそんな二人の兄貴分という関係だった。

 

 

 

「でも、珍しいな。篠宮が旅行の行き先を提案したなんて」

「僕もそう思うけど……。なんだか、懐かしく感じる夢を見て」

「夢?」

 聞き返すが、カイリは曖昧に笑う。

 

 

 

 三人はとある町へ三泊四日の旅行に行く途中だった。

 

 旅行先の町の名は塩稲葉町。

 都心から程遠いところに位置する地方都市で、特に観光地として有名という場所でもない静かな町である。

 

 昔は塩稲葉公園展望塔というタワーが唯一の名所としてあったが、数年前、老朽化に伴い解体されてしまっていた。

 

 

 

 高校生最後の夏。

 ノリと勢いで生きている薫が提案した思い出作りの旅行。

 

 その行き先を決めかねていた中、この塩稲葉町への旅行を提案したのは、普段は引っ込み思案で自分からこうしようという事をあまり言わないカイリだった事に蓮は驚いている。

 

 塩稲葉町は十五年程前、カイリや薫が三歳の頃、蓮が五歳の頃に薫の曽祖母の家に遊びに行った事がある程度の場所だった。

 カイリがその町の名前を覚えていたのも、蓮は不思議に思っている。

 

 

「あれ? 何……」

「ん?」

 薫のダンスから目を背けるようにしていたカイリは、ふと窓の外に強い光が見えて目を凝らした。

 

 その光は夕暮れ時の空から塩稲葉町へと高速で向かい、見えなくなってしまう。

 

 まるで流れ星のような、綺麗な光だった。

 光はカイリの目に強く鮮明に残る。

 

 

「先輩、今の」

「流れ星、か? 凄い光だったな」

「なんだなんだ? どうかしたのか?」

 窓の外を眺めていた二人が気になって、謎のダンスを踊っていた薫は二人の顔を覗き込んだ。

 

「綺麗な光が、塩稲葉町に……」

「あ? 何にも見えなかったけど」

「変なダンスなんか踊ってるからだよ、バカ」

「今バカって言った?」

 そんな話をしていると、一瞬車内を強い光が包み込む。

 

 窓から差す暖かい西日のせいだろうか、それとも疲れていたからか。三人はその後、一瞬だけ眠ってしまった。

 

 

 

 

 揺れるような、ボヤけた視界。海のような広い世界。

 

 楽しいという感情。空まで届きそうな程に高い建物の記憶だけはハッキリとしている。

 

 

 少年はきっとそこに居た。そして、彼等もまたそこに居た。

 

 朧げな記憶。微かな残響。眩しい光景。

 けど、なんだか、寂しいような暖かいような───

 

 

 

 

「───ご乗車ありがとうございます。塩稲葉〜、塩稲葉〜」

 声が聞こえる。

 

「は!! やっべ、寝てた。二人共起きろ起きろ!! 着いたぞ!!」

 電車のアナウンスが聞こえて、薫が真っ先に目を覚ました。同じく寝ている二人を見付けると、彼は二人を引き摺るように叩き起こして電車を降りる。

 

 蓮は直ぐに起きて冷や汗を掻きながら「あぶね」と苦笑いをするが、カイリは未だにボーッとしていた。

 

 

「いつまで寝てんだ起きろ。着いたぞ」

「痛!」

 薫が馬鹿力でカイリの頭にチョップを入れると、カイリは大粒の涙を流しながら薫を睨む。

 

 悪い悪い、と両手を上げる薫。

 しかしふと、何か違和感を感じて空を見た。

 

 

「到着かぁ。にしても、懐かしい───とはならねーな、やっぱ。三歳の頃の事なんて覚えてねーよ」

 見えるのは快晴の青空。薫は目を細めながら、首を傾げる。

 

 

「今何時だ?」

「十七時くらいじゃ───あれ?」

 カイリはスマホで時間を確認しようとするが、何度画面をタッチしても反応する様子がない。

 

「充電し忘れたのか?」

「まさか。薫じゃないんだから」

「なんか失礼な事言ってる気がする。けど、スマホの充電切らしたのか? なんでそうなるんだよ。ったく、充電くらい出る前に───」

 言いながら薫もスマホを取り出すが、彼のスマホも何故か電池が切れていて反応しない。

 

 同様に、蓮のスマホも電池切れだった。薫は「んな事あるかよ!?」と目を丸くする。

 

 

「ま、こんな時の為に腕時計があるんだよな。いいか、お前らコレはオシャレで着けてるんじゃないからな」

 そうして慌てていた薫だが、自分が腕時計をしていた事を思い出した。

 

 バイト代を叩いて買った少し高い電波式の腕時計である。ちなみに彼はこれをオシャレのつもりで付けていた。

 

 

「アレ?」

 しかし、自分の腕時計に視線を向けた薫の顔は真っ青になる。カイリがその時計を覗き込むと、デジタル時計には何も表示されていない。

 

 

「壊れた!? これめっちゃ高かった奴なのによぉ!!」

 崩れ落ちて嘆く薫の肩を叩くカイリ。

 

 そんな二人を他所に、蓮は空を見上げ、あまりの太陽の眩しさに目を細めた。

 

 

「それにしても、なんだかおかしくないか?」

「確かに……」

「何が? スマホも時計もぶっ壊れた事が?」

「そうじゃなくて、ほら。太陽」

 真上を指差す蓮。

 

 その先には眩しい程の光を放つ太陽が三人の真上から日差しを降り注いでいる。

 

 

「何が変なんすか」

「今は夕方くらいだと思うんだけど」

 スマホも時計も壊れているので、今は時間を確認出来ない。

 

 しかし、少なくとも電車に乗っている時にカイリは夕焼け色の空が見えたのを思い出した。

 薫は見ていないようだが、あの時の光はなんだったのだろうという疑問も頭を過ぎる。

 

 

「今日は夕方に到着して、宿に直行する予定だっただろ? でも、まだ昼間みたいな感じだぞ」

「夏なんてこんなもんっすよ。とりあえず、駅に立っててもしょうがないし、行こうぜ?」

 言いながら、薫は改札口へと進むがそこにも違和感があった。

 

 駅は無人駅ではない筈なのだが、人の気配がまるでない。

 

 

 仕方なく、カイリ達は切符を駅長室の前に置いて改札を抜ける。

 薫が駅長室を除くが、やはりそこには誰も居なかった。

 

 

 町に着くと、更に三人は不思議な感覚を覚える。

 

 あまりにも静まり返った町。

 

 猛烈な暑さの中、蝉の鳴き声だけが耳に入ってきた。それ以外は何も聞こえない。

 

 

「こんなに人の居ない町だったか?」

「いや、そんな筈は……」

 駅長も居なければ、街を少し歩いても誰ともすれ違わない。

 

 ただ、遠目に人が歩いているのだけは確認出来る。

 どうやら町に誰も居ないという訳ではないだろうが、どうも静まり返った町は寂しく見えた。

 

 

「ねぇ、二人共。あっち」

 そんな中、カイリが駅前の飲み屋の方角を指差す。

 

 そこは、町の静けさが嘘かのような活気に満ち溢れていた。

 

 

「なんだ? 祭りか?」

 言いながら、飲み屋の方に向かっていく薫。カイリは「待って」と言いながら彼に着いていく。

 

 そんな二人の背中を見ながら、蓮は目を細めて飲み屋の看板に視線を向けた。

 

 見覚えか、否聞き覚えがある看板に書かれた店の名前。

 

 

「あの店、潰れたんじゃ?」

 知人に聞いた噂程度の話で確信は持てないが、確かあの店は数年前に潰れたという話を思い出す。

 

 記憶違いか、蓮は首を傾げながらも二人を追いかけるように飲み屋に向かった。

 

 

 

「お、らっしゃい! 席なら空いてんぜ!」

 飲み屋に向かうと、町の静けさが異様に感じる程の人だかりに出迎えられる。

 

 店主であろう男性が三人を見付けると、彼はカイリを捕まえるようにして店の席に座らせた。半ば強引に座らされたカイリに続くように薫達も席に座る。

 

 

「ほれ、これメニュー。ま、好きに頼んでくれや、今日は俺の奢りだからな」

「奢り!? マジすか!! 祭りでもやってんですか!?」

「あー、いんや、そういう訳じゃあねぇんだけどな。ま、ンなこと気にせずなんでも頼んでくれや」

 奢りという言葉に現金にも反応する薫。

 

 メニューには居酒屋らしく酒やつまみが沢山並んでいた。

 

 オススメメニューは塩鮭。

 塩稲場で取引される希少な塩を使って調理した塩鮭。ビールや日本酒と合わせると最高です。と、書いてある。

 

 

「奢りだってよ、先輩。ビール頼む? ビール!」

「お前は未成年だろ……」

「うわ、かてぇ」

「とりあえず塩鮭を三人前と、俺はコーラ。コイツらはオレンジジュースで」

「あ、僕は麦茶で」

「ビールぅ……」

「だから未成年」

 国の法律を軽々と破ろうとする薫に注意しながらメニュー表を覗いていると、蓮はメニューの右端に書かれた小さな文字を見付けて目を擦った。

 

 

 

 展望塔にしんジツが有る。

 

 

 

 メニュー表には小さくそんな文字が書かれている。

 

 

「なんだ? これ。展望塔に……しんジツが、有る?」

「しんジツ?」

「あ? なんだなんだ?」

 二人にメニュー表を見せる蓮。

 

 客の悪戯だろうか。

 そういえば、塩稲葉公園の展望塔といえば数年前に解体されてしまっているという事が頭を過ぎった。

 

 

「ほらよ! 塩鮭三人前とコーラにオレンジジュース。それに麦茶な」

「あ、おっさんおっさん! コレ! メニュー表に悪戯でなんか書いてあんぞ。大丈夫なのか?」

「悪戯ァ?」

 薫は蓮からメニュー表を取り上げるように店主の目元に持ち上げる。

 

 しかし、店主の反応は薄かった。

 

 

「ってぇと……何処にだ?」

「何処にって。ここだって! ここ!」

 文字の書かれた場所を確認して、薫はそこを指差しながら店主の顔に近付ける。

 

「あー、悪ィ。見えねぇ」

 目を凝らして薫の指差す場所を見る店主だが、彼はそこには本当に何も書かれていないかのように首を傾げた。

 

 

「どんだけ目が悪いんだよ……」

「こらバカ!!」

「……っ、ごめんなさい! こいつバカなんで! 本当! 気にしないで下さい!」

「え!? なんだよ!? え!?」

 カイリと蓮に口を抑えられ、薫は漠然と目を丸くする。

 

 そんな三人に首を傾げながら、店主は少し落ち込んだ様子で「老眼かなぁ?」と店の中に戻っていった。

 なんでも思った事を直ぐ口にするのは薫の良くない所である。

 

 

「変なの」

 目を細めながら塩鮭に箸を伸ばす薫。しかし、想像以上に塩鮭が美味しかったのか、彼はオレンジジュースと一緒に幸せそうに食事を続けた。

 

 そんな薫を横目に、カイリは店の端に立て掛けてあるカレンダーを見付ける。

 

 

 日付は8月20日。

 なのに、そこには何か違和感があった。

 

 

 

「2006年……?」

 血の気が引いていく感覚がカイリを襲う。

 

 

「どした? カイリ」

「あのカレンダー。2006年って……」

「本当だ。あのおっさん、あの見た目でどんだけボケてんだ? おーいおっさん!!」

「ちょ、薫!!」

 カイリの静止も聞かず、薫はこう口を開いた。

 

「オレンジジュースおかわり! あと、あのカレンダー15年前の奴っすよ。どんだけ昔のカレンダー使ってんすか!」

 笑いながらそう言う薫。

 

「15年前? 15年前ってぇと、1991年か? うーん? よくわかんねぇけど。ほらよ! オレンジジュースおかわりだ!」

 しかし、帰ってきた店主の反応は不思議そうな、そんな反応。

 

 

「な、なんかおかしいよ」

「いや、おかしいのはあのおっさんだろ」

「お前ちょっと黙れ」

「あれー?」

 店の雰囲気は特におかしくない。

 

 ただ、所々で不自然な感覚が過ぎる。その時だった。

 

 

 カイリの視界にノイズが走る。

 

 

 

 赤。

 口から血を吐いて倒れている人々。

 

 さっきまで店で楽しそうにしていた客も、店主も、皆、死んでいるように見えた。

 

 

 

「───ぇ」

 言葉が出ない。息を吸い込むような悲鳴をカイリが上げると、しかし同時に目に見えていた光景は消えている。

 

 

 そこでは、皆がまた楽しそうに笑っていた。

 

 

 

「カイリ?」

「ちょ、今の……ぇ」

「ここに居るのは良くないかもな……」

 蓮は挙動不審のカイリを立たせると、その手を握って店を出ようとする。彼も今の光景を見たのだろうか。

 

 とすると、そうではないか、はたまた能天気に何かの見間違いだと思っている薫は二人を見て首を傾げた。

 

 

「ほらよ、オレンジジュースのおわかり。お? もう良いのか?」

「え? あれ? なんだよ二人共。そんな急ぐ事ないだろ。あ、これ貰ってくっすね!」

 オレンジジュースの瓶を貰うと、薫は早々に出て行く二人を追い掛ける。

 

 

「どうしたんだよ」

 と、呆れ顔で駆け付ける薫。しかし、カイリの顔が真っ青になっているのを見て彼は声のトーンを少し下げた。

 

 

「大丈夫か?」

「う、うん。大丈夫」

「そうは見えねーけどなぁ。疲れたんならさっさと宿に行こうぜ。町を見て回るのは明日でも良いだろ」

 そう言って、薫はカイリの背中を叩く。力加減が出来ていないので少し痛い。

 

 

「……で、宿ってどっちだっけ? 俺、スマホの電池切れてんぞ」

「もぅ、僕が覚えてるから大丈夫だよ。こっち。薫はバカだなぁ」

「あん!?」

 先に行こうとした薫を追い抜いて、カイリは少し笑いながら先頭を歩いた。

 

 薫の言う通り、疲れているのだろう。

 そういう風に思い込む事にして、さっきの光景は忘れる事にした。

 

 

 

 物覚えの良いカイリは駅から宿までの道をちゃんと覚えている。

 

 しかし、辿り着いたその場所はどう見ても宿ではなく駄菓子屋だった。時間も時間なのか、店も閉まっている。

 

 

「カイリぃ、僕が覚えてるから? 大丈夫? だっけ? ここが宿かぁ、なるほどなぁ」

「んぅ……!!」

 凄い顔で煽ってくる薫の胸元をポコポコと本気で殴るカイリ。しかし、彼は身体が弱いのでそれは全く痛くない。

 

「あーはいはい。悪かったって。痛い痛い。辞めろ」

 全く痛くないが、顔を真っ赤にして怒るカイリに両手を上げて降参する薫。

 

 

 しかし、妙だ。

 あのカイリが行き先を間違えるなんて、と薫は不思議に思った。

 

 

 もしかしたら、この駄菓子屋が宿なのかもしれない。

 

 

「すいませーん! 誰か居ますかー?」

 そう思って、薫は駄菓子屋の窓を叩く。

 

 すると、中からはお婆ちゃんが出て来て「どうしたんだい?」と首を傾げた。

 

 

「ここ、宿とかもやってたりしないっすかね?」

「いいや。ここは駄菓子屋だねぇ」

「だよなぁ……」

 もう一度看板を見るが、どう見てもここは駄菓子屋だ。

 

 スマホの充電も切れている為、目的地を探すのも難しい。

 

 

「そうだ、せっかく来たんだからコレ。持っていきなさい」

 悩んでいると、駄菓子屋のお婆ちゃんが店の中から棒きなこを三本持ってくる。

 

 現金な薫はそれをパクっと一口で食べてから「ハズレかぁ」と残念がった。

 爪楊枝のような棒に刺さったきなこ餅を食べて、棒の先端に当たりのマークがあるとおかわりが貰える駄菓子屋特有のお菓子である。

 

 懐かしさを感じながら薫の隣で棒きなこを眺める蓮の横で、カイリはむせていた。

 

 

「大丈夫か? カイリ」

「すみません、お婆ちゃん。ちょっと良いですか?」

 薫の背中に隠れてゲホゲホ言っているカイリを尻目に、蓮はお婆ちゃんに棒を返しながらこう続ける。

 

 

 

「この辺に展望塔って、ありましたっけ?」

「展望塔? 展望塔なら、ほらあっちに」

 そう言って町の中心を指差すお婆ちゃん。釣られて視線を向けると、そこには解体されたと聞いた筈の、塩稲葉公園展望塔が綺麗なまま建っていた。

 

 

「嘘……だろ」

 目を細める蓮。ふと、居酒屋のメニュー表に書いてあった文字を思い出す。

 

 

 

 

 展望塔にしんジツが有る。

 

 

 

 

「展望塔にしんジツが有る……」

「あ? どうしたんすか先輩」

「宿は見つからなそうだし、とりあえず展望塔に行ってみないか?」

「さっきの落書きの事っすか? 別に良いっすけど」

 カイリの背中を叩きながらそう返事をする薫。カイリはまだ少し返事が出来そうにないが、特に否定はしなかった。

 

 

「ばあちゃん! 菓子あんがとなー!」

 駄菓子屋のお婆ちゃんに手を振りながら、三人は展望塔のある公園に向かう。

 

 

 移動中、何処かから午後五時を知らせる夕焼けのチャイムが聞こえて来た。

 もう少し遅い時間だと思っていたが、日も傾いていて夕焼けが眩しい。

 

 

 日本の一部地域では夕方になると公園などに設置してある防災無線から音楽を流している。

 

 音楽を流すことで外に遊びに出ている子供に、もう帰る時間だ、と知らせる役割を果たしているのだ。

 

 流れる音楽は童謡「夕焼け小焼け」や「赤とんぼ」など地域によって様々で、塩稲場町の夕焼けチャイムは「夕焼け小焼け」である。

 

 

 なんだか一日が終わってしまうなという寂しさを感じて、薫は一瞬だけ足を止めた。

 

 

「薫? どうかした?」

「いや、なんにも」

 不思議な感覚を感じながらも顔を左右に振る薫。旅行は始まったばかりなのだから、寂しさを感じる必要なんてないだろう。

 

 

 そして公園に近付くと、やはり解体された筈の展望塔が天高く聳え立っていた。

 

 

「なんでだ?」

「作り直したんじゃないすかねぇ」

「立ち入り禁止って書いてあるね」

 公園には背の高い防災無線が設置してあり、ついさっきの夕焼けチャイムはここから聞こえて来たようである。

 

 そして目的地の展望塔には黄色いテープが貼られていて、立ち入り禁止という看板が設置されていた。

 

 

「別に入っても怒られねぇだろ。行こうぜ」

「あ、ちょっと薫!」

 モラルを守れない薫を呼び止めようとするカイリ。

 

 それと同時に、突然何かが噴き出すような大きな音が公園に響く。

 音がしたのは公園の広場の方からだった。

 

 直後、広場の上空に何かが勢いよく打ち上がる。上がったソレは水しぶきを上げながら、三人の近くに落ちた。

 

 

「なんだ?」

「ペットボトル……ロケット?」

 落ちてきたのはペットボトルロケット。水を入れたペットボトルに空気を押し込んで、その水を噴射させて飛ばすロケットの模型のような物である。

 

 カイリ達も小学生の頃、学校の課題で遊んだ経験があった。

 

 

 そのペットボトルロケットをカイリが拾うと「あー、ごめんごめん」と言いながら近付いてくる人影が見える。

 

 

「それ、僕のなんだ」

 栗毛の優しそうな顔をした男性が、片手を上げながら早歩きで歩いてきた。

 

 カイリはそれを見るなりペットボトルロケットを薫に渡して、その後ろに隠れる。

 彼は極度の人見知りだが、今日はやけにその気が強い。

 

 

「どうぞ」

「ありがとう。そこの君、どうかしたの?」

 薫がペットボトルを男性に返すと、男性は後ろに隠れてしまったカイリを覗き込んでそう聞いてきた。

 

「コイツ滅茶苦茶人見知りなんです、気にしないで下さい」

「あー、そう?」

 男性は不思議そうにカイリの顔を覗き込む。

 

 そして彼は「所で」と話を持ち掛けた。

 

 

「君達、もしかしてなんだけど、展望塔の中に入ろうとしてなかったかい?」

「ギクッ」

「そ、そ、そ、そ、そんな事ないっすよぉ!? そんな事する訳ないじゃないですかぁ!! あは、あははは!!」

 どうやら薫にもモラルはあったらしい。

 

 全力で視線を逸らす薫に、男性は「なら良いんだけどね。今、展望塔の中は危ないからさ」とにこやかな笑顔を返す。

 

 

 そして───

 

 

「それでも展望塔の中、入りたい?」

 ───男性は不敵な笑みでそう問いかけて来た。

 

 

「ぇ」

「いや、それは……その。出来たら?」

 蓮は目を丸くしてそう答える。

 

 

 町に来てから何かがおかしい。

 しかし三人には展望塔にしんジツが有る、という文字以外の手掛かりがなかった。

 

 

「実は僕ね、この展望塔の管理者なんだ。それで、どうしても入りたいというなら。……そうだな、一つ条件があるんだけれど」

「条件?」

「僕の夢をね、叶えて欲しいんだ」

 聞き返す蓮に、男性は手に持ったペットボトルロケットを持ち上げて口を開く。

 

 

「あの展望塔、高さが68メートル。僕はね、こいつを展望塔より高く飛ばしたいんだ。もしその手伝いをしてくれて、ペットボトルロケットが展望塔よりも高く打ち上がったら……展望塔の中に入れてあげるよ」

「マジすか!」

 テンション高めに食いつく薫。

 

 展望塔の中に何があるのかは分からない。しかし、その謎が薫をどうにもワクワクさせているようだ。

 

 

「でも、なんでペットボトルロケットなんすか?」

「あー、それは……。まぁ、願掛けみたいなものかな。もしロケットが展望塔を超えられたら、僕の願いが叶う。そんな気がするんだよ」

 そう言いながら男性は展望塔を見上げる。

 

 その瞳はどこか遠くに向けられていて、楽しそうな、寂しそうな、複雑な表情をしていた。

 

 

「へー、良く分かんないけど。……俺、そういうの好きっすよ!」

「あはは、ありがとう」

「ペットボトルロケットをあの展望塔よりも高く、か」

「うん。期限は3日」

 展望塔を見上げる蓮に、男性は笑顔でそう告げる。

 

 

「3日? 3日って言ってもな……。俺達、旅行でここに来てて、泊まる場所も無いしな」

 ふと、3日と言われて考え込む薫。

 

 元々3日の旅行の予定だったが、宿の場所は分からないしスマホの充電も何故か切れていて寝泊まりする場所がない。

 このままではペットボトルロケットどころの話ではなかった。

 

 

「三人共泊まる場所がないのかい? それなら、僕の家に来ると良いよ。寝る場所もあるし、もしロケットの手伝いをしてくれるのなら、タダで朝ご飯と夜ご飯も付けてあげる。……どう?」

「どうって……」

 今さっき知り合った見知らぬ男性の家に泊まるかと聞かれて、カイリは首を引っ込めて答えかねる。

 

「良いじゃん! タダだぜ、タダ! その話乗った!!」

「薫!」

「西馬……お前なぁ」

 薫の能天気な発言に呆れる二人。

 

 しかし、そうでもしなければ三人は野宿するしかない状態だった。考えてみれば、男性に泊めてもらうのが一番だろう。

 

 

「それじゃ、決まりだ。僕の家は近くにあるからね。あ、そうだ。まだ名乗ってなかった。……僕は高野(たかの)。よろしく」

「俺は、宮島蓮です。こっちは篠宮カイリで、煩い方は西馬薫です」

「西馬薫でーす。宜しくっす!」

「さいばか───ゴホッ、おる? うん。宜しく」

「今最悪な所でむせませんでした!?」

「……宜しくお願いします」

「よろしくね」

 挨拶を終えると、高野は三人を自分の家に案内してくれた。

 

 

 一人で住むには少し大きい、二階建ての一軒家。

 一階には何故か四人が座ってご飯を食べられるテーブルや、くつろげるリビング。そして本格的なシステムキッチンがある。

 

 そして三人は二階の、若干散らかっている生活感のある部屋に案内された。ここを寝床にして良いと言われ、カイリ達は荷物整理をし始める。

 

 

「ゲェ!? スマホの充電器もねぇ!! なぁ、カイリ。充電器貸してくれねぇ?」

「ぇ……薫も?」

「二人もか」

「は!? そんな事あるかよ!?」

 荷物整理を始めて早々。

 

 三人はスマホの充電どころか、充電器すら忘れた事に気が付いた。これではこの旅行中スマホは使えないだろう。

 

 

「高野さーん! 携帯の充電器貸してくれませんか!?」

「良いよ。はい、どうぞ」

「ガラケー!?」

 高野に薫が充電器を借りようとすると、スマホではなくガラケーの充電器が目に入って薫はその目を丸くした。勿論ガラケーの充電器はスマホには使えない。

 

 特にスマホ依存症という訳でもないが、誰とも連絡が取れないのは微妙に困る気がする。

 

 

「なんで三人で充電器忘れるかなぁ……」

 薫だけならともかく、と目を細めるカイリ。

 

 そうして鞄を物色していると、何か入れた覚えのない小瓶のような物が鞄の中から出て来た。

 

 

「何これ?」

「あ? どうした。お、ソレ俺の鞄の中にも入ってたんだよな。ホラ」

「俺も……」

 何故か薫と蓮の鞄にも同じ小瓶が入っている。

 

 その小瓶には透明な液体が入っていて、何かの薬品のような匂いが漏れ出していた。

 

 

「なんで同じ小瓶が……」

「母ちゃんの香水か? 流行ってんのかな」

「香水? これが?」

 まじまじと小瓶を覗き込むカイリ。そんな三人の背後から、高野は「三人はダメだよ」とその小瓶を取り上げる。

 

 

「はえ?」

「コレは三人には早いかな。だから、没収」

 笑顔でそう言われながら、当たり前のように他人の鞄から出てきた物を没収する高野。

 

 

「そうだ三人共、夜ご飯は食べたかい? お隣さん用に作ったんだけど、丁度3人分作り過ぎちゃったカレーがあるんだ。どう? 食べる?」

 しかし、元から入れた覚えのない物だ。続く高野の言葉に、そんな事はどうでも良くなる。

 

 

「カレーっすか!? マジすか!!」

「薫……」

 目を輝かせる薫に、少し苦笑いするカイリ。

 

 三人は高野に着いて下の階に降りると、そこにはもう四人分のカレーが用意されていた。

 

 

「いっただっきまーす! ……はむ、う、うめぇ!!」

 カレーにはゴロゴロとした牛肉が入っているが、長時間煮込まれているのか口に入れるとホロホロと崩れていく。

 

「うめーっすよこのカレー!!」

「本当だ……」

 初めは薫が馬鹿正直に他人の作ったカレーを食べているのを見ているだけだったカイリだったが、あまりにも薫が美味しそうに食べるのでそれに続いた。

 

 美味しそうにカレーを食べる三人を見て、高野は「良かった」と笑顔を見せる。屈託のない、爽やかな笑顔だ。

 

 

「料理上手っすね高野さん!!」

「上手って程じゃないけどね。好きなんだよ、料理で人に喜んでもらうの」

 食事を終え、片付けをしながら高野はそう答える。

 

 しかし薫が「なんの仕事してるんすか!? 料理の仕事っすか!?」と聞くと、高野は「あはは、仕事は今はお休みなんだよ。ほら、夏休み」と困ったように答えた。

 特に薫はそこにツッコミを入れない。あまりにも素直に「へー、そうなんすね!」と食器を片付ける手伝いをする。

 

 人を疑わないのは薫の良い所でもあり、心配な所でもあった。

 

 

 

「先輩、どう思いますか?」

「おかしいとは思うけど、分からないな」

 その後、風呂まで借りて最後に入っている薫を他所に、カイリは蓮と話をする。

 

 店のカレンダーにあった2006年という文字。あまりにも人気のない町。

 ある筈なのにない宿。逆にある筈のない展望塔や居酒屋。

 

 何かがおかしい。しかし、何も分からない。

 

 展望塔に何があるのだろうか。それすら二人には見当も付かなかった。

 

 

「僕達、もしかしてタイムスリ───」

「枕投げやろうぜぇ!!」

 ふとした仮説がカイリの頭を過る。そうして紡ぎ出された言葉はしかし、突然枕を持って寝巻きで現れた薫の言葉に掻き消された。

 

 

「……しないよ」

 目を細めて薫を睨むカイリ。夜までテンションの高い薫には時々付いていけない。

 

 そうでなくても馬鹿力の薫と枕投げなんてしよう物なら、ボコボコにされてしまいかねない。カイリは怯えながら部屋の端で荷物と共に丸くなる。

 

 

「え!? やらねーの!? 旅行と言ったら枕投げだろ!?」

「そもそもここは人の家だぞ」

 そう注意する蓮の視線には、部屋の入り口に立つ高野の姿があった。

 

 薫が騒ぎ過ぎて怒られるんじゃないか。そう思って、蓮は冷や汗を垂れ流す。

 

 

「えい!」

「いたぁ!?」

 しかし、高野はあろう事か背中に隠し持っていた枕を薫に投げ付けた。

 

「なんで」

 困惑する蓮。

 

 そんな彼を見ながら、高野は「え? だって枕投げやるんでしょ。僕も混ぜてよ」と笑顔で答える。

 

 

「……やりましたねぇ、こうなったら俺は容赦しないっすよ!! オラァ!!」

「うお! 凄いじゃないか! そら!!」

 高野に枕を投げ返す薫。高野はソレを楽しそうにキャッチして───そこからは地獄だった。

 

 飛び交う枕。悲鳴を上げるカイリ。抵抗しようとするも撃沈する蓮。

 

 

 阿鼻叫喚の枕投げは数十分続いたのである。

 

 

 

 そして、疲れ果てた薫は突然電池が切れたようにイビキを漏らしながら眠ってしまった。

 枕投げの途中で倒された蓮も、うなされながら寝ている。普通に可哀想だ。

 

 

「何をしてるの?」

 そんな二人の寝顔を見ながら、絵日記を付けているカイリに高野が話し掛ける。

 

 人見知りのカイリは歯切れ悪く「え、えっと……絵日記を書いて、ます」と答えた。

 

 

「へぇ、絵日記を。見せてもらっても良いかな?」

「ど、どうぞ」

 人に絵を見せるのは少し恥ずかしかったが、家に泊めてもらっている相手に嫌とも言えない。

 

 ゆっくりと手渡された絵日記を、高野は優しい顔で覗き込む。

 

 

「上手だね」

「あ、ありがとうございます」

「これはあの二人の絵?」

「はい。……その、友達の似顔絵とか、描くの……好きで」

 絵日記の今日のページ。

 

 2021年8月20日。

 そこには電車で本を読む蓮の姿と、全力で枕投げをしている薫の姿が描かれていた。

 

 

 ふと、日付が書いてある事を思い出してカイリは青ざめる。しかし、高野は何も言わずに絵日記をカイリに返した。

 

 

「楽しい友達だよね」

「あ、はい……!」

 優しい笑顔でそう言った高野は、ゆっくりと立ち上がって「もう遅いから、早く寝るんだよ」と部屋を出て行く。

 

 

 人見知りだが、友達の事はとことん好きになるのがカイリという少年だった。

 普段口喧嘩したり馬鹿にしている薫の事も、カイリはとても大切に思っている。

 

 だから、そんな友達を良く言われてカイリは悪い気持ちにはならなかった。

 

 

「僕も、寝ようかな」

 絵日記を書き終えて、カイリも布団に潜る。

 

 

 静かな町を包み込む鈴虫の鳴き声は、妙に心を穏やかにさせるのだった。

 

 

 

 

 

 カイリの絵日記。

 

 電車で本を読む蓮と、枕投げをする薫が描かれている。

 

 

 今日は8月20日。

 楽しみにしていた塩稲場町への旅行の日。けれど、町に着いてから色々と不自然な気がして少し怖い。

 薫は何も気にしてないようだけど、今は2006年だってカレンダーに書いてあった。

 

 展望塔に何か手掛かりがあるかもしれないけれど、展望塔に入るには高野さんのお願いを聞かないといけないらしい。

 高野さんは悪い人ではないと思うけど、明日からどうなるのか少し不安に思う。

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